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第1565日目 〈ユディト記第15章2/2&第16章:〈イスラエル人の追撃と勝利〉、〈エルサレムへの勝利の行進とユディトの讃歌〉他with「ユディト記」読了の挨拶〉 [ユディト記]

 ユディト記第15章2/2と第16章です。

 ユディ15:4−7〈イスラエル人の追撃と勝利〉
 ベトリアの指導者オジアの呼び掛けに応じて全イスラエルがアッシリア軍追撃に参加し、敵をダマスコ地方との境界まで追いこみ、これを領外へ退けた。
 ベトリアの住民や追撃に参加したイスラエル人は、もぬけの殻となった敵の陣営からたくさんの戦利品を町や村、里へ持ち帰った。そのうち、ホロフェルネスの天幕にあった食器や寝台など家財一式はユディトへ贈られた。

 ユディ15:8−11〈ユディトへの公式謝意〉
 エルサレムから大祭司ヨアキムと長老会議の議員たちが来て、主が行った数々の恵みの業を確かめ、ユディトに祝福を述べた。

 ユディ15:12−16:20〈エルサレムへの勝利の行進とユディトの讃歌〉
 女傑ユディトを一目見ようと多くのユダヤ人女性が集まってきた。彼女たちはユディトに祝福の言葉を手向けたり、彼女を囲んで踊ったりした。ユディトは自分のまわりに集まってきた女性たち
へティルソスの枝を配った。
 ユディトは彼女たちの先頭に立って進み、その後ろに武装したままのユダヤ人男子が続いた。やがてユディトが<神への新しい讃歌>を歌うと、人々もそれに倣ってこの讃歌を歌うのだった。
 「わが民に逆らって立つ国は不幸である。/全能の主は、裁きの日に彼らを罰して/その体に火と蛆を与え、/彼らは痛みのため、永遠に泣くことになる。」(ユディ15:17)
 ベトリアから南下してエルサレムへ到着したユディトは身を清めた後、神殿に赴き種々の献げ物をささげた。そうして贈られたホロフェルネスの家財一式を納め、ホロフェルネスの首を包んだ天蓋の垂れ幕を奉納した。
 ユディトたちは3ヶ月の間、旧都エルサレムに滞在した。

 ユディ16:21−25〈結び⎯⎯ユディトの祝福された晩年⎯⎯〉
 エルサレムからベトリアに帰ってきたユディトの名声は年を追って高まり、天の下にあまねく広まっていった。
 彼女は家の財産を以前にも増して能く守り、そんな彼女の許には求婚者が相次いだ。が、ユディトはそれをすべて退け、亡き夫マナセ1人に貞節をささげたのである。
 彼女は105歳で逝った。遺体は夫の墓に埋葬され、すべてのユダヤ人は7日間の喪に服した。財産は生前のうちに身寄りの者たちへ分配されていた。
 そうしてユディト存命中は勿論、彼女の死後も長い間、ユダヤ人を脅かす存在はついぞ現れなかったのであった。

 「ただ、主を畏れるその人こそ、常に偉大である。」(ユディ16:16)

 オジアはイスラエル北部の町々へ号令を掛け、またそれに呼応してギレアドとガリラヤの同胞がアッシリア軍を側面から攻撃した。敵は追撃の手を緩めぬイスラエルから這々の体でダマスコ地方の向こう側へと逃げ去っていった。⎯⎯ノートには反映させなかったけれど、個人的にどうしても捨て難い一節だったので、ここに復活させてしまいます。大祭司ヨアキムたちがすべて終わったあとに腰を上げたのには少々憤慨してしまいますが、まぁ、それは仕方ないことなのかもしれません。
 ユディトが歌う讃歌にこんな一節があります、「タイタンが彼を打ったのでも、/巨人族が襲ったのでもない」(ユディ15:6)と。タイタンも巨人族も旧約聖書続編は勿論、聖書全体のなかでもこれが初出であり、おそらく唯一の記述ではないでしょうか。わたくしは〈「ユディト記」前夜〉のなかで本書にはギリシアの影響を受けた描写がされており、またそれゆえにヘレニズム時代の執筆がほぼ確実視されている旨、申しあげたように思います。本節で「タイタン」が出、「巨人族」が出るのもその一例というてよかろうと思うのであります。タイタンも巨人族(ギガス)もギリシア神話ではお馴染みの存在であります。
 また、ユディ16:25「長い間」とあるのも、同様にやがて西から襲来するアレクサンドロス大王率いるギリシア軍の存在を示す材料なのは、疑うべくもないでしょう。



 本日を以て「ユディト記」は終わります。これまでお読みいただき、ありがとうございました。iMacでの執筆とあって馴れないところでもありましたが、なんとか最後の章まで辿り着けました。でも、まだ道は長い。
 ⎯⎯「ギリシア語によるエステル記」は明後日から始めます。引き続きご愛読願えれば幸甚です。◆

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第1564日目 〈ユディト記第14章&第15章1/2:〈掃討作戦〉、〈アンモン人アキオルの改宗〉&〈震撼するアッシリア軍〉with旧約聖書続編の読書ノートについて、かつて真剣にみくらさんさんかが悩んでいたこと。〉 [ユディト記]

 ユディト記第14章と第15章1/2です。

 ユディ14:1−5〈掃討作戦〉
 ユディトは、この首を城壁の上の胸壁から吊るしてください、といった。そうして町の男子に、夜が明けて太陽が昇ったら武器を手にして町の外に出て、指揮官を置いていまにもアッシリア軍に攻めこむ素振りを相手に見せてください、といった。しかし本当に山を下りたりしないように。敵がそう思いこめばいいのです。
 ユディトは続けて曰く、⎯⎯
 わたしたちの様子はアッシリアの陣営の兵士から将軍に伝わり、ホロフェルネスに報告されることとなります。が、もはやそこに生きたかれの姿はありません。かれの屍が転がるばかりです。アッシリア軍はたちまち恐怖に駆られ、てんでばらばらに逃げ出すことでしょう。その時こそ皆さんの出番です。手にした武器を掲げて山を下り、かれらを追撃してこれを討つのです。
⎯⎯と。
 そのあと、ユディトは町の民に提案した。アンモン人アキオルに首実検させよう、と。

 ユディ14:6−10〈アンモン人アキオルの改宗〉
 ユディトは持ち帰ったホロフェルネスの首が、確かにかれのものであるかどうか、アキオルに確かめさせよう、と町の民に提案した。民に異存はなかった。
 指導者オジアの家に寄留していたアキオルが呼ばれた。かれはユディトの手にホロフェルネスの首があるのを見て驚愕し、その場で気を失って倒れてしまった。しばらくして意識を取り戻したアキオルは、事の次第をユディト本人の口から聞かされて感嘆した。
 斯様な出来事のあとでアキオルはイスラエル/ユダヤの神を固く信じるようになったのである。また割礼を受けて、まことユダヤ人社会の一員となった。

 ユディ14:11−15:3〈震撼するアッシリア軍〉
 ベトリアの住民が戦闘の準備をしている様子を見たアッシリア軍の兵は上官にそれを伝達し、指揮官たちはホロフェルネスに報告するため天幕へ来た。が、そこに報告して指示を仰ぐべき相手はおらず、代わりに首のないホフロフェルネスの死体が転がっているだけだった。また、かれと最後まで一緒にいたヘブライ娘ユディトの姿も、どこにもなかった。
 ⎯⎯この期に及んでようやく宦官バゴアスたちはユディトの計画を知るに至ったのである。「ネブカドネツァルの王家はたった一人のヘブライ女に恥辱を受けたのだ」(ユディ14:18)と、バゴアスは叫んだ。
 この事件に動揺したアッシリア軍は、てんでばらばらになって逃げ出した。平野に駐屯していた兵たちも、山地に陣を張って進軍に備えていた兵たちも、ベトリアの町から近い場所に陣を構えていた兵たちも、皆。
 そうして、斯様に総崩れとなったアッシリア軍に、全イスラエルの兵士たちが一斉に攻撃を仕掛けたのであった。

 どれだけ強力を誇る軍であっても、最高司令官を失えば張り子の虎に過ぎぬ⎯⎯普遍の事実ではないでしょうが、書物など読んでおりますと、昔になればなるほどその傾向は顕著であり、また専制国家の持つ軍についても同じ傾向があるように感じます。
 引用もしたバゴアスの台詞は悲痛です。



 早々に「ユディト記」読書を終わらせて気持ちが緩んでいたようであります。うっかり昨日の原稿を更新しておくのを忘れていました。何の気なしにiPhoneでブログのチェックをしなかったら、丸1日放置してしまうところでした。
 書き溜める予定のエッセイも概ね案だけでそこから先へは進んでおらず、会社帰りにスタバその他によっても生産的なことは殆どしていない。ぼんやり窓の外を見たり本を読んだり、偶にノートを開いて心に思い浮かぶ由なきことを書き留めるが精々で。
 そろそろ「ギリシア語によるエステル記」に取り掛からなくてはなぁ、と心のなかでぼやいたりしても、どうにもこの重くて固い腰はあがらない。困ったものよ、と呟いてみても目の前の状況が劇的に変化することはなく、ならば明日は仕事帰りに資料漁りに図書館に立ち寄るか、場合によってはそのまま空席を見つけて「前夜」の第一稿に手を付けようか、と考えてみたりする。⎯⎯と書いた時点で、行動はほぼ決定している、ということでもあるわけですが。
 が、或る意味で厄介なこの「ギリシア語によるエステル記」を終わらせれば、次は「マカバイ記」である。いままで読んできた「トビト記」や「ユディト記」と異なり、<歴史書>に属する「マカバイ記」である。聖書に於いて<歴史書>を読むのは、実に「歴代誌」以来のこと。「歴代誌」を読んだのは、なんと約4年も前のことだ。途中耳のことやらなにやらで悩み、その結果1年ぐらいブログを放置しちゃったこともあるけれどね。
 実は<12小預言書>を読んでいる頃から、旧約聖書続編の読書ノートについて頭を悩ませていました。これまで通りすべての書物、すべての章のノートを読むか。或いは「マカバイ記」と「知恵の書」、「シラ書」だけで終わらせるか。悩んでいるさなかにも続編開幕の時は迫り、結論を出せぬままその日は来て、〈旧約聖書続編前夜〉と〈「トビト記」前夜〉の原稿をお披露目することとなった。そうしていつもの流れに身を委ねたまま、今日を迎えている。
 もう一つ正直にいえば、旧約聖書のときと違って続編に取り掛かっている現在は、読書していてもノートしていてもそれをPCで入力していても、頗る充実感がないのだ。読書するにもノートするにも以前と変わらぬ態度で臨み、文章についてもそれは同じなのですが……。急な方向転換や突飛なことはせず、これまでのスタイルを守って地道に、堅実に運営し、確実に記事を増やしてゆく以外方法はないのかもしれません。
 旧約聖書続編に関していえば、結局はこれまで通りに全書物の全章を、1日1章の原則で読み進め、読書ノートを作ってゆくことになるでしょう。たぶん「マカバイ記」と「知恵の書」、「シラ書」の3書だけで続編読書を終わらせたら、心のどこかに後悔の念が巣喰うだろう。そうして新約聖書が終わったあとで再び旧約聖書続編に戻って残りの書物を消化する、なんてまったく頓珍漢なことを始めるに違いありません。「ヨハネの黙示録」のあとに読むべき書物があるはずありません。ならば、当初の予定に従って進めてゆくのがいちばん良い方法でありましょう。
 なんだか書いていたら悩みは解決してしまいました。ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。これからもどうぞ宜しく……。◆

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第1563日目 〈ユディト記第13章:〈ユディト、ホロフェルネスの首を取る〉&〈ユディト、ベトリアに帰る〉with『シャイニング』前日譚製作って本当?〉 [ユディト記]

 ユディト記第13章です。

 ユディ13:1−10 1/2〈ユディト、ホロフェルネスの首を取る〉
 夕刻になって宴はお開きとなり、ホロフェルネスは天幕で酔い潰れていた。ユディトは婢女と宦官バゴアスへ、これからお祈りに行ってくる、と伝えて、天幕へ忍びこんだ。
 時は満ちた。ユディトは寝台の枕辺にあったホロフェルネスの短剣を手にして振りかざし、アッシリア軍総司令官の首を切り落とした。ユディトは体から切り落とされた首を天蓋の垂れ絹に包み、外で待機している侍女へ手渡した。侍女はベトリアを出発する際、食糧を入れてきた袋にそれを放りこんだ。
 そうして2人は、来たときとは違う道を通って、一路ベトリアへ帰っていった。

 ユディ13:10 2/2−20〈ユディト、ベトリアに帰る〉
 ユディトと侍女は山間の道を進み、町の門まで辿り着き、番兵たちへ開門を求めた。門は彼女たちのために開け放たれた。
 ⎯⎯ユディト還る。それは誰の耳にも信じられぬ一報であった。町の人々はこぞって門の内側へ押し寄せた。生きて還ってきたユディトを一目見たいという一心からであった。そのなかには指導者オジアたちもいた。
 ユディトは町の民の前で神を讃美したあと、袋から敵将の首を取り出した。「主は女の腕をもって彼を討たれたのです。わたしの歩む道を守ってくださった生ける主に誓って申します。わたしの容色は彼を魅了し、滅ぼしましたが、この身が汚され、辱められるようなことは決してありませんでした。」(ユディ13:15ー16)
 彼女の行動に感嘆したベトリアの人々は神に礼拝して、ユディトの勇気ある行動によって町が守られたことについて感謝をささげた。オジアがいった、「神がこれをあなたの永遠の誉れとし、/数々の恵みをもって顧みてくださるように。」(ユディ13:20)

 ユディトは計画を立て、これを実行・成就させた。そうして侍女共々故郷の町へ凱旋した。
 しかし、物語はまだ少し続く。ユダヤ人は司令官を失って混乱しているアッシリア軍に戦いを挑む。否、戦いを挑むといえば聞こえはいいが、実際のところは次章の小見出しにもなっているように<掃討>というのが正しいところであり、一歩間違えば溺れているものに石を投げるにも等しい行為でもあります。が、存亡を賭けた<戦争>であれば、正論などいってられない。生き残るために目の前の敵を討つ。人道的にはともかく、戦争に於いてはそれ以上の正論はないのかもしれません。⎯⎯以上、第14章の予告でした。



 スティーヴン・キングの第3長編『シャイニング』はスタンリー・キューブリックによって映画化され、後年これの出来を快く思わなかった原作者の脚本・総指揮でテレビ・ドラマ化された。現在、その前日譚の企画が進行中と仄聞したのはいつ、どこでだったろう。小耳に挟んだ噂によると、この企画に原作者はまったく関与できないそうだ。
 この話が事実であるならば、一度ヒットしたSF/ホラー映画の前日譚を製作、映像化する今世紀の風潮は、ついにキング作品にまで及んだらしい。
 が、『シャイニング』についてはそれらとは別次元の問題として処理したい。元々キングは『シャイニング』をシェイクスピアに倣って5幕より成る悲劇として構想していた、という。そのためか、本編開幕以前のホテルの歴史をスケッチ風に描いた、「BEFORE PLAY」なる前日譚が存在する、と、1980年代後半に出版された日本初のキング研究書『COMPLETE STEPHEN KING』にある。図書館の蔵書を検索してお探しになってみてほしい。
 斯様に最良の参考文献があるにも拘らず、どうして前日譚の制作スタッフはそれを活かそうとしないのだろう。少なくともキング本人に、いまでもその原稿があるか否かだけでも確かめる価値はあったのではないだろうか。あるならそれを基に正統的な前日譚を制作すればいい。この程度でも<関与>といわないならば、の話になってしまうが……。
 そうしてもし既に失われた原稿であるならば、少なくともキング・サイドがそうコメントしたのであれば、意を新たに傑作を損なうことのない良質な前日譚を作ろう、と意気込めばよいだけのことだ。
 むろん、そこまで製作陣が手間隙を掛けていれば、という前提に基づいての話ですが、ね。
 企画倒れになってほしいような、われらの手許に届けてほしいような、キング・ファンとしてはちょっと複雑な心境であります。◆

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第1562日目 〈ユディト記第12章:〈ユディト、敵陣でユダヤの習慣を守り通す〉&〈ユディト、ホロフェルネスの酒宴に招かれる〉with iPod touch(4th)顛末記〉 [ユディト記]

 ユディト記第12章です。

 ユディ12:1−9〈ユディト、敵陣でユダヤの習慣を守り通す〉
 ホロフェルネスは従者に、いつも自分に出している食事と酒をユディトのために用意するよう命じた。が、ユディトはこれを固辞した。というのも、それによって彼女自身が神なる主に対して罪の機会を作ることになるからである。ユディトにはベトリアから持ってきた食糧があった。彼女はそれを示して、持参したこれらの食糧が尽きる前に主なる神は心に定めたことを実行することでしょう、とホロフェルネスにいった。
 それからユディトは用意された天幕で夜半まで眠り、明け方の見張りが廻ってくる前に起床した。巡回してきた見張りにホロフェルネスへの言伝を頼むためである。イスラエルの神へ祈りに行くのを許してほしい、というのがその内容であった。ホロフェルネスは許可して、護衛の者らにユディトの祈りを妨げぬよう命令した。
 「こうしてユディトは三日間陣営に留まり、夜ごとにベトリアの谷へ出かけて陣営内の泉で身を清め、水から上がってイスラエルの神なる主に向かい、民の勝利へ向けて彼女の道をまっすぐに整えてくださるようにと祈った。そして清められて戻ると、夕方、食事を取るまで天幕の中にとどまった。」(ユディ12:7ー9)

 ユディ12:10−20〈ユディト、ホロフェルネスの酒宴に招かれる〉
 4日目。従者たちのための酒宴を催した際、ホロフェルネスは、あのヘブライ娘をここへ連れて来い、と宦官バゴアスに命じた。あれだけの女を抱かないのはわれらの恥というものだ、あの女も誘いの声が掛からねばわれらを嘲ることだろう。
 ホロフェルネスの命令にユディトは従った。わが主人のお気に召すことならなんでも喜んで従いましょう、それこそがわたしの喜びでもあるのです。
 そのやり取りの後、彼女は着替えて化粧を施し、ホロフェルネスの前に出た。この軍総司令官はたちまち心を蕩けさせ、激しく欲情したのであった。その様子を見たユディトは甘言を弄して曰く、わたしのなかでこれ程心の高まりを覚えたのは、生まれて初めてのことです、と。
 この日、ホロフェルネスは生涯でいちばん沢山のぶどう酒を飲んだ。それゆえしたたかに酔い、ぐっすり眠りこけたのである。

 宦官は西アジアにもいた。職務を考えれば存在することは当然なのだが、こうして改めて「宦官」という語を聖書など中東以西の古代の書物中に見出すと、なんだか落ち着かない気分である。バゴアスが如何なる経緯で宦官になったのかわからないが、司馬遷のようなドラマがあったかもしれない、と想像すると、胸が締め付けられるような思いがします。……というのは、小説書きの妄想でしかありませんかね?
 ところで、ユディトがだんだんサロメのように見えてきてなりません。狙った男の首を獲る(ユディ13:8、マタ14:8,10−11)というだけでなく、企てを成就させるため自分の色香を存分に駆使する、という点で、甚だ似たものを感じるのであります。ユディトの場合、色香に加えて才知もあって願望成就となる。サロメとの決定的相違はこのあたりにある、とわたくしは考えます。サロメについては新約聖書に入ったあとで触れることもありましょうが、果たしてこちらにユディト程の深謀遠慮があったかは極めて疑問であります。



 新しくiMacを購入したことで生じたiPod touch(4th)の問題について、ですが、事は至極単純で以前のWindowsパソコンにあったiTunesが削除済みとなっており、データはiPodにのみあることが根本に横たわる問題なのでした。
 要するに、iPod touchからPCへのデータ移行は著作権の関係で不可能となっている、ということなのです。Appleユーザーであれば先刻ご承知のことでしょうが、さんさんかはこんな明瞭な事実を知らなかった。Appleのテクニカルセンターに電話して、ようやく知り得たお間抜けぶり。ちょっと考えれば当たり前のことなのにね。ネット上に氾濫しているフリーソフトを用いれば、本来不可能という名目になっているiPodからPCへの移行も可能なようだが、結局は自己責任ですからねぇ……。
 かといって、iMacにつないで真っ新の状態で同期されるのがいちばん困るし。ゆえに新しくCDを取りこむことも出来ない境遇にいるさんさんかであります。こう見えてそれなりにフラストレーションは溜まっている。とはいえ良きこともある。イヤフォンをして耳へ負担を掛けることがなくなっているのが、この一件がもたらした唯一の幸い事といえるかもしれません。
 が、それはそれとして、新しくiPodを購入することもちかごろは割と真剣に考えています。もし新しいiPodを買うなら、今度は絶対iPod classicだ。これしかない。iPhoneがあれば、iPod touchに付いている音楽以外の機能はそれ程必要と思わないもの。音楽プレーヤーとしての機能しか原則求めていませんよ、ということ。
 ただどうしてもここで問題となるのは、現在のiPod touchに入っていて比較的よく聴いていたアルバムやお気に入りアーティストの作品については、改めて新しいiPodへ取りこみし直さなくてはならない、という事実。手持ちのものならまだしも、TSUTAYAや県立図書館で借りたものに関しては、またイチから始めなくてはならないのか。おお、なんと憂鬱かつ先の長い作業であることか!
 ふむう。がんばります。◆

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第1561日目 〈ユディト記第11章2/2:〈ユディトの虚実の弁論〉with忘れないでください〜3年目の<今日>を迎えて。〉 [ユディト記]

 ユディト記第11章2/2です。

 ユディ11:5−23〈ユディトの虚実の弁論〉
 捕らえられたユディトはホロフェルネスの前でかれを、またネブカドネツァル王を寿ぐ前口上を述べたあと、虚実の言葉を並べ立てた。曰く、⎯⎯
 全アンモン人の指揮官アキオルがホロフェルネス様の前で申しあげたわれらに関することは皆事実です。つまり、われらユダヤ人は神に対して従順で、その道をきちんと歩き、神の目に正しいと映ることを行っていれば、神からの罰を受けることも敵の剣に渡されることもありません。しかし、わたし以外のユダヤ人はいままさに神に対して罪を犯そうとしています。
 いまベトリアの町では食糧が尽きかけています。水の蓄えも殆どなくなりました。そこでかれらは家畜を殺し、律法で禁じられたものまで食べることに決めたのです。折しもエルサレムでは献げ物とすべき小麦やぶどう酒、オリーブ油などを住民の食糧に供してゆくことを決めたとのことです。ベトリアの住民はこれを知ると、エルサレムの長老会議に宛てて自分たちの決定を許可してくれるよう使者を出して嘆願し、いまはその返事を待っているところです。かれらが自分たちの決定を実行に移すとき、ベトリアの町は神の裁きを受けて滅びるのでありましょう。かれらの決定とエルサレムへの使者の派遣を知ったから、わたしは町から逃げてきたのです。
 わたしは神を敬う者です。わたしは夜毎谷へ出て、あなたたちのためにわが神へ祈りましょう。そうすれば神はご自分の民が過ちを犯したとき、わたしにそれを伝えてくれるでしょう。ホロフェルネス様、そのときが進軍のときです。もはや誰一人立ち向かう者はおりません。ユダヤの中心を通ってエルサレムへお進みください。「実にこれらのことは、先見の力によって示され、知らされたことであり、わたしはこれをお知らせするために遣わされたのです。」(ユディ11:19)
 ユディトの弁論が終わり、ホロフェルネスがいった。お前は見目麗しく、話す言葉も優れている。もしお前が具申したように事が進んだならば、お前の信じる神をわたしも自分の神として認めよう。そうしてネブカドネツァル王の宮殿に住むお前の名は世界に知れ渡る事だろう。

 虚実とはいえ理路整然とした話であるせいもあり、ホロフェルネスでなくともユディトの言葉はつい信じてしまいそうです。ここでたぶん絶対的説得力を持っているのは、旧都エルサレムでもいまはそうしている、という部分でしょう。
 神殿を擁すエルサレムでさえ律法に反することを行うなら、ベトリアのような地方の小さな町が禁忌を犯すことにどれだけの咎があるというのか。しかし、それはベトリアの住民がすっかり忘却している(という体になっている)神への背反であり、即ち神の怒りが降るときが近い、ということ。為、ホロフェルネス率いるアッシリア軍の進攻はずっと容易くなる。
 ⎯⎯才色兼備のユディトが斯く語れば、本章最後のホロフェルネスの返事も納得であります。現代のように美しい女性の言葉を簡単には信じない、その裏にある真意を探る、なんて考えのなかった時代だったのだろうなぁ、と思うと、ちょっぴり良い時代だったのかな、なんて思うてしまいます。



 3年目の<今日>という日についてなにか書こうとすると、途端にどんな言葉も形ばかりのものとなり、偽物めいてしまうことに、己の無力を痛く思い知らされます。
 被災地には1人の親類と2人の知己がいる。親類は特に記すべき被害に遭うこともなかったそうだ。精々が部屋の棚が倒れ、食器の一部が散乱した程度と云々、停電は間々あったということだが。於仙台市内。
 が、知己の1人については現在も消息不明なのです。直後に連絡が取れないのは当然としても、しばらく経って何度か出したメールや葉書はすべて宛先不明で戻って来。この子は大学の後輩ですが、同窓会が安否を尋ねてみても彼女だけ返事はないということだ。震災犠牲者ではなく、どこか他の土地へ転出して元気に暮らしている、と思いたい……。
 3年前の今日3月11日、東北地方を中心に発生した東日本大震災で犠牲となったすべての方々へ慎んで哀悼の意を表すとともに、そのご遺族には心からお悔やみを申しあげます。
 そうして、現在も東北の地で生活する皆様、住み馴れた地を離れて生活する皆様。もう以前と同じ生活には戻れないかもしれない。しかし、皆様は命を落とさずに済んだ。3月12日以後の日々を生きることを許された。それがどれだけ大事なことであるか、忘れないでください。生きたくても生きられなかった人々の思いを、忘れないでください。
 もしかすると、震災で亡くなった人が身内にいるわけではないお前がなにをいうか、被災地の経験をしていないお前が出しゃばるな、と罵倒されるかもしれない。ただ、天寿を全うして逝ったわけではない、天災により命を奪われた人が残した思いを忘れないでください、とだけはどうしてもここで書いておきたいのです。自宅の火事で父を亡くし、そのあと自暴自棄の人生を送りそうになったわたくしは、それだけでも伝えておきたい。
 「上から目線」にならぬよう注意して書いたつもりですが、もしそんな風に受け取られてしまったら、ごめんなさい。
 みんなで立ち続けよう。希望の旗を振り続けよう。
 薄暗がりになったら、すぐに希望の灯火を照らして、高く高く掲げていよう。◆

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第1560日目 〈ユディト記第10章&第11章1/2:〈ユディト、ホロフェルネスの陣営に向かう〉、〈ユディト、捕らえられる〉&〈ユディト、ホロフェルネスの前に出る〉with雨にも負けず風にも負けず、……〉 [ユディト記]

 ユディト記第10章と第11章1/2です。

 ユディ10:1−10〈ユディト、ホロフェルネスの陣営に向かう〉
 祈り終えたユディトは沐浴して肌に香油を塗った。そうして、夫がまだ生きていた頃に着ていた服を身に纏い、化粧を施し、妖艶なるヘブライ人の娘に化けた。侍女にぶどう酒の革袋とオリーブ油の壷、炒り麦といちじく菓子と上等のパンを詰めた袋、布に包んだ食器を持たせると、2人して家をあとにした。
 ベトリアの町の門にはユディトの指示で彼女を待つオジアら指導者たちがいた。かれらは美しく着飾ったユディトに目を奪われた。オジアらはユディトを祝福し、門を開けさせ、その出発を見送った。町の人々も彼女が道を下ってゆくのを姿が見えなくなるまで見送った。

 ユディ10:11−19〈ユディト、捕らえられる〉
 彼女たちは谷間の道でアッシリア軍の前哨部隊に捕らえられた。捕虜となったユディトはかれらに、わたしは滅びるより他ないベトリアの町から逃げてきたのだ、と弁明した。あなた方の総司令官ホロフェルネス様に会わせてくだされば、兵力を損なうことなくベトリアに進むことの出来るルートを教えましょう。
 前哨部隊の一部の兵が彼女を連れて本陣へ戻り、ホロフェルネスの天幕まで案内した。ヘブライ人女性が捕虜になったことは、アッシリア軍の陣営の隅々まで瞬く間に広まった。実際に彼女の姿を見た者は、イスラエル侮り難しの思いを抱いた。かれらを放置したら必ずや世界中を籠絡するに違いない、とかれらは考えたのである。

 ユディ10:20−11:14〈ユディト、ホロフェルネスの前に出る〉
 ユディトとホロフェルネスは天幕の控えの間で会った。
 心配するな、とホロフェルネスはユディトにいった。わが主ネブカドネツァルへ仕えることを選んだ者に危害を加えたりはしない。が、山間のあの町の住民は、従うを潔しとせず抗うことを選んだ。かれらは自らこの事態を招いたのである。
 さあ、女よ。なぜあの町から逃げてきたのか。正直に話せば命の保証はしよう。話してくれれば、わが国の者は皆、お前をネブカドネツァル王の家来のように大切に扱い、危害を加えたり乱暴を働くことはないであろうから。

 「ユディト記」は起承転結のはっきりした物語であります。案外と聖書のなかでは珍しいものであるように思います。類似した書物を探すと、どうしても文学書に分類されるものとなってしまう(ヘブライ語の分類に従えば「諸書」ですか)。「ルツ記」や「エステル記」、「ヨブ記」がそうであります。
 タイトルロールになっているかれらに共通するのは、神への揺るぎなき信仰の持ち主である点と、神に対して敬虔なる人である点でありましょう。もっとも、ヨブの場合は自らを見舞った過酷な運命ゆえに一時的ながら信仰は揺らぐのですが、回復するや以前にも増して神へ依り頼む心は強くなった、と察せられます(ヨブ42:6、12)。
 この「ユディト記」も神への信頼を基にして大胆な行動に出た女性の、起承転結が明らかな物語であります。さしづめ本章は<転>に相当する箇所といえましょう。ここからいよいよ物語は佳境に入って参ります。



 意志の強い人間になりたい。あらゆる誘惑に打ち克つことの出来る強い心を持つ人になりたい。毎度心へ誓えど旬日経ぬうちまたぞろ快さに惑わされ、ちょっとだけなら良いか、と一時を過ごして終わった直後に深く深く後悔する。嗚呼、この弱さは生来のものか、はたまた覚えた遊びの置き土産か。
 雨にも負けず風にも負けず、あらゆる誘惑と無縁の人生を過ごして、大過なく臨終のときを迎えたい。孤独であっても構わない。その代償として誘惑を退け続けられる強い意志と、意思に行動を伴わせることが出来るなら。
 それが、希望です。◆

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第1559日目 〈ユディト記第9章:〈ユディトの祈り〉withスタバでMacBookな人々について〉 [ユディト記]

 ユディト記第9章です。

 ユデイ9:1−14〈ユディトの祈り〉
 オジアらが帰り、エルサレムの神殿で夕べの香がささげられる時刻になると、ユディトは地にひれ伏し、灰をかぶり、纏うていた粗布を露わにして、主に祈りをささげた。
 わが祖シメオンに剣を与えて異邦人を打たせたように、わたしの腕にも計画を成し遂げる力を与えてください。女の腕を以てアッシリアを打ち砕かせてください。
 敵はあなたが〈戦う神〉であることを知りません。これまでたびたびそうであったように、御力を以てわれらを、あなたの民であるわれらを顧みてください。敵は聖所を冒瀆し、幕屋を汚し、祭壇を打ち砕こうとしています。憤りを以てかれらの勢いを殺いでください。
 わが神、わが先祖の神よ。「わたしの言葉と欺きによって/彼らに痛手を追わせ、打撃を与えてください。/彼らは、あなたの契約に対して、また、/聖別されたあなたの家とシオンの頂に対して、/あなたの子らが所有する家に対して/災いをたくらんだのです。」(ユディ9:13)
 ⎯⎯わが計画の達成に伴いすべてのユダヤの民が、あなたこそ万軍の主であり全能にして力ある神であると、あなたこそイスラエルの民を守る者であることを悟りますように。

 祈りの冒頭でユディトは神に回想を迫る。ここで彼女がいう、シメオンに剣を与えて異邦人を打たせたように云々、とは、創34に於けるシメオン(とレビ)が取った行動を指しています。かの章にてシメオンは妹を汚したシケムの町の男子シケムを許し難く、その情念が勢い余って兄弟レビと連れ立って町に罠をかけ、町の住民を根絶やしにしたのでありました。
 これについて語るユディ9:3に現れる「諸侯」なる語が誰を指しているのか、定かでありません。ハモルとシケム父子であるかもしれません。長き歳月の間にディティールが変化していった結果、ベトリアに住むシメオン族が語り継いだシケムの町の挿話には「諸侯」に相当する存在が登場していたのかもしれません。可能性は幾らもありますが一つしかない事実をサルベージするには、現代のわれらはあまりに知ることが少なすぎることを今更のように痛感させられることであります。



 行き付けの店舗限定の話になりますが、どうして上島珈琲店にはMacBookユーザーの姿が著しく少ないなのだろう。スターバックスでの光景を当たり前のように目にし、そのうち自分も向こう側の人になるのかな、なんて妄想していた矢先の発見であるだけに、すこぶる重きをなす話題である。
 大崎ゲートシティ店では8人がけのテーブルや奥まったスペースでノートパソコンを広げている人がいればほぼ例外なくMacBookに向かって懸命に作業していた。あれはちょっぴり不気味な光景でした。耳を澄ませば聞こえるであろうキーを叩く音以外に、会話する声もイヤフォンから漏れる音楽もその他の音も、まったく聞こえてこない無音の空間がどんなものか、想像してみてください。静寂、というのではない。それを通り越えたところに存在する絶対無音の空間。そこで陳列品のように椅子へ座ってMacBookに向かって、少し前屈みになってキーボードに指を走らせ、ディスプレイを凝視する蝋人形感の人形も舌を巻くユーザーたちの姿。奇妙かつ滑稽としか言い様がありません。
 いまはなき伊勢佐木モールや東京お茶の水の駿河台、新丸ビル、四谷駅、みなとみらい、足柄SA、京都三条大橋、羽田空港etc,etc。各地のスタバにてMacBookを開いて何事かしている人の姿は見るけれど、嗚呼、大崎ゲートシティ店のユーザー比率には正直なところ面喰らってしまいましたね。
 スタバでMacBookを使う人たちについて語らう人々をネット上で拝見しますが、かれらについて特に語るべき言葉も承継もわたくしにはない。必要なときに可能な場所で執筆できることが出来ればそれで充分。じきに<スタバでMacBook>デヴューするであろうわたくしも、そんな人々に噂の種を提供することとなるのか、と思うと、少々気が重いけれど。うーん、考え過ぎ?
 そこへ行くと、上島珈琲店でのユーザー比率の低さは気持ちが良い。単なる偶然なのだろうけれど、潔ささえ漂っている。MacBookお断り、というわけでもないのに、使用者1名というのは……。電源がないわけでもないのにね。ちょっぴりミステリ。
 でも、これからカフェでMacBookデヴューする人には、スターバックスは心強い味方かもしれない。なんといっても周囲には仲間がたくさん、しかもほぼ常時いますからね。リンゴマークが結ぶ連帯意識は、上島珈琲店ではちょっと望み得ぬものではなかろうか、と思うのであります。◆

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第1558日目 〈ユディト記第8章:〈ユディトの略歴〉、〈ユディト、神への信頼を説く〉&〈オジアの願いとユディトの企て〉withエッセイをまとめてお披露目するに際して〉 [ユディト記]

 ユディト記第8章です。

 ユディ8:1−8〈ユディトの略歴〉
 このベトリアにシメオン族の未亡人ユディトがいた。父の名はメラリで祖父の名はオクス、イスラエル(ヤコブ)の次男シメオンを祖とする。かつて同族のマナセを夫としていたが、大麦の刈り入れ時に罹った日射病が原因で故人となって以後、彼女はそれから今日までの3年4ヶ月、喪に服した。ユディトは夫が遺した家財を守り、使用人や家畜、土地を管理した。
 また、ユディトは深くイスラエルの神を信じて畏れる人であった。加えて、何人たりとも彼女を指して悪くいう者がないぐらい義の人であった。

 ユディ8:9−27〈ユディト、神への信頼を説く〉
 その日、指導者オジアたちが町の民に約束した言葉を知ったユディトはかれらを招いて、懇々と神への信頼を説いた。曰く、⎯⎯
 神を試すような真似はおやめなさい。人間の心すら理解することも出来ないのに、どうして全能の主の心を探ることが出来ましょう。神はわれらと異なり、脅しに怯むこともなければ他者の決断を押し付けられることもないのです。
 かつてわれらの先祖は道を正しく歩まぬがゆえに神の罰を被り、捕囚となり各地へ離散しました。かの地で種々の辛酸を舐める間、われらの先祖は悔い改め、神を信頼する心を取り戻しました。それはいまのわれらのなかにもあり、揺らぐことはありません。再び先祖のように偶像を崇めるようなことがあれば、神は直ちに制裁を下すことでしょう。
 皆さん、いまが正念場です。ベトリアの占領は全ユダヤの屈服であり、エルサレムの新しい神殿が再度、異神の民によって蹂躙され破壊されることであります。われらは踏み止まり、敵の侵攻を食い止めねばなりません。すべてのユダヤ人がこのことを知って、あらゆる暴力に抵抗することが出来るように。神なる主がアブラハムやイサク、ヤコブに与えた試練を、われらは今一度思い起こしましょう。
 「主は彼らの心を試すために火のような試練を与えられましたが、わたしたちの場合も同じで、決して報復ということではなく、主に近づこうとする者を教え諭すために鞭打たれるのです。」(ユディ8:37)

 ユディ8:28−36〈オジアの願いとユディトの企て〉
 これを聞いてオジアがユディトを讃えた。敬虔なるあなたが祈ってくれれば、神は雨を降らせて水を満たし、われらを助けてくれもするだろう。が、ユディトよ、これだけはわかってほしい。あのときわれら指導者は民の声を聞き入れるより他なかったのだ。
 ユディトは答えた。わたしには計画があり、これを実行します。主はわたしを用いて5日のうちにユダヤを顧みてくれるでしょう。どうかいまは計画について訊かないでください。それを成し遂げるまでお話しすることは出来ません。しかく、これが実現すれば子々孫々まで語り継がれる出来事となるに違いありません。
 オジアたちはユディトを祝福して、それぞれの家に帰っていった。

 今日のわれらの社会に於いてもそうですが、秘密裏の計画は何人にも漏らす事なかれ、と、本章でも教えております。相手を信頼して喋ったつもりが仇となった経験を持つ方も少なくない、と思います。ユディトが意識して口を噤んでいなかったら、計画はだだ漏れとなり得られる勝利も得られなくなっていたでしょう。
 ユディトが賢いのではなく、心中に野望や人生を変える計画などを持つ人ならば、誰しも行って当たり前のことであるに過ぎません。
 ユディ8:26にある文言について、若干わたくし個人の推測を述べます。全部で3点。
 ・主がアブラハムに行った仕打ちとは? → 創22:1−19のイサク奉献をいうか。
 ・イサクに与えた試練とは? → 創27にある、長子の特権を誤って次男ヤコブに与えたことか。
 ・メソポタミアにてヤコブがラバンの羊を牧していたとき、どういうことが起きたか? → 都合6年義父の下で働き、ラケルとレアの間にそれぞれ家族を成したが脱走、追想して来たラバンと和解し契約を結んだ(創29−32)ことをいうか。
 もし間違っていたらご指摘、ご教示願いたく思います。



 最近はスターバックスや上島珈琲、エクセルシオールに籠って、エッセイのプランや下書き(メモ書き)を、思いつくままに書き綴っています。このうちの2、3編でも完成させられればいいのですが……。最後の一文字を書いてサインをしない限り、安心も油断も出来ません。
 書物と書物の間にお披露目するエッセイは、特定のテーマを設けて集中的に書くのが良い場合と、通年テーマを幾つか設けてそれに沿って少しずつ消化してゆくのが良い場合とがあります(今更ながらそれを認識した次第。ちょっと恥ずかしい)。今回は前者のケースになりそうなのですが、如何せん原稿がまだまったく手つかずである点に大きな不安を感じています。
 さて、いったいどうなりますことやら。と他人事めいた言い草を残し、本日はこれにてドロンとさせていただきます。◆

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第1557日目 〈ユディト記第7章:〈ベトリア包囲作戦〉&〈ベトリアの危機〉with「ユディト記」ノート舞台裏;こんなことに興味持つ人いるのかな?〉 [ユディト記]

 ユディト記第7章です。

 ユディ7:1−18〈ベトリア包囲作戦〉
 アキオル追放の翌日、アッシリア軍の総司令官ホロフェルネスは軍を南に進めた。歩兵17万、騎兵1万2千を中心とした軍勢がユダヤ人攻撃のため、エスドレロンの平野の南に横たわる山岳地帯目指して進んだ。その夜、アッシリア軍はベトリアの町に近い谷にある泉のそばで野営した。
 次の日、ホロフェルネスは様子を伺うユダヤ人の前で、騎兵に山地をまわらせて斜面に作られた道をすべて検分させた。また、あちこちの水源を調べさせてそれを確保させた。
 エサウとモアブの指導者たちが野営地にてホロフェルネスに提案した。即ち、⎯⎯
 天然の要塞であるベトリアを攻めるには、山の麓に湧き出る水源を押さえてしまうのが良策でしょう。そうすればかれらは渇きに耐えかねて町を明け渡すに違いありません。この方法ならば1人の兵も欠けることなくベトリアを占領することが出来るでしょう。
 これはホロフェルネスとかれの側近たちの気に入るところとなり、さっそくアンモン人とアッシリア兵に命じて実行させた。

 ユディ7:19−32〈ベトリアの危機〉
 アッシリア軍の進行を見、その規模に動揺し、怯えつつも、武器を取って攻撃に備え、その夜は寝ずの番を立てて監視に務めたユダヤ人たちであったが、翌日になって改めて敵陣を眺めるとすっかりアッシリア軍が山地を取り巻いているのを知って意気消沈してしまった。
 水源が奪われてしまったことで生活用水は徐々に減っていった。やがて水は配給制となり、満足に水を飲むことの出来る日はなくなってしまった。
 かれらは自分たちの先祖の神に祈ったが、望む形での救いは訪れなかった。
 抗戦の意志をなくしたベトリア住民たちは、オジアたち町の指導者たちのところへ行って、訴えた。降伏して捕虜となろう、その方が現在よりずっとマシだ、少なくとも命は助かる、妻や子供たちが死ぬ様子を見なくても済む、と。
 かれらはオジアたちに重ねて曰く、「天と地にかけて、また我らの神、我らの先祖の神なる主、わたしたちの罪と先祖の罪に応じていまわたしたちに罰を下される神にかけてお願いします。この願いのとおり、今日、必ず実行してください」(ユディ7:28)と。
 が、指導者オジアたちはかれらを諌めた。あと5日、あと5日なんとか辛抱しようではないか。きっと神はわれらを憐れみ、助けてくださる。もし5日経って何事も起こらないなら、そのときはあなた方の要求通り降伏してアッシリアの軍門に降ろう。
 そうして人々は自分たちの家に帰っていった。ベトリアの町は失意の底に沈んだ。

 ベトリアの町の位置は例によって不明であります。アキオル追放時の野営地から更にイズレエル平野の南縁に進み、そこから兵を遣わしてベトリアの水源となる泉をアッシリア軍が確保できたぐらいだから、町の場所は山岳地帯の北部にあり、しかも平野から道を登ってゆき中腹あたりにあるであろう、と、「ユディト記」を読んでいると想像されます。前後して記されるドタンやスキトポリス(ベト・シェベン)などの位置から推測するより他ない、というのが正直なところです。
 これはユディ7:18「モクムル川」、「クス」の近くの「エグルベル」も同様であります。つくづく旧約聖書続編に則した註釈書や地図、事典が、手頃な価格で欲しいと思います。
 降伏して捕虜となった方がマシだ、とベトリアの町の人々はいいました(ユディ7:27)。虐げられる側になったとき、イスラエルはこの台詞を発したことが過去にもありました。歴史書に於いてか預言書に於いてかは忘れましたが、出エジプトの際にも国が滅びる際にもこの台詞はかれらの口から発せられたことがありました。
 南王国ユダの人々はその後、バビロン捕囚を経験した。その生き残りが「ユディト記」の時代の少し前にエルサレム乃至はユダの各地へ帰還したのでしたが、ベトリアの住民たちが捕囚解放を承けて帰還、(偶々)この地に根附いたのか、最初からアッシリア捕囚あるいはバビロン捕囚を免れた人々であったのかは不明です。ゆえに捕囚となった方が死ぬ(殺される)よりマシだ、という考えが経験から生まれた発言だったのか、一概に判断のし難いところであります。
 神なる主により選ばれた嗣業の民、メシアの到来を約束されたイスラエル/ユダヤ民族の「生き延びよう」という思いがDNAレヴェルで存在しているのかもしれません。決して諦めが早い、とか、怖じ気づいた、とか、そんな単純な話ではない、と思うのであります。



 「ユディト記」全章の第一稿があがった今日だからこそいえるのですが、実は本書については予定の遅れを取り戻すため、1日2章のペースで更新することを本気で考えていました。
 その気になれば可能だったはずなのに、従来通り1日1章の更新としたのは特筆すべき理由があってのことでは(当然)ありません。先達ても書いたように、原稿の日付とパソコンによる清書の日の間があけばあくだけ種々の支障が生じてよけいに時間がかかってしまうから、というが精々であります。も一つついでにいえば、本書開始時はまだ第一稿が途中までしか出来上がっていなかったため、すぐに<球>が尽きてしまう恐れがあったこと、ぐらいですかね(な、情けねえっ!)。
 まぁ、いまつくづく思うのは、そんな無謀なことしなくてよかったな、ということです。体力も尽き、脳みそもあまり働いてくれない状態で、文字通りのグロッキーであったかも。そうならなかったことに感謝と安堵。えへ。◆

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第1556日目 〈ユディト記第6章:〈ホロフェルネスの裁断〉&〈アキオル、イスラエル人に引き渡される〉with「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」でも聴きたい気分。〉 [ユディト記]

 ユディト記第6章です。

 ユディ6:1-9〈ホロフェルネスの裁断〉
 アキオルが語り終えると、周囲から一斉に避難の声があがった。処刑を求める声も、なかにはあった。アキオルの言辞にホロフェルネスが返して曰く、お前はいったい何者か、なぜイスラエルの神がかれらを守るなどというのか、と。続けて、⎯⎯
 お前は預言するつもりか。この世にネブカドネツァル王以外の神がいるというのか。われらは王の僕である。そのわれらにとってユダヤ人を全滅させることは人間一人を殺めるよりも容易い。「我々の向かうところ、彼らはその足跡すら残すことなく完全に滅び去るのだ。これは全地の主なるネブカドネツァル王のお言葉である。」(ユディ6:4)その言葉が空しくなることはない。
 今日はお前にとって災いの日となった。アキオルよ、ユダヤ人に制裁が降るその日まで、われらが会うことはない。というのも、これからお前を山地の町ベトリアのユダヤ人たちに引き渡すからだ。その町が滅びるまでお前が死ぬことはない。やがてわれらが会うとき、お前は剣にかかって負傷者のなかに倒れる。ベトリアの町が攻撃されて占領されることはあるまい、などとは夢にも思わぬことだ。わたしは自分がいったことは実現させる。

 ユディ6:10-20〈アキオル、イスラエル人に引き渡される〉
 ホロフェルネスは天幕で控えていた従者たちに、アキオルを捕らえて山地の町ベトリアへ連れてゆき、ユダヤ人の手に引き渡してくるよう命じた。従者たちはそうした。
 ⎯⎯アキオルを連れたホロフェルネスの従者たちが、エスドレロンの平野(イズレエル平野)を進んで山地に入り、ベトリアの町の下にある泉のところまで来たことを、町のユダヤ人たちは知った。かれらは武具を取り、投石で従者たちの前進を阻んだ。従者たちはそれ以上進むのを諦め、その場でアキオルを縛りあげて置いてゆき、自分たちはアッシリア軍の駐屯地へ戻っていった。従者たちが立ち去ったのを見たユダヤ人たちはアキオルの傍らに来て、その縄を解いてやり、町へ連れて帰った。
 当時ベトリアの町は3人の指導者を戴いていた。いずれもシメオン族の者で、ミカの子オジア、ゴトエニルの子カブリス、メルキエルの子カルミスである。かれらは町の長老たちを集め、アキオルに事情を訊ねた。アキオルはホロフェルネスにいったのと同じことをベトリアの指導者たち、長老たちに語った。ベトリアの住民たちは先祖の神を礼讃し、声をあげて祈った。そうしてアキオルを激励し、大いに賞賛したのである。
 オジアはアキオルを家に招き、酒宴を催した。その日、ユダヤ人は終夜に渡ってイスラエルの神の名を呼び、助けを求めたのであった。

 アキオルはイスラエルの神⎯⎯アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神を信じる者であったろうか。ふと、そんなことを考えました。
 「創世記」から「ネヘミヤ記」までの民族の歴史を知り、かれらの神が諸国に対して、また自分の民に対して行った様々について知るのは、かれが旧北王国イスラエルと踵を接するアンモンの出身であるためでしょうか。
 アンモン人はアブラハムの甥にしてソドムの災禍を免れたロトの孫、実際はロトとかれの次女の父娘相姦によって誕生したベン・アミを祖とする(創19:38)。イスラエル人とは血縁関係にある一方で、絶えることなくいがみ合い、憎み合い、敵対した関係でもある。アキオルはそんな出自からか、ユダヤ人についてはおそらく他のパレスティナ地方の人々よりも知るところがあり、またそれゆえに複雑な心境であったのかもしれない。
 アキオルという人物がここで書かれるような役回りでその時代に実在したのか、或いは物語の一登場人物として創作されたのか、詳らかにする資料があるのかはわかりません。が、イスラエルの神への信仰はただユダヤ人の間にのみ留まらず、諸国民にまで伝播していたことを証す最良の役回りを務める人物がアキオルである、ということは出来ましょう。
 ⎯⎯毎度の言となりますが、非キリスト者の1人であるわたくしはそう思うのであります。



 最近髭を伸ばしているのだが、顎髭のなかに白いものが10本程度あるのが見える。ふぅむ、ふむふむ……。掌でその感触を確かめながら、そんな意味不明の唸り声をあげてみた。
 いつの間にかこんな年齢になっていたのだなぁ、としみじみ思うたね。なんだか映画『カサブランカ』の挿入歌「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」でも聴きたい気分になりましたよ。溜め息。◆

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第1555日目 〈ユディト記第5章:〈ホロフェルネスの対イスラエル作戦〉&〈アンモン人の指揮官アキオルの陳述〉with今朝、とても幸せな夢を見ました。〉 [ユディト記]

 ユディト記第5章です。

 ユディ5:1-4〈ホロフェルネスの対イスラエル作戦〉
 ユダヤ人を除く西方諸国の民がホロフェルネスの軍隊の前に恭順した。かの民は自分たちの土地に敵が侵入してこないよう防衛の手筈を整え、やがて始まるであろう戦いに備えた。
 アッシリア軍の総司令官ホロフェルネスは、未だ抵抗する民のあることを知って激怒した。かれはパレスティナ地方の高官たちを集めて、ユダヤ人のことを様々に訊ねた。なぜユダヤ人はわれらに従おうとしないで戦いの準備をするのか、どんな神がかれらを守っているというのか、と。

 ユディ5:5-24〈アンモン人の指揮官アキオルの陳述〉
 パレスティナ地方の高官たちのなかから進み出て、ユダヤ人が如何なる民かを説明した者があった。アンモン人の指揮官アキオルである。かれは述べた、カルデア人の血を引くユダヤ人がメソポタミアを去ってエジプトにて奴隷生活を何世代にも渡って送り、自分たちの神の導きによってこのカナンへ入植するまでの歴史を。このカナンはイスラエルの神がユダヤ人に与えた約束の地であることを。アキオルは続ける、⎯⎯⎯⎯
 「彼らは、神に対し罪を犯さない間は栄えました。不義を憎む神が共におられたからです。しかし、神の定めた道を離れたとき、度重なる戦いで彼らは完膚なきまでに打ちのめされ、捕囚となって異国の地へ連れ去られ、また、神殿は壊されて土台を残すのみとなり、町々は敵の支配下に置かれました。しかし今や、彼らは神に立ち返って、離散していた各地から戻り、神殿のあるエルサレムを取り戻し、また、荒れ果てていたこの山地にも定着するようになったのです。
 偉大なる主君よ、もし、この民に過失があって、彼らが神に対して罪を犯しており、彼らのうちにこの弱みがあることを確認できたならば、攻め上って彼らと戦うことにいたしましょう。しかし、もし、この民に何ら不法行為がなかった場合には、わが主君よ、どうかこのままお通り過ぎください。彼らの主、彼らの神が彼らを守って、我々が世界中の譴責を受けるようなことがあってはいけませんから。」(ユディ5:17-21)
 ⎯⎯⎯⎯ネブカドネツァルの名の下に従うたはずのアキオルが、このようにユダヤ人へ理解を示し、また求めたことで、アッシリア軍からもパレスティナの高官たちの間からも不満の声があがった。処刑を求める者まで現れた。

 アキオルはイスラエル民族が歩んだ歴史について正しい知識を持つ人だった。それがために自らの危機を招いてしまったようであります。ともあれ、アキオルは戦いの回避を提案した。これをホロフェルネスが聞き入れたかどうかは、明日のお話といたしましょう。
 アキオルは艱難辛苦と自業自得に塗れたイスラエル史をダイジェストしました。それが実際にどの書物で語られているか、というと、⎯⎯⎯⎯
 ユディ5:6-10  創世記
 ユディ5:11-14  出エジプト記
 ユディ5:14-16  民数記・申命記
 ユディ5:17-18  サムエル記・列王記・歴代誌
 ユディ5:19   エズラ記・ネヘミヤ記
⎯⎯⎯⎯⎯そうして、実際はペルシア時代を舞台とする「ユディト記」の時代の訪れとなります。
 カルデア人についてちょっと復習しましょう。カルデア人は、バビロニア南東部の民で、セム系民族の一つです。ユディ5:6にてユダヤ人がセム人の血を引く、とアキオルが付言したのはアブラハムがセムの血を引く(創11:26)ためであり、(ネブカドネツァル王やホロフェルネス総司令官に幾許かの敬意も表して)ユダヤ人とかれらが血縁関係にある民族であることに留意させたかったのかもしれません。まぁ、これも論弁に於けるロジックの一つですよね。



 今朝、とっても幸せな夢を見ました。夢のなかでしか再会できないのに、この数年夢に出てくることのなかった、大切な人の夢。未来が改変されなければあったはずの場面が、その夢のなかにはありました。
 夜の湖を見下ろす駐車場、そこでハッチバックを開けて車内を探っている彼女。妻は携帯電話で末娘と話している。探し物は末娘絡みのものであるようだ。話は終わり、われらは車に寄りかかり、湖を見ながら、来し方行く末を語り合っている。
 小学生のときに出逢った女の子が、いま妻として横にいる。これぞ求めた未来。奪われた未来。帰らぬ未来。そうして、他の誰にも代わることの出来ない未来。
 夢のなかでだけでも逢えるなら、いっそのこと、ずっと眠っていたいものですよ。でも、その小さな希望を叶えるには、相当の覚悟がいる。誹られることの覚悟、意を決して行動に移す覚悟。そのどちらも、ごめん、いまの俺にはないんだ。
 でも、今朝見た夢はとっても幸せで、目覚めのときの訪れが恨めしく感じたよ。◆

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第1554日目 〈ユディト記第4章:〈イスラエル人、抗戦を決意する〉&〈全イスラエル、神の助けを祈る〉withご意見への回答。〉 [ユディト記]

 ユディト記第4章です。

 ユディ4:1-8〈イスラエル人、抗戦を決意する〉
 北方から迫る恐怖にユダヤ人は皆怯えた。捕囚解放から間もない時代を生きるかれらにとって、アッシリア軍の接近は辛苦を思い起こさせるに充分であった。
 そこでかれらはサマリアの全域に使者を出して警戒を促し、高い山の頂を確保して見張りを立てた。サマリア中の村という村で戦いの準備が急がれた。収穫期が済んだばかりの地方では食糧の備蓄も並行して行われた。
 また、エルサレムの大祭司ヨアキムはエスドレロンの平野に接する町、即ちベトリアとベトメスタイムの住民に、ホロフェルネスの軍隊の来襲に備えて、平野から山地に至る幅の狭い道を抑えて守るよう命じた。このあたりの道はユダヤの心臓、即ちエルサレムへ通じる道であったためである。
 以上の決定はヨアキムとエルサレムにて開かれた全イスラエル長老議会によって成され、各地へと伝えられた。

 ユディ4:9-15〈全イスラエル、神の助けを祈る〉
 抗戦の準備が進む一方でイスラエルのすべての民が、雇い人や奴隷も含めて皆粗布を纏い、心から神に祈り、厳しく節制に努めた。エルサレムを含むユダヤ各地で何日も断食が続けられた。
 エルサレムに住む者は残らず神殿の前に集まり、ひれ伏して頭から灰をかぶり、粗布を露わにして主に祈った。また神殿では大祭司ヨアキムと、主に仕えるすべての祭司、神殿に奉仕するすべての者たちが粗布を纏い、日毎の焼き尽くす献げ物に加えて、満願の献げ物と随意の献げ物をささげていた。
 全イスラエルはあらん限りの声を絞って主に向かって叫んだ。全イスラエルは、主が自分の民を顧みて救ってくれるよう祈り続けた。
 ……かれらの祈りは神に届いた。主はかれらの声に耳を傾け、かれらの苦悩に目を留めた。

 「ユディト記」の時代背景が本章にて明らかにされました。アケメネス朝ペルシアの王キュロスによって捕囚解放が宣言され、何次かに渡ってエルサレムへ、ユダヤへ帰還団が到着したあとの時代。エズラ、ネヘミヤの時代にエルサレムの町と神殿が再建されてそれ程経っていない時代。ユディ4:3の記述に従えば、そうなります。つまり、共同体はまだ確固とした形を取り戻しておらず、幾分なりとも流動的であった時代であります。
 オリエント世界の覇者がペルシア帝国であったことが提示されたなかで、アッシリア、ネブカドネツァルという過去の亡霊がユダヤを悩ませる役として登場する。これは一種の暗喩であるかもしれません。もしくは、それだけアッシリアやバビロニアがユダヤにとって忘れるべからざる脅威として後々まで語り継がれる忌むべき存在であったかの。
 可能性の推測など論拠を待たずとも幾らでも出来ます。わたくしは安易に<歴史のパッチワーク>と本書を指していいましたが、パッチワークすることで捕囚時代の苦しさ、その最中で再び育まれていった神への信頼を忘れないように、奇妙な時代背景を持った「ユディト記」が執筆されたのかな、と思うところもあるのであります。



 忘れかけた頃に本ブログへのご意見をいただくことがあります。斯様に地味で小さなブログでも目を通してくださっている方がいることに、まずは感謝。
 非難や中傷もわずかに存在して、内容的には、ご尤もなものとそうでないものが同居している。この場を借りて概ね共通することについてお答えさせていただくことをお許しください。
 確かに聖書をテーマにした本ブログの読者人口は多いとはいえない。読者も相当固定されている様子。閑散としているのは半分事実。しかし、どれだけ堅苦しくても、どれだけつまらなくても、わたくしには言葉を発信する義務がある。義務というのが大袈裟なら、役目、と言い換えた方が良いでしょうか。少なくとも、或る種の意志がなければ、現在のように約39度の熱に朦朧となりながらもブログ更新の作業を進めてはいないと思います。
 わたくしは<9.11>で死んだ友人を追悼するため、それ以上に亡き婚約者への途絶えることなき思慕を込めて、本ブログを運営し、原稿を執筆しています。もしわたくしが死んだときにはこれが偽りなき墓標となることを常に自覚し、或る程度まで覚悟も固めて、本ブログを運営し、原稿を執筆しています。
 重苦しい話になったけれど、まぁ、心情告解と思うていただければ幸いです。◆

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第1553日目1/2 〈ユディト記第3章:〈西方諸国の恭順〉with村上春樹『中国行きのスローボート』を読みました。〉 [ユディト記]

 ユディト記第3章です。

 ユディ3:1-10〈西方諸国の恭順〉
 ホロフェルネス率いる軍勢はアッシリア人の王ネブカドネツァルの意思に従わなかった国々を蹂躙した。その勢いと無慈悲に民は恐怖し、かれの許へ使者を出して恭順を誓った。われらが所有するすべてのものはあなたのものです。われらはあなたに従います。
 次いで、ホロフェルネスは軍勢を海岸地方へ動かした。要害の町には守備隊を置いた。住民から選りすぐった男子を組織して支援隊とした。町の人々は踊りと音楽とでホロフェルネスとその軍隊を歓迎した。が、アッシリア軍は西方諸国民の領地をすべて破壊、森の木々を切り倒していった。というのも、「地上のあらゆる神々を滅ぼしてすべての国の民にネブカドネツァルただ一人を礼拝させ、言語の異なる民、いかなる部族にもネブカドネツァルを神と呼ばせるよう命じられていたからである。」(ユディ3:8)
 そうした後、ホロフェルネスとその軍勢は南下した。エスドレロンの平野を進んでドタン近郊に至り、ガイバイとスクトポリスの中間の場所に丸1ヶ月、物資調達のため駐屯した。ドタンはユダヤの広大な山脈に面している。

 地理について少々。
 ユディ3:6に見る海岸地方は前章にて名の出たシドンとティルスを擁す大海(地中海沿岸)を指すものと思われます。
 ユディ3:9に出るエスドレロンの平野がどこにあるのか、といいますと、既にわれらはそれを知っている。旧約聖書を読んでいるとき何度か目にしたイズレエル平野がそれ。旧北王国イスラエルの北方に広がる平野がイズレエル平野、即ちここでいうエスドレロンの平野です。同じ章節に出るドタンは平野の南西に位置し、廃都サマリアは目と鼻の先にある。旧南王国、いまもエルサレムを擁す南部地方まではあと数日の距離に、アッシリア軍は迫っていたのでありました。
 ユディ3:10に記されるガイバイとスキトポリス。スキトポリスはヨルダン川西岸沿いの町、ベト・シェアンの「ユディト記」当時の名称です。サウル王率いるイスラエル軍はギルボア山(ベト・シェアン西約20キロ)で敗れ、その遺骸はベト・シェアンの城壁に曝されました(サム上31:10)。王国分裂の時代に町は一旦破壊されましたが、ギリシアの傘下にあったヘレニズム時代にベト・シェアンは再建されました。その際新たに付けられた名がスキトポリスで、デカボリス同盟に参加した町の一つとして知られました。
 デカボリスとはパレスティナ北東地方にあるギリシアの10の植民町による、相互防衛と貿易活性化を目的とした同盟(連合体)であります。前64年にシリア・パレスティナ地方を属州としたローマ将軍ポンペイウスによって発足しました。詳細については世界史の本や教科書にてどうぞ。
 なお、ガイバイの位置はわかりませんが、同じ文脈にドタンとベト・シェアンがあることから、やはりイズレエル平野南縁に位置する町であるか、と想像されます。
 スキトポリスにまつわるサウル王の挿話を書いていて、「ユディト記」にもこのあと似通った場面が出てくるのを思い出しました。ありがちなこと、とか、ただの偶然といえばそれまでですが、この奇妙な符号になにはなし感慨深いものを胸の奥に感じてしまうことであります。



 村上春樹初の短編集『中国行きのスローボート』(中公文庫)を読みました。初めて書かれた短編ということもあって、出来映えや質については「……」な作品が多い。長編小説ではうまく語ることができても、短編小説の語り方はまた別個のものであることを痛感させてくれます。
 そんななかでも好きな作品のあることは僥倖だ。「午後の最後の芝生」と「土の中の彼女の小さな犬」の2編がそれ。全体に漂う虚無感が初期の村上作品の特徴だと思うのだけれど、ここに挙げた2編はまさに、本短編集に於いてその特徴を具現化した数少ない証拠といえます。
 次は『カンガルー日和』(講談社文庫)を読む。初めて読んだ村上春樹の短編集に、今度は約20年ぶりに還る。当時書いたと記憶する感想はもうどこかへ失われてしまったけれど、新しい気持ちで再びページを開くことができることを楽しみにしている。◆

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第1552日目 〈ユディト記第2章:〈ネブカドネツァル、討伐命令を下す〉、〈軍総司令官ホロフェルネスの攻略〉withみくらさんさんか、ダラダラ語る。〉 [ユディト記]

 ユディト記第2章です。

 ユディ2:1-13〈ネブカドネツァル、討伐命令を下す〉
 その年の第1の月の22日のことである。ネブカドネツァルは軍総司令にして自分に次ぐ地位に在るホロフェルネスを呼んで、対メディア戦への協闘を拒んだ西方諸国の討伐を命令した。
 諸国の降伏者たちはネブカドネツァル王自らが裁断することになり、その日が来るまでアッシリア軍の監視下に置くこと。一方で反逆者があればこれを討ちその財産はことごとく没収すること。討伐命令に加えてそれらがネブカドネツァル王からホロフェルネスに伝えられた。
 斯くしてホロフェルネスは巨大な軍隊を率いて、アッシリアを出発する準備を始めた。

 ユディ2:14−28〈軍総司令官ホロフェルネスの攻略〉
 ホロフェルネスは軍隊の編制に取り掛かった。12万の兵に1万2千の弓騎兵、多くの戦車が集められ、食料と水が揃えられて輸送用のラクダに載せられた。準備にかかった費用はすべて王室から与えられている。
 そうしてホロフェルネスは精鋭によって編制された軍隊を率いて西方諸国の討伐に出発した。一行はニネベから3日の位置にあるベクティレトの平野に宿営した。
 かれらは西へ、西へ、と進撃する。かつての対メディア戦に於けるネブカドネツァルの呼び掛けに応じなかった国々を端から蹴散らし、これを滅ぼしていった。アッシリア軍をまだ見ぬ地域の人々は震え、怯えるばかりであった。

 上の読書ノートでは省きましたが、ホロフェルネス率いるアッシリア軍のルートは以下の通りであります。
 a;上キリキアの北の山の麓、ベクティレトの平原近く→プト、ルド→ケレ人の地の南にある荒れ野→ユーフラテス渡河、メソポタミア通過→アブロナ川沿いの要害の町々→海(以上、キリキア)
 b;アラビアに面する南の地方/ヤフェトの地→ミディアン→ダマスコの平野(以上、ダマスコ)
 そうして震え、怯えたのは、シドンやティルスといった大海(地中海)沿岸の町の住民、スルやオキナの住民、ヤムニアの住民、アゾトやアシュケロンの住民。「ユディト記」が伝えるのは以上であります。旧約聖書を読んできて馴染んだ地名もあり、そうでない、ここがおそらく初出であろう地名もある。前者についてはともかく、後者に関しては並記される地名を以て場所を判断する他なく、それについては少なくとも現時点では未詳である、とご報告させていただきます。



 春の陽気が感じられた今日、関東地方は17度まで気温が上昇した、ということです。職場のトイレで手を洗っていたら、お花見の相談をしている人がいました。さすがにそろそろダウンのコートでは暑く感じる。明日の休みは春用コートをタンスから出して陽に曝そうかな、と考えた。
 ♪もうすぐ春ですね、ちょっと気取ってみませんか? というキャンディーズの歌を否応なくこの時期脳内リピートが始まるのは、やはり相応の年齢である証拠でしょうか。あら、おかしいね、オッペケペッポー、ペッポッポー♪
 春の香りをそこかしこに孕んだ空気が、これまで馴染んだ冬の清透な空気より重く感じられる。そのせいか、体がだるい。手足に鉛の錘でも嵌められたみたいだ。新しい季節の訪れはどんな季節でも心浮き立ちますが(夏? それについては保留にしよう)、変わり目の時だけはどうにも体がうまく順応しない。ゆえに体調を崩しがちになるのですが、どうにかみくらさんさんか、耳の不調を訴え腰痛に悩まされながらも、なんとか元気に会社で忙しく、明るく振る舞っております。体調管理が得意な方ではないけれど、どうにかこうにか騙し騙し動いて生存しております……。
 ところで、インフルエンザは峠を越したのかな。ノロウィルスはもう影を潜めたのだろうか。それともわたくしが気に掛けていないだけ? 最近では梅毒患者が増えてきたと仄聞する。肺結核もまだ現役の病のようだ。すべての病気が撲滅される世界が訪れるとは思うていないけれど、微々たる割合であっても減少してゆけばいい、と思う。すべての病気が絶滅危惧種になること、これって果たして本当に望まれることなのかな……? その代わりにいわゆる現代病が蔓延しても、それはそれで困りますけれどね。
 みくらさんさんか、ダラダラ語る、の回でした。お粗末。◆

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第1551日目 〈ユディト記第1章:〈ネブカドネツァルとアルファクサドの戦い〉他with今日からMacで原稿を書きます。〉 [ユディト記]

 ユディト記第1章です。

 ユディ1:1-6〈ネブカドネツァルとアルファクサドの戦い〉
 アッシリアの王ネブカドネツァルの治世第12年のことである。メディアの王アルファクサドがこれを警戒し、首都エクバタナを要塞化した。そうして両者はそれぞれ自軍を持って衝突した。於ラガウ領内平野。
 このとき、メディアの側についたのは丘陵地帯のすべての民、ユーフラテス川・ティグリス川・ヒダスペス川の流域の人々、エラム人の王アリオクの平野の住民すべて。その他多勢。かれらはケレウド人の戦列に加わった。

 ユディ1:7-12〈ネブカドネツァルの怒り〉
 アルファクサドの行動を承けてネブカドネツァルはペルシア並びに西方諸国へ使節を遣わして、共闘してメディア軍に当たるよう号令を掛けた。
 が、西方諸国の民は皆ネブカドネツァルを嘲り、誰一人として従おうとしなかった。ゆえにネブカドネツァルは怒り、必ずやキリキア、ダマスコ、シリア全域に対して制裁を加え、モアブの住民、アンモン人、ユダヤの住民、2つの海の境界に至るエジプトに住まう民をすべて滅ぼす、と、その王座その王国に賭けて誓ったのである。

 ユディ1:13-〈ネブカドネツァル、アルファクサドを討つ〉
 ネブカドネツァル王の治世第17年のこと。かれはメディア軍を散らし、都エクバタナを陥落させ、「誉れに満ちたこの町を汚辱にまみれさせた。」(ユディ1:14)
 そうしてネブカドネァルはラガウの山中でアルファクサドを投げ槍で刺し殺したのだった。ネブカドネァルはこの戦いに参加したすべての同盟軍の者らと共に首都ニネベに凱旋して、120日間に渡って行われることになる祝宴を催した。

 多くの書物が「ユディト記」の歴史記述に疑問を呈します。本章に即していえば、ネブカドネァルがアッシリアの王位に就いている点がいちばん大きいか。実際にかれがアッシリアを攻撃して首都ニネベを陥落させたことはなく、前612年にバビロニア帝国がアッシリアをその版図に加えたのはネブカドネァルの父王ナポポラサルの御代であった。また、ネブカドネァルがメディア王アルファクサドと戦ってこれを破った事実も伝えられていないことなども、ここで申しあげておいてよいでしょう。
 為、人々は「ユディト記」を指して、史実を背景とした書物ではない、といいます。史実に即していない、という点については本ブログも異議を挟むものではありません。が、同時にそれゆえに本書の価値が一段も二段も落ちるものであるとも考えておりません。
 われらが知る<経験された歴史>から乖離した、<想像された歴史>を背景としてはいますが、「ユディト記」の物語は神を信じぬ列強国に対してユダヤが如何にして抗って、信仰と希望と愛を貫いたかを教えるものであります。それに添うよう自在に歴史をパッチワークしていることが、果たしてどれだけ咎められる事柄なのでありましょうか。そんなこと、全然問題ではない、とさんさんかは考えます。
 大切なのは、外圧に屈することなく、強い力に怯むことなく、信念を貫いた人物(ユディト)の気高さであります。そうしてそれを信じて支えた共同体の意思であります。そのあたりを見誤ってはならない、と思います。
 なお、本書に現れる歴史解釈についてはジークフリート・ヘルマンがどういうておるかは、既に昨日〈「ユディト記」前夜〉にて触れた通りであります。



 まだ馴れない、というか、本日の原稿がiMacで書く初めてのものであります。以前仕事で足掛け6年程Macを使ったことがあるとはいえ、それはG4とかG5の頃である。私的にはPCの使い始めからWindowsを使ってきた身としては、Mac使用は今回が殆ど初めてに等しいのである。
 なぜMacだったのか、については憧れと偶然の采配による、としかお答えしようがないけれど、なにはともあれ、もうわたくしはiMacを購入してしまった。そうしていまこうして初めてMacでそれなりの長さの原稿を、Pagesを使って書いている。モレスキンに書いた下書き(とはいえ第一稿というてもよいのだが)があるお陰でそれ程大変な思いをしていないのが幸いだけれど。
 いまはまだ勝手の違いに戸惑って右往左往しているが、じきにPagesにも馴染めると思います。いや、馴染まなくっちゃ。◆

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第1550日目 〈「ユディト記」前夜〉 [ユディト記]

 旧約聖書続編では第2の書物にあたるのが「ユディト記」であります。ユディトはユダヤの町ベトリヤに住んでいた、信仰心の厚い女性でした。本書はそのユディトが如何に才智を効かせて強大な敵を退けるに至ったか、と語るものです。
 これを読んでいると、のっけから「?」が脳裏に浮かぶことでしょう。われらはネブカドネツァルという人物が新バビロニア帝国の王であったことを知っています。が、本書に登場するネブカドネツァルは同一人物でありながら、アッシリア人の王としてわれらの前に現れます。いや、それだけではない。歴史的事実と食い違う描写のされる箇所は、他に幾つもある。読書を始めて最初に出喰わすそれが、ネブカドネツァルの件である、ということであります。
 斯様に矛盾するのはどうしてか、なぜそれが一点に留まらず頻出するのか、という点については成立の過程を実際に目撃しないことにはわからぬことですが、わたくしはこれを一種の<仮託の物語>である、と思うております。仮託とは、即ち表立って物言うことができぬ類の告発や非難、或いは表立って意思表示するのが躊躇われる類の讃美であります。読み進めるとそんな風な思いに囚われるのであります。
仮託というのが仮に一蹴に付されたとしても、少なくとも本書の背景を成す時代が歴史のパッチワークであるとはいえそうであります。第4章にて「ユディト記」がペルシア時代を舞台としていることが語られるからであります。既にペルシア時代には滅亡しているアッシリアはまだ健在で、しかもバビロニア王ネブカドネツァルの支配下にある。わたくしは「ユディト記」がアッシリアの王としてかれを紹介するのは、ネブカドネツァルがアッシリアの覇権をも握ったがゆえである、と単純に思うて特になんの疑問も持たぬでありますが、如何なものでしょうか。
 しかし、われらは史書の誤りを見附けて、それについて検証するのではない。パッチワークされた歴史を背景としているとはいえ、われらが読むのは1人の敬虔なユダヤ人女性ユディトの物語である。彼女は1つの巨大な力に屈しかけた同胞を救うべく、神への信頼のみを基にして機知を巡らせて遂にこれを退ける。それゆえに彼女はユダヤ人社会にて讃えられ、感謝され、語り継がれる存在となった。むろん、それは日々蓄積されてゆく歴史のなかでは小さな出来事でしかない。しかし、ユダヤ人の共同体に於いてはエポック・メイキングな出来事であった——大袈裟というなら他にどのような言があるのか——。それゆえに、彼女の名を冠した書物が書かれるに至ったのであろう。
 これまで読んできたなかでいちばん性格の似たものを探すなら、おそらくそれは「エステル記」ということになるでしょう。エステルもユダヤ人を守るために機知を働かせて行動し、兄たちの強力を仰いで同胞の全滅を回避させた。ユディトは精神的な意味でエステルの系譜を継ぐ女性といえましょう。新共同訳では本書のあとにギリシア語訳の「エステル記」が続くのですが、これもなかなか奇遇な配列でありますね。
 「ユディト記」は少なくともヘレニズム時代にはおおよそが成立していた、と考えられます。それを示す事柄のうち、読者がすぐに遭遇するのは第3章に登場する町、スキトポリスでしょう。スキトポリスという町は、われらのよく知る名前でいえば、ベト・シェアンであります。ペリシテ人がサウル王の遺骸を城壁に曝したのがベト・シェアンでありました(サム上31:10)。ヘレニズムとはアレクサンダー大王の時代から前30年のプトレマイオス朝エジプトが滅びるまでの約300年を指す。
 ジークフリート・ヘルマンは本書の成立について、——
 「ユディト物語の歴史的背景は前4世紀のもので、その物語は前300年頃に生じ、伝えられ行ったと見ることができる。もちろん、拡張されたユディト記の成立は前2世紀であったと思われる。それはマカベア時代で、アンティオコス4世の時にヘレニズム化した人々とユダヤ人が戦ったのである。」(『聖書ガイドブック』P179 教文館)
——これに付け加えるべき言葉はなさそうであります。ただ、「ダニエル書」が終盤に於いてやはりヘレニズム化した社会との衝突を告げていることだけ、触れておきます。
 それでは明日から、(予定より数日遅れで)「ユディト記」を読んでゆきましょう。◆

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