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テサロニケの信徒への手紙 一 ブログトップ

第2246日目 〈テサロニケの信徒への手紙・一第4章2/2&第5章:〈主は来られる〉&〈結びの言葉〉withHLN『The Oregon Report』!〉 [テサロニケの信徒への手紙 一]

 テサロニケの信徒への手紙・一第4章2/2と第5章であります。

 一テサ4:13-5:11〈主は来られる〉
 既に眠りに就いた人々について希望を持たない人たちのように嘆き悲しむのはやめましょう。われらはイエスが死んで復活したと信じています。イエスを信じて眠りに就いた人々を神はその眠りから導き出してくれるのです。
 「主の言葉に基づいて次のことを伝えます。主が来られる日まで生き残るわたしたちが、眠りについた人たちより先になることは、決してありません。すなわち、合図の号令がかかり、大天使の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、主御自身が天から降って来られます。すると、キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活し、それから、わたしたち生き残っている者が、空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます。このようにして、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります。」(一テサ4:15-17)
 あなた方はこの言葉によって互いを励まし合いなさい。
 主が来臨するとき、またその時期について、あなた方がなにかを書き記したりする必要はありません。というのも、主が来臨する日は必ず来て、そうしてある日突然訪れるというものではないからです。それは不可避の出来事でありますが、前兆はあるのです。主の日が盗人のようにあなた方を突然襲うことはありません。
 その日の訪れに備えて、われらは惰眠を貪っていないで、目を覚まし、身を慎んでいましょう。われらは<夜>に属する者に非ず。<昼>に属しています。だから、信仰と愛を胸当てとして着け、救いの希望を兜として被り、身を慎んでいましょう。神はわれらを主イエス・キリストによる救いにあずかるよう定めたのであって、怒りに定めたのではありません。
 主が死んだのは、昼も夜もわれらと共に在るためです。為、あなた方はかの言葉を糧として互いを励まし合い、向上に努めなさい。

 一テサ5:12-28〈結びの言葉〉
 お願いです。あなた方の間で労苦し、主に結ばれた者として導き戒めている人々を重んじて、かれらを愛を以て心から尊敬しなさい。
 兄弟たち、平和に過ごしなさい。怠け者がいたら戒めなさい。「気落ちしている者たちを励ましなさい。弱い者たちを助けなさい。すべての人に対して忍耐強く接しなさい。」(一テサ5:14)
 悪を以て悪に報いるなかれ。お互いにであっても、すべての人たちに対してであっても、誰に対しても善に努めなさい。
 「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。」(一テサ5:16)神はあなた方にこのことを望んでいます。
 「すべてを吟味して、良いものを大事にしなさい。」(一テサ5:21)
 平和の神があなたを全く聖なる者としてくれますように。霊も体も魂もなに一つ欠けることがなく、われらが主キリスト・イエスの来るときには非の打ち所のない存在としてくれますように。
 あなた方を招いた方は真実で、必ずその通りにしてくれます。
 兄弟たち、われらのために祈ってください。
 あなた方よ、聖なる口づけによってすべての兄弟たちに挨拶しなさい。この手紙をすべての兄弟たちに読み聞かせなさい。主により命じます。
 われらが主イエスの恵みがあなた方にありますように。

 来臨は或るとき突然に訪れるのではなく、事前の地均しあって為される。そうパウロは説きます。以前に読んだパウロ書簡のなかにやはり同種の主張があったように思います。また、福音書にもよく似たことが書かれていた、と記憶します。夜も昼も目を覚まして、身を慎んでいましょう、という点についても然り。
 上述のことは、たとえば福音書ならマタ24、マコ13、ルカ12と17そうして21に見られました。パウロ書簡としてはロマ13:11-14、一コリ16:13-14といった箇所が挙げられるでしょう。
 ゆえに、というわけではありませんが、わたくしは書簡群のうち最初期に書かれたとされる「テサロニケの信徒への手紙 一」は、福音書の精読を通してパウロが摑み取ったエッセンシャル・オブ・ゴスペルというべきものであり、それまで行っていた宣教の内容を<神学>へ発展させるためのプッシング・ボードの如し、と思うのであります。
 ──本日を以て「テサロニケの信徒への手紙 一」は読了となりますが、読了挨拶は次の「テサロニケの信徒への手紙 二」と一緒に。というわけで、明日は(短いながら)「テサロニケの信徒への手紙 二」前夜であります。



 例によってタワーレコードのHPを巡回中、Rock/Popsのページを開いた。殆ど知らないアーティストの新作が並んでいるなぁ。その反動だったか、検索ウィンドウに「ヒューイ・ルイス・アンド・ザ・ニュース」と打ちこんでみた。見馴れたジャケットのオリジナル・アルバムやライヴDVD、或いはベスト盤やコンピレーション・アルバムがわらわらと出てくるなか、見馴れぬタイトルのアルバムを発見。タイトルを『The Oregon Report』(Refractor Records//FMCB101CD//2015/09/18)という。
 これはなんだ、よもや新作か!? 勇んでタイトルをクリックしたが、得られる情報はなにもなく、Googleで調べてみた。その瞬間にも期待値は一気に沸騰する。ベスト盤の類を除けばかれらのアルバムは2010年のメンフィス・ソウルのカバー・アルバム『Soulsville』以来だ。いったいどんな内容なんだ、カバーではなくて完全オリジナルな音盤であることを祈っているぜ! ……と、ようやくGoogleの検索結果から見附けた情報によれば、『The Oregon Report』は1986年12月17日、オレゴン州ポートランドでのスタジアム公演を収めたライヴ・アルバム。
 タイトルだけ先に知り、Googleが検索結果を表示するまでの極めて短い時間、わたくしはこんな風に思うて過ごしておったよ。曰く、──
 またまたまさかのベスト盤かよぉ! いったいどうなっているんだ、このアルバム・タイトルとヒューイ・ルイス・アンド・ザ・ニュースの関連はどこにあるのさ!? 「オレゴン」ってあのオレゴン州か。ヒューイが住んでいる所ってモンタナ州だろ。バンドとオレゴンの関係っていったいなんなの。それともレコード会社がオレゴンにあるからその会社のリリース物です、っていう程度の意味合いで件のタイトル?  期待値が大きかっただけに反動は実に、実に、実に大きく、地中にめり込んで地殻を引き裂きマグマ溜まりにまで達するか、という勢いだ。つまり一言でいえば、超ベリー・バッドなのである。もうね、布団かぶって明後日までふて寝したいレベルである。みくらさんさんか、マジ失望。  比較的コンスタントに新作がリリースされるアーティストのファンが羨ましいや。ヒューイ・ルイス・アンド・ザ・ニュースの新作アルバムが2010年代にリリースされることは、もうないんじゃないのか? レコード会社ももうちょっとこのあたり検討してよね。いっそのこと日本のレコード会社がかれらに働きかけて、新作アルバム3,4枚作ってもらえば良いと思うの。だって、ねぇ?
 ──と、ここに至るまで約1.数秒。即ち、Googleの検索結果が表示されるまでの、刹那の時間。検索結果をスクロールしてゆく前に、一旦コーヒー・ブレイク、クール・ダウン。
 1980年代のライヴ音源がリリースされるのは別段珍しいことではない。『The Oregon Report』が正規盤であるかも不明だ。HLNの公式サイトになんの情報も出ていないところから察すれば、おそらく正規盤として扱われる類のアルバムではなかろう。放送音源(WAAF-FM)であるようだから、所謂ブートレグでしょうね。
 が、ブートレグであったとしても、1980年代なかばという全盛期のライヴがこうして聴けるのは貴重だ。考えてみればHLNにはそんなアルバム、これまで1枚もなかったものね。同じ1980年代アメリカン・ロックの一方の雄であったB.スプリングスティーンには幾らでもそうしたものがあるにもかかわらず。
 これが正規盤でなかったとしても構わない。わたくしは買うさ。HLNのライヴ・アルバムなんて結成25周年を記念した『Live at 25』があるだけだからね。ヒューイ・ルイス・アンド・ザ・ニュースが筋金入りのライヴ・バンドであることを証明するには打ってつけの1枚であろう。
 でも気になる点が1つ。ほぼ同時期にリリースされた『Hip to be Square…Live』(Klondike Records//KLCD5029//2015/08/14)というライヴ・アルバムがあって、こちらも1986年12月、オレゴン州ポートランドでのコンサートを収めた1枚。やはりWAAF-FMの放送音源を使っているが、収録日は『The Oregon Report』が12月17日、『Hip to be Square…Live』が12月18日。曲目と順番に異なるところはない。完全一致。これは是非両方を購入して確認しなくてはいけないね!
 それはさておき、わたくしが願うことはこういうこと──これを機に、放送音源がCD化されて昔からのファンの渇きを癒やしてほしいな。◆

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第2245日目 〈テサロニケの信徒への手紙・一第2章2/2,第3章&第4章1/2:〈テサロニケ再訪の願い〉&〈神に喜ばれる生活〉withシェルヘン・ボックス、登場!〉 [テサロニケの信徒への手紙 一]

 テサロニケの信徒への手紙・一第2章2/2と第3章、第4章1/2です。

 一テサ2:17-3:13〈テサロニケ再訪の願い〉
 わたしとあなた方は遠く隔てられた地にいます。切に願うのはあなた方の顔を見たい、ということ。それゆえにわたしはそちらへ再び行くことを希望しているのです。いままでも何度か再訪の機会はありましたが、都度サタンに妨げられてきました。主イエス来臨のとき、あなた方はわれらの喜びとなり、誉れとなる──あなた方以外の誰もわれらの希望となり誇るべき冠となる人々はいません。わたしはそんなあなた方に会いたいのです。
 その思いは留まるところなく膨らんでゆきました。われらはアテネに残りましたが、そちらへ協力者である兄弟テモテを派遣しました。あなた方を励まし、信仰を強め、如何なる苦難に遭おうとも誰一人それに動揺しないで済むようにです。誘惑者が来てあなた方を惑わせたりしないように、わたしはテモテをテサロニケに派遣したのです。
 ──いまテモテがこちらへ帰ってきました。あなた方の信仰と愛についてうれしい知らせを携えて。加えて、あなた方がわれらに、しきりに会いたがっている、とも聞きました。われらはあらゆる困難と苦難に直面していますが、あなたがたの信仰と愛について聞いたことで励まされました。あなた方が主イエスにしっかりと結びついているならば、われらはたしかに生きている、といえるのです。神の御前にてあなた方は、われらの大きな喜びとなるでしょう。そのためにも、──
 「顔を合わせて、あなたがたの信仰に必要なものを補いたいと、夜も昼も切に祈っています。」(一テサ3:10)
 どうか、神と主イエスがそちらへ行く道をわたしの前に開いてくれますように。主があなた方を、互いへの愛とすべての人への愛とで満ちあふれさせてくれますように。主イエスが来臨するとき、あなた方の心を強め、神の御前で聖なる、非の打ち所なき者としてくれますように。

 一テサ4:1-12〈神に喜ばれる生活〉
 テサロニケの兄弟たちよ。あなた方はどのようにして歩めば神に喜ばれるか、よく知っています。今後も弛まず歩いてください。
 神の御心はあなた方が聖なる者となることにあります。即ち、──
 「みだらな行いを避け、おのおの汚れのない心と尊敬の念をもって妻と生活するように学ばねばならず、神を知らない異邦人のように情欲におぼれてはならない」(一テサ4:3-5)
 神があなた方やわれらを招くのは、聖なる生活をさせるためであって汚れた生き方をさせるためではありません。従って戒めに背いたり拒むことは、聖霊を与えてくれた神を拒むことに他ならないのです。
 兄弟愛については書く必要がなさそうですね。なぜなら、あなた方はもうそれを、マケドニア州全土の兄弟たちに実践しているからです。これからも精励してください。
 「落ち着いた生活をし、自分の仕事に励み、自分の手で働くように努めなさい。そうすれば、外部の人々に対して品位をもって歩み、だれにも迷惑をかけないで済むでしょう。」(一テサ4:11-12)

 わたくしにとって「テサロニケの信徒への手紙 一」の価値は引用した第4章の2つの文言にしかありません。聖書読書を始める前からここには下線を引いて折に触れて読んでいたのです。というのも、自分の理想がここにあるからです。どんな仕事に就いていようと、<人>として貴い者になろうと、これらの文言を金科玉条のように押し戴いてきたのであります。
 が、顧みて果たして実行できているか、と訊かれれば……ううむ、理想へ至る道は険しく、長い、というところでしょうか。でも、この一テサ4の2つの文言が心のなかにある限り、理想とする自分自身、そうして生活にわずかずつでも近附いている、と信じて止まないのであります。



 4月5日、どうやらヘルマン・シェルヘンがウェストミンスター・レーベルに残した膨大な録音からセレクトされたボックス・セットがドイツ・グラモフォンからリリースされたらしい。指揮者シェルヘンの本領発揮といえよう大バッハやマーラーが聴けるのはうれしいのだが、一方でブラームスの第1交響曲やベートーヴェンの<不滅の九>については第9番など一部を欠くのが惜しい。とはいえ、このボックス・セットに収められた過半は1990年代に発売された国内盤を持っているから、その点を咎めるのはやめるとしよう(上から目線なのは承知だ)。
 買うの? んんん、正直、迷っている。シェルヘンがウェストミンスターに録音したバッハ作品にはカンタータ集があって、枚数としては4枚分ぐらいになるはずなのだが、こちらは収録が見送られたようだからなぁ──いったい誰がセレクトしたのか、タワーレコードの告知からは判然としないが、逆にごっそり落としてくれているあたりが潔い。消費者であるこちら側にいわせれば、或る意味で勇断といえるだろう。中途半端な収録なら御免被るケースもあるからね。序でにいえば、新ヴィーン楽派も抜け落ちている。指揮者としての出発点となった作曲家たちの録音を落としたのは解せぬが、まぁいいか。
 4月末にはかつて大幅なカットと終演後の聴衆の応酬が話題となったマーラーの交響曲第5番もAltusから復刻されるそうだ。オーケストラはフランス国立放送管弦楽団。初出時のフランス・ハルモニアムンディ盤と比較して音質の大幅な向上が謳われている点が、予約購入に踏み切らせました。こちらも処分して後悔した音盤だからなぁ、今度は大事にしようッと。同じ日に演奏されたバッハの《フーガの技法》とメシアンの弟子バリフの《角笛と猟犬》も収録される由。こちらは初出ということなので、この2曲だけでも購入理由になるかもね。ならない? そうかなぁ。◆

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第2244日目 〈テサロニケの信徒への手紙・一第1章&第2章1/2:〈挨拶〉、〈主に倣う者〉他with『図書館戦争 THE LAST MISSION』がまだ観られていません!〉 [テサロニケの信徒への手紙 一]

 テサロニケの信徒への手紙・一第1章と第2章1/2です。

 一テサ1:1〈挨拶〉
 わたしパウロと兄弟シルワノとテモテからテサロニケの教会のあなた方へ。恵みと平和が神と主に依ってありますように。

 一テサ1:2-10〈主に倣う者〉
 われらは祈りの度毎にあなた方を思い起こし、神に感謝しています。というのも、──
 「あなたがたが信仰によって働き、愛のために労苦し、また、わたしたちの主イエス・キリストに対する、希望を持って忍耐していることを、わたしたちは絶えず父である神の御前で心に留めているのです。」(一テサ1:3)
 あなた方の町で、われらがどのように働いたかはご承知でしょう。あのとき、あなた方はひどく苦しめられていた。が、聖霊に基づく喜びを以て御言葉を受け入れて、われらに倣い、主に倣い、マケドニアとアカイア両州の信徒たちすべての模範となったのでしたね。あなた方の神への信仰の篤さについては至る所で伝えられています。そこでの信仰に関してわれらが補足したりするようなことはありません。
 なぜならば、かれら自身が広告塔となってわれらのことを言い広めてくれているからです。われらがどのようにあなた方へ迎えられたのか、あなた方が如何にして神に立ち帰り生ける神に仕えるようになったか、どのようにしてあなた方が御子が天から来るその時を待ち望むようになったか、そうした事柄をかれらは言い広めています。
 なお、最後に触れたこの御子こそが、神が死者のなかから復活させた、来たるべき怒りからわれらを救う役を与えられたイエスなのであります。

 一テサ2:1-16〈テサロニケでのパウロの宣教〉
 われらがあなた方の町へ行ったことは決して無意味ではなかった。それどころか神に勇気づけられて、激しい苦難に見舞われつつも、吹きすさぶ逆風に曝されるつつも、神の福音をあなた方へ語ったのでした。
 われらの宣教は不純な動機から為されているわけではない。われらは神によって、福音を宣べ伝えるために選ばれ、その資格を与えられたのです。福音を委ねられていなければ、宣教に努めていたかどうか……。われらは人に喜ばれるためではなく、われらの心を吟味する神に喜ばれるため、この仕事に就いているのです。
 われらは人にへつらったり、口実を設けて掠め盗ったりしませんでした。神が証人です。われらは何人からも人間としての誉れを求めたことがありません。キリストの使徒として権威を主張することができたからです。
 われらはあなた方の間では威丈高にならず、幼な子のようになっていました。キリストの福音ばかりか、自分の命さえ喜んで与えたいと願った程、あなた方を愛したのであります。
 われらは誰にも負担を掛けませんでした。夜も昼も働きながら神の福音を宣べ伝えました。あなた方はわれらの労苦と骨折りを覚えているでしょう。われらが信徒1人1人に対してどれ程敬虔に、正しく、非難されることがないよう振る舞ったか、あなた方が証ししてくれるでしょう。
 「あなたがたが知っているとおり、わたしたちは、父親がその子供に対するように、あなたがた一人一人に呼びかけて、神の御心にそって歩むように励まし、慰め、強く勧めたのでした。御自身の国と栄光にあずからせようと、神はあなたがたを招いておられます。」(一テサ2:11-12)
 絶えることなく神に感謝しているわれら。なぜならば、あなた方は福音を人の口から出た言葉ではなく、神の言葉として聞き、自分たちの内へ受け入れたからであります。事実、それは神の言葉であります。そうして現にあなた方のなかで働いて作用しているものなのであります。
 テサロニケの兄弟たちよ。あなた方はいま、ユダヤの、キリストに結ばれている神の諸教会に倣う者となりました。あなた方もキリスト者となったユダヤ人同様、同胞から苦しめられていたためであります。ユダヤ人たちは預言者とナザレのイエスを殺し、使徒を始めとするキリスト者たちを迫害しました。神の目に正しいと映ることをせず、あらゆる人々に敵対して異邦人も救済されるよう願い語るわれらの宣教を妨げるなど、自分たちの罪を重ねるようなことばかりしています。「神の怒りは余すところなく彼らの上に臨みます。」(一テサ2:16)

 〈挨拶〉に出るシルワノは第2回宣教旅行に於けるパウロの随伴者の1人シラスであります。
 テサロニケ教会に集う信徒たちがどれだけ篤信家揃いで、神の目に正しいと映ることをことごとく行って、そうしてどれだけ敬虔であるかを讃える言葉で始まる本書簡。パウロの神学論が前面に押し出されることとなる後の手紙と異なり、より相手のしあわせを心より願ったパーソナルな傾向を見せる手紙と思い、また人間パウロの真心にあふれたあたたかみのある──血の通った手紙と思います。これはやはり〈パウロ書簡〉のうち最初期に書かれたことが関係しているのかもしれません。
 宣べ伝えたキリストの福音は、テサロニケの信徒たちの模範的な信仰生活を通してマケドニア、アカイア両州のみならずギリシア諸州へ広められてゆく。自分に代わって恵みと平和について異邦人へ語り、説くことのできる存在のあることは、パウロにとってどんなに心強く、喜ばしいことであったでしょう。
 引用した一テサ1:3は後年に書かれる「コリントの信徒への手紙 一」第13章の萌芽といえましょう。信仰によって働き、愛のために労苦し、希望を抱いて忍耐する。信仰、希望、愛。これらが最後まで残るのでありましたね。



 先月末、『図書館戦争 THE LAST MISSION』のBlu-rayを入手しました。タワーレコード・オンラインで予約し、数日後に受け取りました。当然、特典てんこ盛りのプレミアムBOXです。公開に併せて発表された掌編が読める、という<ウリ>がなければプレミアムBOXの購入は見送っていたかもしれないなぁ……。
 受け取った翌日は休みにあたっていたので、さっそくじっくりと鑑賞する予定だった──が、予定はあくまで予定でしかない。あれから1週間が経とうとしているのに、その間に休みを2日もらっていたにもかかわらず、今日に至るも未だ観ていないという事態が継続中。いやぁ、参ったね。マンションを見に行ったり、病院に行ったりしていたせいかな。そういえばお花見して束の間の安息も得られたこともあったっけな(と、遠い目)。
 明日も休みだけれど、予定があるから鑑賞は無理だろう。これまでの経験値に基づく限りなく事実に近い予想である。諦めの境地? うむ、それ以外に言い様がないな。ハンス・ザックスのような諦念の微笑を以てこの憂うべき自称を傍観しようか。が、その次に控えている久しぶりの連休には必ず! と、必要以上に鼻息を荒くして意気込んでいる今夜であります。ただいま4月4日、21時07分……。◆

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第2243日目 〈「テサロニケの信徒への手紙 一」前夜withスタバにいたから午前様。〉 [テサロニケの信徒への手紙 一]

 「(パウロはテサロニケ到着後、ユダヤ人の会堂へ行き、)三回の安息日にわたって聖書を引用して論じ合い、「メシアは必ず苦しみを受け、死者の中から復活することになっていた」と、また、「このメシアはわたしが伝えているイエスである」と説明し、論証した。それで、彼らのうちのある者は信じて、パウロとシラスに従った。神をあがめる多くのギリシア人や、かなりの数のおもだった婦人たちも同じように二人に従った。」(使17:2-4)
 シラスとテモテを随伴者とする第2回宣教旅行の途次、パウロはテサロニケへ立ち寄りました。ここを離れたあとに書き送られた手紙が「テサロニケの信徒への手紙 一」であります。
 本書簡は<パウロ書簡>のうちでも最初期に書かれたと目され、パウロ真筆を疑われない手紙の一つという。執筆時期はおそらく第2回宣教旅行の終盤、その場所はコリントである可能性が高い。宣教旅行は48-52年と推定され、コリントはその終盤に差しかかった頃に滞在した町。パウロはテサロニケの次に行った町ベレアを去る際、宣教が不十分であるのを思うて随伴者シラスとテモテをそこに残した(使17:14)が、かれらはコリントでパウロと合流した(使18:5)。その折の喜びをパウロは本書簡を綴る際、曰く、「ところで、テモテがそちらからわたしたちのもとに今帰ってきて、あなたがたの信仰と愛について、うれしい知らせをもたらしてくれました」(一テサ3:6)と。執筆場所はコリント、年代はコリント滞在時期とされる50-52年頃だろう、と考えるのが無難な様子であります。
 パウロは本書簡で──全5章の短い手紙でなにを、テサロニケ教会の信徒たちへ語らんとしたのでしょう。実はこの点、「フィレモンへの手紙」によく似ています。つまり教会内で起きた諸問題について論じるのではなく、もっと根本的なこと、即ちキリストへの信仰に深く帰依するかれらを喜びとし、感謝し、励ました手紙なのであります。これまで読んだ手紙の大半(たとえば「ローマの信徒への手紙」や「ガラテヤの信徒への手紙」など)は非キリスト者にしてみれば、その情熱の奔流に呑まれて辟易するところもあったのですが、対して本書簡は文章は平易、趣旨は明快なる点がこれまでに読んだ手紙とは明らかに異なり、読んでいてよくわかるという喜びを抱くものであります。まあ、それゆえにやや一本調子の罠に陥ったところはありますが、それについては視界の外に置くと致しましょう。
 パウロは第2回宣教旅行でテサロニケを訪れた際、この地に教会を建てました。ローマ帝国属州マケドニアのテサロニケは当時よりして既に規模の大きな通商と軍事の要衝でありましたが、それは時代を遥かに下った今日に於いても変わりなく、ギリシア第2の都市テッサロニキとして往時の繁栄そのままに在り続けております。
 テサロニケの町はアレクサンドロス3世(アレクサンダー大王)の死後に勃発したディアドコイ戦争(前323-281年)の最中、アンティパトロス朝マケドニアの初代王カッサンドロスによって創建された、と伝えられます(伝前315年頃)。その後、マケドニア地域の支配者は共和政ローマから帝政ローマに、帝国分裂してからは東ローマ帝国、オスマン帝国に移り変わってゆきましたが、いずれの時代にあってもその版図のなかでテサロニケは相応の存在感を示したようであります。
 パウロがテサロニケに教会を建てた意義は頗る重要で、帝都ローマとビザンティウムを結ぶエグナティア街道に面したこの町が真の意味での拠点となって、世界の西側へキリストの福音が流れこんでいったのであります。
 それでは明日から1日1章の原則で、「テサロニケの信徒への手紙 一」を読んでゆきましょう。



 深夜まで営業している職場近くのスターバックスにいます。ついつい長居してしまうのが頭痛のタネなこの店舗、いつも通っている店舗は22時までの営業なのに対して、ここは午前2時が閉店。ゆえ普段以上に原稿を書くための時間を費やしてしまったり、なんとなく本を読んで過ごしてしまうのですね。
 じゅうぶん予想され、大概その通りになる顛末として終電に間に合わなくなり、自宅まで小一時間をかけて徒歩で帰宅する始末です。従って翌日が仕事のときは睡眠不足(自業自得!)で出勤、業務に就くことになる。あまり良い結果を生まないことは重々承知なのだが、それでも原稿書きに最適な環境が整ったこのスタバへ立ち寄ってしまうのだ。
 でも、殆ど時間を気にしないでじっくりと物が書ける場所が家の他にあるというのは、或る意味で自分がとても恵まれた環境にいることの裏返しでもありましょう。いつまでもここにいられればいいのになぁ……。◆

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