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第0301日目 〈サムエル記上第31章:〈ギルボア山での戦闘〉〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第31章です。

 サム上31:1-13〈ギルボア山での戦闘〉
 主の言葉どおりの運命が訪れた。
 イスラエルとペリシテは戦場で激突し、イスラエルは圧された。ギルボア山にイスラエル兵が倒れ、ペリシテ兵が侵入した。サウルの3人の息子、即ちヨナタンとアビナダブ、マルキ・シュアが討たれて死んだ。
 サウルも敵の射手に打たれ、深手を負った。王は傍らの従卒に命じて、自分を殺めるようにいった。「あの無割礼の者どもに襲われて刺し殺され、なぶり者にされたくない。」(サム上31:4)
 しかし、従卒にはできなかった。サウルは刃を上に向けた剣を地に差し、その上に倒れこんで自害した。従卒も、他の者も、王に倣ってそうやって自害した。
 ペリシテ軍は翌朝、サウルの遺体を発見した。首を切り落とした。全軍にサウル王の死と戦勝を伝える使者が送られた。サウルの遺体からは武具が剥がれ、遺体はベト・ヤシュの城壁に曝された。
 「ギレアドのヤベシュの住民は、ペリシテ軍のサウルに対する仕打ちを聞いた。戦士たちは皆立って、夜通し歩き、サウルとその息子たちの遺体をベト・ヤシュの城壁から取り下ろし、ヤベシュに持ち帰って火葬に付し、彼らの骨を拾ってヤベシュのぎょりゅうの木の下に葬り、七日間、断食した。」(サム上31:11-13)

 サウルとその息子たちの壮絶な戦死を以てサムエル記上は幕を降ろす。おそらく悲劇色の濃さという点では、この書物は旧約聖書中でも5指に入る、と断言してよいでしょう。
 ヤベシュ・ギレアドはサム上11にてアンモン人に包囲されていたところを、サウルに助けられた過去があります。サウルはこのあと、ギルガルの地で初代イスラエル王に即位したのであります。いってみれば、サウルの遺体を人目に曝さぬためのこの夜更けの行為は、彼らのサウルへ対する恩情の厚さを物語っておりましょう。
 ちなみに、ぎょりゅうの木とは乾燥地に生える灌木で、その木陰は旅人に涼をもたらすといいます。この木は本章とサム上22:6の他、創21:33に出てまいります。「アブラハムは、ベエル・シェバに一本のぎょりゅうの木を植え、永遠の神、主の御名を呼んだ。」これに続く文言は、「アブラハムは、長い間、ペリシテの国に寄留した」であります(創21:34)。このあと、アブラハムは息子イサクを主にささげるのです。



 読むのを中断していたキング&ストラウブ『ブラックハウス』。最近またちゃんと読み出しました。いよいよ最終コースをまわり、佳境に突入です。
 樹海を舞台にしたサバイバル小説は、もさもさ執筆中であります。完成? うーん、いつだろ。◆

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第0300日目 〈サムエル記上第30章:〈アマレク人に対するダビデの出撃〉〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第30章です。

 サム上30:1-31〈アマレク人に対するダビデの出撃〉
 ダビデ不在のツィクラグとネゲブをアマレク人が襲った。彼らは町を焼き、ダビデの妻アヒノアムとアビガイルを含む女たちと若者から老人までを連れ、略奪をして去った。
 戻ってきたダビデの兵たちは悲嘆に暮れ、遂にはダビデを石で打ち殺そうとまでいう始末。ダビデは苦しんだが、「その神、主によって力を奮い起こした。」(サム上30:6)そうして主に託宣を求めた━━アマレク人を追撃するか、まだ追いつけるか、と。主は諾を下した。ダビデは兵600人を率いて出撃した。内200人は疲労のため、ベソル川のほとりでダビデらの帰りを待った。
 ダビデとその兵400人は進んだ。途中、アマレク人の奴隷であったが病のため捨てられた一人のエジプト人と会った。自分を殺めない、アマレク人の主人に引き渡さない、という条件で、彼はダビデらをアマレク人の野営地に案内した。
 アマレク人はペリシテとユダの略奪品に埋もれ、飲めや食えやのお祭り騒ぎに耽っていた。そこをダビデらは襲い、略奪された人々や品を取り戻した。そうしてツィクラグへの帰還の途に就いた。
 ベソル川のほとりに残った200人はダビデらの帰還を喜んだ。が、ダビデについていった者のなかには、あの200人に戦利品を分け与える必要はない、家族を受け取ればよい、という者もいた。
 それを聞いてダビデは、否、といった。兄弟たちよ、とダビデはいった。
 「主が与えてくださったものをそのようにしてはいけない。(中略)荷物のそばにとどまっていた者の取り分は、戦いに出て行った者の取り分と同じでなければならない。皆同じように分け合うのだ。」(サム上30:23-24)
 「この日から、これがイスラエルの掟、慣例とされ、今日に至っている。」(サム上30:25)
 帰ったあと、ダビデは友であるユダの長老たちへ、戦利品の一部を贈り物として届けた。

 引用したダビデの台詞(サム上30:23-24)は社会主義の萌芽と受け取れなくもありません。って思うんですよね。



 そろそろストラヴィンスキーについてのエッセイでも書こうか、と思っています。生涯と作品。推薦CDなんだが、ロバートクラフトの《ストラヴィンスキー作品集》(NAXOS)の他は、なんにしよう……。自作自演は特別枠だが、あともう一つは……!?◆

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第0299日目 〈サムエル記上第29章:〈ダビデ、ペリシテ軍から離脱する〉〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第29章です。

 サム上29:1-11〈ダビデ、ペリシテ軍から離脱する〉
 ペリシテの全軍はアフェクの地に集結し、イズレエルに陣を構えるイスラエルに向けて行軍を開始した。
 ダビデはアキシュ王と一緒にしんがりを務めて進んだ。アキシュの傍らにいたペリシテの武将たちはダビデの素性を知ると、「我々と共に戦いに向かわせるな。戦いの最中に裏切られてはならない」(サム上29:4)といって反発した。
 アキシュは呼んで、渋るダビデを説得した。「わたしには分かっている。お前は主の御使いのように良い人間だ。」(サム上29:9)が、武将らが斯くいうので、お前はお前に与えた町へ帰りなさい、と。
 そうしてダビデはアキシュ王と分かれ、行軍を続けるペリシテ軍から離れ、サム上27:6で賜ったツィクラグの町へ、その兵たちと共に帰った。

 同じ王でもサウルと較べるとアキシュの方が寛大だ、とする意見があるらしいのですが、それは較べること自体が根本的に間違っていると思います。王とは雖もアキシュはペリシテ領内の或る町を治めるだけの地方領主にも似た存在。対してサウルは全イスラエルを統べて導く立場にある主の代理人です。重圧も立場もまるで異なる「王」であります。
 サウルとヨナタンが主の言葉どおりの運命に直面するまで、あと2日……。



 クラフトcondストラヴィンスキー《ハ調》&《3楽章》、復活万歳(NAXOS 8.557507)。

 当面の願いはただひとつだけ、いまはひたすら、ひたすら小倉さんに逢いたい。それだけ。
 KBMの誰彼でいいから再会に協力してっ!! うわおーん、お願い~、と遠吠えしてみる月の夜。◆

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第0298日目 〈サムエル記上第28章:〈サウル、口寄せの女を訪れる〉〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第28章です。

 サム上28:1-25〈サウル、口寄せの女を訪れる〉
 アキシュ王は対イスラエル戦の準備中、ダビデにも戦陣へ加わるよう命じた。ダビデは諾い、王の護衛の長に任ぜられた。
 ペリシテ軍はイスラエルのイサカル領内イズレエル平野のシュネムに人を敷き、サウルのイスラエル軍はギルボア山に陣を置いた。ペリシテの陣容を目にしたサウルはおののいて主に託宣を求めたが、主はなにも応えなかった。
 そこでサウルは領境近くのエン・ドムにいる、という口寄せ女を、身分を隠して訪れた。サウルは亡きサムエルを呼び出させた。憤るサムエルにサウルは訊ねた、為すべきことを教えてほしい、と。
 するとサムエルはこう応えた、━━
 「主があなたを離れ去り、敵となられたのだ。主はわたしを通して告げられたことを実行される。あなたの手から王国を引き裂き、あなたの隣人、ダビデにお与えになる[さんさんか註:サム上15:28]。あなたは主の声を聞かず、アマレク人に対する主の憤りの業(わざ)を遂行しなかったので、主はこの日、あなたに対してこのようにされるのだ。主はあなたのみならず、イスラエルをもペリシテ人の手に渡される。明日、あなたとあなたの子らはわたしと共にいる。主はイスラエルの軍隊を、ペリシテ人の手に渡される。」(サム上28:16-19)
 サウルは恐怖と疲労とでその場へ倒れた。それから口寄せ女と家臣の奨めに従って、口寄せ女の供する食事にあずかり、その夜に立ち去ってイスラエルの人へ戻った。

 口寄せ女、霊媒の類はレビ20:27や申18:11で禁ぜられていました。彼らを本章の冒頭でサウルは追放しています。それでいて口寄せ女の許を訪れたのは、サウル自身の信仰が既に主から離れて堕ちていたことを匂わせた記述といえましょう。
 なお、ペリシテが陣を敷いたシュネムはナザレ南東にあってイズレエル平野の東端に位置し、ギルボア山はむろんシュネムの目と鼻の先にあります。山の稜線をそのまま南へ伸ばしてゆくと、サマリア丘陵にぶつかります(よきサマリア人云々という文言をお聞きになったことがあると思います)。
 サムエルが触れたアマレク人への不徹底はサム上15にあります。



 今夜は久しぶりにオムレツを作りました。まぁまぁの出来、かな。なんて自負してみたりする。◆

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第0297日目 〈サムエル記上第27章:〈アキシュのもとに滞在するダビデ〉&マイケル・ジャクソン追悼番組を視聴した。〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第27章です。

 サム上27:1-12〈アキシュのもとに滞在するダビデ〉
 「わたしは愚かであった。大きな過ちを犯した。(中略)わが子ダビデよ、お前に祝福があるように」とサウルはいった(サム上26:21,25)。が、ダビデはサウルへの不信を拭いきれず、兵600人を連れて、ペリシテ人のガトの王アキシュの許へ、それぞれの家族を伴って逃れた。サウルはそれを知っても、もはや追撃はしなかった。
 ガトの王アキシュはダビデの乞いに応え、ツィクラグの町を与えた。ダビデらはそこに━━ペリシテに1年4ヶ月住んだ。ツィクラグはユダの王に属して今日までそこにある。
 ダビデらはたびたび外敵、即ち、ゲシュル人、ゲゼル人、アマレク人を襲った。襲撃した町の住民は例外なく討って絶やした。これはダビデの戦法であった。町の誰かが逃れて、ダビデのやり方が他に報されないようにである。
 それを聴きながらガトの王アキシュは、ダビデが全イスラエルから嫌われた以上自分の僕であり続けるだろう、と思い、ダビデを信じた。



  録り溜めしていた『CSI:科学捜査班』(AXN)を観たあとでCSのチャンネルをいじっていたら、MTVでマイケルジャクソン追悼番組を放送中。じっ、と観ていました。「Ghosts」一寸はしょりすぎ。
 急逝から一ヶ月強。こうした番組を観たり雑誌の記事を読んで、ようやく、ああマイケルは本当に死んじゃったんだ、と実感。変な話ですが、そんな気持ちです。目尻にも、じわり。心のなかで特別な位置を占めていた人の突然の死、って、そんなものですよね。もう経験したくないけれど。
 これだけあらゆる面で、あらゆる意味で、<マス>な存在は音楽界からはもう出て来ないでしょうね。それだけのスターを生み出せる時代は、既に過去なのです。あまりにも音楽は細分化されすぎたよ。
 そのあとは、NHK総合にて再放送された特集番組を。「THRILLER」と「BAD」(歌詞、台詞とも字幕の訳が新しいものになっていました)のノーカットをメインに、足跡をざっと駆け足で紹介。本放送が急逝の数日後でしたから、練れてはいないが、それなりに丁寧な作りだったと思います。満足しました。もう一度いいますが、本当に死んじゃったんですね……。◆

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第0296日目 〈サムエル記上第26章:〈ダビデ、サウルを寛大に扱う〉〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第26章です。

 サム上26:1-25〈ダビデ、サウルを寛大に扱う〉
 砂漠の手前、ハキラの丘にダビデあり。━━ジフ人の報せを承け、サウルはイスラエルの陣営から3,000人を選んで、ジフの荒れ野に下って捜し、陣を敷いた。その晩、━━
 ダビデはヨアブの兄弟ツェルヤの子アビシャイを連れて、「主から送られた深い眠り」(サム上26:12)に就いていたサウル陣営へ潜りこみ、王の枕許にあった水挿しと地面に突き刺してあった槍を奪うと、陣営のあちら側、遠く離れた山の頂へ立ち去った。
 陣営にいるとき、アビシャイは、その槍でサウルを刺殺してしまえ、主はサウルをあなたの手に渡されたのだから、とそそのかしたが、ダビデは「否」と首を横に振った。
 「主は生きておられる。主がサウルを打たれるだろう。時が来て死ぬか、戦に出て殺されるかだ。主が油を注がれた方に、わたしが手をかけることを主は決してお許しにならない。」(サム上26:10-11)
 ━━ダビデは山の頂から、サウルの兵たち、司令官アブネル(ネルの子、サウルの親類。サム上14:50参照)に呼ばわった。その声にサウルは反応した。
 ダビデはサウルにいった、━━
 「わが主君はなぜわたしを追跡なさるのですか。わたしがなにをしたというのでしょう。わたしの手にどんな悪があるというのでしょうか。(中略)どうか、わたしの血が主の御前を遠く離れた地で流されませんように。まことにイスラエルの王は、山でしゃこを追うかのように、蚤一匹をねらって出陣されたのです。」(サム上26:18,20)
 サウルはダビデに応えた。
 「わたしが誤っていた。わが子ダビデよ、帰って来なさい。(中略)わたしは大きな過ちを犯した。」(サム上26:21)
 再びダビデはサウルにいった、━━
 「主は、おのおのに、その正しい行いと忠実さに従って報いてくださいます。(中略)今日、わたしがあなたの命を大切にしたように、主もわたしの命を大切にされ、あらゆる苦難からわたしを救ってくださいますように。」(サム上26:23-24)
 再びサウルはダビデに応えた。
 「わが子ダビデよ。お前に祝福があるように。お前は活躍し、また、必ず成功する」(サム上26:25)
 ……そうしてダビデは自分の道を行った。サウルは自分の場所へ戻っていった。

 一連のサウルによるダビデ追討劇。その最後は、ダビデとサウルが真に和解を結べぬままそれぞれの〈道〉を歩いていった、と象徴的な文言を以て締め括られます(サム上26:25)。
 そして、われらにとっても近いうちにサウル(と子息ヨナタン)の死が語られます。が、それはまだ少しだけ先のお話です。



 傘つきお月様を眺めながらおぐゆーさんをつらつら想ふ。溜め息はふん。気がつきゃ空き缶15本。なのにさっぱり酔えぬ、週末の夜半。ストラヴィンスキーのオペラを寝転がって聴きながら、乱れがちなこの心をなんとかしよう。
 あ、明日は久しぶりにアイスコーヒーを作ろう。◆

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第0295日目 〈サムエル記上第25章:〈サムエルの死〉〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第25章です。

 サム上25:1-44〈サムエルの死〉
 「サムエルが死んだので、全イスラエルは集まり、彼を悼み、ラマにある彼の家に葬った。ダビデは立ってバランの荒れ野に下った。」(サム上25:1)
 マオンの荒れ野にあるマオンに、ナバルとアビガイルという夫婦がいた。夫ナバルはカルメル(マオン北方)に仕事場を構える裕福な男とであった。「妻は聡明で美しかったが、夫は頑固で行状が悪かった。彼はカレブ人であった。」(サム上25:3)
 そのナバルの許へ、ダビデは十人ばかしの使者を送った。ナバルを寿ぎ、食糧など調達させてほしい、と。ナバルはそれを断り、ダビデの使者を追い返した。ダビデは兵に剣を構えさせ、ナバルとそれに属する男たちを滅ぼさんとして、バランからマオンに上った。
 ナバルの妻アビガイルは夫の不義を知ると、大急ぎでパンやぶどう酒、菓子などを用意して、ナバルにはなにも告げず従者を連れて、ダビデの許へ出発した。彼女は途中で、マオンに上るダビデと会った。そして夫の不義を詫び、ダビデはそれを許した。「ダビデは、彼女の携えてきた贈り物を受け、彼女に言った。『平和に帰りなさい。あなたの言葉を確かに聞き入れ、願いを尊重しよう。』」(サム上25:35)
 それから十日後、主の怒りがナバルに落ちた。彼は死んだ。ダビデはナバル死亡を聞くと、「『主はたたえられよ。主は、ナバルが加えた侮辱に裁きを下し、僕(しもべ)に悪を行わせず、かえって、ナバルの悪をナバルの頭(こうべ)に返された』と言った。」(サム上25:39)
 未亡人となったアビガイルは、ダビデの求めに応えて彼の妻となった。ダビデの妻はこのアビガイルとイズレエル出身のアヒノアム(サウルの妻だった女性か?)の二人。サウルの次女でダビデとの妻だったミカルは、ガリル出身のライシュの子パルティに与えられた。

 以下は、煩雑を恐れて本文に落としこまなかったアビガイルとダビデの台詞です。
 途中の半角数字は、「節」を示します。

 アビガイル
「24 御主人様、わたしが悪うございました。お耳をお貸しください。はしための言葉をお聞きください。
25 御主人様が、あのならず者ナバルのことなど気になさいませんように。名前のとおりの人間、ナバルという名のとおりの愚か者でございます。はしためは、お遣わしになった使者の方々にお会いしてはいないのです。
26 主は生きておられ、あなた御自身も生きておられます。あなたを引き止め、流血の災いに手を下すことからあなたを守ってくださったのは主です。あなたに対して災難を望む者、あなたの敵はナバルのようになりましょう。
27 ここにある物は、はしためが持参した贈り物でございます。お足もとに仕える従者にお取らせくださいますように。
28 どうかはしための失礼をお許しください。主は必ずあなたのために確固とした家を興してくださいます。あなたは主の戦いをたたかわれる方で、生涯、悪いことがあなたを襲うことはございませんから。
29 人が逆らって立ち、お命をねらって追い迫って来ても、お命はあなたの神、主によって命の袋に納められ、敵の命こそ主によって石投げ紐に仕掛けられ、投げ飛ばされることでございましょう。
30 また、主が約束なさった幸いをすべて成就し、あなたをイスラエルの指導者としてお立てになるとき、
31 いわれもなく血を流したり、御自分の手で復讐なさったことなどが、つまずきや、お心の責めとなりませんように。主があなたをお恵みになるときには、はしためを思い出してください。」(サム上35:24-31)

 ダビデ
「32 イスラエルの神、主はたたえられよ。主は、今日、あなたをわたしに遣わされた。
33 あなたの判断はたたえられ、あなたもたたえられよ。わたしが流血の罪を犯し、自分の手で復讐することを止めてくれた。
34 イスラエルの神、主は生きておられる。主は、わたしを引き止め、あなたを災いから守られた。あなたが急いでわたしに会いに来ていなければ、明日の朝の光が射すころには、ナバルに一人の男も残されていなかっただろう。」(サム上35:32-34)

 本章の新共同訳の小見出しは若干的外れではないか、と疑問でなりません



  仲道郁代の弾くピアノ・ソナタ第21番《ワルトシュタイン》と《エリーゼのために》を聴いていました(BVCC-34105)。21世紀の収穫であると思います。◆

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第0294日目 〈サムエル記上第24章:〈エン・ゲディにおけるダビデとサウル〉〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第24章です。

 サム上24:1-23〈エン・ゲディにおけるダビデとサウル〉
 ダビデとその兵はマオンの荒れ野、分かれの岩からエン・ゲディの要害へ移動した。ペリシテ人を討ったサウルもエン・ゲディの要害へ迫った。
 要害には洞窟があって、サウルは用を足すためそこへ入っていった。洞窟の奥にはダビデらが身を潜めていた。
 兵たちはいった、主はサウルを貴方ダビデに渡すと仰った、いまぞその時、と。ダビデは忍び寄ってサウルの上着の裾を切り取ったが、すぐに後悔して思い直した。自分には王を討てない、彼は主が油を注がれた方なのだから、と。
 用を足したサウルの後ろからダビデは声をかけた。振り返ったサウルの前にダビデはひれ伏して礼をして、いった。
 わが父よ、とダビデはいって、切り取った上着の裾を見せた。「わたしは上着の端を切り取りながらも、あなたを殺すことはしませんでした。御覧ください。わたしの手には悪事も反逆もありません。(中略)イスラエルの王は、誰を追って出てこられたのでしょう。あなたは誰を追跡されるのですか。死んだ犬、一匹の蚤ではありませんか。主が裁き手となって、わたしとあなたの間を裁き、わたしの訴えを弁護し、あなたの手からわたしを救ってくださいますように。」(サム上24:12,15-16)
 サウルは、お前は正しい、とダビデにいった。「主がわたしをお前の手に引き渡されたのに、お前はわたしを殺さなかった。自分の敵に出会い、その敵を無事去らせる者があろうか。(中略)今わたしは悟った。お前は必ず王となり、イスラエル王国はお前の手によって確立される。主によってわたしに誓ってくれ。わたしの後に来るわたしの子孫を断つことなく、わたしの名を父の家から消し去ることはない、と。」(サム上24:19-22)

 ダビデとサウルは和解を果たしました。が、和解は一時的でしかありません。「サウルは自分の館に帰って行き、ダビデとその兵は要害にのぼっていった」本章を結ぶこの一節(サム上24:23)がそれを暗に物語っております。事実、サム上26で再び二人は対立しています。一度壊れたり縺(もつ)れた関係を修復するのは難しいのですね、古今東西。
 上着の裾を切り取る、という行為がされましたが、これは「謀反」や「反逆」を象徴する行為の由。逆に、裾を摑む、とは「契約を結ぶ」や「忠誠」といった意味であるそうです(ティンデル『サムエル記』P156下)。



 なんと! 母校が県代表として甲子園進出!
 びっくり! でも、やった! 悲願の甲子園だっ! おめでと~ッ! 激戦区を勝ち残ったそのパワー、余すところなく見せつけてきたれっ!! 
 で、さんさんか、ただいま祝盃から帰宅したところです。うぃっぷ。◆

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第0293日目 〈サムエル記上第23章:〈ケイラとジフにおけるダビデ〉〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第23章です。

 サム上23:1-28〈ケイラとジフにおけるダビデ〉
 ペリシテ人がケイラの町を襲撃した。ダビデは主の託宣によりケイラ救援に赴き、ペリシテ軍に打撃を与えて町を救った。
 ダビデはそのままケイラの町に入った。が、サウルはそれを知り、町を包囲した。ダビデは主の託宣に従い、約600人の兵を連れてケイラを脱出。しばらくあちこちを流離って、ジフの荒れ野の山地に留まった。
 が、サウルはダビデの居場所を突き止めるや、ただちに彼の地へ向かった。ジフの人々の密告によって、王のダビデ討ちがされるのである。王はジフの人々にダビデの足跡を事細かに調べあげさせて、どんなごまかしも見落としもないよう要求した。これはジフのある地域が丘陵地帯で足場の悪い場所続きなので、無駄にダビデを追撃して消耗を避けるためである。
 それに先立ち、ジフの荒れ野のホレシャにいるダビデの許を、あのヨナタンがそっと訪れていた。彼はダビデにいった、━━
 「恐れることはない。父サウルの手があなたに及ぶことはない。イスラエルの王となるのはあなただ。私はあなたの次に立つ者となるだろう。父サウルもそうなることを知っている。」(サム上23:17)
 さて。ダビデは砂漠(イェシモン)の南方、アラバのマオンの荒れ野にいた。サウルはそれを追撃した。両者は荒れ野の岩場のそれぞれ片方を行った。引き離さんとする者と追い詰めんとする者、ダビデとサウル。
 ━━と、サウルの許へ一報が届けられた。ダビデを目前にしながらサウルは反転した。件の報せとは斯くの如くである、━━
 「急いでお帰りください。ペリシテ人が国に侵入しました。」(サム上23:27)
 なお、岩場の、サウルが反転したあたりの場所は、「分かれの岩」と呼ばれた。

 旧約聖書の主たる舞台は現在のヨルダン=ハシミテ王国とイスラエル国、パレスティナであります。地図や地理の本を手許にご用意いただければよいのですが、この地域の気候はいわゆる乾燥気候、BW砂漠気候とBSステップ気候にまたがるエリア。
 旧約聖書では「荒れ野」(「荒れ地」)が物語の舞台として登場すること多くあります。サム上23:24にある「砂漠の南方」とは、砂漠地帯の周縁部であるステップ地帯を指すのでありましょう。



 池袋ショッピングパークのスタバには黒エプロンさんがいるのですね。たぶん、黒エプロンさんをナマで目撃したのは初めてではないか、と……そんな記憶。◆

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第0292日目 〈サムエル記上第22章:〈アドラムとミツパにおけるダビデ〉〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第22章です。

 サム上22:1-23〈アドラムとミツパにおけるダビデ〉
 ガトを去ったダビデはアドラムの洞窟に逃れた。そこに彼の兄弟や父の家の者を始め、困窮していたり負債があったり不満を持つ者たちも集まってきた。ダビデはその約400人の集団の頭領となった。
 ダビデはモアブのミツパに行き、自分がサウルから逃れている間、自分の両親を王の許へあずけた。それから預言者ガドの言葉に従って、ユダの領内ハレトの森へ移っていった。
 サウルはダビデ捜索の手を伸ばしていた。エドム人ドエグが、ノブの祭司アヒメレクとダビデ接触を王に洩らすと、さっそくサウルは祭司をその父の家の者皆をも呼び出した。祭司の弁明に耳を貸さず、サウルはドエグに、アヒメレクとその父の家の者85人を殺させ、また、ノブの町を住民・家畜もろとも剣にかけて殲滅した。
 ただ一人、生き残ったアヒメレクの息子アビアダルはダビデの許へ逃れた。ダビデはいった、━━
 「わたしがあなたの父上の家の者すべての命を奪わせてしまったのだ。わたしのもとにとどまっていなさい。」(サム上22:22-23)

 ダビデよ、謝罪の言葉の一つも無しか?



 出勤前に庭の草むしり。……これが意外に労働でねぇ。
 栄養たっぷりもらってがっつんがっつん伸びてみたいのはわかるが、頼む、あんまり威勢よく成長してくれるな。◆

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第0291日目 〈サムエル記上第21章:〈アヒメレクのもとでのダビデ〉〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第21章です。

 サム上21:1-16〈アヒメレクのもとでのダビデ〉
 サウルの許から逃れたダビデは、エルサレム北北東約5キロにあるノブの町へ足を向けた。そこにはアヒトブの子で祭司アヒメレクがいた。
 アヒメレクはダビデが一人なのを不審に思ったが、ダビデが王の特命によって単独行動している旨いうので、それを信じた。そしてダビデの求めるままに、聖別されて主の御前に供えられていたパン5個と、かつてペリシテ人ゴリアトが使っていた剣を与えた。
 が、ノブにはサウルの家臣の一人、エドム人ドエグという牧者のつわものがいた……。
 ダビデはノブを去って、ペリシテ領へ入った。ガトの王アキシュの許へ行ったが、その家臣たちが囃すので、そこへ留まるのを恐れた。そこで狂人のフリをして、その地を去った。

 ノブの町とは、サム上4にて悲劇に見舞われたシロの町(神の箱が奪われた、祭司エリ[預言者サムエルの育ての親]の死など)にいた祭司たちが移住した町、とのこと。
 なお、本章からしばらく続くダビデ彷徨。そのルート図が岩波Ⅴ『サムエル記』P133にあります。ご参照したい向きはどうぞ……。
 ここでカメオ出演したエドム人ドエグは、次章サム上22で密告役を担います。



 三浦しをん『星間商事株式会社社史編纂室』(筑摩書房)を読了しました。小難しいことはいいません。普段なら2,3日ぐらいかけてじっくり読むところが、頁を繙くや読み止められず、そのまま時計の針が翌日になるのを無視して耽読した、その充実感と「面白かったなぁ」を胸に仕舞ってぐってり朝まで眠りこんだ、といえば、だいたいお察しいただけましょうか?
 機会があればちゃんと、書評という名の感想文を認めたい、と思っています。◆

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第0290日目 〈サムエル記上第20章:〈ダビデとヨナタン〉〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第20章です。

 サム上20:1-42〈ダビデとヨナタン〉
 ラマから逃げ帰ったダビデは、ヨナタンに会った。━━なぜ王は私を殺そうとするのでしょうか、この僕(しもべ)が果たしてなんの罪を犯したというのでしょう、とダビデは訴えた。あなたが「否」というのは、王があなたを苦しませたくない、と配慮しているが為です、とも。
 また、ダビデはこう懇願した。「明日は新月祭で、王と一緒に食事をしなければならない日です。あなたが逃がしてくだされば、三日目の夕方まで野原に隠れています。そのとき、お父上がわたしの不在に気づかれたなら、『ダビデは、自分の町ベツレヘムへ急いで帰ることを許してください、一族全体のために年ごとのいけにえをささげなければなりません、と頼み込んでいました』と答えてください。王が、『よろしい』と言われるなら、僕は無事ですが、ひどく立腹されるなら、危害を加える決心をしておられると思ってください。あなたは主の御前で僕と契約を結んでくださったのですから、僕に慈しみを示してください。もし、わたしに罪があるなら、あなた御自身わたしを殺してください。お父上のもとに引いて行くには及びません。」(サム上20:5-8)
 ヨナタンはダビデを連れて野原へ行(ゆ)き、算段を整えた。そうして、ヨナタンはこういった。明後日(新月祭の2日目)、王にあなたのことを告げたらここへ来て、3本の矢を放とう。それを従者に取りにやらせる。「矢はお前の手前にある」と私が従者にいったらあなたは出て来なさい。無事である。が、「矢はもっと向こうではないか」と従者にいったら、あなたは危ない。逃げよ。ヨナタンはそういった。
 「私とあなたが取り決めたこの事については、主がとこしえにわたしとあなたの間におられる。」(サム上20:23)
 ……新月祭の2日目、ダビデ不在を訝しんだサウルはヨナタンの言葉を聞き、激怒してダビデ拿捕を命じた。曰く、━━
 「心の曲がった不実な女の息子よ。お前がエッサイの子をひいきにして自分を辱め、自分の母親の恥をさらしているのを、このわたしが知らないとでも思っているのか。エッサイの子がこの地上に生きている限り、お前もお前の王権も確かではないのだ。すぐに人をやってダビデを捕らえて来させよ。彼は死なねばならない。」(サム上20:30-31)
 翌日、従者を連れてヨナタンは野原へ出掛けた。3本の矢を放った。従者を取りに行かせて、ヨナタンはいった、矢はもっと向こうではないか、と。
 ヨナタンは、矢を見附けた従者を先に帰らせた。ダビデが野原の南側から出て来て大地にひれ伏し、3度礼をした。彼らは口づけを交わし、抱き合った。ダビデは激しく泣いていた。
 「ヨナタンは言った。『安らかに行ってくれ。わたしとあなたの間にも、わたしの子孫とあなたの子孫にも、主がとこしえにおられる、と主の御名によって誓い合ったのだから。』」(サム上20:42)

 新月祭とは、民28:11-15に既出のお祭りであります(民28〈一日の献げ物〉)。毎月1日にささげるべき焼き尽くす献げ物と穀物の献げ物、ぶどう酒の献げ物が規定されております。これは古代イスラエルにとって重要なお祭りであった、といいます。
 本章は後朝の別れにも似た後ろ髪引かれる挿話が重みを加えています。ヨナタンとダビデという、主の御名によって契約した2人が、一方の親の私情によって引き裂かれる……恋愛物語の王道にして根本といってなんの躊躇(ためら)いがあるでしょう。同性と雖もここまで昇華されると却って美しい挿話とはいえませんか?



 昨日はずいぶん久しぶりな人たちと、有楽町で飲みました。どうやらあの人は都内某所にて、元気で仕事をしているらしい。よかった。息災がなにより。
 近い将来、またあの人に逢える機会があるといいなぁ……。そうしたら、いまのぼくをみてもらえるのに。
 ぼくは傍観者、観察者になって、くだらない小説ばっかり書き続けようと思う。
 あの人の面影を大切に仕舞いこんで、生涯見果てぬ夢を書き綴ろうと思う。
 できるかどうかわからないけど。仕舞うことなくいつも眼前に見られればそれに優る歓びはないのだけれど。
 Come on up for the rising,
 Come on up, lay your hands mine.◆

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第0289日目 〈サムエル記上第19章:〈ダビデの逃亡〉〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第19章です。

 サム上19:1-24〈ダビデの逃亡〉
 サウルはダビデを殺そうと画策した。ダビデをかばう者は二人いた。一人はサウルの息子ヨナタン、もう一人はサウルの娘ダビデの妻ミカルであった。
 ヨナタンはダビデを深く愛していた。サム上18:1に曰く、「ヨナタンの魂はダビデの魂と結びつき、ヨナタンは自分自身のようにダビデを愛した」と。ゆえにヨナタンはダビデをかばい、父王サウルにいった、ダビデがあのペリシテ人ゴリアトを負かしたからこそ主はイスラエルを勝利に導いたのです、それを父王も喜ばれたではないですか、と。続けて、━━
 「なぜ、罪なき者の血を流し、理由もなくダビデを殺して、罪を犯そうとなさるのですか。」(サム上19:5)
 サウルは答えた、主は生きておられる、わたしはダビデを殺さない、と。
 斯くしてダビデは再びサウルに仕え、ペリシテ人との度重なる戦に出陣して勝利を手にし続けた。ペリシテ人はダビデ来たると知るや、恐れて逃げるようになった。
 サウルとダビデの間は一時的ながら和解の時間(とき)が保たれていたが、あるとき、主の悪霊が激しくサウルに降った。彼は館にいて、ダビデは傍らで竪琴を弾いていた。王はダビデを壁に突き飛ばし、手にしていた槍で突き刺そうとしたが、ダビデはそれを避(よ)けてすたこらさっさと逃げた。
 サウルはダビデ殺害を諦めなかった。彼の家に見張りを送った。その夜、妻ミカルは父の意図を見抜いて夫を逃がした。翌る日、それを知ったサウルはミカルを詰問した。なぜ私を欺きダビデを逃がしたのか、と。ミカルは、俺をいま逃がさなければお前を殺すと脅されたのです、と嘘をついた。そうしなければならない程、サウルのダビデへの敵意は頑なになっていたのである。
 さて、ダビデは、ラマのナヨト(「住まい」や「天幕」の意味。預言者たちが共同生活を営んでいた)にいるサムエルの許へ避難していた。それを知るや王は使者を送ったが、三度送って三度とも使者は預言状態に陥って、使い物にならなくなった。遂にサウルが自らラマへ乗りこんだが、サウルもまた同様に預言状態になり、裸のまま、一昼夜サムエルの前で倒れていた。
 人々はそれを見て、いった。「サウルもまた預言者の仲間か。」(サム上19:24)

 サム上10では特に触れなかったので、いまここで。
 預言状態とは、宗教儀式の執行中に於ける恍惚状態(マッケン風にいうならば法悦(エクスタシー)状態)に陥って、主からの預言を授かる間トリップしている状態をいいます。
 サム上19でサウルの使者が預言状態に陥った状況はこうです━━「彼らは預言者の一団が預言しているのに出会った。サムエルがその先頭に立っていた。神の霊はサウルの使者の上にも降り、彼らも預言する状態になった。」(サム上19:20)
 預言者集団は預言中は一種の〈磁場(フィールド)〉を周囲に発生させており、その範囲内に足を踏み入れると被預言者も法悦状態になる(「感染する」と表現してもいいかもしれません)。フィクションめいたお話ですが、煎じ詰めればこんな説明がつけられようか、と考えております。預言者サムエルが集団の先頭にいた、というのも、典拠の一つになりましょう。
 また、預言ついでに人々の言葉、「サウルもまた預言者の仲間か」についていえば、同じ台詞がサム上10:11に出てきます。が、あの当時、油を注がれていたと雖もサウルは王に選ばれる前でした。ゆえにそこでの台詞は、一種の畏怖でありました。ですが、サム上19では違います。ここでは或る種の皮肉と取った方が素直であるかと思います。
 ━━BL好きはヨナタンとダビデのエピソード(サム上21など)を読んで、どんなイメージ(別名;妄想)を湧かせるのか。知りたいような知りたくないような……であります。



 あの窓の向こうには、望んでも得られぬ世界が存在している。◆

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第0288日目 〈サムエル記上第18章:〈ダビデに対するサウルの敵意〉〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第18章です。

 サム上18:1-30〈ダビデに対するサウルの敵意〉
 サウル王はダビデを戦士として取り立て、戦士の長に任命した。
 ゴリアトと戦って帰ると、イスラエルの女たちはサウルとダビデの武勲を寿いだ。曰く、サウルは千、ダビデは万の敵を討った、と。
 「サウルはこれを聞いて激怒し、悔しがって言った。『ダビデには万、わたしには千。あとは王位を与えるだけか。』この日以来、サウルはダビデをねたみの目で見るようになった。」(サム上18:8-9)
 翌日、神/主の悪霊がサウルへ降り(註1)、二度ダビデを殺めようとした。ダビデは二度ともそれから逃れた。
 主はダビデと共にいる。サウルからは離れた。ゆえに王はダビデを恐れ、遂にはペリシテ人の手にかかって命を落とすよう策略をめぐらせた。
 まず長女メラブを与えて自分のために戦え、といったが、ダビデはサウルの婿になるのを拒んだ。メラブはメホラ人アドリエルの許へ嫁がせられた(註2)。
 ついで次女ミカルを妻に与えるといい、家臣らを使ってミカルとの結婚を拒もうとするダビデの気持ちを変えさせた。
 考え直したダビデは兵を率いて200人のペリシテ人を討ち、王にいわれた通り、敵兵の陽皮(陰茎の皮。ペリシテ人には割礼の習慣がなかった)100枚を持って帰還した。
 約束どおり、サウルは娘ミカルをダビデに(渋々)与えた。
 「サウルは、主がダビデと共におられること、娘ミカルがダビデを愛していることを思い知らされて、ダビデをいっそう恐れ、生涯ダビデに対して敵意を抱いた。」(サム上18::28-29)

 主はイスラエル王位の廃位と後継者を立てることを、既に約束していました。誰に? むろん、サウルに、です。サム上18は、サウルが、廃位される自分の後継者が誰なのか、明確に知らされた章であります。
 そのサウルの後継者ダビデを庇護する一人が、サウルの息子ヨナタンでした。ここでは触れませんでしたが、本章冒頭には、次章につながる文言がありました。それは、明日改めてお伝えしようと思います。
 では、補註。
 註1)イスラエル王として主に反したサウルが廃位され、主の怒りを被る立場にあるのは、これまで読んできた方なら容易に察せられましょう。が、問題になるのは、なぜ主が悪霊を降らせるのか、という点。それを岩波Ⅴ『サムエル記』解説は、「サムエル記の大胆な神理解」(P302)ゆえと説明します。その前提にあるのは、神が真に善なる神であるならなぜこの世に悪が存在するのか、という永劫不変の疑問であります。それへの一つの回答として、このような解釈が「サムエル記」では行われている、というのです。
 註2)メホラとはアベル・メホラの町のこと。位置は、ヨルダン川西岸のイサカル族領内にある町ベト・シェアンの南方。ここに住むアドリエル(洗剤の名前みたい……)へ嫁いだメラブが産んだ子供たちの顛末は、サム下21:8-9に記されています。また、アベル・メホラは後の世に活躍する預言者エリシャの生まれ故郷でもあります(列王記上19:16)



 昨日に引き続き、CS(707ch 日本映画専門チャンネル)で『木更津キャッツアイ ワールドシリーズ』を観ました。実は前半しか観たことがなかったため、ようやく観られた、と感慨無量であります(大袈裟とは自分でもわかっている)。うっちーキャラ変わってもやっていけるよ、アナタ。あとね、ぶっさんが息を引き取るシーンでねぇ……涙がちょっぴり目尻に浮かびました。
 ちなみにおいら、生涯最後にいう台詞は決めてあります。

 ……『LOST』シーズン1-4連続放送(725 AXN)が今日(昨日ですか)、遂に終了しました。何度観ても飽きないし、奥が深くて、先の展開が読めない。「わけワカンネ」と曰う御仁もいますが、それこそが『LOST』の醍醐味であります!!
 いよいよ来週日曜日(07月26日)から、シーズン5が本放送開始! “運命に従うか、それとも挑むか?”これまでの謎が解決されてゆき、最終シーズンへの地均しといえるシーズン5を、楽しみにしたいと思いますっ!!
 あー、来月からは『ブラザーズ&シスターズ』シーズン1-2の連続放送が始まるなぁ。観なくっちゃ。◆

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第0287日目 〈サムエル記上第17章2/2:〈ダビデとゴリアト〉2/2〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第17章2/2です。

 サム上17(2/2):41-58〈ダビデとゴリアト〉2/2
 向かってくるダビデを見て、ゴリアトは侮り、嘲った。
 対してダビデはいった、━━
 「お前は、剣や槍や投げ槍でわたしに向かってくるが、わたしはお前が挑戦したイスラエルの戦列の神、万軍の主の名によってお前に立ち向かう。今日、主はお前をわたしの手に渡される。わたしは、お前を討ち、お前の首をはね、今日、ペリシテ軍のしかばねを空の鳥と地の獣に与えよう。全地はイスラエルに神がいますことを認めるだろう。主は救いを賜るのに剣や槍を必要とはされないことを、ここに集ったすべての者は知るだろう。この戦いは主のものだ。主はお前たちを我々の手に渡される。」(サム上17:45-47)
 ダビデとゴリアトは対峙した。が、ペリシテ人はダビデの放った石が額に当たり、うつ伏せに倒れて死んだ。その首はダビデによって切り落とされた。首はエルサレムに持ち帰られ、剣はダビデが自分の天幕へ置いた。
 イスラエルは鬨の声をあげ、敗走を始めたペリシテ軍をガトやエクロンの近くまで追撃した。
 ━━既に楽士として、侍臣として召していたにもかかわらず、サウルはダビデの素性を知らなかった。軍司令アブネルに命じて御前に召したダビデ本人に訊ねて、ようやくそれを知ったのである。

 なにも付け加えることはありません。
 あるとすればただ一つ、前章で油を注がれたダビデはこれを契機に、イスラエルの新たな王としての未来を明確にした、ということだけ。
 逆にいえば、それはサウルにとって驚異ともいうべき出来事であったかもしれません……。



 CSで(また)『木更津キャッツアイ 日本シリーズ』を観ていました。だって面白いんだもん。櫻井翔のバンビもいいよね。◆

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第0286日目 〈サムエル記上第17章1/2:〈ダビデとゴリアト〉1/2〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第17章1/2です。

 サム上17(1/2):1-40〈ダビデとゴリアト〉1/2
 ペリシテとイスラエルは再び激突した(サム上14:47参照)。
 ペリシテ軍はユダのそこに集結後、エフェス・ダミムに陣を敷いた。一方でサウルとイスラエル軍はエラの谷に陣を敷いた。
 ペリシテに陣営からゴリアトという、体躯堂々たる戦士が進み出て、イスラエルに代表戦士を出して自分と戦え、と叫んだ。負けた側は相手の奴隷となる、とも。イスラエルはこれを聞いて、怯えた。それは40日続いた。
 そのころ、ダビデが父の命令で、戦場に出ていた兄たちの安否を確かめるため、食糧を持参してイスラエル軍の陣営を訪ねていた。彼が、ゴリアトの申し出を訊いたのは、そのときであった。
 ダビデは近くの兵に、ゴリアトを倒したら何をしてもらえるのか、と訊ねた。兄は諫めたが、末弟はあしらった。ダビデの言はサウルへもたらされ、王は少年を召した。
 サウルを前にダビデはいった、父の羊を奪う獅子や熊の手から自分を守ってくれた主は、あのペリシテ人の手からも守ってくれるに違いありません、と。
 感心したサウルは自分の武具を纏わせたが、ダビデは動きにくいし馴れていないから、と拒み、羊飼いの持つ杖と石五個と石投げ用の紐だけをもって、ペリシテ人ゴリアトのところへ歩いていった。

 補足です。
 “代表戦士”とは、敵味方それぞれの陣営を代表して一騎打ちを行う者のことをいいます。それは、日本人には容易に想像しうる光景だと思います。
 明日のサム上17(2/2):41-58では、ダビデとゴリアトの一騎打ちの顛末をお伝えできるでしょう。



 池袋へ行きました。仕事です。
 帰りにジュンク堂へ寄って三浦しをんの最新刊『星間商事株式会社社史編纂室』(筑摩書房)と、図書館で借りて自分用に持っていたいと思ったヘルマン&クライバー『聖書ガイドブック 聖書全巻の成立と内容』(教文館)を購入しました。後者は聖書各巻の構成と成立、理解のヒントを授けてくれる良書であります。うれしいことに旧約聖書続編(外典)についての解説付き!◆

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第0285日目 〈サムエル記上第16章:〈ダビデ、油を注がれる〉&〈ダビデ、サウルに仕える〉〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第16章です。

 サム上16:1-13〈ダビデ、油を注がれる〉
 サウルのことで嘆くサムエルを主は叱咤した。そして、いった。ベツレヘムの長老エッサイの許へ行け、彼の息子たちのなかに次なるイスラエルの王を見出した、と。
 サムエルは出掛けて、いけにえの食卓にエッサイとその息子たちを招いた。長男エリアブ、次男アビナダブ、三男シャンマが卓に着いたが、主はなにもいわれなかった。
 「人は目に映ることを見るが、主は心によって見る。」(サム上16:7)
 エッサイにはまだ末の息子がいた。いまは羊の番をしているという。サムエルはその者を呼びに出させた。やって来た末っ子は健康で見目麗しく、立派な男子であった。そのとき、主はサムエルにいった、━━
 「立って彼に油を注ぎなさい。これがその人だ。」(サム上16:12)
 サムエルはエッサイの末の息子、即ちダビデに油を注いだ。その日からダビデには激しく主の霊が降るようになった。

 サム上16:14-23〈ダビデ、サウルに仕える〉
 主の悪霊(あくれい)がサウルを襲い、苛ませた。これは主の霊がサウルを離れたからである。
 家臣は、王に侍る竪琴の名手を探させるようサウルに提案し、サウルはそれを命じた。
 家臣(従者)の一人には、これと定めた者があった。即ち、ベツレヘムの長老エッサイの末子ダビデである。竪琴が上手なだけでなく、「勇敢な戦士で、戦術の心得もあり、しかも、言葉に分別があって外見もよく、まさに主が共におられる人です。」(サム上16:18)
 ダビデはさっそく召され、サウルの大層なお気に入りとなった。王の武器を持つ者にまで取り立てられた。ダビデの竪琴は主の悪霊を離れさせた。
 斯様にしてダビデはサウルに仕えるようになった。

 サムエル記を彩る最後の主役、貞女ルツの系譜に連なる者、ダビデの登場です。
 ダビデが油を注がれる過程、ダビデの容姿。いずれもかつてのサウルを思い出させます。というよりも、サウルの語り直しと捉えてよいかもしれません。
 ただサウルと異なるのは、ダビデが「まさに主が共におられる人」と非ダビデ圏に身を置く(はずの)サウルの従者までが知り、認めていること。この表現が伝聞でなく断定である背景を、とく吟味すべきなのかもしれません。
 いずれにせよ、ダビデは王の近くに呼ばれ、仕えることになりました。そして、サウルは心身とも弱体しています。間もなく、われらの言葉でいえば、政権交代が為されます。



 今日(昨日ですか)は大桟橋へ、日本丸と海王丸の総帆展帆を観てきました。そのときだけは天気に恵まれ、たっぷりとした風を孕んで総帆した帆船の勇姿が大桟橋に集まった多くの観衆の心を鷲摑みにしました。
 マストに上ってゆく約100人の練習生が号令一下、一枚一枚の帆を次第次第に開いてゆく様は、まさしく至芸の技としかいいようがありません。十代も終わるころまで、ぼくは海技学校か商船大学に行って船乗りになることを目標にしていました。だから、あの練習生たちはいまでも憧れのいちばん手前にいる存在なのです。
 なぜ、船乗りを諦めたのか? 視力ですね。それだけです。でも、海の上に出たらそれほど重要なものはありませんから……。
 しかしながら夢や憧れは、簡単には消えません。いま小説を書いていて、海が重要な舞台になったり帆船がアイテムとして出て来るのは、当時の名残でありましょう。うむ。◆

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第0284日目 〈サムエル記上第15章:〈アマレク人との戦い〉〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第15章です。
 【サムエルとサウルの最終的対立が主眼に置かれた章であり、両者がいかにして袂を分かつことになったかが語られる章である。】

 サム上15:1-35〈アマレク人との戦い〉
 「アマレクを討ち、アマレクに属するものは一切、滅ぼし尽くせ。男も女も、子供も乳飲み子も、牛も羊も、らくだもろばも打ち殺せ。容赦してはならない。」(サム上15:3)
 これはサムエルを通じて主がサウルへ命じた、(かつてのエリコ[ヨシュ6]やアイ[ヨシュ7-8]に対すると同様)“聖戦”の命令である。
 サウルは21万(うち1万はユダ)の兵を率いてアマレク人の町を襲った。なお事前にそこに住むカイン人たちを避難させた。カイン人はエロトを介してモーセと縁戚にあり、イスラエルとは同盟関係にあったからである(出3:1、民10:29-32、士1:16)。
 サウルが襲ったのはハビラからエジプト国境シェルの荒れ野にあるアマレク人の町。が、彼は主の命令に背き、アマレク人の王アガグと最上の牛と羊、初子ではない肥えた動物など上等のものには手を掛けず、そのまま捕らえた。他は滅ぼした。
 ━━主はサムエルにいった、わたしはわたしに従わないサウルを王に立てたことを悔やむ、と。サムエルは一晩中主に祈り、翌朝早くサウルを訪ねた。が、彼は不在であった。王はカルメルに戦勝碑を立てたあと、ギルガルへ下る由。サムエルはサウルを追った。

 やって来たサムエルに、サウルはいった、「わたしは主の御命令を果たしました」(サム上15:13)と。それから弁明した、動物は最上のものを生かして捕らえた、なぜなら主への献げ物とするからです、と。
 それについてサムエルは疑を呈した。
 「主が喜ばれるのは
  焼き尽くす献げ物やいけにえであろうか。
  むしろ、主の御声に従うことではないか。」(サム上15:22)
 「わたしは、主の御命令とあなたの言葉に背いて罪を犯しました。兵士を恐れ、彼らの声に聞き従ってしまいました。どうぞ今、わたしの罪を赦し、わたしと一緒に帰ってください。わたしは主を礼拝します。」(サム上15:24-25)
 否を突きつけて踵を返したサムエルに、サウルはすがりついて懇願した。が、サムエルの意志は変わらなかった。サムエルはいった、━━
 「今日、主はイスラエルの王国をあなたから取り上げ、あなたより優れた隣人にお与えになる。イスラエルの栄光である神は、偽ったり気が変わったりすることのない方だ。この方は人間のように気が変わることはない。」(サム上15:28-29 参考;「主の御言葉を退けたあなたは/王位から退けられる。」サム上15:23)
 結局、イスラエルの長老と民の手前、サムエルはサウルと共に帰った。
 サウルは主を礼拝した。
 アマレクの王アガグはサムエルによって、主の御前にて処刑された。
 サムエルとサウルはそれぞれの家、ラマとギブアの自分の家に帰っていった。
 「サムエルは死ぬ日まで、再びサウルに会おうとせず、サウルのことを嘆いた。主はサウルを、イスラエルの王として立てたことを悔いられた。」(サム上15:35)

 サウルのエピソードには、これまでも影が重く垂れこめておりましたが、ここに至って一段と濃さを増し、悲劇性が加えられた感があります。
 サムエルも主も、サウルを王としたこととその後のふるまいを嘆き、悔いた、と「サムエル記上」は記します。が、サウルも同様に、王としての責務に苦しんでいたことでしょう。
 能力のキャパシティを越えた仕事が目の前に山積され、過剰な期待とあまりに強い主の意向を押しつけられて、なおも王としての職能を果たそうともがき続けたのが、イスラエルの初代王サウルであった、とさんさんかは考えます。
 サウルはサウルなりに、自分にとってよいと思われることをやった。それが主と預言者の意にそぐわぬ結果をもたらしてしまっただけなのです。
 そういう視点を持つと、サウルの諸エピソードは前例なき一代目の苦労談と読むことができる、と(浅はかながら)思います。過剰な期待を負わされたサウルの心痛も顧みよ、というところでしょうか。



 どこへ出掛ける気にもなれぬ今日は、夕飯の支度を始めるまでセリーヌの『夜の果てへの旅』(中公文庫)を読み直していました。バルダミュ……。◆

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第0283日目 〈サムエル記上第14章(3/3):47-52〈ヨナタンの英雄的な行動〉3/3〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第14章3/3です。

 サム上14(3/3):47-52〈ヨナタンの英雄的な行動〉3/3
 王に即位してからのサウルの生涯は戦に明け暮れた。
 様々な外敵と戦って勝利し続けたが、特にペリシテ人とは激戦を繰り返した。為に、勇猛な男子や戦士は都度、みな召し抱えたのである。
 サウルの妻はアヒマアツの娘アヒノアム。子供はヨナタンの他息子が二人、娘が二人いた。また、サウルのおじネルの息子アブネルが、サウルの軍の司令官を務めた。

 サウルの系図については、サム上9:1もご覧ください。また、補足としてサム上10:20-21も読まれるといいと思います。



 今宵の『ケータイ大喜利』は過去最高位の面白さっ! NHKホール行きたかったけれど……心境的にどうも足が楽しげな場所には向けられなくてね━━。
 さて。
 昨日(07月17日(金))のNHKは朝も晩もメンデルスゾーン。『BSシンフォニーアワー』(BS2)と『芸術劇場』(NHK教育)を録画し、午前中ずっと観賞していました。
 曲目を備忘も兼ねて記録すれば、━━
 ・BS2『BSシンフォニーアワー』
 ベートーヴェンピアノ協奏曲第1番
 メンデルスゾーン:劇付随音楽《真夏の夜の夢》
 (準・メルクル=NHK響=中井貴恵(ナレーション)=半田美和子(S)=加納悦子(Ms)=東京音楽大学女性合唱団;06月12日第1650回N響定期)
 中井貴恵が読んでいた台本は、松岡和子の新訳なのでしょうね(ちくま文庫)。
 
・NHK教育『芸術劇場』
 メンデルスゾーン:交響曲第3番《スコットランド》(ロンドン稿)&ピアノ協奏曲第1番 他
 (リッカルド・シャイー=ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管=ラン・ラン(p))
 メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
(クルト・マズア=ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管=アンネ・ゾフィー・ムター(Vn))

 他にも同日のNHK-FM『ベスト・オブ・クラシック』では、……
 C.エッシェンバッハ=北ドイツ放送響による交響曲第4番&第5番
 ダニエル・ホープ(Vn)=オリヴィア・ジェレミアス(Vc)=シモーネ・ヤング(p)のトリオで〈ピアノ三重奏曲第1番ニ短調〉
……が放送された由。あー、聴きたかったなぁ。

 おぐゆーさん、愛してるYO! YOッパラってなんか、いないYO!!◆

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第0282日目 〈サムエル記上第14章(2/3):24-46〈ヨナタンの英雄的な行動〉2/3〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第14章2/3です。

 サム上14(2/3):24-46〈ヨナタンの英雄的な行動〉2/3
 この戦のあと、イスラエルの兵士はみな、飢えに苦しんでいた。というのも、出陣の前、サウルが、この戦(報復)が終わる前に食べ物を口にした者は呪われよ、といっており、兵士もそれに誓っていたからである(サム上14:24)。
 が、ヨナタンはそんなことを知らなかったので、森の地面を埋める蜂蜜をもう口に含んでおり、為に目は輝くばかりに元気であった。兵士の疲労を見て初めて父王の言葉を知ったヨナタンは、父王の愚に頭(かぶり)を振った。
 「わたしの父はこの地に煩いをもたらされた。(中略)今日兵士が、敵から取った戦利品を自由に食べていたなら、ペリシテ軍の損害はさらに大きかっただろうに。」(サム上14:30)
 さて、サム上14:24にあった如く、兵士はみな疲れ、空腹であった。彼らは家畜を捕らえて地面で屠り、血を含んだまま食べた。その罪を贖うために、主のための祭壇を初めてサウルは築いた(参照:レビ17)。
 それから、彼はペリシテ軍追撃について、神に託宣を求めたが、神は答えなかった。これはイスラエルのなかに罪を犯した者がいるからである、とサウルは察して、兵士を前にしていった、━━
 「兵士の長はみな、ここに近寄れ。今日、この罪は何によって引き起こされたのか、調べてはっきりさせよ。イスラエルを救われる主は生きておられる。この罪を引き起こした者は、たとえわたしの息子ヨナタンであろうとも、死ななければならない。」(サム上14:38-39)
 しかしながら、罪を引き起こしたのは、他ならぬヨナタンであった。ヨナタンは自分が森で行ったことを話し、サウルは息子にお前は死ななくてはならない、と告げた。
 それに兵士たちが反対した。イスラエルのために戦い、我々に勝利をもたらしてくれたヨナタンを死なせてはならない、と。サウルは兵士の声に聞き従った。そして、自分たちの場所に帰ってゆくペリシテ軍を追撃することもなく、そのまま引き揚げたのである。

 失策、愚策。息子にまで非難されてしまうサウル。が、これは決して無能ゆえのことではありません。サウルは王としての役割を果たすべく行動し、結果空回りしているに過ぎないのです。
 サムエルは嘆き、主はサウルを王に立てたことを後悔した、とまで記されてしまった(サム上15:35)あたりに、サウルの不幸がある、と申せましょう。状況が違えばサウルは賢王として記録されていた可能性だって、実は否定できないのです。それが歴史の面白いところであり、恐ろしいところであります。



 07月11日前後になると、心が乱れて乱れて獰猛になる。鎮めるのも容易でない程……。
 まだわたくしのなかで、あの事故は終わっていない。一生終わらない。

 ━━映画『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』(4ch)を観ていました。
 いつ観ても面白いなぁ。明日は原作全巻を朝から晩まで読むとしようか、と決めました。えへ。◆

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第0281日目 〈サムエル記上第14章(1/3):1-23〈ヨナタンの英雄的な行動〉1/3〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第14章1/3です。
 第14章はやや長めの章、息切れしないよう便宜的に3部に分けてみます、━━
 サム上14:01-23  ヨナタン、ペリシテ人の先陣を襲う
 サム上14:24-46  ヨナタンにくだった呪いの顛末
 サム上14:47-52  サウルの家系
━━こんな感じでしょうか。変則的ではありますが、以上を各1日で更新してゆきます。

 サム上14(1/3):1-23〈ヨナタンの英雄的な行動〉1/3
 或る日、ヨナタンは自分の武器を持つ従卒1人を連れて、ペリシテ人の先陣、ミクマスの渡しに達していた先陣を討ちに出掛けた。父サウル王はギブア郊外ミグロンの地のざくろの木のそばにいて、その兵600人も祭司も共にいたが、ヨナタンの行動を知る者はなかった。
 ヨ)「さあ、あの無割礼の者どもの先陣の方へ渡って行こう。主が我々二人のために計らってくださるにちがいない。主が勝利を得られるために、兵の数の多少は問題ではない。」
 従)「あなたの思いどおりになさってください。行きましょう。わたしはあなたと一心同体です。」(サム上14:6-7)
 彼らはペリシテ人の前に姿を見せ、いわれるままに切り立った岩をのぼっていった。が、それはヨナタンの計略であった。ヨナタンと従卒はおよそ20人のペリシテ人の先発隊を討った。
 「このため恐怖が陣営でも野でも兵士全体に広がり、先陣も遊撃隊も恐怖に襲われた。地は揺れ動き、恐怖はその極に達した。」(サム上14:15)
 ペリシテ人の陣営が乱れ混乱したのを、サウルも確認した。点呼の結果、それはヨナタンによってもたらされた、とわかった。サウルは兵を率いて出陣した。ペリシテについていたヘブライ人は寝返り、身を隠していたイスラエルもペリシテ軍攻撃に加わった。ペリシテ軍は敗走した。
 「こうして主はこの日、イスラエルを救われた。戦場はベト・アベンの向こうに移った。」(サム上14:23)

 一見すると独断専行なヨナタンの単独行動、実は主の意志に適った行動でありました。引用したサム上14:6のヨナタンの言葉に端的に示された通りであります。もう少し先に進むと、それがもっと明確な形で提示されます。
 逆にいえば王サウルの優柔不断ゆえの失策に、イスラエル内部に苛立ちが生じ始め、サウル自身も王としての行動に絡め取られて決断が鈍くなってゆく過程でもあるのです。
 そうして、遂に第15章にてサムエルと主はサウルと……いや、これはそのときのお話といたしましょう。



 07月14日、関東は梅雨明け。バルトークとT.O.Pを聴く。◆

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第0280日目 〈サムエル記上第13章:〈ペリシテ人との戦い〉〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第13章です。

 サム上13:1-23〈ペリシテ人との戦い〉
 即位して2年目、サウルは3,000の兵を選りすぐって、2,000を自分の麾下に、1,000をギブアにいる息子ヨナタンの下に置いた。ヨナタンと1,000人の兵は、ゲバの地に配されていたペリシテ人の守備隊を一方的に襲い、イスラエルを苦境に立たせた。反撃のペリシテ軍は戦車3万、騎兵6,000をベト・アベンの東方、ミクマスへ進み、陣を敷いた。
 イスラエルは各々身を隠し、ヨルダン川の東岸へ逃げる者も相次いだ。サウルの兵も怖じ気づいていた。
 サウルは焼き尽くす献げ物をささげた。そこへサムエルが到着した。サウルの行為をサムエルは詰(なじ)った。「あなたは愚かなことをした。あなたの神、主がお与えになった戒めを守っていれば、主はあなたの王権をイスラエルの上にいつまでも確かなものとしてくださっただろうに。しかし、今となっては、あなたの王権は続かない。主は御心に適う人を求めて、その人を御自分の民の指導者として立てられる。」(サム上13:13-14)
 当時、イスラエルには鍛冶屋がなく、剣や槍を持つのはサウルとヨナタンの他にはなかった。鍛冶の技術━━剣や槍造りをヘブライ人にさせてはならぬ、とペリシテ人が決めたからである。斧や鎌を研いだり、突き棒を修理するには、1ピムをペリシテ人に支払ってしてもらうよりなかった。
 そうしている間にも、ミクマスのペリシテ人は遊撃隊を出し、3つに分けて、イスラエルへ迫っていた。先発隊はミクマスの渡しに達しようとしていた。

 サウルの失策が響いて、イスラエルは危機に陥りました。内政にも外交にもひびが入り、自壊を余儀なくされたサウルの王権。まぁ、どこかの国の世襲総理みたいですな。
 ここに、サウル以上に確固とした王権をイスラエルの上へ置く、という主の意志が示されました。ダビデ王の登場が暗に予告された章であります。



 なけなしのやる気を振り絞る。がんばる。◆

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第0279日目 〈サムエル記上第12章:〈サムエルの告別の辞〉〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第12章です。

 サム上12:1-25〈サムエルの告別の辞〉
 サムエルが全イスラエルにいった。それは自らの(主への)誠実と正当、潔白の主張で、まったく正しいことであった。「あなたたちがわたしの手に何一つ訴えるべきことを見出せなかったことについては、主が証人であり、主が油を注がれた方が証人だ。」(サム上12:5)
 それから彼は、モーセとアロンによる出エジプトから荒れ野彷徨を経て、ヨシュアによるカナン入植と士師たちによる外敵の撃退、即ちイスラエル史を語って、王を、主への信仰に反して王を立てたことに触れた。
 「あなたたちが主を畏れ、主に仕え、御声に聞き従い、主の御命令に背かず、あなたたちもあなたたちの上に君臨する王も、あなたたちの神、主に従うならそれでよい。しかし、もし主の御声に聞き従わず、主の御命令に背くなら、主の御手は、あなたたちの先祖に下ったように、あなたたちにも下る。」(サム上12:14-15)
 民は自分たちの犯した罪と悪を認めた。それにサムエルは応えた。
 「恐れるな。あなたたちはこのような悪を行ったが、今後は、それることなく主に付き従い、心を尽くして主に仕えなさい。(中略)主はその偉大な御名のゆえに、御自分の民を決しておろそかにはなさらない。主はあなたたちを御自分の民と決めておられるからである。」(サム上12:20-22)
 「主を畏れ、心を尽くし、まことをもって主に仕えなさい。主がいかに偉大なことをあなたたちに示されたかを悟りなさい。悪を重ねるなら、主はあなたたちもあなたたちの王も滅ぼし去られるからである。」(サム上12:24-25)
 ━━最後に、サムエルの言葉の冒頭の一部を引用する。
 「今からは王が、あなたたちを率いて歩む。」(サム上12:2)

 これからはサウルが民の率い手である、主の前に正しく立つべき主の代理人が王サウルである、とサムエルが告げました。
 こうしてサウルは王としてイスラエルの上に君臨するのですが……早くも次章で暗雲が立ちこめます。でもそれは、明日のお話といたしましょう。



 しばしの中断がありましたけれど、キング&ストラウブの『ブラックハウス』(新潮文庫)を再び読み始めました。今日(昨日ですか)から下巻に入っています。◆

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第0278日目 〈サムエル記上第11章:〈サウルの勝利と即位〉〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第11章です。

 サム上11:1-15〈サウルの勝利と即位〉
 アンモン人の王ナハシュがイスラエルのギレアド領ヤベシュ(ヤベシュ・ギレアドとも)を攻め包囲した。圧されたヤベシュは講和の締結を申し出た。ナハシュ王はこれを諾った。但し条件がある、お前たち全員の右目を抉り抜いて、全イスラエルを侮辱することである、と。
 ヤベシュは長老たちは7日の猶予をもらい、全イスラエルに使者を送った。やがて使者はサウルのいるギブアへ到り、ギブアの民はヤベシュの状況を知って嘆き悲しんだ。
 そこへサウルがやって来た。ヤベシュの件を聞くと、主の怒りがサウルに激しく降った。サウルは全イスラエルを召集し、一丸となって出陣した(「民は主への恐れにかられ、一丸となって出陣した。」サム上11:7)。ベゼクの地で点呼するとその数、イスラエルが30万、ユダが3万であった。
 使者はサウル来るの報を携え、ヤベシュへ戻った。「明日、日盛りのころ、あなたがたに救いが来る。」(サム上11:9)町は喜びに沸いた。
 翌朝、3つに組み分けした民を率いて、朝の見張りの時刻、即ち日の出と共にアンモン人の陣営に突入した。敵は散り散りになって敗走した。
 それからサウルは民と共にヨルダン川を渡河して、ベニヤミン領ギルガルへ赴いた。そこで主の御前に立ち、和解の献げ物をささげた。
 ここに王が誕生した。
 ここに、サウルはイスラエル初の王となって位に即いた。

 既出ですが、アンモン人はヨルダン川東方に在って、たびたびイスラエルに攻めこんだ部族。その領土はギレアド領と踵を接していました。
 創19:38にありますように、アンモンはモアブ同様イスラエルから派生した部族。その祖はソドムの滅亡を免れたロトの二人の娘のうち妹であります。創19:1-38(〈ソドムの滅亡〉&〈ロトの娘たち〉)を読まれると面白いと思います。
 そのアンモン人のナハシュ王が7日の猶予を与えたのは、イスラエルの援軍はやって来ないと踏んだため。というのも、全イスラエルを使者が回るだけでそれだけの日数が費やされるから、とボールドウィン(ティンデル・サムエル記)は指摘します。
 ━━……そうかぁ? 最初に回った場所のイスラエルが援軍を組織すれば、翌日にはやって来られると考えなかったのかなぁ。
 まぁ、ともあれ、本章をもってサウルは王位に即きました。サウル王の時代の始まりであります。



 都議選に逆風吹く。が、民主党が評価されたわけではない。正念場はこれから、と肝に銘じよ。新人議員22名の増殖は、むしろ憐れむべきである。◆

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第0277日目 〈サムエル記上第10章:〈サウル、油を注がれて王となる〉2/2〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第10章です。

 サム上10:1-27〈サウル、油を注がれて王となる〉2/2
 ラマ/ツフの町外れでサウルの従者を先に行かせたサムエル。サムエルはその場でサウルへ油を注いで聖別した。
 「主があなたに油を注ぎ、御自分の嗣業の民の指導者とされたのです。」(サム上10:1)
 主によって心が新たになったサウルは帰路に就いた。途中、ペリシテ陣の守備隊がいるギブア・エロヒムで、彼は預言者の一団に会った。一団がたちまち預言状態になると、サウルも感化されて預言状態に陥った。主の霊がサウルに降(くだ)り来たったのである。
 それを、サウルを知る者たちが目撃した。キシュの息子も預言者の仲間であったのか、とその者たちは畏れた。
 ━━それから。
 サムエルは民をミツパに集めた。
 「イスラエルの神、主は仰せになる。『イスラエルをエジプトから導き上ったのはわたしだ。わたしがあなたをエジプトの手から救い出し、あなたたちを圧迫するすべての王国からも救い出した』と。しかし、あなたたちは今日、あらゆる災難や苦難からあなたたちを救われたあなたたちの神を退け、『我らの上に王を立ててください』と主に願っている。よろしい、部族ごとに、氏族ごとに主の御前に出なさい。」(サム上10:18-19)
 王の選別は部族ごと、氏族ごとにくじ引きで行われていった。しかし、どうあってもサウルへ到るようされていたのだろう、くじはそのように引かれ、候補者は篩(ふるい)にかけられていった。そうしてサウルが最後に残った。
 選ばれたサウルは荷物の間に隠れていたけれど、導かれて民のなかに立った。彼は一際背が高かった。
 サムエルは告げた、この者こそ主の選んだ王である、と。
 民は歓呼した、王様万歳! と。
 王の権能がサウルに語られ、それを書に記して主の御前に収めた。サムエルは民をそれぞれの家に帰した。
 勇士はサウルのあとについて、ギブアにくだっていった。彼を侮る者もいたが、サウルはなにもいわなかった。
 イスラエルに初の王が誕生した。

 王が誕生した。
 主は民を救うことに半ば諦念を禁じ得ず、民の王を求める声に便乗してサムエルにそうするよう告げた。
 サムエルは自らの職能を廃棄するに等しい王制=中央集権の誕生に抵抗を覚え、それでも主の命令だから逆らうこともできずしぶしぶ従った。
 サウルはとまどいを隠せず荷物の間に隠れてやり過ごそうとしたが、結局集まる民のなかに引き出されて王として立つことを余儀なくされた。
 そうして、民は単純に喜んだ。
 第9章と第10章の背景を単純に申せば、以上のようになると思います。
 正直、サムエルはかなり投げ遣りになっています。

 ノートには反映させませんでしたが、サム上10:2に登場する固有名詞の補注です。
 ○サム上10:2「ベニヤミン領のツェルツァにあるラケルの墓」
 →ツェルツァの位置は未詳。ラケルの墓は創35:19「エフラタ、すなわち今日のベツレヘムへ向かう道の傍らに」ある。但し、サム上10:2とエレミヤ記第31章第15節に於いてはラマ/ツフにそれはある、と伝える。なお、ラケルはヤコブが妻とした姉妹の妹でヨセフの母(創29,30etc)。
 なお、サウルのロバ探しとサムエルを別れて以後の道筋は、岩波Ⅴ『サムエル記』P50に地図が掲げられております。



 得たものは失ったものよりも多くあるべきなのかもしれない。が、当方はそれに与さぬ者。得たものを〈1〉とすれば失ったものは〈100〉となろう。あの女性(ひと)がいれば比率は大いに逆転するやもしれぬ。それが叶わぬ希望であってほしくはないのだけれど━━。
 出会って恋してもう1年以上になる。いまでもあの人の顔もあの人が言ってくれた言葉も、折々の言動・動作も覚えている。意外かもしれないが、あんがい記憶力はよいのである。大きく息をついて、頭を垂らせば嘆きの言葉しか出てこない。前に進め。
 経験浅き者が集うKには呵々大笑する輩がある。それでも良い。大笑する向きに裁きを。嘆く我に死を。
 回想終わり、再進開始。道の果ての開拓地まで停まらず歩き続けよう。
 ブルックナーの交響曲第8番を聴く。今宵はチェリビダッケ。◆

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第0276日目 〈サムエル記上第9章:〈サウル、油を注がれて王となる〉1/2〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第9章です。

 サム上9:1-27〈サウル、油を注がれて王となる〉1/2
 ベニヤミン族キシュの息子サウルは、誰よりも美しく、誰よりも背があった。
 ある日、家のロバが数頭消えた。サウルは従者を連れて探し歩いたが、発見できなかった。ちょうどサムエルの住むラマ(ツフ)近郊にいたサウルは、従者の提案で町に向かった。
 町の入り口でサウルは娘たちに、サムエルの居場所を問うた。サムエルはいけにえの祝福のため、聖なる高台にのぼっている由。二人はさっそく出掛け、サムエルに出会った。預言者は前日の主のお告げにより、サウル来訪を知っていた。サムエルの前に現れたサウルを指して、主はいった、この者がイスラエルを支配する、と。
 サムエルはロバはもう父の家に帰っているといって、続けた。「全イスラエルの期待は誰にかかっているとお思いですか。あなたにです。」(サム上9:20)
 二人は食事を終えると聖なる高台をくだり、屋上で話しあった。
 翌朝、町外れまでサムエルはサウルらを見送った。そして、サウルにいった。
 「従者に、我々より先に行くよう命じ、あなたはしばらくここにいてください。神の言葉をあなたにお聞かせします。」(サム上9:27)

 この章を読み直すごとに、なぜか創世記を思い出しています。エジプトに売られたヨセフがファラオに見出されて側近となり、父と兄たちに再会する件りです(創37-45)。特に関連などありませんが、ときどきこんなことが脳裏をすうっ、とよぎってゆくのです。
 さて。ノートには反映させませんでしたが、この時代、預言者は「先見者」と呼ばれていたそうです。第9章にはこんな一節があります。
 「昔、イスラエルでは神託を求めに行くとき、先見者のところへ行くと言った。今日の預言者を昔は先見者と呼んでいた。」(サム上9:9)
 なんだか唐突に註釈が入りこんだ感がありますが、聖書がいま見るような形へ編纂されてゆく過程の混乱と取捨選択の苦悩のあとを垣間見るようで、さんさんかは却って面白く思いました。このあたりに『古事記』や『日本書紀』、『万葉集』の編纂史を重ね合わせてしまったのです。



 07月11日。良き法事を済ませることができました。サンキャー。新たなファミリーの加入もあり。サンキャー。ヴォネガット風に、あなたに御恵みを。サンキー・サイ、長い昼と快適な夜を。
 『MR.BRAIN』最終回でしたが、まだ観ることができずにいます。なぜか? CSで(偶然)『木更津キャッツアイ 日本シリーズ』を観てしまったから! 相変わらずの面白さ。クドカン、天才だぁ~。ぶっさん、サイコーだぁ~。モー子、きみがイチバンだぁ~。◆

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第0275日目 〈サムエル記上第8章:〈民、王を求める〉〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第8章です。

 サム上8:1-22〈民、王を求める〉
 年老いたサムエルは二人の息子に跡を継がせて士師とした。しかし息子たちは不正と賄賂に執した。イスラエルの長老たちはサムエルに訴えた、士師を廃して(他国同様)王を立てよ、と。
 サムエルの目には王制が悪と映った。そこで主に祈ると、主は、長老たちの声に従うがよい、と答えた。彼らはあなたサムエルを退けたのではなく、わたし主を退けたのだ、と。
 「いまは彼らの声に従いなさい。ただし、彼らにはっきり警告し、彼らの上に君臨する王の権能を教えておきなさい。」(サム上8:9)
 サムエルは主の言葉を承けて、王を求める民に王を立てると約束した。続いて、王の権能を6つに分けて説明し(サム上8:11-17)、最後に警告を与えた。
 「あなたたちは王の奴隷となる。その日あなたたちは、自分が選んだ王のゆえに、泣き叫ぶ。しかし、主はその日、あなたたちに答えてくださらない。」(サム上8:17-18)
 これを聞いて民は、それでもいい、といった。我々にはどうしても王が必要なのだ、と。「我々もまた、他のすべての国民と同じようになり、王が裁きを行い、王が陣頭に立って進み、我々の戦いをたたかうのです。」(サム上8:20)
 サムエルは主の言葉のままに民の言葉に従い、彼らを家に帰らせた。

 士師の時代は、本章で終焉を迎えました。次章から、王(サウル)が選ばれてサムエルに油を注がれ、やがて中央集権国家が樹立してゆく様が描かれてゆきます。まさに歴史時代の開幕といってよいでしょう。
 王制は是か非か? 主は自分以外の偶像を望みません。王が立てられることにも否であるのは、上のノートをお読みいただければ了解できるでしょう。にもかかわらず、王制を是としたのは、なぜなのか? 他国のように、と均質化を望むイスラエルへの失望なのかもしれません。イスラエルは選ばれた民━━そんなアイデンティティは、出エジプトを経験して荒れ野を彷徨った、主の御力をまざまざと味わった世代が退場した時点で、イスラエルからは消え失せてしまったのかもしれません。ゆえに士師記に顕著であったような主への平然とした背反も起こり、他国同様の制度を堂々と求めることができたのかもしれないな、と思う次第であります。
 それにしても、久々に民と主の間に不穏な空気が立ちこめました。これまでと違って思えるのは、主が諦念を覚えたのか、それとも、度重なる背反行為に堪忍袋の緒が切れて、民を見離したのか。それは、今後を読めばわかると思います。



 久遠に忘れ得ぬ日が今年もやってきた……。◆

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第0274日目 〈サムエル記上第7章2/2:〈イスラエルの指導者サムエル〉〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第7章2/2です。

 サム上7:2-17〈イスラエルの指導者サムエル〉
 サム上7:1から20年後。民はこぞって主を慕い、求めていた。
 サムエルはすべてのイスラエルに向かっていった。あなたたちが主に立ち帰って正しくなり、異神を捨て去って主に仕えるなら、主はペリシテ人の手からあなた方を救ってくださる、と。民は異神、即ちバアルとアシュトレトを除いて、主に心を尽くして立ち帰り、主に仕えた。
 サムエルはミツパにすべての民を集めて、祈った。
 「人々はミツパに集まると、水をくみ上げて主の御前に注ぎ、その日は断食し、その所で『わたしたちは主に罪を犯しました』と言った。サムエルはミツパでイスラエルの人々に裁きを行った。」(サム上7:6)
 その最中、ペリシテは再びイスラエルを襲った(註1)。イスラエルは主に助けを求め、焼き尽くす献げ物(乳離れしていない小羊一匹)をささげた。そうして戦に赴いた。
 主はペリシテの上に激しい雷鳴を轟かせ、ペリシテ軍を混乱に陥れた。イスラエル軍はこれを打ち負かした。
 ミツパとシェン(「おそらくベト・カルにあった犬歯のように鋭く突き出た岩」岩波Ⅴ『サムエル記』P38脚注)の間に石を置いた。「今まで、主は我々を助けてくださった」(サム上7:12)といったから、その石は“エベン・エゼル”即ち「助けの石」と呼ばれた(註2)。
 ペリシテがイスラエルへ侵入して襲うことは、もう二度となかった。ペリシテ領であったアシュドド~アシュケロン~ガザ~ガト~エクロンそとその周辺は、再びイスラエル領になった(元来はユダ族に与えられた土地のなかにあった。ヨシュ15:45-47を参照)。
 サムエルは生涯に渡ってイスラエルを裁いた。ベテル、ギルガル、ミツパを巡り歩いて、毎年裁きを行った。また、家のあるラマの町でも裁きを行い、主のための祭壇を築いたのである。

 久しぶりの註です。いずれもティンデル聖書注解『サムエル記』(ジョイス・G・ボールドウィン著 いのちのことば社)を読んでいて、気づかされた箇所。自分なりにまとめて、出典を明記しておきます。
 註1)ベニヤミン領内のミツパはエルサレムの北方約5キロの場所にあり、丘を越えて南北をつなぐ主要道路の途上にある地。そこは「見張り塔」の意味を持つことから推察できる如く、眺望の良い要衝であった。そこは他の地からも見ることができた。ゆえにペリシテはミツパに祈りのために集まっていたイスラエルを見て、攻撃の前兆と思いこみ先手を打って攻撃してきたのである。『ティンデル:サムエル記』P81下-82上
 註2)サム上4:1にてイスラエルが対ペリシテの陣を置いた場所も“エベン・エゼル”であった。縁あるエピソードで登場する固有名詞だけに同一の場所と推定されるが、同名というのみで位置の異なる場所であった可能性も否定できない。『ティンデル:サムエル記』P83上

 断食と信仰告白が祈りと戦いの場面をつなぐ本章は、指導者サムエルの絶頂期であります。そしてこのサムエルが士師であった、と思い出させてくれる章でもあります。



 【今週の納得いかない!】
 東国原知事国政に参加、自民総裁視野:呆けた夢オチ話。4月1日は遥か先。
 『ヤマト』実写化、主演はキムタク:ユキ役はエリカとな……や・め・て・け・ろ。◆

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第0273日目 〈サムエル記上第6章&第7章1/2:〈神の箱の帰還〉〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第6章、並びに第7章1/2です。

 サム上6:1-21&7:1〈神の箱の帰還〉
 災厄をもたらすばかりの神の箱を、ペリシテはイスラエルに返還することに決めた。でも、どのようにすればよいか? ペリシテ人が祭司たちと占い師たちを呼んで訊ねて、祭司たちと占い師たちの曰く、━━
 ・必ず賠償の献げ物を添えよ。それは金のはれ物の模型と金のネズミの模型である。数は、ペリシ
  テの領主の数に合わせてそれぞれ5つ。これを箱に入れて、車の荷台に載せた神の箱の横へ置
  け。
 ・神の箱を載せる車は新しい車でなくてはならない。車を引くのは未だ軛をつけたことのない、授乳
  中の雌牛2頭である。これを、子牛を小屋へ入れて引き離しておいた上で、出発させよ。
 ・車の進路は牛が引くに任せよ。そのままイスラエルの嗣業の土地のなかにある町ベト・シェメシュ
  へ行くなら、我らペリシテに災いをもたらしたのはイスラエルの神に他ならない。そちらへ行かぬ
  なら、災いはすべて偶然である。
 ━━神の箱を載せた車は出発し、ペリシテ人は国境(くにざかい)まであとを尾(つ)けた。果たして車はベト・シェメシュへ到った。
 イスラエル人は神の箱の帰還を喜び、車を壊して薪として、雌牛を焼き尽くす献げ物としてささげた。他のいけにえも主にささげた。賠償の献げ物は、車が到着したベト・シェメシュのヨシュアの畑にある大きな石の上に置かれた。
 が、ベト・シェメシュの人々は、神の箱のなかを覗いてしまった。ゆえに主は、5万の住民のうち70人を打った。
 「主が民に大きな打撃を与えられたので、民は喪に服した。」(サム上6:19)
 その後、ベト・シェメシュからギルヤト・エアリムへ使者が送られた。斯くして神の箱はギルヤト・エアリムに安置されたのである。神の箱は、アビナダブのの息子エルアザルが聖別されて、これを守った。

 神の箱は、敵の手に渡ったから災いをもたらしたわけではない、とここでははっきりと示されます。ベト・シェメシュの人々は偶然か故意にかわかりませんが、神の箱のなかを覗く、という不敬虔な行為を犯しました。それゆえに主の怒りは、神の箱の帰還に喜び沸き立つベト・シェメシュの人々の上に下りました。何人(なんぴと)であろうとも主の領域を汚す者は打たれる、という旧約聖書の根本原理を忘れかけていた者に思い出させる箇所でもあります。
 でもこのベト・シェメシュ。ヨシュ21:16で明記されているようにレビ人の町なんですよね。レビ人の町ということは、祭司が必ず配置されているはず。神の箱を覗こうとする人々に祭司の警告があって然るべきなのですけれど、それが(なぜか)ない。祭司はどこへ行ったのか? 故人となって後任が着任するまでの空白期に、こんな事故が━━都合良く━━起こってしまった? まさか! ここはなんとも解せぬ記述であります。
 さて。昨日のブログで、神の箱が災難をもたらした町(アシュドド、ガト、エクロン)をペリシテの5大都市、と説明しました。今日はそれについて書きましょう。
 まず、本章での「5つの金のはれ物の模型」は、そのペリシテの5大都市にちなんで、5つ作られたのでありました。5つの町、━━即ち、アシュドド(サム上5:1)、ガザ、アシュケロン、ガト(サム上5:8)、エクロン(サム上5:10)であります。
 サム上5にて神の箱がたらい回しにされたのは、アシュドド→ガト→エクロンの順。ですが、『岩波Ⅴ サムエル記』に拠れば、アシュドド→アシュケロン→ガザ→ガト→エクロンの順で運ばれた可能性も指摘されております(P24地図)。つまりそれは、アシュドドを起点に、海(地中海)沿いに一旦南下してガザから内陸へ北上、エクロンへ到るコースでありました。
 なお、神の箱を載せた車が到着したベト・シェメシュの畑の持ち主、ヨシュアが誰なのかは、未詳であります。



 急逝から10日。ようやくマイケルのCDを聴くことができました。昨夜はCSで追悼コンサートの生中継を、眠いのも顧みずにじっ、と観ていました。◆

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第0272日目 〈サムエル記上第5章:〈神の箱、奪われる〉2/2〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第5章です。
 サム上4と続けてお読みいただくことを望みます。また、士師記第16章(第0238日目〈士師記第16章:〈サムソン〉4/4〉)も併せてお読みいただけると、本章の背景がよくわかると思います。

 サム上5:1-12〈神の箱、奪われる〉2/2
 ペリシテ軍は奪った神の箱、契約の箱を、イスラエルが陣を張っていたエベン・エゼル(「助けの石」の意味。サム上7:12を参照)から自分たちの町、アシュドドヘ運びこんで、自分たちの神ダゴンの神殿へ置いた。
 だが、神の箱は単なる戦利品ではなかったのである。
 二日続けてダゴンの神像は箱の前に倒れていた。特に二日目の朝に発見されたときは、像の頭と両手は切断されて神殿の敷居のところに転がり、胴体は元の場所にあったのだった。
 「今日に至るまで、ダゴンの祭司やダゴンの神殿に行く者はだれも、アシュドドのダゴンの敷居を踏まない。」(サム上5:5)
 「主の御手はアシュドドの人々の上に重くのしかかり、災害をもたらした。主はアシュドドとその周辺の人々を打って、はれ物を生じさせられた。」(サム上5:6)
 アシュドドの人々はイスラエルからの戦利品を恐れ、集められたペリシテの全領主に相談して、神の箱をガトへ移した。が、その地でも主の手はガトの人々の上にのしかかり、はれ物が蔓延した。
 そこで神の箱はエクロンへ移された。が、既にアシュドドとガトを見舞った災難を知っていたので、エクロンの人々はこぞって猛反発して、神の箱が町に入り置かれることを頑なに拒否した。
 再び集められたペリシテ人のすべての領主は論議の末、神の箱をイスラエルに返すことに決めた。そうすれば、ペリシテの民が殺されることはなくなるだろう。そう考えてのことだった。
 「実際、町全体が死の恐怖に包まれ、神の御手はそこに重くのしかかっていた。死を免れた人々もはれ物で打たれ、町の叫び声は天にまで達した。」(サム上5:11-12)

 主の御手が敵の上に重くのしかかる、という描写はいままでもありましたが、これ程に徹底されたケースは類を見なかったように思います。強いて例を挙げれば、出エジプトの際に似たケースがあった、と記憶しますが。でもそれは、主が自らの民のために振るった怒り、裁きでありました。
 今回は、異神を崇める者らに奪われた〈神の箱〉/〈契約の箱〉が振るった怒りであり裁きであった点で、特筆すべき章といえるかもしれません。
 また、一つ単純な疑問が。上で引用はしませんでしたが、「イスラエルの神の箱を我々のうちにとどめて置いてはならない」(サム上5:7)と承知しておきながら、なぜペリシテ人は自分たちの領内の町━━いずれもペリシテの5大都市でありました(明日のサム上6をお読みください)━━をたらい回しするようなことをしたのでしょうか?
 「我々のうち」とは、即ち、個々の町の意味であったか。否、とさんさんかは思います。アシュドドの災難、ダゴンの神殿での事件を経験したあとなら、もはやイスラエルの象徴ともいえる神の箱を、自分たちの領内に置くことは更なる災難を招くばかりだろうことは、わかりきったことであるはずでしょう。なぜ自分たちにとって重要な町を滅ぼしかねない行為を繰り返したのか? 一言でいって、愚としか申せません。
 ゆえにここでのペリシテ人の対応には小首を傾げたくなるのであります。
 ただ見方を変えれば、戦勝者側があらゆる掠奪品に示す占有欲について、とてもよく書かれた章ではありましょう。……まさか、そんな教訓を含んだ章であったのかい!?



 あなたを想う、あなたが王国。
 砂と煙のなかにあってさえ。◆

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