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第2580日目 〈綾辻行人『暗黒館の殺人』を読みました。〉2/3 [日々の思い・独り言]

 ここで一つ提案、『暗黒館の殺人』を読み終えたらば改めて『十角館の殺人』を読んでみよう。というのも『暗黒館の殺人』はシリーズ最重要人物の語られざる物語であり、或る意味で本作がシリーズ出発点となっているからだ。『十角館の殺人』は新装改訂版を用うべし。
 九州は大分県、S半島J崎の沖合約5キロの海上に浮かぶ、角島。そこに建つ洋館(青屋敷)で或る建築家が殺された。中村青司。享年46。1985年9月20日未明のこと。犯人は行方不明の庭師と目されたが、その死にまつわる諸々に疑念を抱いた人物が2人──当時まだ大学生であった江南孝明と鹿谷門美を名乗る前の島田潔である。かれら素人探偵は事件で唯一死体の発見されていない庭師、その未亡人を大分県の安心院に訪ねる。その折彼女が洩らした台詞──青司は子供が好きでなかったのではないか、てふ一言が、角島の事件に新たな光を投げかけた。
 結果、2人が辿り着いたのは、急性アルコール中毒で急死した青司の娘千織は中村青司の妻とかれの弟の間にできた不義密通の結晶であったこと、角島での殺人・放火事件も庭師の犯行ではなく中村青司が使用人と妻を殺害してその後自らも焼身自殺を遂げ、同時に青屋敷も全焼したのだ、という図式に変わったことである。──1985年9月にあった事件のおさらいをした。
 以下、『暗黒館の殺人』を踏まえたお話になる。中村青司が娘を好きになれなかったのは、彼女が実子ではないだろうという推測から逃れられなかったことに加えて、もし彼女が実子だったらかつて浦登邸で口にした<ダリアの肉>、玄児の輸血によって胎内に取り込む結果となった<ダリアの血>ゆえに、千織も<不死の血>……それは呪縛かもしれない……が体内に流れる存在なのかもしれない、と恐れを抱いたからでなかったか。幸いに(?)娘は事故死だったので<復活>は免れたものの、却ってそれが中村青司のなかでなにかのスイッチが入るきっかけとなり、件の凶行へ駆り立てたのかもしれない。
 が、それはダリアの呪縛を己の死を以て絶とうとしたからだ、とはどうしても思えない。自殺した者は生者にあらず死者にあらず、この世に在って惑い続ける存在となるゆえに──中村青司も暗黒館で知っていたはずの、<ダリアの肉>を食した者の逃れられぬ定め──。
 そこで注目されるべきは、中村青司が死の直前に弟へ掛けてきた電話での台詞だ。曰く、自分たちはいよいよ新しい段階を目指す。曰く、大いなる闇の祝福が云々。なんの予備知識も与えられていない第三者にはチンプンカンプンな内容だけれど、『暗黒館の殺人』のあとで『十角館の殺人』を読み返すなら否応なくこの台詞にぴん、と来る。即ち、<ダリアの宴>の結果を意識した台詞──遺言──頌(オード)なのだ。なお、この箇所は新装改訂版の刊行に伴い加筆された。
 ところで、なぜ中村青司は自邸の離れとして、よりにもよって十角形の建物を建てたのか。角島の屋敷と十角館、湖の小島の暗黒館と十角塔。思うにかれは、浦登家の人々を、就中浦登玄児のためのモニュメントとして建築したのだろう。再建にかかわった暗黒館の各館を<惑いの檻>を中心に交差する廊下(十角塔から見おろすと、十字架を模した形になる)でつないだのと同じ想いから。……『十角館の殺人』の初稿タイトルはそういえば、『追悼の島』でしたね。
 『暗黒館の殺人』の「中也」が語り手を務めるメイン・パートが終わった瞬間から、中村青司と<館>シリーズの物語が新しく始まる。となると、最大級の疑問が脳裏をかすめて、やがてじわじわと侵食して中心に居坐るようになる──即ち、果たしてかれ中村青司は本当に死亡したのか? 暗黒館の中庭の<惑いの檻>で他の者同様未だかれも惑い続けてこの地上にいるのだろうか? ……生きることも死ぬこともできず……なんとなればかれも<ダリアの宴>に列なり、<ダリアの肉>を食した者であり、玄児経由で<不死の血>を体内に取りこんだ「仲間」なのだから。玄児がいみじくもこぼしたように、──「いったんは去っても、君はここに帰ってくる。俺には分かる。今は否定し、拒否しようとしていても、いずれはすべてを受け入れ、帰ってくる」(第3巻 P154)──ついでに触れれば、作者は『水車館の殺人』旧文庫版の「あとがき」でぼやいている。曰く、いっそ中村青司を生死不明にしてしまおうか云々、と。
 もう一つ。『十角館の殺人』にて中村青司が妻の左手を切り落としたのは、ダリアや玄児の左手首にあった傷、<聖痕>を意識したか、それとつながるなんらかの事情ありきの行為だったのかもしれない。……と、これはただ、ふと思うたまでのこと。□

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