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第2582日目 〈綾辻行人『びっくり館の殺人』を読みました。〉 [日々の思い・独り言]

 『暗黒館の殺人』を読了した翌日から『びっくり館の殺人』を読む。それはちょっと苦痛を伴うものであった。物語の軽さ、密度の薄さにとまどい、それに折り合いを付けられないまま巻を閉じるに至ったからである。
 作者は機会ある毎に『びっくり館の殺人』はシリーズ番外編にあらず、正統なる第8作なり、の考えを発信してきた。にもかかわらず、本作を否定する向きは多いようで、それはおそらく本作の出自に大きく由来するのだろう。
 『びっくり館の殺人』の親本はお馴染み講談社ノベルスではなく、<新本格ミステリ>の産みの親、名伯楽・宇山日出臣が企画した《講談社ミステリーランド》叢書の1冊として刊行された。作者が「初めて『少年少女向け』を念頭に置きながら」(『奇面館の殺人』下P329)執筆した作品である。
 が、対象年齢がどうあれ綾辻行人は手を抜かない。甘い言葉でお茶を濁したり、勧善懲悪メデタシメデタシで終わる展開になどしたりしない。手加減なし。それが証拠に作中で2度起こる殺人事件の真相や動機、どこか常軌を逸したびっくり館住民の言動、かれらのファミリー・ヒストリー、阪神・淡路大震災とのリンクなど、結構グイグイ攻めてくるタフネスかつダークネスな作品となっているのだよ、この『びっくり館の殺人』は。
 良くも悪くも本作は、(見ようによっては『暗黒館の殺人』以上に)読者の評価が大きく分かれる。道尾秀介のようにシリーズ屈指の傑作と評価する人もいれば、手応えのなさと殊ラストの不明瞭さに本を抛り投げ、知る言葉を動員して罵倒を尽くす人もいる。わたくし? さあ、どちらでしょうね。本稿をお読みいただけば、おわかりでは?
 兵庫県A**市六花町にある古屋敷龍平氏の邸宅、通称「びっくり館」は1964年、中村青司によって設計されたシリーズ第8の館。判明している限りでここは中村青司が、まっさらな状態から設計図面を引いた最初の館となる。施主の古屋敷龍平氏はかれを「信頼をおいていた古い友人に紹介され」(P204)たそうだが、この旧友とはいったい誰だろう? 候補に挙げられるのは浦登征順か神代教授なのだが……。
 『びっくり館の殺人』は2005年6月、語り手の永沢三知也が子供時代を過ごしたA**市を訪れる場面から始まり、自身第一発見者となる殺人事件が発生した1994年8月末から12月にかけての出来事を回顧する、いわば額縁小説の体を取る。シリーズの時系列でいえば『びっくり館の殺人』は次作『奇面館の殺人』の翌年のお話だ。鹿谷門美が三知也相手に口にした「不気味な仮面をモティーフにした館」(P138)とは奇面館を指す。時系列に於いて『びっくり館の殺人』はシリーズ最新の事件を扱っているのだ。備忘を兼ねてここに記す。
 本作で作者はこれまで以上の遊び心を発揮して、読者を楽しませてくれている。たとえば、登場人物に中井英夫『虚無への供物』やポオ「黒猫」を読ませてみたり、昭和29年の洞爺丸沈没事件に関係者を遭遇させていたり、或いは映画『エクソシスト』や『オーメン』を連想させる数々の描写があったり、と。若年の読者が将来なにかの拍子にそれを思い出して、観たり読んだりするきっかけとなれば、と願うてのことである由。
 作者の思いを恣意的に受け取れば、若き中村青司が施主の養女を気にかけており、館の竣工時にサティのピアノ曲のレコードをびっくり箱仕立ての建築模型と一緒に贈った、という昔語りも『暗黒館の殺人』を未読の人へのプレゼンテーションと見ることだって可能だろう。養女の名は、古屋敷美音……「みお」、である。
 『びっくり館の殺人』の要諦を担うのは、やはり古屋敷梨里香(龍平氏の孫)だろう。弟俊生の口から、腹話術人形リリカの口から、亡き梨里香についての幾つかの証言。曰く、ときどき瞳がいろいろな色に変化した。曰く、怖い顔をして不気味な呪いの言葉めいたことを呟いていた。曰く、まわりの人を自分の意のままに操っている。そうして梨里香は母、美音から「悪魔の子」と呼ばれていた……。ちなみに梨里香の誕生日は、嗚呼! 6月6日なのである。
 『びっくり館の殺人』は日にちを置いて読み返すと作中に仕掛けられた怖さが、じわり、じわり、と読み手のなかに染みこんできて、思い出すたび悶々とした気持ちにさせられる類のお話。そうして気になり始めるとそう簡単に心のなかからこれが消えることはなく、いつの間にやら再び本書を手に取って読み耽る羽目になるお話。そんな不思議なポジションを占める作品なのだ、『びっくり館の殺人』は。◆

 追記
 講談社ノベルス版巻末には、道尾秀介を相手にしたネタバレ満載の袋綴じ対談が収録されている。なかなか示唆に富む内容にもなっているので、こちらも是非お手許にどうぞ。□

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