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第2581日目 〈綾辻行人『暗黒館の殺人』を読みました。〉3/3 [日々の思い・独り言]


 『暗黒館の殺人』と『十角館の殺人』の相関は以上を以て区切りとし、ここから先は駆け足で『水車館の殺人』から『黒猫館の殺人』までシリーズ諸作の要素が『暗黒館の殺人』に反映した箇所について述べてゆく。ちょっと長めの備忘と思うていただいても構わない。
 暗黒館には昭和18(1943)年、<幻視の画家>藤沼一成が訪れて仮称「時の罠」を描き、おそらくは同じ時期に「緋の祝祭」と「兆し」と題する絵画を贈った(第3巻P484-87、第4巻P229-32)。作品クライマックスの火災を免れて残った作品は1970年代中葉、画家の息子紀一に請われて所蔵先を暗黒館から岡山の水車館に移している(第4巻P377、『水車館の殺人』P79-80)。
 今度は戦後、昭和25(1950)年10月に探偵小説作家・宮垣杳太郎(※)が、父を通して知己であった浦登征順を訪ねて、暗黒館へ来た。このとき宮垣は処女作『瞑想する詩人の家』(初版?)に署名して、贈っている。馴染みある旧姓時代の征順の名を為書にして(第2巻P401-03、第4巻P338-41)。宮垣杳太郎は丹後半島・迷路館の主人である。
 火事で焼失した暗黒館・北館の再建にあたって、浦登柳士郎は懇意にしていた古峨精計社社長(当時)、古峨倫典へ1階サロンの壁に埋めこむからくり時計を特注した。その時計は、午前の正時には<赤の円舞曲>を、午後の正時には<黒の円舞曲>を、それぞれ奏でるよう設定されている。この2曲は若かりし頃の浦登美惟が作曲したもの(第1巻P528-33)。古峨倫典は鎌倉・時計館の初代館主である。
 『黒猫館の殺人』のモティーフ、<アリス>は美鳥と美魚姉妹の飼い猫チェシャの名に明かだが、鏡合わせという点を考慮するならなによりも美しきシャム双子の彼女たちの格好を指摘できようし、併せて彼女たちの私室の造作、家具調度(書架の本を含む)までもその範疇に入れられるだろう。
 また『暗黒館の殺人』第2巻「解説」で佳多山大地が、本作と『人形館の殺人』の相関について<封印された記憶>を指摘している(P453)が、これは蓋し卓見と思うた。まったく気附かなかったなぁ。
 ──斯様に『暗黒館の殺人』は新装なったあとの先行6作を統合する役割をも担った。これを旺盛なるファン・サービス(=一見さんには敷居が高い)と取るか、作者の自己満足とひねた見方をするか(事実、こうした見方はある)。或いは、これまで断片的に提示されていたシリーズの構成要素に有機的つながりを持たせた腐心の成果と評価するか。読み終えた者の読解力と省察力によって印象は異なろう。即ち、これまでの読書履歴(量と質)と読書姿勢が問われることにもなる。
 統合云々は置いておくとしても、時系列でいえばこれが出発点となったことを併せて考えれば、その後中村青司が手掛けて江南孝明&鹿谷門美がかかわってゆくことになる館、そのそれぞれの施主が如何なルートで中村青司を知り、自邸の設計を依頼したのかも自ずと明らかであろう。未だ姿を現さぬ第10の館についても、それは同じであるまいか。
 なお、余談ながら旧文庫版「あとがき」で作者は中村青司に触れて、(『十角館の殺人』では死亡としたけれど)その実いまは生死不明ってことにしようか……、と嘆息していることを紹介しておきたい(P348)。

 筆を擱く前に老婆心じみた忠言を。ゆめ読み急ぐなかれ。机にかじりついて一語一語を精読する必要はないけれど、活字の表面にただ視線を滑らせるのではなく、一行一行を丁寧に読み、時には前の方へ戻って鏤められた伏線や描写を検めるなどしながらゆっくりと、それこそ狐こと山村修の井上究一郎訳プルースト『失われた時を求めて』に寄せた書評の一節ではないけれど、ゆっくりと、時間を失いながら読んでゆくべきなのだ。
 文庫版『暗黒館の殺人』全4巻に読み応えある解説を寄せた佳多山大地の表現を援用すれば、作品のなかに降り積もった長き時間を辿るように読者もまた腰を据えて時間を失ってゆく法悦へ身も心も浸かればよい。物語はそれに見合った読み方を読者へ求める。その意を汲んだ読者ならば、『暗黒館の殺人』を長すぎるとか読みにくいなどというだけの、的外れで己の読解力の浅さを露呈するような意見を無自覚にインターネット上へあげる愚は、けっして犯さないだろう。◆


 ※「宮垣杳太郎」の表記は『迷路館の殺人』と『暗黒館の殺人』で混在している。
 旧文庫版・新装改訂版『迷路館の殺人』と講談社ノベルス版『暗黒館の殺人』では「葉太郎」、文庫版『暗黒館の殺人』では「杳太郎」となっているのだ。
 それぞれ初刊の刊行年月を挙げると、『迷路館の殺人』旧文庫版は1992年5月、新装改訂版は2009年11月、講談社ノベルス版『暗黒館の殺人』は2004年9月、文庫版『暗黒館の殺人』は2007年10-11月である。
 文庫版『暗黒館の殺人』と、そのあとで新装改訂版が出された『迷路館の殺人』で表記が異なる理由については不明だが、本稿に於いては文庫版『暗黒館の殺人』に従って「宮垣杳太郎」で統一した。現時点で流通する各版でこの点が解消されているのか、調査は行っていない。
 序に申せば『奇面館の殺人』では「宮垣杳太郎」と表記されている(上巻P355)。□

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