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第1654日目 〈マカバイ記二第15章:〈ニカノルの冒瀆〉、〈ニカノルの敗北と死〉他with「マカバイ記二」読了のご挨拶〉 [マカバイ記二]

 マカバイ記二第15章(デメトリオス治下)です。

 マカ二15:1-5〈ニカノルの冒瀆〉
 ユダ・マカバイとユダヤ軍はその頃サマリアにいた。それを知ったニカノルは、相手を確実に倒すためには安息日に攻撃を仕掛けるより他ない、と考えた。無理矢理シリア軍に同行させられていたユダヤ人たちは、その計画を知るやニカノルの許に行って諫めた。すべてを見ている方が定め給うた聖なる日を、君よ、守るべし、と言って。
 その諫めをニカノルは一笑に付した。そんなことを守れと決めた者が天にいるとでも言うのか、それならばこの俺は地上の支配者だ、だからお前たちも俺の命令に従って武器を取り同胞と戦え。そうニカノルは言った。王の求めを果たせ、とも。
 が、斯様に残虐な企みが成就するはずはない。

 マカ二15:6-11〈ユダの激励〉
 シリア軍が迫ってくる。率いるはニカノル。
 それを聞いてもユダ・マカバイは怯まなかった。主の助けがもたらされることを信じて、希望を捨てなかった。かれは同志たる兵士たちを前にして檄を飛ばした。かれらに、律法の書と預言書に基づいて士気を高め、数々の戦いをくぐり抜けて勝利してきたことを思い出させた。
 「こうして戦意が昂揚したとき、ユダは異邦人の不誠実と、誓いの破棄を指摘するとともに、励ましの言葉を語った。同志の一人一人を、盾や槍による守りではなく、力強い言葉が持つ励ましで武装させ、信ずるに足る夢を語って聞かせ、彼ら全員を喜ばせた。」(マカ二15:10-11)

 マカ二15:12-16〈ユダの夢〉
 ユダ・マカバイが同志たる兵士たちに語って聞かせた夢とはこういうものである。曰く、──
 前の大祭司オニアがユダヤ民族のため、ユダヤ人社会全体のため、祈りを捧げていた。その隣に、白髪と気高さゆえに際立ち、驚嘆すべき威厳をあたりへ漂わせる人物がいた。
 オニアはその人物を指して曰く、この方こそかつてエルサレム陥落を目撃し、深くユダヤの同胞を愛し、民と聖なる都のため不断に祈り続けてくださっている預言者エレミヤです、と。
 エレミヤはユダ・マカバイに一振りの黄金の剣を手渡した。神からの賜物であるこの剣を受け取りなさい、この剣で敵を打ち倒しなさい。そうエレミヤは言った。

 マカ二15:17-36〈ニカノルの敗北と死〉
 ユダ・マカバイが聞かせたエレミヤの夢の話は、すべての兵士たちを奮い立たせた。かれらはもはや陣営に留まることを良しとせず、敵を求めて出撃した。誰もがこの戦いが、危機に瀕する都と律法と神殿を守る戦いであることを自覚し、そのために雄々しく戦う覚悟を固めたからである。「既に、すべての者に、事を決する戦いへの覚悟はあった。」(マカ二15:20)
 かれらは進み、シリア軍と対峙した。敵は大軍であった。武器は入念に揃えられ、象部隊を擁していた。敵軍を前にして、ユダ・マカバイは祈った。勝利は武器や人数によって決まるのではなく、主なる神の裁きによってのみ決せられるのだ、ということを知っていたからである。
 シリア軍が進撃のラッパを吹いた。戦いが始まった。ユダヤ軍は神の名を呼び、祈りながら、シリア軍と剣を交えた。そうしてかれらは35,000人は下らぬ数の敵を打ち破り、勝利を得たのだった。ユダヤ軍がエルサレムへの帰還準備をしていると、戦地に敵将ニカノルが武具をまとったまま倒れているのが発見された。
 「市民のために全身全霊を傾けて敵と戦い、青年のときから同胞に対して愛情を抱き続けてきたユダは、命を下してニカノルの首をはね、腕を肩から切り取ってエルサレムまで持って行かせた。都に着くと、ユダは同胞を呼び集め、祭司たちを祭壇の前に立たせ、要塞からも人々を呼んだ。そして、汚れたニカノルの首と、傲慢にも全能者の神殿に向かって上げたその腕を人々に示し、次いで、罵詈雑言をほしいままにしたニカノルの舌を切り刻んで、鳥に与え、その腕を神を畏れぬ報いとして神殿に向けてつるすように命じた。そこで人々は皆、天に向かって栄光に輝く主を賛美し、「御自分の聖所を汚れから守られた主はほめたたえられますように」と言った。それから、ユダは、主の助けの明白なしるしとして、ニカノルの首を要塞につるして衆目にさらした。」(マカ二15:30-35)
 ──人々は協議し、この勝利の日──第12の月即ちアダルの月13日を、忘れたり疎かにしたりしないように、民族の祝日とすることを定めた。それはモルデカイの日、つまりプリム祭の前日にあたっていた。

 マカ二15:37-39〈結び〉
 ……キレネ人ヤソンの書物からの、われらによる要約は以上であります。そろそろ筆を擱くべきときが参りました。
 もし本書の編集が巧みで要領を得ているならば、それはわれらの喜びとするところ。もし否ならば、われらの力が及ばなかった証。
 ぶどう酒だけ、水だけを飲むのは体に害がありますけれど、両方を適度に混ぜると人を気持ち良くさせ、心を楽しくさせます。それと同じで、「物語もよく編集されていると、それを聞く人の耳を楽しませる」(マカ二15:39)ものなのですよね。
 本書「マカバイ記二」を終わります。

 気のせいであることは承知しておるのですが、ユダヤ人はいつだって安息日に攻撃を仕掛けられているようであります。勿論、実際に「マカバイ記」でそれが明記されているのはほんの数回であって、他の日に戦闘していることの方が専らなのでしょうが、「マカバイ記一」と「マカバイ記二」の両書を読了したいま顧みると、そんな風に錯覚してしまうぐらい安息日に攻撃されている印象が強いのであります。
 安息日にはユダヤ人を攻撃して負かしてしまおう。──シリア軍が斯様に発想するのは、逆に言えばそれだけユダヤ軍が強力であることの証左でありましょうし、ユダヤ人が信念と覚悟を胸に主なる神の加護を信じて立ち向かってくる姿に恐れをなしてのことだったかもしれません。シリア軍にとってユダヤという存在は、勝つに困難である相手だったのかもしれませんね。
 最後に要約者たちが記した自分たちの仕事への自負と困難は、文章を書く者、物語を紡ぐ者にとって古今東西、普遍に抱き続ける思いであると言えましょう。



 「マカバイ記二」は本日を以て読了となります。前巻に比べれば比較的スムーズに読み進められたように思います。もっとも、本書が語る出来事は「一」で語られた歴史の半分程度でしかありませんので、そう思うたとしても不思議ではないのですけれどね。
 読者諸兄よ、今日までありがとうございました。少しでも楽しんでいただけたなら、要約者と同様に満足であります。
 次の「知恵の書」はおそらく来月からの読書になりましょうが、そのときに聖書読書ノートとしての本ブログを再スタートさせたいと思います。明日からはしばらく通例通り、エッセイの日々となります。こちらもどうぞよろしくお願いします。◆

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第1653日目 〈マカバイ記二第14章:〈ニカノルとユダの和解〉、〈アルキモスの讒言とニカノルの裏切り〉他with小田急脱線に寄せて、秦野の友へ。〉 [マカバイ記二]

 マカバイ記二第14章(デメトリオス治下)です。

 マカ二14:1-14〈デメトリオスの登場とアンティオコス、リシアスの死〉
 第151年/前162年、セレコウス4世の子デメトリオスが多数の軍隊と艦隊を率いてトリポリスの港へ上陸、その地を制圧した。そのときアンティオコス5世とリシアスが殺された。
 同じ年。メネラオス亡きあとユダヤの大祭司職に就いていたアルキモスが、デメトリオスの許へ行き、質問に答えて自分の愚かなる考えを開陳、実行を促した。曰く、──
 ユダ・マカバイにより指導されたハシダイという連中が未だ抵抗運動を続けて王国の安寧と秩序を著しく損なっています。わたしは父祖伝来の大祭司職を剥奪されてこの地に参りました。デメトリオス陛下を慮り、わが同胞について熟慮してのことであります。ハシダイの連中の頑迷さには、われらもほとほと手を焼いております。陛下、ユダ・マカバイが生きている限り、王国の安寧と秩序は決してありません。
──と。
 これを聞いた、ユダに対して良い感情を持っていない臣下たちがアルキモスに同調、こぞって王にユダヤ討伐をたきつけた。そこで王はニカノルをユダヤの総督に任命した。そうして命令した。ユダ・マカバイを殺し、ハシダイを蹴散らし、アルキモスを大祭司の座に就けよ、と。
 この人事と命令を知った、かつてユダ・マカバイのところにいたがいまは離れているユダヤ地方の異邦人たちが、これは自分たちにとって都合の好い事態になる、と踏んでニカノルのところへ集まってきた。

 マカ二14:15-25〈ニカノルとユダの和解〉
 ニカノル来襲。それを知ったユダヤ人は主に祈った。そうしてデサウ村の近郊で剣を交えた。
 シリアの将ニカノルはユダヤ人が勇猛果敢なること、祖国のためには命を投げ出す覚悟でいることを聞いて知っていたので、血と力による事態の解決を避けたい、と思った。そこで3人の使者を遣わして、ユダヤ側に和平を提案した。ユダヤ人はこの提案を熟慮検討した上で受け入れることにした。
 指揮官だけで会見する日程が組まれた。ユダヤ側が危惧したシリア軍の突然の襲撃はなかった。ニカノルはユダ・マカバイをなかなかの好人物と思い、信頼を置いた。ユダ・マカバイがこの時期結婚を決め、しばらくの間平穏に暮らしたのは、ニカノルから結婚して家庭を持つよう奨められたからであった。

 マカ二14:26-36〈アルキモスの讒言とニカノルの裏切り〉
 ニカノルとユダ・マカバイの友情を快く思わぬ人物が一人いた。アルキモスである。そこでかれはデメトリオス王の許へ行き、斯く訴えた。曰く、ニカノルの思惑と国策は相容れぬものです、ユダ・マカバイを自分の後継者としたのですから、と。
 デメトリオスは激怒した。王はニカノルに書簡を送り、ユダヤとの和解を不服に思うていることを伝え、即刻謀反人ユダ・マカバイを首都アンティオキアへ囚人として連行すべし、と命じた。
 嗚呼!
 「この知らせがニカノルに届くと、彼は困惑し、ユダは何ら悪事を働いていないというのに、いったん取り決めたことを破棄しなければならないのか、とすっかり途方に暮れた。しかし結局、王に逆らうこともできず、策略をもって王命を遂行すべく、折をうかがうことになった。だがマカバイの方も、ニカノルが自分に対して急にとげとげしくなり、会うごとに態度が粗野になったのに気づき、このようなとげとげしさは、決して自分にとって芳しいことではないと悟り、少なからぬ部下と共に、ニカノルから身を隠してしまった。」(マカ二14:28-30)
 ニカノルは私情を抑え、王の命令を遂行するため神殿に乗り込んだ。折しも祭司たちがいけにえをささげているところだった。祭司たちが、ユダ・マカバイは不在で居場所は知らない、というと、ニカノルは右手を掲げてこう言った。「もし囚人ユダを引き渡さないなら、この神の聖域を跡形もなく打ち壊し、祭壇を粉々に破壊し、ここに目もくらむようなディオニソスの神殿を建ててやる」(マカ二14:33)と。そうして立ち去った。
 祭司たちは手を天に差し伸べて、常にユダヤ民族と共に在って戦ってくれる神なる主に、再び神殿が汚されることがないよう祈った。

 マカ二14:37-46〈ラジスの死〉
 さて。その頃のエルサレムの長老に、ラジスという人がいた。「この人は祖国を愛する者で、その評判は非常に良く、その同胞愛のゆえにユダヤ人の父と呼ばれていた。事実彼は、抵抗運動以前にも、ユダヤ教のゆえに身に裁きを招いたが、身も心も献げて熱心にユダヤ教を守った。」(マカ二14:37-38)
 ニカノルはユダヤ人への敵意を公然と示すため、見せしめとしてラジスを捕らえて処刑しようとした。それこそがユダヤ民族への打撃である、と考えたからだった。
 ラジスは捕らえられる直前、自ら命を絶って潔く死を選ぼうとした。かれは剣の上に身を投げた。が、急所を外したので失敗した。次に城壁から身を投げてみたが、未遂に終わった。それでもラジスは自ら命を絶つことに執念を燃やした。息も絶え絶えに、凄まじい形相で立ち上がると、群衆の間を走り抜け、高い岩の上に立つと振り返り、群衆目がけて自分の臓物を投げつけた。そうして、「命と霊とを支配しているお方に、これらを再び戻してくださるように、と祈りつつ息絶えた。」(マカ二14:46)
 極めて敬虔なるユダヤ人、エルサレムの長老の一人ラジスの死にまつわる挿話。

 一旦は結ばれた友情の破棄。ニカノルはどんな思いで主君の命令に従うことを決め、ユダ捕縛を決意、神殿へ(おそらくは一人で)乗り込んでいったことでありましょう。それともこれは感傷的な想像でしかないのでしょうか。
 果たして人間は、一度相手に抱いた好感を第三者の介入によって完全に捨て去り、真逆の感情のみに心動かされて思考・行動するなんてことができるのでしょうか? これが友情という程のものに限らず、普遍的な意味合いでの人間関係に於いて、であります。幾許かの想いは残滓の如く心のなかに澱みたく残ると思うのですが……。
 それともこれはまだ自分が完全なる背反に出会うたことがない幸せ者のゆえの楽観的な考えだというのでしょうか? 人間とは実に不思議かつ理不尽な生き物でありますね。
 ラジス──! なんとシットコムを想わせる挿話なのでしょう! 読んでいて唖然とさせられ、沸々たる笑いに囚われてしまったことでありますよ。
 こう言っては失礼ですが、ラジスの挿話はコメディのようにしか読めません。最初の剣のときに見事、本懐成就となっていればまだ胸を打つこともあったかもしれません。が、そのあとに続く一連の自殺未遂劇、挙げ句の果てに自分の臓物をシリア勢に投げつけるなど、場面の一々を想像したらこれを笑劇と勘違いしてしまうのも宜なるかな、という気が致します。これをどうやれば信仰に殉じた一人の敬虔なるユダヤ人のエピソードとして読めるのか。強い抵抗を感じます。
 描写を徹底的に行いさえすれば、それなりに読める/観られるシチュエーション・コメディ(シットコム)となり得るでしょう。誠、聖書は創作の源泉と申せましょう。しかし、実に脱力させられる挿話でありますな。呵々。



 昨夕の小田急線脱線は同僚たちの帰宅の足をも狂わせたらしい。まともに夕方の帰宅ラッシュにぶつかったから当然かもしれぬが、件の車両に乗客が一人もいなかったことが幸い事と言えようか。運転士も特に怪我等はなかった、と仄聞する。
 が、乗客なし、負傷者なし、ということを手放しで安堵するわけにもいかない。事故はいつだって起こり得る。乗客を乗せた状態で脱線事故を起こされてはタマッタものではない。そのなかにわれらの知る人が誰も乗っていないという保証はない。
 同僚はもちろんのこと、秦野の友がその事態に巻き込まれぬことを切に祈る。そのとき本ブログのことを思い出してくれたら、あなた、教えてほしい;わたしは無事である、なんとか無事でいます、と。安心してほしい、コメントは公開しないから。
 月並みな台詞になるけれど、一日も早い原因究明と事態の収束、そうして再発防止を願う。友なる人々がこれからも安全に乗車できるようにするためにも、必ず。

 あしたは待ちに待った完全なる休日! 買い物して映画観て、充実した土曜日を過ごすのだ。天気は……うむ、どうやら曇りのち雨ということだ。おまけにいまはにわか雨(予報)。うぅむ、まぁ、この時期らしくてよいではないか。むろん、負け惜しみである。◆

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第1651日目 〈マカバイ記二第13章:〈メネラオスの処刑〉、〈モデインでの勝利〉&〈アンティオコス、ユダヤ人と和解する〉with芸能人のブログを嫌悪する。〉 [マカバイ記二]

 マカバイ記二第13章(アンティオコスとリシアスのユダヤ侵入)です。

 マカ二13:1-8〈メネラオスの処刑〉
 第149年/前163年のことである。シリア王アンティオコス5世とリシアスが、それぞれ大軍を率いてユダヤへ侵攻した。そのなかに、かのユダヤ人メネラオスもいた。かれはユダヤを逃れて後安穏とアンティオキアに暮らしていたが、今回王の軍隊に同行したのは、事ある毎に王を唆し、あわよくば自分が権力の座に就こうと企んでのことであった。
 が、王の王なる神がこの罪深きユダヤ人に向けて、アンティオコス・エウパトルの怒りを引き起こさせた。
 リシアスは、メネラオスこそ諸悪の根源と指摘した。王はメネラオスをシリア内陸の町ベレアへ送り、その地のやり方に従ってかれを殺すよう命じた。
 ベレアには高さ約22.5メートルの塔があり、内側の壁は全面が螺旋状、罪人を灰のなかへ突き落とす仕掛けがあって、これまでも多くの悪人がここで罰せられ、殺されていた。メネラオスも同じように罰せられ、殺された。
 「こうして律法に背いたメネラオスは死ぬべくして死に、先祖の地に葬られることもなかったが、これは当然の定めであった。祭壇で聖なる火と聖なる灰をさんざん冒涜した結果、今度は彼自身が灰の中で死ぬはめとなったのである。」(マカ二13:7-8)

 マカ二13:9-17〈モデインでの勝利〉
 「野蛮な思いに燃えた王は、父の時代に行われた以上の極悪な仕打ちをもって、ユダヤ人にに臨んだ。」(マカ二13:9)
 ユダ・マカバイとユダヤ人たちは3日にわたって、夜も昼も主に祈った。助けを求めて断食し、地にひれ伏して、憐れみ深い主に嘆願した。そうしてユダ・マカバイはかれらを励まし、敵に先んじて夜襲をかけることにした。
 「(ユダ・マカバイは)長老たちと特別に相談し、王の軍隊がユダヤに侵入して都を掌握する前にこちらから出撃し、神の助けを得て、事の決着をつけることにした。彼は世界の造り主に信頼を置き、律法と神殿、都と祖国、律法に従った生活様式を守るために、死を覚悟して自分と一緒に雄々しく戦うよう部下を励まし、モデインの近くに陣を敷いた。」(マカ二13:13-14)
 かれらは戦った。今回のユダヤ軍とシリア軍の戦闘は、シリアの敗走を以て終わった。時は暁、主なる神のご加護あってのユダヤの勝利であった。

 マカ二13:18-26〈アンティオコス、ユダヤ人と和解する〉
 大胆不敵なるユダヤ人と戦うに際して、アンティオコス5世は周到に作戦計画を立て、実行に移した。
 まず攻撃目標となったのは、エルサレム南西にあるユダヤ人の要塞ベトツル。一進一退した戦局はシリアの敗北で幕を閉じた。一方でユダヤ軍はベトツル内の同胞に必要物資を運び込んでいた。これをユダヤ部隊の一員ロドコスがシリア側に内通したことが明るみに出、かれは捕縛され監禁された。
 アンティオコス5世はベトツルのユダヤ人と会談して、和解を結んだ。その後ユダヤ軍を攻撃したけれど、再び敗北を喫した。
 その頃、前王アンティオコス4世エピファネスから遺児の指導と養育を委ねられたフィリポスがペルシアから戻り、首都アンティオキアに入って反乱を起こしていることが、アンティオコス5世に報告された。王はひどく狼狽した。そこでユダヤ人の求める諸条件を呑んで和解を成立させると、軍勢を引き連れてプトレマイオス経由でアンティオキアへ帰投した。あとを任されたのはユダヤ人に対して好意と理解を持っているヘゲモニデスで、かれはプトレマイオスからゲラに至る地域の総督に任命された。

 先日お知らせしたように、かの悪名高きユダヤ人メネラオスが遂に逝きました。「マカバイ記二」に於ける悪なるユダヤ人は斯くして命を落としたのでありました。……が、ちょっとあっさりし過ぎな気がして、肩すかしを喰らわされた気分でもあるのが事実であります。なんだかねぇ……。
 アンティオコス5世がベトツルのユダヤ人と和解してアンティオキアへ取って返す件は、マカ一では6:55-63で読むことができます。
 さて、ヘゲモニデスが総督として委ねられた地の南端、ゲラとは果たしてどこであったか。特定は未だできていないようでありますが、昔からペリシテ平原のゲラル、或いはエルサレム北西のゲゼルのいずれかでないか、とされてきました。フランシスコ会訳の聖書ではこの部分、今日のマハムマディエであろう、としています(P1223傍注9)。



 どうしてだろう、と思う。
 どうして芸能人のブログって総じてつまらぬものが多いのだろう。読むだけ時間の無駄、とよくいうが、芸能人のブログはその最右翼というてよい。自身のプライヴェートを露出して第三者に披露したいなら、自分の芸ではなくプライヴェートを切り売りする新たなジャンルの商売でも始めれば良い。それが連衆の望むことだろう。
 芸能人のブログは更新回数の多さ「だけ」を売りにしているみたいで、なんだか気持ち悪い。話題になるためなら、アクセス・ランキングの上位に食い込む/維持するためなら手段は問わぬとでもいうのか。ならば芸能人の周囲にいる一般人はいちばんの犠牲者だね。芸能人とはいったい何様なのか。
 なぜこんな人たちのブログを読む人が跡を絶たないのだろう。読者を手玉に取ったと思い込んでいる芸能人が、実はいちばん読者と称す不特定多数の人たちによって踊らされているということに気がついていないのかな。その程度の思考力も想像力もないのかな。哀れなことこの上ありません。
 きっとこの人たちには「羞恥」とか「矜持」とか、なによりも「恥ずかしい」という気持ちが欠如しているのだろう。◆

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第1650日目 〈マカバイ記二第12章:〈ヤッファとヤムニアでの事件〉、〈アラビア人との戦いとカスピン襲撃〉with悪魔にこんなこと言われたよ?〉 [マカバイ記二]

 マカバイ記二第12章(アンティオコス・エウパトルの治世下の事件)です。

 マカ二12:1-9〈ヤッファとヤムニアでの事件〉
 これらの協定が結ばれたあと、リシアスは王の許に帰り、ユダヤ人は畑仕事に戻った。が、各地の総督の一部はユダヤ人が平穏な生活を営むことを許さなかった。ティモテオス、アポロニオス、キプロスの長官ニカノルなどである。
 その頃、地中海沿岸の町ヤッファの住民がユダヤ人に対して、神を畏れぬ暴挙に出た。ヤッファに住まうユダヤ人とその家族に友好的な態度で接して舟遊びに誘い、かれらの舟が沖合に出たところでこれを沈めてしまったのである。多くの死者が出た。
 この報せを受けたユダ・マカバイはヤッファの町を攻めた。が、町の城門が固く閉ざされていたため、住民の絶滅は次の機会まで待つことにした。
 またヤムニアの町でも同様なユダヤ人への陰謀があると知ると、ただちにそこを襲って町に火を放った。その炎は夜になると、約45キロ離れたエルサレムからも望むことができたと云々。

 マカ二12:10-16〈アラビア人との戦いとカスピン襲撃〉
 ヤッファ、ヤムニアを攻めた後、ユダヤ軍はそのままティモテオス追撃に移った。その途次、アラビア人の集団に襲われて激しい戦いになったが、神の助けによってこの遊牧民との戦いに勝った。かれらとは和解して、それぞれの天幕へ帰っていった。
 また、カスピンでもユダヤ軍は激しい敵の攻撃に遭ったが、神の先導によって町を占領し、言語を絶するような殺戮を行ったのである。

 マカ二12:17-26〈ユダ、ティモテオスを追撃し、カルナイムへ至る〉
 ユダヤ軍はティモテオス追撃を続けて、カラクスの砦に至った。が、ティモテオスは既にそこにはおらず、代わりに強力な守備隊を残していた。ユダヤ軍はこれを討ち、更に進撃を続けた。
 ユダ・マカバイが率いる軍勢が迫ったことを知ったティモテオスは、女子供と身の回りの品々をカルナイムの町へ送った。そうして戦いが始まったが、途中、<すべてを見通す方>の出現があったりして敗北した。
 捕虜となりかけたティモテオスだったが、かれは、自分を殺せば人質の命は保証しない、などと言葉巧みにユダヤ側と交渉して、結果、自分を釈放させることに成功した。

 マカ二12:27-31〈ユダ、エフロンを襲撃し、スキトポリスに向かう〉
 ユダヤ軍は進路を南西に向け、カルナイムからエフロンに向かった。ここを陥落させたユダ・マカバイはヨルダン川を渡って西岸に戻り、スキトポリスへ進んだ。
 スキトポリスにもユダヤ人が住んでいた。かれらはユダ・マカバイに、ここスキトポリスの人たちが自分たちに寄せる好意と親切を語った。ユダ・マカバイはスキトポリスの住民に今後も変わらずユダヤ人へ好意と親切を寄せてくれるよう頼んで、エルサレムへの帰路を辿った。間もなく七週祭の時になろうとしていた。

 マカ二12:32-45〈ゴルギアス追撃と死者のための贖罪〉
 七週祭が終わると、ユダヤ軍はイドマヤ地方へ南下した。イドマヤの総督ゴルギアスを討つためである。
 交戦の始め、少人数のユダヤ人が敵の剣に倒れた。ゴルギアスは危ういところで捕虜になりかけたが、辛うじてこれを逃れてマリサの町へと脱出した。ユダ・マカバイは主に祈り、神自らが軍隊の指揮を執ってくれるよう頼んだ。そうしてゴルギアスの軍勢を敗走させた。
 ユダは戦場に倒れた同胞の亡骸をエルサレムに持ち帰り、かれらを埋葬して先祖の列に加えさせようとした。「ところが、それぞれ死者の下着の下に、律法によってユダヤ人が触れてはならないとされているヤムニアの偶像の守り札が見つかり、この人々の戦死の理由はこのためであるということがだれの目にも明らかになった。一同は、隠れたことを明らかにされる正しい裁き主の御業をたたえながら、この罪が跡形もなくぬぐい去られることを、ひたすら祈願した。高潔なユダは、これらの戦死者たちの罪の結果を目撃したのであるから、この上はだれも罪を犯してはならないと一同を鼓舞した。」(マカ二12:40-42)
 「次いで、各人から金を集め、その額、銀二千ドラクメを贖罪の献げ物のためにエルサレムへ送った。それは死者の復活に思いを巡らす彼の、実に立派で高尚な行いであった。もし彼が、戦死者の復活することを期待していなかったなら、死者のために祈るということは、余計なことであり、愚かしい行為であったろう。
 だが彼は、敬虔な心を抱いて眠りについた人々のために備えられているすばらしい恵みに目を留めていた。その思いはまことに宗教的、かつ敬虔なものであった。そういうわけで、彼は死者が罪から解かれるよう彼らのために贖いのいけにえを献げたのである。」(マカ二12:43-45)

 簡単に地理といいますか、ユダヤ軍の進路を説明すると、こうなります。──ユダヤ軍はエルサレムを発った後、ヨルダン川を東に渡りそのまま北上、専らティモテオス追撃に目的を絞ってギレアド地方の南部にある町々を攻略、今度はヨルダン川を西岸に渡り、スキトポリスを経由してエルサレムへ帰還した、というのが本章に於けるユダヤ軍の進撃路(マカ二12:1-31)。
 七週祭(マカ二12:31)と五旬祭(マカ二12:32)は同一の祭りであります。これはユダヤ教の三大祭りとされ、主の過越祭から7週目、ちょうど50日目に当たる日に小麦の刈り入れを行うのであります。既にこの祭りは旧約聖書の出エジプト記第34章第22節やレビ記第23章第15節、申命記第16章第9節他に出ておりました。興味のある方には当該箇所ばかりでなく、この機会に今一度モーセ五書の再読をお奨めします。



 たまにはエッセイを休んでみるのもイインジャネ? そんな悪魔(ん?)の囁きに耳を貸してみたいと思います。ちゃお!◆

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第1649日目 〈マカバイ記二第11章:〈ベトツルでのリシアスとの戦い〉&〈リシアス、ユダヤ人と和睦する〉with休みが3日も続くとグウタラになって困る。〉 [マカバイ記二]

 マカバイ記二第11章(アンティオコス・エウパトルの治世下の事件)です。

 マカ二11:1-12〈ベトツルでのリシアスとの戦い〉
 ゲゼルの町がユダヤ軍によって占領されたあとのことである。アンティオコス・エウパトルの後見人で親族でもある長官リシアスが大軍を率いてユダヤ人に立ち向かった。
 というのも、「歩兵およそ八万と全騎兵を召集し、ユダヤ人に立ち向かった。それは、都エルサレムをギリシア人の居住地にし、 他の異邦人の神殿同様に、そこの神殿にも税を課し、また大祭司の地位も毎年、金しだいで決めようともくろんだためである。」(マカ二11:2-4)
 リシアスは軍隊を率いてユダヤに侵入、エルサレム南西約27.5キロに位置するベトツルを攻めて窮地に陥れた。
 それを聞いたユダヤの人々は悲嘆に暮れたが、武器を取ったユダ・マカバイに激励によって奮い立ち、ベトツル目指して出撃した。「彼らがまだエルサレムの近くにいたとき、白衣をまとい、金の武具をきらめかせた一人の騎士が現れて彼らの先頭に立った。そこで一同は、憐れみに富む神を賛美し、士気を大いに鼓舞され、人間ばかりか、最もたけだけしい野獣や鉄の城壁でさえも打ち破るほどの意気込みとなった。主が彼らを憐れまれたので、彼らは天からの味方を得、装備を整えて突撃した。」(マカ二11:8-10)
 獅子奮迅の働きをしてユダヤ軍はリシアスの軍勢を蹴散らした。シリア兵の多くが倒れ、他は敗走。リシアスもそのなかにいた。

 マカ二11:13-38〈リシアス、ユダヤ人と和睦する〉
 「リシアスはそれほど愚かではなかったので、自分の喫した敗北について自問自答し、力ある神が共に戦っている以上、ヘブライ人は無敵であると悟った。」(マカ二11:13)
 そこでリシアスはユダヤへ使者を送り、和解を提案した。わたしが必ず王を説得して、あなた方が王の友人の列に加えられるようにする。そうしたら、納得のゆく条件を出して和解してはどうか?
 ユダ・マカバイの側に異存はなかった。ユダヤにとってリシアスの提案は得策と思えたからだ。マカバイはリシアスに、自分たちがシリアに求めるユダヤ人の扱いについて数々記した書面を送った。
 それへのリシアスの返書に曰く、──
 アンティオコス王はユダヤ人の要望に能う限り応える、と仰る。「そこでもしあなたがたが、我々の政策に協力的であるならば、わたしは今後も、好意的に対処する考えである。個々の適用については、あなたがたの使者とわたしの使者に、あなたがたのことを協議するように命じておいた。」(マカ二11:19-20)第148年/前164年、ディオス・コリンティオスの月、24日。
 アンティオコス5世からリシアスへの書簡に曰く、──
 「予の父が神々の一人に加えられた今、予の望むところは、領内の者たちが騒ぐことなく、それぞれの仕事に励むことである。予の聞くところでは、ユダヤ人たちが、父の打ち出したギリシア化政策に同意せず、むしろ、彼ら自身の生活慣習を選び、律法を守って生活できるようにと、願い出ているとのことである。
 むろん、予は、この民が不穏の動きに出ることは望まないゆえに、彼らにその神殿を返還し、彼らが父祖伝来のならわしに従って暮らせるようにとの決定を下す。彼らのもとに使者を送り、彼らに和解の印として右手を差し伸べるがよい。そうすれば、彼らは予の意図を知って喜び、進んで彼ら本来の生活に戻るであろう。」(マカ二11:23-26)
 王がユダヤの長老会議と他の地域に住むユダヤ人に宛てた書簡に曰く、──
 あなた方がクサンティコスの月30日までに帰郷するなら、道中の安全は保障しよう。「ユダヤ人として自分たちの食事の習慣と律法とを従前どおり守ることを許可する。また、ユダヤ人の中のいかなる者も、いかなる方法によっても、無知のゆえに犯した過ちについて糾弾されることはないであろう。更に予は、あなたがたを励ますべくメネラオスをも派遣した。」(マカ二11:31-32)同年クサンティコスの月、15日。
 ローマ人がユダヤ人に宛てた書簡に曰く、──
 王の親族リシアスがアンティオコス5世に「取り次ごうと決めた事柄に関しては、あなたがたの間で十分検討したうえ、直ちにこちらにだれかを派遣して、結果を知らせるように。そうすれば、我々もアンティオキアに行くことになっているので、あなたがたに最も好ましいように働きかけよう。」(マカ二11:36)同年同月同日。
 差出人はローマの使節、クイントゥス・メミウスとティトゥス・マニウス。

 ここで描かれるのは、リシアスによる第一次ユダヤ遠征です。並行箇所はマカ一4:26-35.ペルシア遠征中と雖もアンティオコス4世は存命しており、神殿を奪還する直前の出来事です。若干前後関係に齟齬が生じておりますが、それぞれの書物の性格を考えるのであれば、この程度の齟齬を瑕疵と呼ぶにはあたらない、と思います。
 まぁ、フランシスコ会訳の傍注を見ると、本章にてアンティオコス5世がユダヤの長老会議に宛てた書簡は、その流れでいえば第13章の末尾に入るのが適当である、とされていますが、われらは特にその点について喧々囂々する立場の者でありませんので、ここは流してよいと思います。
 さて、メネラオスという者が王によってユダヤに派遣されることになりましたね。どこかで聞き覚えのある名前だと思います。そう、マカ二4:23が初出となった、巧みにアンティオコス4世に取り入って大祭司職をオニアから奪い、オニア殺害の廉で訴えかけられたところを根回しして棄却させ、その後安穏と大祭司の職に居座り同胞を迫害した、あのメネラオスであります。久しく名を聞いていなかったので、てっきりそのまま退場した、と思い込んでいた人はどれだけいるでしょうか。いえ、実はまだ生きていました。そうして変わらず同胞ユダヤ人を虐げる役を買っていました。もっとも、間もなくかれの命運も尽きようとしていますが、それはまたその日になってから、改めてお話ししましょう。
 2人のローマ使節の名前が記録されていますが、残念なことに本書以外、かれらの名前を留める文献は存在しないようであります。本当の名前が別にあるなら話は変わりましょうが、21世紀の今日になってもそのあたりの情報は知られておらぬようであります。
 ところで。「マカバイ記一」の読書では年号が出てきたら、かたくなに紀元前の年号を採用していました。翻って本書「マカバイ記二」ではどうか、といえば、本文に合わせて素直にマケドニア暦を採用、併記する形で紀元前の年号を記してきました。
 そこで疑問が一点。どうしてローマ人はユダヤ人への書簡を認める際、マケドニア暦を採用したのであろう。この書簡は贋作なのか。或いは、「マカバイ記二」が書かれるとき、或いは編纂されたとき、著者/編者はこの部分に手を加えてマケドニア暦に改竄したのだろうか。もっと素直に考えれば、ローマ人が宛先であるユダヤ人の社会に合わせて自分たちの暦ではなく、マケドニア暦で年月日を記しただけの話かもしれない。
 いろいろ想像できちゃいますね。それが歴史の面白さであり、怖いところであり、落とし穴ともなる部分。……さて、埋もれてしまった真実はいったいどれなのでしょう? それとも、ここに挙げた以外の真実が、そこにはある?



 休みが3日も続くとなにをするにも億劫になりますね。夕方近くに掃除をしたのだけれど、それだって朝にやろうと思ってい他、今日やらねばならぬたった一つの予定であった。これ観終わったらにしよう、と先に録り溜めしていた映画を観たり、本日分のブログ原稿を書くことを先にしていたら、さすがに危機感が募り、ようやく重い腰をあげた次第。
 普段の休みの日数以上に休んでいると、本当にぐうたらになりますね。心がやさぐれてきて、動きが鈍重になってくる(物理的にではなく)。この緩慢なる動き、地を踏む一歩は周囲を揺るがす。まるでゴジラみたいだ。ここしばらく『ゴジラ』シリーズを立て続けに鑑賞しているからな、その影響かもしれぬ。キング・オブ・モンスター、破壊神ゴジラの影響力、凄まじき。呵々。
 しかしわずか3日の休みのでこの為体。来月控えている4連休では、いったいどれだけわたくしは駄目になってしまうのだろう? 週一のバイトでもあればこの悲劇的状況も幾らかは好転するのでしょうが……。そろそろお一人様も限界かなぁ。◆

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第1648日目 〈マカバイ記二第10章2/2:〈治世の初め〉、〈ゴルギアスとの戦い〉&〈ティモテオスに対するユダの勝利とゲゼルの占領〉withチンピラ者へのレクイエム〉 [マカバイ記二]

 マカバイ記二第10章(アンティオコス・エウパトルの治世下の事件)2/2です。

 マカ二10:9-13〈治世の初め〉
 では、アンティオコス5世エウパトルの御代にあった出来事について語ろう。
 その御代の始め、コイレ・シリアとフェニキアの総督にリシアスが任命された。ユダヤ人を庇護したことが原因で前任者プトレマイオスが解任されたためである。
 かれはエジプト王に仕えてキプロス島を任されたが、やがてその役を捨ててアンティオコス4世の臣下となった。裏切り者と呼ばれ続けたプトレマイオスは総督の地位を追われた後、服毒自殺して、この世を去った。

 マカ二10:14-23〈ゴルギアスとの戦い〉
 ユダヤ南部のイドマヤ地方の総督になったゴルギアスは傭兵を雇い、また周辺の砦を占領しているイドマヤ人と組んで、ユダヤを攻めて苦しめるようになった。
 ユダ・マカバイは主に祈ったあと、出陣した。そうして数の上でははるかに優るゴルギアス勢を殲滅した。それを免れた敵は、「包囲に対処してあらゆる備えをした非常に堅固な二つの塔」(マカ二10:18)へ雪崩を打って逃げ込んだ。ユダ・マカバイはそこの包囲をシモンとヨセフ、ザカイとその勇士たちに任せ、自分はまだ攻撃を受けている遊軍の救援に回った。
 ──ところが、銀貨7万ドラクメで買収されたシモンの部下たちが、敵が砦から逃亡するのを見逃してやる、という事件が起こった。その報告を受けたユダ・マカバイは民の長老たちを集めて叱責、件のシモンの部下たちを処刑した。
 2つの塔は時を置かずして占拠された。

 マカ二10:24-38〈ティモテオスに対するユダの勝利とゲゼルの占領〉
 前の戦闘で敗走したティモテオスが、軍勢を新たにして再びユダヤに戦いを挑んだ。
 ユダ・マカバイは主に祈願するため、祭壇の前にひれ伏した。曰く、「神よ、我らに哀れみを垂れ、律法が明示しているように、我らの敵に対しては敵となり、我らの反対者に対しては反対者になってください。」(マカ二10:26)
 斯くして両軍は夜明けと共に、ゲゼル近郊で激突した。その戦いがいよいよ佳境に入った頃、ユダヤ軍を守るかのようにして5人の騎士が現れ、ユダ・マカバイたちを導いた。
 「戦いがたけなわのとき、金のくつわをはめた馬にまたがる五人の騎士が、天からはっきりと敵前に出現し、ユダヤ人たちの導き手となった。そのうちの二人は、自ら盾となってマカバイの両側に立ち、彼に傷一つ負わせないようにし、敵に対しては、矢と稲妻を浴びせかけた。敵は目がくらんで右往左往し、逃げ惑った。」(マカ二10:29-30)
 その結果、ティモテオス軍の過半が地に倒れた。
 ティモテオスはゲゼルへ逃げ込んだ。5日目の夜明け、ユダヤ軍の若者20名が果敢に町へ突入し、出会うや敵を斬殺した。これを契機にユダヤ軍はゲゼルに雪崩れ込み、塔に火を放ち、主を冒瀆する者たちを生きながらにして焼き殺し、貯水池に潜んでいたティモテオスを捕らえて惨殺した。
 「一切が終わり、ユダヤ人たちは、賛歌と感謝とをもって、イスラエルに大いなる恵みを施し、勝利を与えられた主をほめたたえた。」(マカ二10:38)

 本日から読書はアンティオコス5世の御代の出来事に入ります。
 セレコウス朝もプトレマイオス朝もアレクサンダー大王の後継者が建てた国家なので、実際はわたくしなどが思う以上にしばしばあったことなのかもしれませんが。コイレ・シリアとフェニキアの総督であったプトレマイオスが以前はエジプト王に仕えており、一つの島の警護を任されるだけの地位にあった、ということが驚きなのであります。相応の人物であったことが想像されますが、そんなかれがいったいどういうわけでセレコウス朝の役人になったのか、という一点にわたくしの興味は集中します。
 これが一種の人事異動なのか、障りあって亡命めいたことを行わねばならなかったのか。<裏切り者>と称される以上はおそらく後者なのでしょうが、いったいなにがかれを駆り立てて斯く行動させたのか、非常に気になるところであります。ゆえに「マカバイ記二」が終わったら、かの時代について書かれた書物を、仕事帰りの図書館で読み漁ることになりそうな、そんな予感が胸の隅っこに芽生えております。
 引用もしたマカ二10:29-30で現れた騎士たちは、同書3:25-26にて、神殿の宝庫に侵入したヘリオドロスの前に現れた騎士、5:23にてアンティオキア上空に出現した幻の騎士、或いは明日読む11:8にて報告されるエルサレム近郊でユダ・マカバイたちの前に現れた騎士と、同じでありましょう。イスラエルの主の遣いにしてユダヤの守護騎士、と申せばいいでしょうか。当時は言い忘れてしまったことですが、マカ二5:23に騎士たちの幻が出現した場面を読んでいてわたくしは思わず、アーサー・マッケンの<モンスの天使>事件を想起いたしました。これについては、「マカバイ記二」読了から「知恵の書」に入るまでの間にご紹介しましょう。



 今夜ばかりは村上春樹を避けて、ブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』の新訳を読んで、欠伸が3連発したところで巻を閉じ、部屋の電気を消す。真っ暗な部屋の闇に何物も潜んでこちらを窺っていませんように、と祈りながら、まぶたを閉じる。どうか今宵は久しく再会していない妻なりし人と夢のなかで再会できますように。そうして幻の子供たちともう一つの現実を生きることができますように。
 やがて、──
 静寂が降りた夜の住宅街に突然車のタイヤがきしむ音がし、ドアが荒々しく開かれ閉められる。続けて聞こえてくるは、無学文盲、理性が端から欠如したようなチンピラ風情のけたたましき声と罵声。なにが理由か知らぬが、やたらとトサカに来ているようだ。対応する相手の声が静かに聞こえる。理性と知性が保たれた物言いだった。
 言い合い。チンピラによる悪罵のリピート。突然近隣の家の住民から、黙れ、と一括する声があがる。途端ににチンピラの声は聞こえなくなり、ぎわーっ、と叫んだ後、再び車に乗り込み急発進させる──が、その十数秒後、電柱だかガードレールだかに思い切り衝突する音が、深夜の静寂を完全に破った。
 やれやれ、と隣で眠る者が気付かぬよう頭を振り、グッド・グリーフ、と口のなかで呟いてみる。遠くからサイレンの音が近づいてくる。ああ、今日も寝不足。明日は仕事じゃ、どうしてくれるのだ。
 チンピラ者よ。君にささやかなる神の怒りが降りますように。食べ物の恨みもそうだが安眠を妨げられた者の怒り恨みは、それよりはるかに強いのじゃ。呵々。◆

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第1647日目 〈マカバイ記二第10章1/2:〈神殿の清め〉with村上春樹『TVピープル』を読みました。〉 [マカバイ記二]

 マカバイ記二第10章(アンティオコス・エピファネスのもとでの迫害)1/2です。

 マカ二10:1-8〈神殿の清め〉
 幾多の戦闘と勝利、犠牲を経て、ようやくユダ・マカバイとその同志たちはエルサレムへ入り、都と神殿を奪還した。それは主の導きによる。
 かれらは都と神殿からギリシアの神の祭壇、像をことごとく排除した後、再奉献の儀式を執り行った。即ち、神殿を清めて新たな祭壇を築き、火打ち石で火を取り、2年ぶりのいけにえをささげ、香を焚き、燭台へ聖なる火を灯し、パンを供えたのである。斯様にして、再びエルサレムはユダヤ人の都となった。再び神殿はイスラエルの神を祀る御座となった。
 かれらは主に向かい、ひれ伏して、こう言った。曰く、──
 「主よ、わたしたちが二度とこのような災禍に陥らないように、また万一罪を犯すことがあっても、主ご自身が寛容をもって矯正し、神を冒瀆する野蛮な異邦人の手に決して渡さないようにしてください。」(マカ二10:4)
 この再奉献、神殿の清めが行われたのは前164年/第148年、第9の月、つまりキスレウの月25日である。奇しくもこの日はかつて異国人どもによって神殿が汚された日であった。
 仮庵祭に倣って、神殿の清めの儀式は8日間にわたって執り行われた。この間ユダ・マカバイは、「つい先ごろまで、けだもの同然に山中や洞穴で、仮庵祭を過ごしていたことを思い出した。」(マカ二10:6)──かれらはテュルソスや棕櫚の葉、実の付いた枝をかざして、神殿の清め、御座の清めにまで導いてくれたイスラエルの神なる主を讃える歌をうたった。
 そうしてユダ・マカバイの提案によって、キスレウの月25日は年毎の祭日として祝われることが決まった。

 ここの並行箇所は、マカ一4:36-59となります。時間が許すのなら、こちらもぜひ併せてお読みいただきたく存じます。と言うのも、並行箇所の方がより具体的に描写されている部分があるためであります。
 並行箇所を読んだときは特に触れることをしなかったと記憶しますが、神殿再奉献を行ったことを記念して、その日が祝われるようになったその祭りは、<ハヌカの祭り>です。これは21世紀になった今日でもユダヤ人社会に於いて祝われている大切な祭日の一つであるとのことです。キスレウとは今日で言えば、11月から12月にかけての時分である由。
 奇しくも神殿汚辱と同じ日に再奉献となった、とありました。それはほぼ間違いなく、アンティオコス4世エピファネスによる神殿略奪、冒瀆を指すのでありましょう。ゼウス像が祭壇に建立されたのも同じときでした。
 「マカバイ記二」第10章2/2として明日お披露目となるマカ二10:9以後は、アンティオコス5世エウパトルの御代に起こった抵抗運動、事件の数々が語られてゆきます。おこがましくも、こう述べさせていただきます……乞うご期待。



 村上春樹『TVピープル』(文春文庫)を今月3日に読了しました。3週間程リュックのなかに入っていた、と記憶します。これまで読んだ短編集ではいちばん読み応えがありました。
 本集に於いて、村上春樹の短編小説は新しいステージを迎えたように思います。これまでと異なり、ぐっ、と密度が濃くなったように感じること、しばしばだったのでありました。かつてのワン・アイデア・ストーリーめいたものから純然たる物語への昇格。──そんな風な思いなのであります。また、本書あたりから、村上短編の異質さが際立ってきたようにも感じます。
 収録作全6編のうち、どうしても「TVピープル」と「眠り」が独自の存在感を放っていて、他の作品の印象が皆無かそれに近い状態になっている。本書読了から10日以上が経ったいまでも両編に呪縛されている感は否めない。
 <それ>に遭遇する以前と以後で、主人公は自分の属していた世界が異質なものに変貌してしまっていることに気附かされる。どうにかしようと思う。が、なにもできない。なにも変えられない。新たに属することのなった世界のなかで孤独をかこち、答えなき疑問を玩び、繰り返すばかりだ。しかし、決して答えは出ないだろう。或る意味、それはとても不気味である。
 「TVピープル」と「眠り」、この2編の抱える底知れぬ不気味さは、そのまま『レキシントンの幽霊』に継承されているようであります。いまそれを読んでいて、そう思うところなのでした。◆

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第1646日目 〈マカバイ記二第9章:〈アンティオコス・エピファネスの末路〉&〈アンティオコスのユダヤ人への手紙〉with村上春樹読書マラソン、最終コーナーに突入!〉 [マカバイ記二]

 マカバイ記二第9章(アンティオコス・エピファネスのもとでの迫害)です。

 マカ二9:1-17〈アンティオコス・エピファネスの末路〉
 アンティオコス4世のペルシア遠征は失敗した。殊ペルセポリスという町では住民の武装蜂起に遭い、恥辱の撤退を余儀なくされる。そこへティモテオス、バキデス、ニカノルの敗北の報がもたらされた。王は激怒し、ただちにエルサレムへ取って返し、かの都を憎きユダヤ人どもの共同墓地にしてやる、と息巻いた。
 そんなアンティオコス・エピファネスの五臓六腑に激痛が走った。それでも王は不遜な態度を改めず、ユダヤ人抹殺の思いを増してゆくばかりだ。かれはエルサレムへ急行する戦車から転落し、体中の関節が外れて動くことかなわず、担架で運ばれてゆく始末であった。それらはいずれも、イスラエルの神なる主による目に見えぬ致命的な一撃であった。
 「この神を畏れぬ者の両目からは蛆がわきだし、激痛にさいなまされつつ、その肉は生きながらに崩れ、全陣営がその腐臭に悩まされた。」(マカ二9:9)
 ……さすがのシリア王もいよいよこうなると、イスラエルの神の力を思い知るよりなかった。かれは言った、──「神に服従することは正しく、死すべき者が、思い上がってはならないのだ。」(マカ二9:12)
 そうしてアンティオコス4世は、これまで虐げてきた民族の神の前にへりくだった。が、もう遅かった。神の正しい裁きが降っていたからである。

 マカ二9:18-29〈アンティオコスのユダヤ人への手紙〉
 王は絶望した。絶望しつつ、ユダヤ人へ哀訴の手紙を綴った。曰く、──
 「病に倒れてみると、あなたがたから受けた尊敬と好意が懐かしく思い出されてくる」(マカ二9:22)と。また、「わたしは、この身に起きたことについて、絶望しているわけではなく、回復の希望を大いに抱いている」(マカ二9:22)とも。
 わたしはここに、後事を託す者として息子アンティオコスを指名する。これについては既にかれも承知だ。どうか友なるユダヤの人々よ、「公私にわたってわたしから受けた恩義を忘れず、各自、わたしとわたしの息子に対し、今後も変わらぬ好意を示してもらいたい。」(マカ二9:26)
──と。
 前164年/第149年、セレコウス朝シリアの王アンティオコス4世エピファネスは崩御した。ユダヤの冒瀆者にして殺戮者に相応しく、異国の山中で無残な姿で無様な死を遂げた。
 王の友人フィリポスは王であった男の遺体を持って帰国した。が、新王アンティオコス5世エウパトルを警戒するフィリポスは、エジプト王プトレマイオス6世フィロメトルの下に身を寄せたのだった。

 アンティオコス4世が遂に歴史の舞台から退場する。
 「マカバイ記一」ではあたかも憤死したような逝き方をした王の末路ですが、ここでははっきりとその死にイスラエルの神が介入していることが明らかとなっている。それゆえシリア王は、「神に服従することは正しく、死すべき者が、思い上がってはならないのだ」と嗟嘆するのだ。これは実感だったろう。不遜な輩が死を前にしてようやく思い至った真理。まぁ、そう言うに憚らず、人生の最期にあの時代のあの地域を支配していた<世の理>へ到達し得ただけでも諒とすべしなのかもしれぬ。なるほど、「歴史家はマカバイ記一を採り、宗教家はマカバイ記二を尊ぶ」とはこのような所以か。
 ところでこれって、……要するに<郷に入れば郷に従え>っていうことですよね?
 しかしですね、いくら哀訴だとかなんだとか言うたとしても、いったいどの面下げて、「あなたがたから受けた尊敬と好意」云々だとか、「公私にわたってわたしから受けた恩義を忘れず」云々だのと言えるというのだろう。否、穿った見方をすれば、この手紙は自分の側に従いていろいろ尽くしてくれた極々一部の不敬虔なユダヤ人(たとえばメネラオスのような)に宛てて書かれたのかもしれぬ。おお、なんたること!? が、もしそれが誠であるならば、斯様な王の今際の言葉の数々が、簡単に納得できてしまうことであります。ふぅむ。



 今年もそろそろ後半戦に突入。そこで読書計画なるものを描いて展望してみた。……んんん……あれ、村上春樹しか思い浮かばないや。おお、なんたることか!?
 それはともかく。
 ただいま進めている全短編集の読破は、おそらく盛夏の頃に果たされる。その後は悠然と、大晦日のその終わりの刻まで紀行文とノンフィクションの読書に耽るとしよう。合計4冊。内訳は、『遠い太鼓』(講談社)と『雨天炎天』(新潮社)、『アンダーグラウンド』(講談社)と『約束された場所で』(文藝春秋)、以上。
 あれ、他にもあったんじゃない? えっと、なんだっけ、書名が思い出せないけれど、他にも何冊かあったよね? ──そうお訊ねになる方がどれだけいらっしゃるだろうか。ただこちらの回答としては、もう既に読んであるものを今回の計画では再読はしない、再読するのは計画が達成されたあとのお話である、ということ。『辺境・近境』(新潮社)、『もし僕らの言葉がウィスキーであったなら』(新潮社)、『シドニー!』(文藝春秋)など。
 今年が最終年である。数年来続いてきた<村上春樹読書マラソン>の最終年だ。従ってかねてより希望している太宰治とドストエフスキーに戻ってこれを終わらせるのは、来年2015年のこととなる。鬼に笑わせたりはしない。そういえばNMB48の「太宰治を読んだか?」はじんわりと来る好ましき一曲ですね。山本彩と横山由依と山田菜々のハーモニーが絶品なのですよ。1stアルバム《てっぺんとったんで!》Type-Bに収められています。それはさておき。
 現在読んでいる短編集は『レキシントンの幽霊』(文春文庫)。これに「沈黙」が収められているのですが、やはりこの作品は何度読んでも深い読後感を抱かされます。村上作品で斯くもずっしりとした印象を後々まで残す作品も稀であります。
 ──これから「氷男」を読みます。買うたび手放してきた『村上春樹ブック』(文藝春秋)に載っていたこの短編が、もしかすると村上春樹の短編との初めての遭遇だったのだろうか。記憶は捏造されているかもしれない。実際のところはどうだったんだろう?◆

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第1645日目 〈マカバイ記二第8章:〈ユダ・マカバイの反乱〉、〈ニカノルとの戦い〉他withみくらさんさんか、虚空に向かって叫ぶ。〉 [マカバイ記二]

 マカバイ記二第8章(アンティオコス・エピファネスのもとでの迫害)です。

 マカ二8:1-7〈ユダ・マカバイの反乱〉
 ユダ・マカバイと同志たちは山野を流離いながら、着々と反シリア勢力を組織していった。かれが指揮する軍の前に異邦人は為す術もない。それまでの主の怒りが、いまや憐れみに変わったからである。ユダ・マカバイの武勇は至る所に広まった。

 マカ二8:8-29〈ニカノルとの戦い〉
 アンティオコス4世の命令によりエルサレム総督の任を授かったフリキア人フィリポスは、コイレ・シリアとフェニキアの総督であるプトレマイオスに援軍の派遣を依頼した。プトレマイオスは王の友人の一人ニカノルに大軍をあずけ、ユダヤへ向かわせた。ニカノルの補佐役は経験豊かな将軍ゴルギアスである。
 実はアンティオコス4世には、先王アンティオコス3世が残したローマ人への負債があった。その額、2,000タラントン。ニカノルはユダヤ人を捕らえて奴隷とし、人身売買をして儲けた代金を負債の返済に充てよう、と考えていた。
 ニカノル来襲を知ったユダ・マカバイはその旨仲間に知らせた。すると、覚悟のない、神の裁きをまったく信じない衆は逃げ出してしまった。残った者たちは主に祈り、またユダの言葉に奮い立ち、対ニカノル戦の準備を進めた。ユダ・マカバイは軍を4隊に分け、兄弟シモン、ヨセフ、ヨナタン、そうして自分の下に置いた。
 同志に語りかけ、かれらの心を奮い立たせたたユダの言葉、──
 「敵どもが律法を足げにして聖なる場所に対して働いた侮辱や、陵辱された都の惨状、また、父祖伝来の生活様式が崩壊させられたことを、一時も忘れないように。」(マカ二8:17)
 斯くして全軍が発ち、ニカノル率いるシリア軍との戦闘が始まった。ニカノルと対戦したのはユダである。ユダヤ軍は全能の神と共に在ったので、数の上では圧倒的に優る敵を破って駆逐することができた。自分たちを捕らえて売り飛ばそうと企んでいた者たちを戦場の外に見附けたユダヤ軍は、かれらを日没になるまで追い続けた。日没になってそれを切り上げたのは、翌日が安息日だったからである。
 ユダ・マカバイは安息日間際に敵から戦利品として数々の武具や金銀を奪い、安息日開けにそれらを迫害されたり肉親を失ったりして不幸な経験をした同胞へ分け与えた。残りは自分や自分の家族の分とした。

 マカ二8:30-33〈ティモテオスとバキデスの敗北〉
 ユダヤ軍はその後、ティモテオスとバキデスの軍勢と戦ってこれを破った。その後、幾つかの高い砦を制圧した。
 また、ユダヤ人を迫害したり、聖なる門に火を放った者たちを見附け次第捕らえて、その命を奪った。

 マカ二8:34-36〈ニカノルの敗北と告白〉
 ニカノルは捕らえられて軍服を脱がされ、まるで逃亡に成功した奴隷のような格好で首都アンティオキアへ帰還した。
 「エルサレムの捕虜を売って、ローマ人への貢に充てようと意気込んでいた彼は、ユダヤ人には味方となって戦ってくださる方がおり、その方の定めた律法に従っているために、彼らは無傷でいるのだと報告しなければならないはめになったのである。」(マカ二8:36)

 アンティオコス・エピファネスには借金があった! スクープであります。国家間の借金などあって当たり前の今日ですが、少なくとも本章にて発覚したセレコウス朝シリアの抱える負債は、戦争に負けた国に支払いが強要される賠償金でありました。
 アンティオコス3世はアナトリア遠征、第5次シリア戦争を経て領土拡張に努め、セレコウス朝の権勢を揺るぎなきものにしようとしました。が、前189年に起こった、マグノシアに於ける共和政ローマとの戦争によって完膚なきまでの敗北を喫し、多額の賠償金を支払うはめになってしまいます。
 これは一代で完済すること能わざる程の額であり、結果、本章で明らかとなるようにアンティオコス3世の崩御後も息子であるセレコウス4世、その弟アンティオコス4世によって賠償金の支払いは続けられていったのでありました。実を言えば、シリア王たちによって略奪されたエルサレム神殿の祭具は、他ならぬこの負債の返済に充てられていたそうであります。
 一つ一つの行為の裏にある歴史を繙くと、興味深い事実が浮上する。そうしてそれまでばらばらだったピースがつなぎ合わされて、一つの壮大なタペストリーが出来上がる。歴史書の側面を持つ聖書を読む醍醐味の一つはここにこそある、と言うてよいでしょう。



 ジャーニーマン、エトランゼ。
 呼び方はどうあれ、いずれにせよ、“根無し草”ですよね。そして私たちは誰もいつまでも根無し草じゃいられない。何処かで妥協して大地に下りて根を張るか、或いは……生涯に渡って彼方此方を彷徨うか。
 それって一見自由気ままな様に見えるけれど、いちばん辛くて寂しくって、残酷な道を行くことになるんですよね。私は、誰にもそんな風にはなって欲しくないんですよね。
 ──HOMEとHOPEがわたくしが求めるもの。◆

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第1644日目 〈マカバイ記二第7章:〈七人兄弟の殉教〉withMacBookAirが来てから約2週間が経ちました。〉 [マカバイ記二]

 マカバイ記二第7章(アンティオコス・エピファネスのもとでの迫害)です。

 マカ二7:1-42〈七人兄弟の殉教〉
 殉教者といえば、このような挿話もある。
 7人兄弟が母親と共に捕らえられ、拷問にかけられた。律法が禁じている豚肉を食べさせられそうになったので、かれらは頑なに拒んだ。アンティオコス4世は激しく怒った。
 兄弟のうち1人が皆に代わって言った。王よ、あなたはわれらからなにを得ようというのか。われらは、先祖伝来の律法に背くぐらいなら潔く死ぬ覚悟ができているのだ。
 これを聞いて、王は大釜や大鍋を用意させ、火にかけさせた。のみばかりか、皆に代わって言った者の舌を切り、頭皮を剥ぎ、体のあちらこちらを削ぎ落としたのである。無残な姿になり果てたかれは、王の指示によって、まだ息のある間にかまどのところへ連れて行かれ、焼き殺された。
 その様子を、他の6人兄弟と母親は毅然とした態度で見、主の憐れみを信じて励まし合った。
 同じようにして兄弟は次々と嬲られ、拷問にかけられ、体を損壊され、命を落としていった。皆が皆、アンティオコス4世を蔑み、ユダヤ人の神を信じる言葉を残して、逝った。
 <それにしても賞讃されるべきは>とわたしたち要約者は言おう。賞讃されるべきはその母親である。記憶されるべき模範といえよう。彼女は次々に息子たちが惨殺されてゆく光景を目の当たりにしながら、主に対して希望を抱き続けて崇高な思いに満たされながら、まだ生きている息子たちへ斯く語りかけていたのであった。曰く、──
 「わたしは、お前たちがどのようにしてわたしの胎に宿ったのか知らない。お前たちに霊と命を恵んだのでもなく、わたしがお前たち一人一人の肢体を組み合わせたのでもない。人の出生をつかさどり、あらゆるものに生命を与える世界の造り主は、憐れみをもって、霊と命を再びお前たちに与えてくださる。それは今ここで、お前たちが主の律法のためには、命をも惜しまないからだ。」(マカ二7:22-23)
 ──そうして末の息子の番になった。王は母親に、かれを説得するよう依頼した。先祖の習慣を捨てるなら生かして、最高の幸福と富を保証し、仕事も与えよう、と言って。母親はその役を引き受けた。彼女は息子の傍らへ行くと、陰で王を非難し、先祖たちの言葉(アラム語)で言った。曰く、「この死刑執行者を恐れてはなりません。兄たちに倣って、喜んで死を受け入れなさい。そうすれば憐れみによってわたしは、お前を兄たちと共に、神様から戻していただけるでしょう。」(マカ二7:29)
 この母の言葉を承けて、末子は王に向かってこう言い放った。曰く、──
 「何を待っているのだ。わたしは王の命令などに耳は貸さない。わたしが従うのは、モーセを通して我々の先祖に与えられた律法の命令である。しかし、ヘブライ人に対して悪辣非道を重ねてきたあなたは、神の御手を逃れることはできないのだ。
 我々が今苦しんでいるのは、我々自身の罪のせいだ。我々の生ける主は、戒めと教育のため、しばしの間怒られても、御自分の僕たちと必ず和解してくださるのだ。
 不信心で、人類のうち最も汚れた者よ、あなたは天の子らの上に手を振り上げ、むなしい望みを掲げてしたいほうだいのことをしているが、思い上がりも程々にしたらどうか。あなたはまだ、全能にしてすべてを見通される神の裁きから逃れおおせたわけではない。わたしたち兄弟は、永遠の命のために、つかの間の苦痛を忍び、神の契約の下に倒れたのだ。だがあなたは、神に裁かれ、その高慢さに似合った罰を受けるがいい。
 わたしも、兄たちに倣って、この肉体と命を、父祖伝来の律法のために献げる。神が一刻も早く、わが民族に憐れみを回復し、また、あなたには苦しみと鞭を与えて、この方こそ神であるとあなたが認めるよう、わたしは願っている。
 わたしたち一族の者全員に、正しくも下された全能の神の怒りが、どうかわたしとわたしの兄弟たちをもって終わるように。」(マカ二7:30-38)
 アンティオコスはこれまでにない怒りを覚え、他の兄弟以上に残酷に扱い、死に至らしめた。罪なき末子は主に完全なる信頼を抱いて、逝った。かれらの母親は最期に殺された。
 わたしたち要約者は、エレアザル、7人の兄弟とその母親の殉教について語ってきた。わたしたちはこれらの最後に、このような文章を添えて話を終わらせ、本道へ戻ろう。即ち、「汚れた肉を食することを強要された話とそれに伴う激しい拷問についての話は、これくらいにしておこう。」(マカ二7:42)

 昨日のエレアザルの挿話よりもこちらの方が印象深く、悲しみと憤りと痛みを感じるのは描写の簡潔にして豊かなるゆえか。或いは、短なエピソードが畳みかけるように語られるためか。敬虔で、静かな劇性に満ちた一章でありました。
 それにしても、皮剝の拷問と聞くと、なんだか『ねじまき鳥クロニクル』を思い出しますよ。それ以前だったら、さしずめブラム・ストーカーの小説ですかね。
 それにしても、本章締め括りの一言はやけに淡泊であります。それがゆえに却ってその裏に込められた、しかしばっさりと切り捨てられた要約者の感情の渦巻く様が想像できるというものであります。単純な一言がいちばん雄弁であることもあるのですからね。



 MacBookAirの購入から約3週間、到着からはまだ2週間と少ししか経っていません。が、もうわたくしの生活には不可欠のパートナーとなっています。
 その日に書いたブログ原稿を、その日のうちにMBAで清書し、その日のうちに予約投稿までできてしまう。これを大抵は一軒のカフェで行うのだから、「1,2杯のコーヒーで何時間も居坐るなよ」というところでしょうが、そんな白い眼を投げられたとしても、この作業の一本化と時間短縮の醍醐味には代えられない。
 機を得て購入──止むに止まれぬ事情あって購入したものだから、普通以上の意味合いで最上最適のパートナーとなっている。これなくしてもうわたくしの、外での執筆作業はあり得ない。もはや想像することすら無理です。使うことがなくても、外出時は持ち歩いている。むろん、本も手帳も一緒に。それが自然な光景となっている。わずか数週間でここまで信頼できるパートナーを得られるとは! ……ちょっと大袈裟かな。えへ。
 ちなみにこれの購入先はAppleOnlineStore。Mid2013の整備済み品なれどカスタマイズされており、しかもフルスペックであった。これを見付けて、矢も楯もたまらず電話しましたよ。ずっと外で作業するために、MacBookAir(13インチ)かMacBookPro(15インチ)のどちらかを購入検討していましたからね。
 朝方たまたま見たホームページにこれが掲載されているのを見たときはびっくりしましたね。整備済み品ということで若干の不安もあったので、Appleに電話して払拭されてようやく購入に踏み切った次第であります。
 ──そうして今日に至る。もはやこのMBAなくしてわたくしの執筆活動はあり得ない。ブログや小説の原稿は、やはりモレスキンや無印良品のノートに書いてからパソコンで清書、という点では変わらないけれど、ね。
 さて。ではこのMacBookAirにはなんていう名前を(密かに)付けようかな?◆

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第1643日目 〈マカバイ記二第6章:〈異教礼拝の強要〉、〈神は御自分の民を見捨てられない〉&〈エレアザルの殉教〉with読み終えたのに感想が書けないディレムマ。〉 [マカバイ記二]

 マカバイ記二第6章(アンティオコス・エピファネスのもとでの迫害)です。

 マカ二6:1-11〈異教礼拝の強要〉
 神殿を汚してそれ程経っていない頃、アンティオコス4世はアテネ生まれの長老をエルサレムへ派遣した。そうしてユダヤ人社会の徹底的なギリシア化を推し進めた。もはやユダヤ人は父祖伝来の律法から引き離され、律法に基づいた生き方を禁じられたのだった。
 エルサレムの神殿は<ゼウス・オリンポスの宮>と呼ばれ、ゲリジム山の神殿は<ゼウス・クセニオスの宮>と呼ばれるようになった。律法で定められた献げ物が、律法で定められた方法で、神殿にささげられることはなくなった。律法で禁じられている物が、代わりに祭壇へ供えられるようになった。加えて神殿では娼婦と異邦人の乱痴気騒ぎ、或いは性行が日常的に行われた。
 「今や安息日を守ることも、父祖伝来の祝祭を執り行うこともできず、自分がユダヤ人だということさえ、公然と口にはできなくなった。」(マカ二6:6)
 王の誕生日には、いけにえの内臓を食べることが強制された。ディオニュソスの祭りの行列に参加することも強制された。これは勅令としてユダヤ人へ伝えられ、従わぬ者は殺された。息子に割礼を施した母親は城壁の上から突き落とされて命を奪われ、密かに安息日を祝っていた人々は密告・逮捕された後に焼き殺された。

 マカ二6:12-17〈神は御自分の民を見捨てられない〉
 「さて、わたしはこの書を読む者がこのような災難に気落ちせず、これらの罰は我々民族を全滅させるためのものではなく、むしろ教訓のためであると考えるよう勧めたい。
 我々の場合、主を汚す者を主はいつまでも放置せず、直ちに罰を下される。これは大いなる恵みの印である。他の国民の場合、主は、彼らの罪の芽が伸びるだけ伸びるのを、じっと待っておられるが、我々に対して直ちに罰を下されるのは、芽が伸びきらないうちに摘んでしまうためである。
 主はわたしたちへの憐れみを決して忘れられない。主は、災いをもって教えることはあっても、御自分の民を見捨てられることはないのだ。」(マカ二6:12-16)

 マカ二6:18-31〈エレアザルの殉教〉
 律法学者エレアザルも、口をこじ開けられて豚肉を食べさせられようとした。が、エレアザルはこれを拒み、不浄な食べ物を口にして生き永らえるよりは、自分への善き評判を重んじて死ぬことを選んだ。「これこそ、生命への愛着があるとはいえ、口にしてはならないものは断固として退けねばならない人々の取るべき態度である。」(マカ二6:20)
 食すことを禁じられたいけにえの内臓を食べさせる係の者は、偶然にもエレアザルとは旧知の間柄であった。かれはエレアザルに、いけにえの内臓を食べる振りをして、自分が用意、持参した浄められた肉を食べるよう奨めた。そうすればエレアザルは死を免れ、他者よりずっと優遇されるからである。
 しかし、エレアザルはこれを拒んだ。高齢の者が残り少ない命を惜しんで異教の風習に転向したことを揶揄されたり、自分の採った偽りの行動ゆえに他の者を迷わせてはならないという信念ゆえである。ならば、聖なる律法に従い、毅然とした態度で死に臨もう。生きていても死んでいても、全能者の御手からは逃れられないのだから。
 そうしてエレアザルは死に向かった。人々はかれへの好意を憎しみに変えた。与えられた生き延びるチャンスを自ら棄てるとは何事か、きっとエレアザルは気が触れたに違いない。
 この殉教者は死を前にして言った、「聖なる知識を持っておられる主は、すべてのことを見通しておられる。わたしは死を逃れることもできたが、鞭打たれ、耐え難い苦痛を肉体で味わっている。しかし、心では、主を畏れ、むしろそれを喜んで耐えているのだ」(マカ二6:30)と。
 斯くしてエレアザルは世を去った。かれは自ら望んだように、「その死はただ単に若者ばかりか、少なからぬ同胞の心に高潔の模範、勇気の記念として残されたのである。」(マカ二6:31)

 律法を尊ぶ者は往々にして過激であったり、頑なな人であります。これまでわれらはそのような人を何人も見てきました。預言者と呼ばれた人たちの名前が、すぐに思い浮かびます。そうして新たにここにまた一人、殉教者エレアザルが名を連ねました。
 主義主張も過ぎれば周囲を脅かす。エレアザルのようであればまだ誉れとされましょう。が、これが狂信的となったり、原理主義に陥ったりすると厄介極まりない存在になり得る。われらはこれまでの歴史に於いて、そうした人々が何人もいたことを知っているはずであります。



 昨夜村上春樹『夜のくもざる』(新潮文庫)を読了しました。本来ならここで感想を、という話になるのですが、まだ書けないでいます。まずは「マカバイ記二」を終わらせてしまいたい。読書感想文はそれからでも遅くない。そう思うてのこと……といえば聞こえはいいけれど、時間を上手く調整できなかったり、荷物が重くなることに憂慮してのことでしかありません。
 とは言え、遅かれ早かれ書かねばならぬ文章であることは間違いない。併せてこの前に読み終えている『TVピープル』の感想文も未だ手付かずですし。『ねじまき鳥クロニクル』? 『海辺のカフカ』? ああ、それらもまだでしたね。えへ。
 ──いずれにせよ、これらは「マカバイ記二」が終わったあとに筆を執り、それ程日を経ずして皆様にお披露目できるはずであります。その日に備えて、簡単なメモぐらいは整理しておきましょうか。
 ……あ、いやんなっちゃう、雨が降ってきたよ。これから帰る、っていうのにさ。だから梅雨って嫌いさ。ぷん。◆

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第1642日目 〈マカバイ記二第5章:〈空中を駆ける騎士の出現〉、〈ヤソンの攻撃と死〉他withこの願望、ピーター・ジャクソンに届け。〉 [マカバイ記二]

 マカバイ記二第5章(アンティオコス・エピファネスのもとでの迫害)です。

 マカ二5:1-4〈空中を駆ける騎士の出現〉
 前170年、アンティオコス4世は再びエジプトを攻める準備を進めていた。
 その頃首都アンティオキアの上空では40日にわたって、金糸の衣装をまとい、槍と抜き身の剣をかざした騎兵隊の幻が現れていた。人々はこれを見て、どうかこの光景が吉兆でありますように、と願った。

 マカ二5:5-10〈ヤソンの攻撃と死〉
 アンティオコス4世崩御。そんな虚報が流れた。これを信じたヤソンは約1,000人の軍勢を集め、アンモン人の国からユダヤに侵攻、エルサレムを攻撃した。攻撃は激しく、熾烈を極めた。この町が陥落しそうになると、メネラオスは城塞へと逃げ込んだ。
 「ヤソンは同胞市民の虐殺をほしいままにした。だが、自分の同族に対して勝利を得ても、その日は実は敗北の日なのだということに気づかなかった。彼は敵の敗北を記念する碑を打ち立てることができたと思っていたが、それは同胞の敗北記念碑であったのだ。」(マカ二5:6)
 ヤソンは自分の望みを果たすことも、権力をその手に握ることもできないまま、屈辱的な逃亡生活を余儀なくされた。かれはその後、アラビアの独裁王アレタに投獄され、町から町へと逃げ隠れ、すべての人から追われ、向かったエジプトも安住の地には成らず、先祖を同じうするよしみで頼ったラケダイモン人即ちスパルタ人を頼ってかの地へ赴いたが、そのまま異境の地で帰らぬ人となった。
 「多くの人々を埋葬もせずに打ち捨てたこの男には、今や、その死を悼む者も葬式を挙げてくれる者もなく、父祖伝来の墓に納めてもらうことさえできなかった。」(マカ二5:10)
 ──律法の離反者として憎まれ、祖国とその市民の死刑執行人として忌み嫌われたヤソンは、死んだ。

 マカ二5:11-14〈アンティオコス・エピファネスの弾圧〉
 アンティオコス4世はこのヤソンの事件を、ユダヤ人による反乱であると判断した。王はすぐさまエジプトを発ってユダヤの地へ急行し、エルサレムを武力制圧した。
 と同時にシリア兵による無差別殺害が行われ、市中のユダヤ人は出会い頭に問答無用で殺されていったのである。たくさんの犠牲者が出た。丸3日間で8万人が犠牲となり、内4万人がシリア兵の剣にかかって死に、それに劣らぬ数の者が奴隷として売られていった。

 マカ二5:15-27〈神殿の略奪とエルサレムでの大量殺戮〉
 が、アンティオコス4世はその程度で気が収まる者ではなかった。かれは神聖なる神殿にずかずか入ってゆくと、血に汚れた手で祭具を取った。その手で、諸国の王が奉献したそれらの祭具を略奪したのだ。なお、王を先導したのは、律法と祖国の裏切り者メネラオスである。
 「アンティオコスはすっかり尊大になっていたために、この町の住民の罪のために主が一時的に怒られ、だからこそ彼が聖なる場所を荒らすことができたのだということを見落としていた。もし民がこれほど多くの罪にのめり込んでいなかったなら、この男といえども、かつてセレウコス王に派遣されて宝庫の調査をしようとしたヘリオドロスの場合と同じように、神殿に足を踏み入れた瞬間に、鞭打たれ、その暴挙は許されるものではなかった。
 主はこの民族のために聖なる場所を選ばれたのであって、聖なる場所のために民を選ばれたのではない。だから聖なる場所そのものも民の災いを共に分かち合い、後になって繁栄を共にした。全能者の怒りのために捨てられた聖なる場所は、偉大な主との和解が実現したとき、満ちあふれる栄光のうちに再興されたのである。」(マカ二5:17-20)
 シリア王は略奪品を携えて、アンティオキアへ帰国した。が、ユダヤ人弾圧が終わったわけではない。アンティオコス4世はそれが継続して行われるように、エルサレムには自分よりも野蛮な気性のフリキア人フィリポスを、ゲリジム山にはアンドロニコスを置き、メネラオスも同じ役として残した。かれがいちばん、同胞に対して高飛車に振る舞った。
 ──またその一方で、王はムシア人アポロニウスをエルサレムへ派遣している。アポロニウスは始めのうちこそエルサレム市民に対して友好的であったけれど、かれらが安息日を迎えるや襲いかかり、とてもたくさんのユダヤ人を殺したのだった。
 この難を逃れた者に、ユダ・マカバイがいる。かれはわずかな数の仲間と共に山野に隠れ、獣のように生活し、野草を食べた。しかし、かれらが汚れることはなかった。かれらは律法を守り、主の目に正しいと映ることを行う者だった。

 マカ一でも触れられたアンティオコス・エピファネスによるユダヤ人迫害が、本章に於いてより緻密に描写されます。それだけに読んでいて重苦しく、息苦しく、憤りと哀れを強く感じさせることになるわけですが……。
 が、それゆえにこそ、ユダ・マカバイが野伏のように卑しく暮らしたと雖も決して汚れることはなかった、というのが救いであり、希望といえるのであります。なんだかこのあたり、わたくしは『指輪物語』のアラゴルンとユダ・マカバイを重ね合わせて思うのでありますよ。
 引用したなかにある「この町の住民の罪のために主が一時的に怒られ……もし民がこれほど多くの罪にのめり込んでいなかったなら」云々は、マカ二4:10-20で読んだ、大祭司(当時)ヤソンの下で進められた、父祖の習慣を顧みることがなくなり、ギリシア風の生活習慣を取り入れ、正直であることを忘れてしまった一件を指します。それは、一時的とは雖も、不埒な者の神殿侵入を余儀なくさせるにじゅうぶんな怒りであったのでした。



 『指輪物語』といえば。今日この原稿を書く前に映画館に寄って、《ホビット》第3作目の前売り券を購入しました。早く公開されないかなぁ。来年の《スター・ウォーズ》第7話と同じかそれ以上に楽しみにしているのです。
 できればピーター・ジャクソン監督にはこのまま、『シルマリルの物語』の幾つかのエピソードを映像化してもらいたいところです。ルシエンとベレンの物語は勿論、アカルラベースの物語なども。無理かなぁ……。この願い、みんなが思ってくれていたら実現するかなぁ。◆

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第1641日目 〈マカバイ記二第4章2/2:〈メネラオス、大祭司となる〉、〈オニアの殺害〉他with昨日の総選挙を生中継したスカパー!へのお願い。〉 [マカバイ記二]

 マカバイ記二第4章2/2(アンティオコス・エピファネスのもとでの迫害)です。

 マカ二4:23-29〈メネラオス、大祭司となる〉
 アンティオコス4世、エルサレム入城から3年後。大祭司ヤソンは、シモンの兄弟メネラオスをシリア王の許へ派遣した。火急の事態に対して指示を仰ぐためである。が、メネラオスは指示を仰ぐばかりでなく、王の承認を得て大祭司職をシモンから奪取したのだった。
 「彼には大祭司に値するものなど一かけらもなく、むしろ彼は残忍な暴君の激情と野蛮な気性だけの男にすぎなかった。」(マカ二4:25)
 かつてヤソンは大祭司の職を、贈賄によって兄オニアから奪い取った。因果応報というべきか、歴史は繰り返すというべきか。今度はヤソンが大祭司の職を、赤の他人に奪われ、アンモン人の国へ逃げ込む羽目になったのである。
 さて。大祭司職に就いたメネラオスは、シリア王に約束した金をびた一文支払わず、度重なる督促も無視していた。これを見咎めて、城塞の総指揮官にして経理もあずかるソストラトスがメネラオスに支払いを請求。やがて2人はシリア王の前に召喚されることになった。不在の間の代理として、メネラオスは兄弟リシコマスを、ソストラトスはキプロス人の長官クラテスを立てて、アンティオキアへ赴いた。

 マカ二4:30-38〈オニアの殺害〉
 アンティオコス4世が側室にタルソスとマロスの町を贈ったことが原因で、暴動が起こった。王はその鎮圧に出発し、政務代行官としてアンドロニコスを残した。これを好機と見たメネラオスは神殿の祭具など横領してアンドロニコスへの贈り物とした。また他にも、横領した祭具をティルスや周辺の町へ売り飛ばしていた。
 これを知り、確かめたオニアはアンティオキア近郊のダフネの聖域へ退き、メネラオスを公然と非難した。ここにいる者にはうっかり手を出せない。そこでメネラオスはアンドロニコスにオニア殺害を相談、説得してこれを承けさせた。
 アンドロニコスは言葉巧みにオニアへ語りかけ、信頼を勝ち取り、ダフネの聖域の外へ誘うと、正義を顧みず、オニアを殺害した。このことはすぐに知れ渡り、「ユダヤ人ばかりでなく、他の国々の人までが大勢、残忍な殺害に動揺し、憤慨した。」(マカ二4:35)
 それだけではない。暴動鎮圧から帰国したアンティオコス4世エピファネスも憤慨した。王は、「心底から悲しみを催し、憐れみに突き動かされ、他界した者の思慮深さと節度ある人格のゆえに涙した。」(マカ二4:37)
 アンドロニコスの行為に激怒した王は、かれから紫の衣を剝いで裸にし、アンティオキアの市中を引きずり回した。そうしてオニア殺害の現場、即ちダフネの聖域から外れたその場所で、アンドロニコスを処刑した。
 「主が当然の刑罰を彼に下されたのである。」(マカ二4:38)

 マカ二4:39-42〈リシコマスの殺害〉
 エルサレムでは、メネラオスから留守を託されていたリシコマスが、盛んに神殿を荒らしまわっていた。それは住民の耳に入り、リシコマスへの抗議となり、遂には怒りを露わにした決起となった。
 リシコマスは約3,000人の武装兵を鎮圧に向かわせたが、殆ど暴徒と化した市民を相手に為す術もなく、全軍敗走の憂き目に遭った。そうして市民たちは神殿荒らしの張本人即ちリシコマスを、神殿の宝庫の傍らで殺害したのだった。

 マカ二4:43-50〈メネラオス、釈放される〉
 リシコマスの事件の背後にはメネラオスの存在があった。かれが兄弟リシコマスに入れ知恵したがゆえの事件だったのだ。エルサレムの長老会議は3人の使者をシリア王の許へ送り、メネラオス告訴の申し立てをした。
 追いつめられたメネラオスはトリメネスの子プトレマイオスを買収して、王を翻心させるよう依頼した。プトレマイオスはそうした。アンティオコス4世はメネラオスへの訴えをすべて棄却し、却って長老会議からの使者3人を処刑した。残忍で知られるスキタイ人でさえ、かれらを無罪として釈放したに違いないのに、である。
 「このようにして、この町と市民と神殿の祭具を守るために訴え出た人々の方が、即刻不当に処刑されたのだ。そのため、ティルスの市民たちさえ、この悪行を憎み、彼らのための葬儀を盛大に挙行した。
 一方メネラオスは、権力にある者たちの欲望を利用してその職に居座り、ますます悪行を重ねていき、同胞に対しては策謀家となったのである。」(マカ二4:49-50)

 欲望と謀略が入り乱れる、読んでいて少々ゲンナリする章であります。
 就中目立つのは、メネラオスの行動。贈賄によって本来あり得ぬ身分を手に入れ、眼前の敵を狡猾な手法で排除してゆき、危うい目に遭いそうになると策を弄して巧みに窮地を逃れる。或る意味、その聡明さと大胆さ、その行動力と口達者には舌を巻かされますが、こうした人物が天寿を全うできようはずがありません。かれの死が伝えられるのはまだしばらく先のことですが、マカ二13:1-8で描かれます(「こうして律法に背いたメネラオスは死ぬべくして死に、先祖の地に葬られることもなかったが、これは当然の定めであった。祭壇で聖なる火と聖なる灰をさんざん冒涜した結果、今度は彼自身が灰の中で死ぬはめとなったのである。」マカ二13:7-8)。
 ダフネの聖域は、首都アンティオコスのおそらく南約10キロの位置にある云々。アンティオキアの南の城壁には、「ダフネの門」がある。ここは月桂樹で囲まれた森であるため斯く呼ばれる由。アポロとアルテミスの神殿がある。2人の神の神殿、聖域/森の名称が記されたことで今更ながら気附かされますが、われらの読書はいつの間にか、これまでの中近東に留まらず、もっとその周辺の地域、民族、文化と神話が平行して語られるのが自然な時代にまで下ってきていたのですね。



 録画しておいた昨日のAKB48G総選挙を観ていて気に障ったこと。スカパー!は今回の総選挙の模様を5.5時間に渡って生中継しました。それはそれで良い。見所も相応にあって、そのあたりは地上波では決して味わえないものだったからだ。
 が、スタジオのおしゃべりが極めて邪魔だった。人によってはあまり気にならないかもしれないが、耳が少々悪い者は神経を集中させて音声を聞いているのだから、箸にも棒にも引っかからない余計な芸人衆、政治評論家のおしゃべりは極めて耳障りにして必要悪、無用以外の何物でもない。
 どうして副音声などの手段を、スカパー!は採ってくれなかったのだろう? この点では地上波の方がはるかに分別があって、丁寧に処理、演出していた。これが初めからわかっていれば、地上波の中継を(途中からではなく)録画しておけばよかった。
 来年も完全生中継を行う予定なら、スカパー!にはぜひ反省と改善をお願いしたいものであります。◆

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第1640日目2/2 〈マカバイ記二第4章1/2:〈オニアとシモンの争い〉、〈大祭司ヤソン、ギリシア文化を導入する〉&〈アンティオコス・エピファネス、エルサレムで歓迎される〉withパッケージソフト? ダウンロード?〉 [マカバイ記二]

 マカバイ記二第4章1/2(アンティオコス・エピファネスのもとでの迫害)です。 

 マカ二4:1-6〈オニアとシモンの争い〉
 例のシモン、今度は兄オニアを誹謗中傷した。エルサレムの住民の間にはオニアへの憎しみが蔓延した。シモンの取り巻きの一人に至ってはオニア暗殺を試みた程である。
 オニアはシモンの讒言の背景に、コイレ・シリアとフェニキアの総督アポロニウスの存在があるのを知った。事態打開のためにかれはアンティオキアへ赴いた。セレコウス4世に直訴するより他にない、と考えたのである。

 マカ二4:7-20〈大祭司ヤソン、ギリシア文化を導入する〉
 が、オニアの目的は果たされなかった。時は前175年。セレコウス4世は崩御し、その弟アンティオコス4世エピファネスが即位した。
 そうしてオニアの弟ヤソンが卑劣な手段を用いて、大祭司職を手に入れた。銀440タラントン、別に銀150タラントン。それが、ヤソンが王に贈った賄賂の額である150タラントンはエルサレムに錬成場(青年団)を設立し、エルサレム住民をアンティオキア市民に登録する権限を得るためのものだ。
 シリア王の後ろ盾を得たヤソンは、ただちにユダヤのヘレニズム化を強行した。「ヤソンは、王がエウポレモスの父ヨハネを通してユダヤ人に与えていた数々の恩典を取り消し、律法に沿った生活様式を破壊し、律法に背く風習を新たに取り入れた。(中略)こうしてギリシア化と異国の風習の蔓延は、不敬虔で、大祭司の資格のないヤソンの、常軌を逸した悪行によって、その極みに達した。」(マカ二4:11,13)
 その結果、祭司たちは自分の仕事に心砕くことはなくなり、ギリシアの競技が開催されると聞けば我先に参加する始末だった。父祖伝来の風習と名誉をないがしろにし、ギリシア人の栄光に最上の評価を与えるようになったユダヤ人。
 「こうしたことが原因となって、ひどい苦難が彼らを見舞うことになったのである。彼らがその生活様式にあこがれを抱き、万事において仲間に入りたいと願っていた人々がまさに、彼らの敵、彼らに対する迫害者となったのである。神が定めた律法を冒涜して、ただで済むわけがない。それは間もなく明らかになるであろう。」(マカ二4:16-17)

 マカ二4:21-22〈アンティオコス・エピファネス、エルサレムで歓迎される〉
 プトレマイオス朝エジプトの王に新しく、プトレマイオス6世フィロメトルが即位した。その式に、アンティオコス4世はアポロニウスを列席させる。が、そこでシリア王はエジプトの新王が自分の政策を良くは思っていないことを知った。
 そこでアンティオコスは用心してアンティオキアからヤッファを経由、エルサレムへ入った。ヘレニズム化が推し進められるこの都で、シリア王は熱烈な歓迎を受けた。その後、王はフェニキアに陣を敷いた。

 申し訳ありませんが、マカ二4:18-20,ティルス行きの件は省きました。それこそ物語の主筋から外れ、ゆえに記せば散漫になる、と判断したためである。ご了承ください。要約者たちの言葉が脳裏を過ぎることでありますよ。
 マカ一では概略を留める程度であったアンティオコス4世のユダヤ迫害が、マカ二では本章から延々第10章まで語られてゆく。その発端にレビ族に属する家のユダヤ人が大きく関与しているなんて、マカ一を読んでいたときは気が付きませんでしたね。驚きと憤りを感じます。「マカバイ記二」の2/3を、この迫害の記事が占めるということは、それだけ当時のユダヤ人にとってこの事件が語り継ぐに足る一大事であったということでもあります。それは民族の記憶、というてもよいかもしれません。
 「要するに律法を忘れ、掟をすべて変えてしまおうということであった。そして王のこの命令に従わない者は死刑に処されることになった。」(マカ一1:49-50)
 そうして、マカバイ家を中心とする<マカバイ戦争>が始まる、──。



 もはや音楽のパッケージソフトはダウンロードという形なきものに取って代わられて滅びてゆくのだろうか? ソフトを所有する楽しみばかりでなく、探す楽しみ、発見する楽しみ、実店舗にあふれかえる情報とざわめき、カバージャケットを眺める楽しみ、ライナーノーツを読む楽しみ、歌詞カードを何遍も読み返す楽しみ。ワーグナーのオペラやシューベルトの歌曲をダウンロードで購入しても歌詞対訳って付いてきますか? 録音が複数ある声楽作品であれば、対訳を読み比べる楽しみもそこには存在する。──そうした諸々の楽しみがダウンロードにあるか。
 iPhoneなりiPodに入れてしまえば良いのであって、パッケージソフトなんて邪魔になるだけだ。そんな意見にも一部の真理はある。でもなんだか淋しいね、斯様な意見の存在すること自体が。
淋しいものです。こうした意見の人には、幾許かの哀れみさえ覚えますね。わたくしはやっぱり音楽はパッケージでエンドユーザーの手元に届けられて然るべきだと思うている。某大型CDショップで働いていたことがあるからかもしれないけれど。
 それに、ダウンロードした音楽がもう不要となればすぐに削除できるけれど、削除した分に対する対価は発生しない。発生するはすがない。ダウンロード万歳、ダウンロード偏重の方々はご存じだろうか、パッケージソフトはいらなくなったら売ってお金に換えられることを? 後日そのソフトをもう一度欲しいと思い、中古レコード店に行けば定価よりも安く買えることがあることを? もっとも、廃盤になっていたり、一度しか流通しなかったら、定価より高くなっているケースもざらにありますけれどね。
 わたくしは音楽のダウンロード販売には、あまり良い気分を抱くことができません。◆

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第1639日目 〈マカバイ記二第3章:〈シモンの裏切り〉&〈ヘリオドロス、罰せられる〉withTwitterを始めたお陰かな、〉 [マカバイ記二]

 マカバイ記二第3章(ヘリオドロスの物語)です。

 マカ二3:1-23〈シモンの裏切り〉
 聖なる都エルサレムは完全な平和の裡に治められ、律法もとてもよく守られていた。諸国の王がこの都に奉献し、神殿は満たされていた。
 そんな時代、ユダヤ人でレビ族に属するビルガ族のシモンが大祭司オニヤ3世と言い争った。シモンは神殿総務の長であり、オニアとは都の市場の経営方針を巡って諍いになったのである。彼は自分が不利だと知るや、セレコウス朝シリアの高官で、当時コイレ・シリアとフェニキアの総督を務めていたアポロニウスに援助を求めた。神殿に備蓄されている莫大な金のことを報告、これをシリア王の権限下へ置くことを提案し。
 アポロニウスはシリアの王セレコウス4世に謁見した折、ユダヤ人シモンからもたらされた情報を伝えた。王は宰相ヘリオドロスに事の真偽を確かめさせ、事実であれば、その金を神殿から運び出して王の宝庫を満たすように、と命じてエルサレムへ派遣したのである。
 ヘリオドロスはエルサレムへ入った。そうして大祭司オニアに問い質した。するとオニヤが、あの裏切り者シモンがどんな風に言ったのかは知らないが、と前置きした上で、こう言った、その金は寡婦や孤児のための寄託金であり、他にはトビア家のヒルカノスのものがあるだけだ、と。「人々はこの場所が神聖であり、全世界の崇敬の的であるので、不正など起こりえないと信じている。どうしてその人たちを裏切るような支出ができようか。」(マカ二3:12)
 ……オニアの訴えは聞き入れられなかった。ヘリオドロスは王命を盾にして、神殿に備蓄された金を王の宝庫のために没収する、と主張して譲らなかったのである。
 ──祭司たちは主に嘆願した。大祭司の姿からは苦悶と懊悩の様子がまざまざと伝わってきた。その姿は見る者の心を痛め、聖所の危機を民に訴えかけた。男も女も未婚の娘も行動して、主に哀願した。
 が、ヘリオドロスは決心を実行した。

 マカ二3:24-40〈ヘリオドロス、罰せられる〉
 ヘリオドロスは護衛兵と共に神殿の宝庫へ入った。するとその前に、「霊とすべての権威を支配する者」(マカ二3:24)が顕れて、ヘリオドロスたちを驚かせた。思わず震え上がってしまうような姿の騎士が絢爛たる馬具で飾り立てた馬に乗り、ヘリオドロスへ襲いかかる。騎士とヘリオドロスの間に2人の筋肉隆々たる若者が現れて、ヘリオドロスを左右から激しく鞭打った。かれは倒れて意識を失い、深い闇に抱かれた。
 護衛兵たちはヘリオドロスを長持ちに乗せて、神殿から運び出した。「今し方、多くの随員と護衛兵とを従えて前記の宝庫に侵入した男は、武器に手をかけるいとまもなく、神の力をまざまざと見せつけられるはめになったのである。彼は神の力に圧倒されて声もなく、一切の希望と救いを剥奪されて捨て置かれた。」(マカ二3:27-29)
 「他方、人々は、聖所で不思議な業をなさった主を賛美し続けていた。こうして、つい先程まで恐怖と混乱の支配した神殿が、全能の主の出現のおかげで、歓喜にあふれることになったのである。」(マカ二3:30)
 ──ヘリオドロスは悔い改め、ユダヤの人々と大祭司オニヤに感謝して、帰国した。セレコウス4世に謁見、すべての者たちの前で一切合財を報告したかれは、王に、次にエルサレムへ派遣するとしたらどのような者がよいか、と問われて、こう答えた、──
 「もし王に敵対する者や謀反人がいるようでしたら、その者をお遣わしください。仮に命を落とさないまでも、さんざん鞭打たれて戻ってくることになるでしょう。間違いなくあそこには、神の軍勢が宿っているのです。天にお住まいの方が、かの聖所の守護者、助け手であって、悪事をたくらんでやって来る者を討ち滅ぼしてしまわれます。」(マカ二3:36-39)
 ──以上、ヘリオドロスと宝庫の守護の物語。

 今回災難に遭ったのは、セレコウス朝シリアの高官、コイレ・シリアとフェニキアの総督ヘリオドロスでありました。かれの改心の物語として、簡潔に、しかも豊かに、あたかもブラームスの音楽の如く印象深い掌編であります。エルサレムでの経験を王の御前で声高らかに報告し、かつ最後の台詞など信心の強さを感じさせる者となっておりますね。
 では、コイレ・シリアとはいったいどのあたりの地域をいうのでしょう。コイレ・シリアとは「窪んだシリア」のギリシア語訳、シリア地方の南部一帯を指しておりフェニキア、ユダヤを包含、今日でいうところのシリア、ヨルダン、レバノン、イスラエル、パレスティナをいいます。
 第3章の時代、エルサレムは平和で、篤信の都であった。大祭司オニヤが敬虔な人であり、悪を憎むことについては誰にも優る人物ゆえの現象だったでありましょう。考えてみれば、エルサレムがこのような人物を祭司・大祭司に戴いたのは、このときが初めてだったのではないでしょうか。むろん、その者の名前が聖書に記載されている、という前提での物言いであります。
 ──実は本書「マカバイ記二」からフランシスコ会訳の聖書を参考に用いています。持ち歩いているわけでなく、外で原稿を書く日(=会社に行っている日)は当該章のコピーをB5サイズで取って持ち歩き、自宅に在っては直接その書物を開く。傍注や図版の参照がいまは専らですが、本文についても今後適宜参照してゆくことでしょう。個人的な印象を述べれば、フランシスコ会訳は新共同訳よりも読みやすいですよね。2回目の聖書読書はこちらで行おうかな、と考えているところであります。



 本ブログにて以前、Twitter始めました、ということをお知らせしました。この一週間あまりは毎日午前2時の更新に合わせて、その旨自動投稿するよう設定しています。時々ミスりますが、どうやらこれは、いったん予約投稿した原稿へ修正を加えた際に発生するらしい。
 それはともかく、Twitterを始めたせいなのかはわかりませんが、爾来本ブログへの訪問者数がわずかながらも増えてきています。慶賀というべきかもしれません。地味に存在し、多くに知られず、題材も一般的でない本ブログとしては、とても喜ばしい出来事でありますよ。
 これが高度成長期の到来で、バブル崩壊の日まで訪問者数・アクセス数が増え続けてゆけばいいな。そうしてこの日々のことはやがて泡沫の夢、セピア色がかった思い出となるのですよね。呵々。◆

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第1638日目 〈マカバイ記二第2章:〈エジプト在住のユダヤ人への第二書簡〉2/2&〈序〉with村上春樹『TVピープル』読了報告、AppleStore表参道店オープン協力のメール。〉 [マカバイ記二]

 マカバイ記二第2章です。

 マカ二2:1-18〈エジプト在住のユダヤ人への第二書簡〉2/2
 記録に拠れば、祭壇から聖火を持ち出すよう指示したのは、時の預言者エレミヤであった、といいます。エレミヤは、捕囚として連れてゆかれるユダヤの人々に律法の書を与え、主を想い忘れぬよう諭し、異国の風習に染まらず偶像を崇めず、心を律法からゆめ離さぬように、皆を励ましました。
 また、エレミヤは自分への託宣に従って、エリコの向かい、ヨルダン川東岸にあるネボ山へ登りました。幕屋と契約の箱、香壇を携えていました。この山はずっと昔、モーセが死の直前に登り、“乳と蜜の流れる地”カナンを望み見た場所であります(ex;申34:1)。預言者はここに人が住めそうな洞窟を見附け、そこへ携えてきた物を隠し、入り口を塞ぎました。
 このとき、エレミヤに従っていた人々があとになって、この場所がわかるよう道標を作ろうと思い立ち、行動しましたが、果たすことはできませんでした。エレミヤはかれらを呼び出して叱責して曰く、──
 「神が民の集会を召集し、憐れみを下されるときまで、その場所は知られずにいるだろう。そのときになれば、主はそこに運び入れたものを再び示してくださり、主の栄光が雲と共に現れるだろう。」(マカ二2:7-8)
──と。
 以上のことはネヘミヤ時代の諸文書にも記されているところです。それらには、たとえばネヘミヤが書庫(図書館)を建てたことや、「歴代の王と預言者に関する書物、ダビデの諸文書、更には奉献物についての王の勅令を集めたこと」(マカ二2:13)も書かれています。また、ユダ・マカバイも戦争によって散逸した諸文書を収集し、保管しました。これらはいずれもエルサレムにあります。もしあなた方がこれらの文書、書物を見たい、読みたいとお思いならば、どうぞこちらまでお出でください。
 さて。
 この手紙の冒頭でわれらは、清めの儀式を執り行おうとしている旨、お伝えしました。斯様なことを申し上げるのは、あなた方がこれらの日を祝う以上は立派に執り行っていただきたいからです。なぜならば、──
 「神こそは、ご自分の民全体を救い、それぞれに約束の地を与え、王制と祭司制、聖所を与えてくださった方である。我々は今、律法を通して約束されたように、神が我々を憐れみ、速やかに天が下すべての地から、我々を聖なる所に集めてくださることを希望している。実に神は、過酷な災禍から我々を救い出し、この場所を清められた」(マカ二2:17-18)からであります。

 マカ二2:19-32〈序〉
 これからあなた方が読むマカバイ戦争にまつわる物語は、キレネ人ヤソンの著書から抜粋、要約したものであります。なぜこのようなことを行ったか、といえば、このヤソンの著書が5巻より成るあまりに大部なものであり、純粋に物語を楽しみたい人、これをぜひ暗誦してみたい人などの用に供したい、と願うからであります。
 ヤソンの著書の要約に取り組んではみたものの、その作業はとても心を削り、身を削ぐ仕事で、容易な作業ではありませんでした。が、多くの人が楽しんでくれるなら、この程度の労苦は大したことではありません。われらは、ヤソンの著書を要約して簡潔であることを心掛け、煩雑にならぬよう努めましょう。それが義務であります。
 ──前置きはこれぐらいにして、本文を始めましょう。いつまでも入り口に留まって本題に入らぬは愚かな行いでありますから。

 昨日読んだ第1章でも、旧約聖書では語られなかったネヘミヤのエピソードが披露されました。本章に於いても「エレミヤ記」では語られなかった預言者エレミヤのエピソードが、同じように披露されます。しかもそれはエルサレム陥落直後の、いままさにバビロニア軍がユダヤ人を捕囚として連行しようとしていたり、都や神殿で略奪等を繰り返していたりする混乱の時に、エレミヤは信仰を次の時代へつなぐためにも、祭壇の聖火を隠させたのでした。
 ネヘミヤの件といいエレミヤの件といい、われらはかれらのエピソードを旧約聖書以外で読むことはできなくなっている。しかし「マカバイ記二」或いはエジプト在住ユダヤ人へ宛てられた書簡が書かれた時代には、かれらの言行を留めた文書が存在していたのは、ほぼ間違いないことでありましょう。第1章、第2章はそうした資料を典拠として書かれたものであります。ふむぅ、読みたかったですね。
 <序>では要約者の作業態度が真摯に語られ、そうであろうと努める姿が描かれております。なんだかそのままわたくし自身に跳ね返ってきて、刺さりまくるような文言のオンパレードなんですよ。苦しいというか、辛いというか、……んんん、反省して向上に勤めます。──まさか聖書を読んでいて、本ブログの態度を顧みる言葉に出会すとは思いもしませんでしたよ。えへ。



 一昨日、村上春樹の短編集『TVピープル』(文春文庫)を読了しました。感想はまた後日。しかし、読み終わるまでに1ヶ月近くかかるとは思わなかったなぁ。読み応えがあった? まぁ、それもあるけれど、読めなかった日がずっと多かったのが主たる原因でしょうね。でも、これまで読んできた短編集のなかでいちばんずっしりとした読書経験でした。
 間髪入れず、昨日からは『夜のくもざる』(新潮文庫)を読み始めました。すごく肩の力を抜いて読み進められる、シュールでポップな超短編集。でも、これの感想を書くのは難しそうだ。来週あたりには『TVピープル』と併せて感想をお披露目できたらいいな、と思います。

 あ、来週といえば、13日の金曜日にAppleStoreの新店舗がオープンしますね。今度は表参道店です(横浜にはAppleStore来ないのかしら?)。今朝突然メールで<ご協力のお願い>なんて来たのにはびっくりし、ちょっと可笑しかった。しかし、こんなメールをもらうと、改めて自分がAppleユーザーになったのだなぁ、と実感しますね。結構うれしい。◆

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第1637日目 〈マカバイ記二第1章:〈エジプト在住のユダヤ人への第一書簡〉&〈エジプト在住のユダヤ人への第二書簡〉1/2with本稿完成の喜びの独り言〉 [マカバイ記二]

 マカバイ記二第1章です。

 マカ二1:1-10 1/2〈エジプト在住のユダヤ人への第一書簡〉
 第188年。エジプトの地に住む同胞へ、われらエルサレムとユダヤの地に住む者からあいさつを送ります。
 われらの神がいつまでも、如何なるときも、あなた方を見守ってくれますように。
 強靱な心と積極的な精神を持つあなた方に、神の意志を実行する勇気が与えられますように。
 神の律法を順守し、神の命令を実行するあなた方に、勇気が与えられますように。
 神があなた方の祈りを聞き入れ、和解し、悪の力がはびこるときが来たとしても、あなた方を見捨てたりしませんように。
 われらはあなた方のために祈ります。
 さて。
 実を言えば、われらは以前──第169年のことです──、エジプト在住のあなた方に手紙を送ったことがあります。セレコウス朝シリアの王デメトリオス2世によって、この地のユダヤ人が艱難と危機の只中にあり、明日さえ定かでない時分のことでした。
 「この艱難は、ヤソンとその一味の者たちが聖地と王国に反逆して立ち上がり、神殿の門に火を放ち、罪なき人々の血を流したことで始まった」(マカ二1:7-8)のです。しかし、主に祈ったことで救われました。そこでわれらは、「いけにえと上等の小麦粉を献げ、燭台に火をともし、パンを供えた」(マカ二1:8)のでした。
 エジプトの同胞よ。キスレウの月に、仮庵祭に倣って祝いをしてください。

 マカ二1:10 2/2-36〈エジプト在住のユダヤ人への第二書簡〉1/2
 再びエジプトの地に住む同胞へ、われらエルサレムとユダヤの地に住む者からあいさつを送ります。プトレマイオス王の師にして油注がれた祭司アリストプロスにも。
 かつてわれらがシリアと戦っていたとき、主は何度もユダヤを救ってくれました。時のシリア王アンティオコス4世エピファネスはペルシアへ赴き、バビロニアの女神ナナヤと婚姻を結び、莫大な財宝を手に入れようとしたことがあります。が、ナナヤの神殿に奉職する神官たちの巧みな技によって命を落としました。不敬虔な者は何人と雖も斯様に亡き者とされるのです。
 さて。
 われらはキスレウの月25日に、神殿の清めの儀式を執り行う予定でいます。そこであなた方にも、第188年の仮庵祭のときのように、灯火の祭りを祝ってほしいのです。灯火の祭りの謂われはこういうものです。即ち、──
 昔々、祖国はバビロニア帝国の前に滅び、民は離散しました、その直前、何人かの敬虔なる祭司が祭壇の聖火を持ち出し、もう涸れてしまった井戸の窪んだところに隠しました。そこは誰の目にも触れることがなく、大切なものの隠し場所にはぴったりだったのです。
 それから何十年もの歳月が流れました。既にバビロニアはなく、ペルシアの時代になっていました。キュロス王によって捕囚解放が宣言され、多くのユダヤ人が荒廃した祖国を、就中エルサレムの都を目指し、帰還しました。
 その後、時のペルシア王アルタクセルクセス王によって、政府の役人を務めていたユダヤ人ネヘミヤがエルサレムへ派遣されてきました。ネヘミヤは、かの聖火のことを知っていました。そこでそれを隠した祭司の子孫に命じて、隠し場所を探させました。件の涸れ井戸は見附かりました。が、聖火はありませんでした。その代わり、粘り気のある水がありました。ネヘミヤはそれを取って来させました。
 いけにえをささげる準備が進んでいました。ネヘミヤは積みあげられたいけにえに、その水を振りかけるよう言いました。そうすると、雲に隠れていた太陽が現れて、その日照に呼応したかのように大きな炎が噴きあがって、いけにえを燃やしたのです。
 その間ずっと祭司たちと参列者一同は賛歌を歌い、祈り続けたのです。「あなたの民、全イスラエルのために、このいけにえを受け入れ、あなたの取り分を御覧になり、清めてください。離散した同胞を集め、異邦人のもとで奴隷にされている者たちを解放し、虐げられ、疎まれている者たちにも心を配ってください。そして、あなたこそ我々の神であることを、異邦人たちにも悟らせてください。過酷で傲慢不遜なやからを痛めつけてください。モーセの言葉のとおり、あなたの民をあなたの聖なる場所に植えてください。」(マカ二1:26-29)
 いけにえが燃え尽きると、ネヘミヤは残りの水を大きな石に注ぐよう命じました。すると、炎が激しく燃えあがりました。しかし、祭壇の上から射す光が輝いて、その炎を消してしまったのでした。
 このことはたちまち知れ渡り、ペルシア王にも伝わりました。王はこれが真実であることを確かめると、その場所に垣を巡らせ、聖域としました。そうして自らが所有する宝物を寄進し、かれらへ恩恵を施したのであります。ネヘミヤたちはこれを<清め>という意味の<ネフタリ>と呼びました。<ネフタリ>は一般的には<ネフタイ>と呼ばれています。

 第一の書簡に登場するヤソンは、やはりこのあと登場する大祭司オニアの弟であります。ヤソンは、卑劣な方法で大祭司職を手に入れた後(マカ二4:7)、兄オニアを殺害するとギリシアに接近、エルサレムで多くの同胞を虐殺しました。かれが登場する挿話は数日後に読みますので、それまでお待ちください。
 第二の書簡で触れられるアンティオコス・エピファネスの死は、マカ一6:1-16が伝えるところと大幅に異なります。
 ペルシア遠征の最中、ユダ・マカバイ率いるユダヤ軍に自軍が敗走したことを知らされ、かの地で病に倒れたアンティオコス4世。かれは友人の一人でセレコウス朝の高官リシアスに息子の養育と王国の支配を委ねて、前164年/第149年に崩御しました。ところが、マカ二ではバビロニアの女神ナナヤと婚姻を結び云々とあります。女神と結婚とはやや羨ましいところですが、それはさておき、こちらには伝承の色が濃く漂っております。
 時が経つにつれて事実は時間の向こうに霞んでゆき、代わって伝説が潤色されて変容しながら伝わっていった、というところでしょう。マカ一が史実、マカ二が伝承。そんな具合だと思います。
 エジプト在住ユダヤ人に、仮庵祭に倣って祝いをしてほしい、と言い、灯火の祭りを行ってほしい、とエルサレム/ユダヤの地に住むユダヤ人は求めます。これは、エジプトに暮らすユダヤ人の間には主のための祝祭を祝う風習がなかった、ということでありましょうか。顧みられなくなった、廃れていた、と言い換えてもよいかもしれません。ゆえに奉献儀式を行うよう求めたのでしょうか。それとも、エジプト在住のユダヤ人が主の前から離れてゆくことを危惧しての発言だったのかも。
 それにしても、エルサレムの都の人目につかぬところで灯され続ける、祭壇から持ち出された聖火。その光景を想像すると心が震えるような思いが致しますね。なんだかとっても印象的かつ清らかな場面です。ちなみにこれの火種を持ち出すよう進言したのは、時の予言者エレミヤだったそうであります(マカ二2:1)。



 今日からわれらは「マカバイ記二」の読書に取り掛かります。正直なところ、、本章のノートは苦戦しました。2日かけてようやくここにお披露目するようなものが出来上がりました。仕事帰りにパソコンで清書する直前の稿が仕上がったわけです。
 例によって例のごとく、いつものスタバでこれを行ったのですが、合計3時間半も費やしてしまいました。MacBookAirがなかったらもうちょっと時間がかかっていたであろうことを考えると、思わず「やれやれ」と呟きたくなることであります。◆

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第1636日目 〈「マカバイ記二」前夜〉 [マカバイ記二]

 今日から読む「マカバイ記二」はこれまで読んできた「マカバイ記一」の補遺というべきものであります。本書はその<序>にあるように、「キレネ人ヤソン」によって書かれた<マカバイ戦争>にまつわる五巻から成る書物を要約したものであります。
 ではそのキレネ人ヤソンは自身の著作に、どのような事柄を書き留めていたのか。「マカバイ記二」第2章にその片鱗が記されております。曰く、「ユダ・マカバイとその兄弟たちに関する事柄、大いなる神殿の清めと祭壇の奉献、 更にアンティオコス・エピファネスとその息子エウパトルに対しての戦い、 ユダヤ人の宗教を守り抜くため雄々しく戦った者たちに天から示された数々のしるし、すなわち、寛大なる主の憐れみにより、彼らが少人数にもかかわらず、全地方を奪回し、野蛮な異邦人たちを追い払い、全世界に聞こえた神殿を取り戻し、都を解放し、まさに瀕死の律法を蘇生させたこと、等々」(マカ二2:19-22)と。
 <序>に言う要約とは、「マカバイ記一」の前半部分を指す。が、ただ単にヤソンの著作を要約したというのではない。「マカバイ記二」の著者は明らかでありませんが、ともかくヤソンの書き残した広範な書物を、「物語の展開のみに興味を持つ人」のため、「物語の筋を追ってみたい人を夢中にさせ、暗唱したい人にはそれを容易にさせ、ともかくこの本を手にするすべての人に役立つよう努めたい」の一心から要約本を作成しようと思い立ち、筆を執ったのであります。
 単なる要約ではない、というもう一つの理由として、適所に要約者の意見が差し挟まれていることが挙げられましょう。たとえば第6章第12節であります。「マカ一」では人々の心の内にあって表立って出てくることほぼ皆無であった<神>について、要約者が意見を述べております。ここで長い引用を再びするのもどうかと思われますが、原稿の文字数稼ぎでないことをご理解いただきつつ、──
 「さて、わたしはこの書を読む者がこのような災難に気落ちせず、これらの罰は我々民族を全滅させるためのものではなく、むしろ教訓のためであると考えるよう勧めたい。我々の場合、主を汚す者を主はいつまでも放置せず、直ちに罰を下される。これは大いなる恵みの印である。他の国民の場合、主は、彼らの罪の芽が伸びるだけ伸びるのを、じっと待っておられるが、我々に対して直ちに罰を下されるのは、芽が伸びきらないうちに摘んでしまうためである。主はわたしたちへの憐れみを決して忘れられない。主は、災いをもって教えることはあっても、御自分の民を見捨てられることはないのだ。」(マカ二6:12-16)
 ところでそもキレネ人ヤソンとは何者か? 要約本を作ったのはどのような人々であったか? その答えは非常に単純。即ち、いずれについても不明である、という答えです。
 キレネは北エジプトにあった古代ギリシアの都市国家、現在はリビア領内にある町で、聖書での言及は、他地域との並記という形を除けば、殆どなかったのではないでしょうか。「マカバイ記一」は前134年のシモン謀殺で幕を閉じました。それを承けてヤソンは前100年前後に北エジプトはキレネ地方に生きていた人物、とされます。
 ヤソンが<五巻本の年代記>をその存命中に書いたとなれば、当然のことながら「マカバイ記二」もさほど離れてはいない時代に成立したことになります。マカバイ戦争に関する五巻の著書を遺したヤソンも、そこから<物語の展開を知り、その内容に夢中になりたい人を専ら念頭に置いて>要約作業に従事した人たち(「我々」/マカ二2:23他)も、つまるところはいつどこで生まれ、死に、どのような職業に就いていたのか、執筆と要約の他にどのような仕事をしたのか、などはわからないのであります。
 古代史、或いは古代の物語に登場する実在と思われる人々の来歴をたどろうとすると、すぐに必ず同様な問題にぶち当たります。ゆえにタイムマシンがあったらたちまち疑問は解決するのになぁ、と思わないでもありませんが、そんな願望が叶えられないからこそ歴史は面白いのかもしれませんね。
 なお、「マカバイ記」には第一のマカバイ記、第二のマカバイ記の他、第三、第四の「マカバイ記」が存在します。これらはどのような性質の書物なのでしょう。いずれも「マカバイ記一」、「マカバイ記二」と直接的な関連性はありません。
 「マカバイ記三」はエルサレム入城を果たせなかったプトレマイオス朝エジプトの王(プトレマイオス4世)が腹いせにアレキサンドリア在住ユダヤ人を皆殺しにしようとするが、イスラエルの神の力によって計画が挫かれるというもの。「マカバイ記四」は哲学書、思想書と呼べばいいでしょうか。確か引き合いに出される人物として「マカ二」の殉教者の名前が挙げられていたように記憶します。この「マカバイ記四」はいまよりもっと若い頃、フィル・ディック《ヴァリス》4部作によって関心を誘われて読んだ聖書外典のうちの一つでありました。個人的には思い出ある外典の一つであります。
 この「マカ三」、「マカ四」を本ブログにて取り上げる予定はありません。が、もし新約聖書が終わって余力あれば、「ナグ・ハマディ文書」や「ユダの福音書」などと併せて「マカバイ記三」、「マカバイ記四」を読んでゆくかもしれません。いずれにせよ、まだまだ先のお話です。
 それでは、明日から1日1章の原則で「マカバイ記二」を読んでゆきましょう。◆

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