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第2572日目1/2 〈綾辻行人『十角館の殺人』を読みました。〉 [日々の思い・独り言]

 綾辻行人のデビュー作『十角館の殺人』(講談社文庫)はアガサ・クリスティの名作『そして誰もいなくなった』へのオマージュである。ゆえにクリスティを読んでおれば自ずとこちらの犯人もトリックも見破れるようになっている──わけがない。そんな底の浅い推理小説が果たして発表から30年を経たいまでも読み継がれているだろうか。否。そんな安易な小説が推理小説界に<新本格>を芽吹かせ、新たな一大ムーブメントを築く端緒となり得たであろうか。否。
 『十角館の殺人』、それは記念碑的作品である。大分県の沖合に浮かぶ孤島、青島。そこは1年前に忌まわしい事件の舞台となった島である。そこに残る館を訪れた推理小説研究会の男女を見舞う連続殺人。島の外にあって1年前の事件を探る名探偵、島田潔と、その助手を務める江南孝明(かれも1年前まで推理小説研究会に籍を置いていた)。やがて白日の下に明らかとなった事件の全容は実に意外なものであった……。と書けば、よくある「お話」で『十角館の殺人』もそこから大きく踏み外すこともないのだが、本作が大いに異色なのはトリックの意外性、叙述の妙、計算され尽くした構成に起因する。
 本稿でのネタバレは避けたいので詳述は控えるが、発表当時の衝撃たるや賛否両論、毀誉褒貶相半ばしたというのも成程、そうであろうな、と深く首肯させられる。もっとも、犯人の動機附けに唐突の感を否めないのは、何度読み返しても払拭できぬ唯一目立つ瑕疵だけれど。
 新装改訂版でその衝撃を最大級に演出するページ組みがされた、終盤の“あの一言”。これこそ後に続く<館>シリーズで手を変え品を変えて読者を幻惑せしめる<大どんでん返し>の出発点にもなり、また30年後まで影響を保ち続けるものなのは、わたくし如きが指摘するまでもあるまい。
 すべては思いこみを逆手に取った手腕なのだ。探偵役とワトスン役、かれらが直接訊ねて聞きこみを行う人々以外は全員その島にいるはずだ、という思いこみ。そうしてあだ名についての、それ。考えてみれば本名に起因するあだ名をサークル内で与えられているのは、島の外にあってワトスン役を演じている江南孝明だけなのだ……。
 が、わたくしは推理小説の実に素直かつ模範的な読者だから、ページを繰ったところにたった一行印刷された“あの一言”に、「えっ!?」と声にならぬ叫び声をあげて前のページを逐一読み返してしまった。そうして唸った。こちらの思いこみを裏附ける既述は、目を皿のようにしたってどこにも書いていない。心地よい騙しのテクニックに唸り、脱帽した次第である。
 ──その酩酊に千鳥足気分でいたら先へ進むことをすっかり忘れ、気附けば降りる駅まであとわずか。このまま帰宅しても今日読み終えることは、まず以てあるまい。脳天にハンマーを喰らったような衝撃、即ち終盤の“あの一言”にこの印象も薄れてしまうことだろう。斯様な懸念から、自宅から最寄り駅までの間にあるファミレスに寄り道して残りのページに耽溺し、興奮と満足のうち巻を閉じるに至ったのだった。読了のみを目的としてファミレスに入る──こんな経験は顧みても昨秋、乱歩の『孤島の鬼』以来である。
 綾辻行人、凄まじき。文庫の扉へ読了日と一緒に記したその言葉に、偽りはない。
 咨、だけどこんなに夢中になって読み耽った小説は久しぶりだ。お陰で長い通勤時間を退屈することなく過ごし、頗る密度の高い読書生活を満喫できたよ。それは──幸運なことに──『十角館の殺人』読了から1ヶ月以上が経ったいまでも続く<綾辻行人祭り>が証明している。更に幸運なことに、その<祭り>はまだしばらく終わる気配を見せないのである。◆

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