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第1375日目 〈ハガイ書第2章:〈新しい神殿の栄光と祝福〉with本当に欲しいものはとっても少ない。〉 [ハガイ書]

 ハガイ書第2章です。

 ハガ2:1-19〈新しい神殿の栄光と祝福〉
 その年の7月21日、預言者ハガイに主の言葉が臨んだ。それはゼルバベルとヨシュア、民の残りの者ら神殿再建に従事する人々へ告げられた。主の言葉に曰く、――
 ゼルバベルよ、勇気を出せ。ヨシュアよ、勇気を出せ。国の民は皆、勇気を出せ。働け、わたしはお前たちと共にいる。ユダとベニヤミンの敵の策に弄されることなく、その妨害に屈しないという勇気を持て。お前たち(の祖)がエジプトを出たときの契約は未だ有効である。わたしの霊はお前たちのなかにまだ留まっている。何事にも恐れるな。怯まず進め。
 今一度わたしは全地を揺り動かす。同時に諸国民をも揺り動かし、かれらの財宝をもたらす。神殿は栄光で満たされる。新しい神殿を満たす栄光は昔の神殿に優る。この場所にわたしは平和を与える(※)。
――と。
 また、その年の9月24日、預言者ハガイに主の言葉が臨んで曰く、――
 律法について祭司たちへ尋ねよ。聖別された肉を入れた衣服の裾がパンやぶどう酒、油などの食物に触れたら、それらは果たして聖別されるのか。祭司らは答える、否、と。死体に触れた人がそれらの食物のいずれかに触ったとして、それらは果たして汚れるであろうか。祭司らは答える、汚れる、と。わたしにとってこの民、この国はそうした存在である。この民の手の業も献げ物も汚れている。
 今日この日からよく考え、心に留めよ。新しい神殿の石を積み重ねる前にお前たちはどんな状態であったかを考え、心に留めよ。今日この日以後、よく心に留めよ。今日9月24日、即ち主の神殿の基がゼルバベルによって置かれた(ゼカ4:9)この日から、お前たちは心に留めよ。
 「倉には、まだ種があるか。/ぶどう、いちじく、ざくろ、オリーブは/まだ実を結んでいない。/しかし、今日この日から、わたしは祝福を与える。」(ハガ2:19)

 ハガ2:20-23〈主の僕ゼルバベル〉
 同じ9月24日、再び主の言葉が臨んだ。ハガイよ、ユダの総督ゼルバベルへ伝えて告げよ。そう主がいった。それに曰く、――
 全地を揺り動かして諸国の王座を倒し、異邦の国々の力を砕く。かれらの軍隊は味方の剣にかかって倒れる。その日、ゼルバベルよ、あなたをわが印章(しるし)として迎え入れる。わたしがあなたを選んだからだ。
――と。

 ※70人訳ではハガ2:9のあと、「そしてこの神殿を建てるのを助けるすべての者たちを力づけるために魂の平安を(与える)」という文章が入っている由。参考までに。

 捕囚解放後のユダヤ人社会へ、預言者としてほぼ最初に現れた(召命された)ハガイを外題役にした書物はここに終わります。2章と短く、出自も来歴も未詳であるがためにその存在は軽視されがちであるけれど、かれが帰還民の集団のなかで示した存在感には見逃せぬものがある。
 次のゼカリヤ同様、かれは外敵の脅威に曝されるエルサレムの人々のなかに在って、神殿再建のための精神的支柱であり続けました。ハガイの言行は前520年以前も以後も杳として知られない。多くの研究者たち、教会関係者たちが、「ハガイ書」の時代に於いて既にハガイは高齢であり、神殿の完成を見ずして逝去したであろうか、といいます。これに<否>と申し立てる根拠はどこにもありません。
 ハガイが高齢であったなら、その年齢で召命されたのは幼き頃に旧神殿を目にしていたからではあるまいか。かれが旧神殿を記憶し、その壮麗なる様をいつまでも記憶に焼きつけていたからではなかったか。そう考えれば、このタイミングでかれが預言者として召命された理由の一端も少しは推測できようというものです。かれが預言者として必要とされたのは、帰還民の神殿再建を励ますためであったからかもしれない。いわば、リリーフ役、というところでしょうか。
 主により選ばれたゼルバベルがダビデ王朝の血を引くことは既に前夜にて触れましたが、わたくしはここに日本の古典物語・説話が採用してきたモティーフ、つまり貴種流離譚を想起する者であります。もっとも西洋と本朝とでは若干、モティーフの取扱い方は異なるようですが……。――高貴なる者は意図せずして指導者的立場に選ばれる。たとえばJ.R.R.トールキン『指輪物語』に於ける馳夫ことストライダー、即ちアラゴルンにその好例を見る、といえばわたくしは笑い物になるでしょうか? それにしても、わたくしのアルウェンはいま何処に在るのだろう……。

 「ハガイ書」は本日で終わります。いつもの台詞ですが、読んでくださってありがとうございました。あっという間でしたが、とっても大切な小さな一書。折に触れ繙くによい書物です。「お前の道を心に留めよ」とは終生胸に刻んでおいてよい言葉でありましょう。
 次は「ハガイ書」と時代をまったく同じうする「ゼカリヤ書」を読みます。これまでと変わりないスケジュールで再開しますので、そのときはどうぞ宜しくお願い申しあげます。



 本当に欲しい、と思うものは実はとっても少ない。買うのを我慢しているうちに買わないことに馴れて、買わなくても(=所有しなくても)済ませられるようになる。最近になってそれが実感として感じられるようになったさんさんかです。
 タワーレコードが桜木町からも横浜からも撤退したいま、CD/DVDを物色する機会もめっきり減り、新刊書店/古書店/新古書店に寄っても欲しいと思える本があまりなく、飲みに行く機会もすっかり減った。コンスタントにお金を使っている場面といえば、コンビニ或いは社食での昼食代と帰りのカフェでのコーヒー代ぐらい。うぅん、今年前半との落差は著しいですな。東京になんて出なくて済むからこんな生活が成り立っているのかも。地元は良いよね……。お金の使い途を事前に検討できるから。
 お金を使わない=お金が貯まる、という単純な図式をいま程脳裏に日々浮かべ、実感していることは、かつてなかったように思いますね……。そうしてその生活が当たり前になってきているんですよ。それがなによりもうれしい。
 失われた歳月を取り戻そうと決めて、ようやくこの場所へ辿り着けました。今年後半にて経済再生計画は軌道に乗ることだろう。次段階のPEP(個人経済計画)へ問題なく移行することもできそうだ。これまで体を鞭打ち、傷を作って血を流し、汗を垂らしてきた甲斐があったぜ。わが経済は軌道に乗り、未来が拓けた。そんな実感を貯金通帳その他証書類を眺めながら、力強く実感している。あとは予定通り来年度からの増税が決定すれば、収入面も安定するのですが……。
 とはいえ、どれだけ貯金が増えたり懐が潤ったりしても、本当に欲しいものはけっして手に入らないのかもしれません。が、希望はまだ捨てていない。捨ててなるものか。わたくしが本当に欲しい(=求める)のは、お金ではけっして手に入れられない存在。いつまでも待っている、と2月のあの晩に伝えた以上は貯蓄しながらずっと待ち続けますよ。◆

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第1374日目 〈ハガイ書第1章:〈神殿再建の呼びかけ〉with『SW Ep7』、2015年夏に日本公開決定!〉 [ハガイ書]

 ハガイ書第1章です。

ハガ1:1-15〈神殿再建の呼びかけ〉
 斯くしてエルサレムの新しい神殿の建設作業は頓挫した。それから16年後、ペルシア王ダレイオス1世の治世第2年(前520年)のことである。預言者ハガイを通して主の言葉が、<ユダの総督>ゼルベバルと大祭司ヨシュアに臨んだ。その主の言葉に曰く、――
 お前たちは神殿を廃墟にしたまま平然として、板で造った家に住んでいるが、それでよいのか。どれだけ種を蒔いても獲れるものは少なく、衣食に於いてお前たちが満足することはない。空は乾いて雨は降らず、地は乾いて作物の芽は出ない。
 どうしてそんなことになったのか――わたしが旱魃を呼び寄せたからだ。それゆえ人々の上に労苦が及んだのである。
 自分の歩む道についてよく考え、心に留めよ。山に登って木を伐り、新たに神殿を建てよ。わたしはそれを喜ぶ。
 ――主の言葉をゼルベバルもヨシュアも喜んだ。民はその御声に耳を傾け、主を畏れ敬った。主の使者ハガイは主の派遣に従って、かれらへ告げた。わたしはあなたたちと共にいる、という、素朴にして力強い主の言葉を民へ伝えた。
 ゼルベバルとヨシュアと民の残りの者は皆、主の言葉に奮い立って出てゆき、妨害をはねのけて第二神殿の建設に取り掛かった。ペルシア王ダレイオス1世の治世第2年6月24日のことであった。

 「お前たちは自分の歩む道に心を留めよ。」(ハガ1:5,7)

 ハガイとはヘブライ語で「祝祭」の意。神殿再建を助ける預言者にふさわしい名前といえます。
 主の不満はもっともなのですが、それよりも民の生活を維持させることが最優先であるまいか。かれらが生活して命を明日へつなげなければ信仰もなにもあったものではない。それこそ神や信仰などハリボテ同然の事柄でありましょう。
 ――が、これこそが近代以降の考え方と申せるのであって、往時の倫理観に則れば、神への信仰と奉仕こそ最優先されるべきであり、それなくして民の生活などあり得ない、ということなのでしょうか。どうにも釈然としないのですが、それは時代を遠くに隔てた者ゆえ理解の及ばぬ次元の話なのかもしれません。神殿あってこその共同体、それなくして民の生活は成り立たない、というのが主の主張なのでありましょうね。
 「エズラ記」についても同様のことがいえましょうけれど、帰還したユダヤ人の殆どがゼルベバルとヨシュアと一緒になって団結して第二神殿の再建工事に携わった、というのは、心を打つ描写です。捕囚前の南王国では考えられなかった出来事。捕囚経験を通して民の心に主への揺るぎなき信仰と畏怖が芽生え、根付いたことが指摘できましょう。



 『スター・ウォーズ エピソード7』の日本公開が2015年夏に決定した模様ですね。うれしいことだ! 子供の頃のワクワクドキドキ感を再び映画館の暗闇のなかで堪能できる!!
 撮影はまだ始まっていないようですが、音楽はこれまで通りジョン・ウィリアムスが、そうして出演交渉の最終段階とされるのが旧3部作で主役を務めたM.ハミルとH.フォード、C.フィッシャーの3人。実現したらどんなに感涙ものであろうか。もちろん、さんさんかは初日に劇場へ駆けつける所存です。
 ちなみにハミルとフィッシャーには減量命令が出された由。……うん、ダイエットして旧3部作を思わせる姿をスクリーンで披露してください。◆

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第1373日目 〈「ハガイ書」前夜〉 [ハガイ書]

 これまでに読んだ十二の預言書はいずれもエルサレム陥落以前の時代を舞台としてまいりました。エレミヤやエゼキエル、イザヤ、そうして9人の小預言者たちはそれぞれ北王国イスラエルと南王国ユダがまだ存続しているうちに生きて、預言者として活動してその役目を果たしました。数人については祖国の滅びる様を目撃したことでありましょう。
 が、12小預言書は「ハガイ書」を以て新しい時代に突入します。つまり本書と続く「ゼカリヤ書」、「マラキ書」はイスラエル民族が捕囚から解放されたペルシア帝国時代のものとなるのです。
 預言書新時代の訪れを飾る本書の外題役、預言者ハガイの出自と来歴を示す手掛かりはありません。ただかれがペルシアの王ダレイオス1世の時代に生きて、捕囚民が帰還した旧都エルサレムにて活動したことがわかる程度です。即ち、「エズラ記」と「ネヘミヤ記」に寄り添うような形であるのが「ハガイ書」であるわけです。ハガイとゼカリヤは同時代人というよりも同じ時、同じ場所で働いた同僚でありました(ex;エズ5:1)。このことについては改めて、<「ゼカリヤ書」前夜>で触れたく思います。
 本書は、帰還を果たしたユダヤ人たちが主の神殿を再建するよりも自分たちの住み処の確保を優先したことに対して主が怒り、<ユダの総督>シェアルティエルの子ゼルベバルと大祭司ヨツァダクの子ヨシュアに発破をかけて神殿再建を命じる、という内容です。ペルシアからの第一次帰還団を率いたゼルベバルはダビデ王朝の血を引く人物でもあります。
 ゼルベバルもヨシュアも既に「エズラ記」に登場した。時間が許すならば「ハガイ書」を読むにあたっては「エズラ記」へ目を通していただきたく思います(本ブログでもその書物について述べた10日間があります)。かれらは第二神殿の再建にあたっても指導者的位置にあった人たちですが、その陰に預言者ハガイの伝えた主の言葉があった。「ハガイ書」を読むとそれはよくわかります。「エズラ記」を併せて読めばその辺の諸々が立体的に捉えられて面白いと思います。
 わずか2日間のお付き合いとなりますが、明日から「ハガイ書」を読んでゆきましょう。◆

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