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第2571日目 〈2017年1-3月に読んだ小説(殆どが推理小説なのだ!)。〉2/2 [日々の思い・独り言]

 寄り道を切りあげて本道へ戻ったわたくしの前にあったのは、湊かなえ『告白』(双葉文庫)である。新人賞を受賞した第1章は雑誌で読んでいたけれど、書籍化された全編を読むのはこれが初めてなのであった。機会はありながら読まないで過ごしてきたのが不思議といえば不思議だが、詭弁を弄することをお許しいただけば、これまで現代日本のミステリ小説に殆ど関心が向かなかったのだから、まぁ、仕方ないといえば仕方ないよね。先日もお話ししたように、20世紀最後の10年の中葉あたりで国産ミステリを読むことを殆どやめてしまったのだが、その当時まだ湊かなえはデビューしていなかったものね。読んでいなくなって当然だったのだ。以上、詭弁終わり。
 閑話休題。『告白』のこと──読んでいる間中、ずっとゾクゾクしていた。体の芯から湧き起こってくる震えが止まらなかった。読書しているわたくしのなかにあった、この小説に対するなにかしらの気持ちに言葉を与えるなら、「スッゲー!」の一言。冷静に分析することもできない程の興奮の渦中に、読書中も読了後もずっとあったわたくしはこの一言以外に発する言葉をいま以て持てないでいる。情けない話だが、本当のことなのである。それは読書中に自分のなかで生まれる様々な感情、一瞬乃至は刹那の思い、そんなあれやこれやをすべて一切合財内包した先に存在するのが、「スッゲー!」という頭の悪そうな言葉なのだ。陳腐な台詞にもそれなりの魂があることをお知りいただければ幸甚、幸甚。
 日本とか外国とかの別なくミステリ小説を斯くも息を詰めて、まなじりを決して読むなんて久しぶりのことだったから、なおのこと興奮の度合いは大きかったんだろうね。読後の余韻もじゅうぶんに満足のゆくもので。いやぁ、それにしても(と、遠い目をする)『告白』のラストは衝撃的だったなぁ。ここまでダメ押しをされたら脱帽するより他にないではないか。
 『告白』のような興奮を求めて第2作の『少女』(双葉文庫)と短編集『望郷』(文春文庫)を読んだが、顧みて「ゆるい」小説だったてふ印象が拭えない。『少女』は、こちらを『告白』よりも先に読んでいたら必ずやそちら以上にびっくり仰天したことだろう。『少女』も救いがなく、八方塞がりで、<イヤミス>としか言い様のない小説であったから。
 登場人物たちは、誰彼の台詞のなかでしか登場しない者も含めて、皆が皆、なにかしらの形でつながりを持っている。縦横無尽に散りばめられた手掛かりを組み合わせることで初めて読者の前に提示される、裏の、というか真の人物相関図を目の当たりにするとき、読者は目を丸くしたり、唖然としたり、短い悲鳴をあげるのではないか。
 『少女』を「ゆるい」と思うた原因は作品それ自体に瑕疵があって目立つゆえのことでは断じてなく、単に『告白』の後に続けて読んだがための不幸に起因するのだろう。わたくしはそう分析している。
 もう一方の『望郷』だが、理由はどうあれ、収められた6つの短編にわたくしの琴線が触れることはなかった。精々が「海の星」という作品に漂う<男の哀感>にしみじみさせられたことぐらいか。そういえば、これと表裏一体を為すような「夢の国」も忘れがたい作品だった。地方の小さな街の閉塞感とそこで生活する人々の姿が巧みに描かれていたからだ。
 昨秋からの流れで、年が明けてからもミステリ小説ばかりを専ら読んできた。その反動ではないが、気分転換のように文庫化された又吉直樹『火花』(文春文庫)を読んだ。読んでいる最中に例のプレミアム・フライデーがあり、村上春樹の最新小説『騎士団長殺し』が発売された。行きつけのクラブのお気に入りのお嬢さんを同伴した。そうして、読み終えた直後にNHKでドラマの放送が始まった。『火花』については『暗黒女子』同様、かつて本ブログにて拙い感想文をお披露目している。
 このあとに乾くるみ『蒼林堂古書店へようこそ』(徳間文庫)と『イニシエーション・ラブ』(文春文庫)を読んでいるが、これらの作品について本稿で述べることは控えさせていただきたい。箸にも棒にも引っ掛からないから、という不遜な理由ではなく、どうにかして感想文を認めよう、と機会ある毎に四苦八苦して取り組んでいるからである。あがいてもあがいても結局一本の原稿として披露するに及ばないと判断したときは……その際はその際である、2作まとめて一度にお披露目してしまおう。要するにこの段落は時間稼ぎの言い逃れに他ならない。
 乾くるみを2作で切りあげた後は、手塚治虫・著/三上延・編『ビブリア古書堂セレクトブック ブラック・ジャック編』(角川文庫)と中沢健『初恋芸人』(ガガガ文庫)を読んだ。後者については既に感想文を仕上げてあるので、やがて読者諸兄の目に触れることだろう。
 さて、その『初恋芸人』から一週間。元同僚に奨められて購入したものの数ヶ月放置し、ようやっと手にすることのできたのが、綾辻行人『十角館の殺人』(新装改訂版/講談社文庫)である。本稿を認めている現時点で第12章「八日目」を読んでいる最中なのだが、帰りの電車のなかでまず間違いなく読み終わると思う。
 これは実に面白い小説だ。こんなにドキドキさせられるミステリ小説が書かれていたのか、と己の不明を恥じ、また喜びに湧いている。当初は『深泥丘奇談』正・続(角川文庫)のみのつもりだったのが、『十角館の殺人』を奨められたことですっかりハマり、恒例の寄り道<この作家の他の作品も読んでみよう>シリーズが始まった。今回が他と違うのは、1作、2作でその寄り道に満足することはなく、今後数ヶ月は継続されるだろう、ということ。それが証拠に今日、『水車館の殺人』と『時計館の殺人』(いずれも新装改訂版/講談社文庫)、『霧越邸殺人事件』と『眼球奇談』(共に角川文庫)を、それぞれ新刊書店と古本屋で買ってきたところである。おそらく今後しばらくの間はこのシリーズが適用される作家は現れないだろう。
 ここまで書いてきて思い出したのだが、綾辻行人の作品に接するのは今回が初めてではない。佐々木倫子と組んだ『月館の殺人』(小学館)もしくは『Another』(角川スニーカー文庫)、いずれかが初めて接した綾辻作品であった──。
 以上、これまでの3ヶ月で読んだ、何冊かの小説について倩思うところをだらしなく綴ってきた。残りの9ヶ月でどれだけ読めるか、どんな物語がわたくしを待ってくれているのか、それを考えるとワクワクしてくる。第3代アメリカ合衆国大統領トマス・ジェファーソンは「本がなければ生きられない」“I cannot live without books.”というたそうである。マイケル・ジャクソンは「僕は読書が大好きだ。もっと多くの人に本を読むようアドバイスしたい。本の中には、まったく新しい世界が広がっているんだよ。旅行に行く余裕がなくても、本を読めば心の中で旅することができる。本の世界では、何でも見たいものをみて、どこでも行きたいところに行ける」“I love to read. I wish I could advise more people to read. There’s a whole new world in books. If you can’t afford to travel, you travel mentally through reading. You can see anything and go any place you want to in reading.”というた由。まさしく。
 小説を読むこと。それは逃げこむことであり、守ることであり、再生であり、治癒であり、回復である。他になにが? いまのわたくしの場合、それはミステリ小説である。これ以上に最適な逃避と守備、治癒と回復のためのフィクションが果たしてあるのか、寡聞にして自分はそれを知らない。◆

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