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〈ヨハネの手紙・三:〈挨拶〉、〈善を行う者、悪を行う者〉他with「二ヨハ」及び「三ヨハ」読了の挨拶。〉 [ヨハネの手紙・三]

 ヨハネの手紙・三であります。

 三ヨハ1-4〈挨拶〉
 長老のわたしヨハネから愛する子ガイオへ、まことの愛をこめて。
 あなたが真理に歩んでいることは、あなたに会った兄弟たちが一様に伝えてくれます。わたしにはそれがとてもうれしい。わが子らが真理に歩んでいるのを伝え聞く程喜ばしいことはないのですから。

 三ヨハ5-12〈善を行う者、悪を行う者〉
 ガイオ、あなたは誠意を以て兄弟たちへ尽くしてくれています。殊、余所から来て宣教して回る人らに対して。かれら巡回伝道師たちはここエフェソの教会であなたの愛を証ししています。どうぞ神の喜びとなるよう、かれらを次の目的地へ送り出してください。かれらは神の御名のためにこれを行うのであって、報酬が発生しているわけではないのです。
 ところで、あなたの属する教会にはディオトレフェスという者がいて、件の巡回伝道師の受け入れを拒む活動をしている由。それは容認し難い行為です。わたしはそちらへ行った際、かれに会ってそのことを指摘するつもりです。ディオトレフェスは悪意に満ちた言葉を操って自説に同調する者を増やしてゆき、あなたのような心がけの立派な人の行いを邪魔して、かつ教会から追い払い、締め出しています。
 われらはあなたのように働くべきです。そうして、真理のため共に働く者となるべきなのです。
 「愛する者よ、悪いことではなく、善いことを見倣ってください。」(三ヨハ11)
 ご存知と思いますが、善を行う人は神に属する人であり、悪を行う者は神を見たことがない者なのです……。
 この手紙をあなたに届けたデメトリオ──かれについてはあらゆる人が、真理そのものが、われらが、証しします。あなたはその証しが真実であることを知るでしょう。

 三ヨハ13-15〈結びの言葉〉
 書きたいこと、伝えたいことはまだまだありますが、いまは一旦筆を擱きます。手紙ではなく、直にお目にかかって親しく話し合うことを希望します。
 そちらの兄弟1人1人に宜しくお伝えください。あなた方に平和あれ。

 三ヨハ9「わたしは教会に少しばかり書き送りました」とはなにか? 実はこれが「ヨハネの手紙 一」でなかったか、とわたくしは過日に推理しました。ディオトレフェスによってかき乱されて調和の均衡を欠いた教会に書き送られたのが、為すべきを為し、退けるべきは退けよ、という内容の文書だったらば、その最有力候補に「ヨハネの手紙 一」以外なにがあるでしょうか。「一ヨハ」が本書簡に添えられた回状であり、本書簡が「一ヨハ」に添えられた手紙である、というたのはそんな小さな考えからであります。
 ディオトレフェスに寝返った者がどれだけいたかわかりませんが、こうした反旗を翻す集団は中心人物を失うやたちまち分裂してしまうものです。中心人物を失った反対勢力は消滅します。そこに属していた者は、寝返ってからは糾弾の対象とした古巣集団へさも当たり前のように復帰し、表面上は平和を保っておりますが内心は針のムシロ状態でしょう。そうして求心力と影響力をなくしたかつての中心人物は活動の場を他に移して同じことを「正しいこと」と錯覚して繰り返し、見放されたりするのを繰り返すのです。これは政治の世界でお馴染みの光景ですし、学校や会社でも組織集団を人間が構成する以上はけっしてなくならない、おぞましい排他的行為であります。まぁ、いわゆる村八分を画策する、実行する、ということですね。
 さて。
 巡回伝道士たちの仕事はペトロ以下の使徒たちやパウロがしたのと同じものでした。まだキリスト教が伝わっていない地域、伝わっているけれど改宗には至っていない地域を訪ねて諸地方を行脚し、ひたすら言葉を尽くして、心を尽くして、行いを尽くして、キリストの福音を伝えて回る。
 これは時代がずっと下ってもキリスト教会、殊カトリック教会が実施していることであります。室町時代末期に来朝したポルトガル人宣教師フランシスコ・ザビエルが、われらがいちばんよく知る巡回宣教師の末裔です。フィリピンや韓国にもこのような役目を果たした人々がいました。東南アジアのキリスト教布教にはイエズス会が大きな役割を果たしたようであります。また、大航海時代の一方の雄スペインも、たとえば南米インカ帝国を滅ぼした後、植民地化と同時に宣教師を送りこんで現地人の改宗に努めさせたのでした。
 ──仏教やイスラム教の伝播は歴史的にも地理的にも限定的なのに対して、キリスト教のそれは歴史的には古代から現代に至り、地理的には聖書のなかで予言されたように地上全土を覆いました。この伝道の熱意たるや尋常ではありません。余程の使命感があり、継続されて衰えることなき意欲と能力と精神力の持ち主でなければ務まらないでしょう。
 わたくしはときどき思うのですが、キリスト教の伝道が中東からエジプトを経由してアフリカ諸国へ、小アジアを経由してヨーロッパ諸国へ伝わり、大西洋を越えて南北アメリカ大陸に、地球を半周して東南アジアにまで波及した根本にして最大の要因は、勿論ローマ帝国の存在がありますけれど、時代が下っては大航海時代の訪れや、産業革命を背景としたイギリスの世界進出が<鍵>となっているのではないでしょうか。後者でいえば、<日の沈まぬ国>大英帝国の形成は、同時に地上全土へキリスト教が広まってゆく決定的一打になった、と思うのであります。
 西洋史や地図、好きで読み漁る航海史など見ていると、ついそんなことを考えます。ヨーロッパ諸国の外洋進出という視点から改めてキリスト教の広まってゆく過程、歴史を観察すると、これまで思いもかけなかったような物語が見えてくるように思います。

 本日を以て4日にわたった「ヨハネの手紙 二」と「ヨハネの手紙 三」の読書を終わります。この調子なら予定通りの新約聖書読了も果たせそうですが、油断は禁物。「ヨハネの黙示録」が控えている以上はね。
 しかし、まずは3つの「ヨハネの手紙」が終わり、10ヶ月をかけて読んできた書簡群の読了が間近に迫ってきたことを素直に喜ぼう。「歌おう、感電する程の喜びを!」と叫ぶのはまだ早いが、遅かれ早かれその日は訪れる。
 読者諸兄よ、あともう少しのお付き合いを願いたい。いつもありがとう。サンキー・サイ。◆

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〈「ヨハネの手紙 三」前夜〉 [ヨハネの手紙・三]

 既に述べた如く〈公同書簡〉にカテゴライズされるものは特定の宛先を持たない、すくなくとも明記はしていない、という特徴があります。唯一の例外といえるのが今回読む「ヨハネの手紙 三」。どうしてこれが〈公同書簡〉の1つとされるのか、その理由をわたくしは知りません。〈パウロ書簡〉の2つの「テサロニケの信徒への手紙」のように無冠でもよいと思うのですが……。
 本書簡の宛先となったガイオとは、では誰か。新約聖書にその名はここ以外にも出る。1つはパウロの第3回宣教旅行の随伴者(使19:29、同20:4)、もう1つはコリント教会の信徒(ロマ16:23、一コリ1:14)。「使徒行伝」の場合、使19:29では「マケドニア人ガイオ」、同20:4では「デルベのガイオ」と呼ばれ、双方が同一人物だという確たる証拠はありません。新約聖書の時代にはありふれた名前だった由。
 本書簡の受取手は「使徒行伝」に出るガイオなのか、〈パウロ書簡〉に出るガイオなのか。どちらかなのか、否か。それぞれの執筆時期や場所などから考えて、ここは第三のガイオの存在を検討するのがいちばん無難で、正解に近いようであります。
 かれガイオは自分の属する教会の指導者的立場にあった人。信徒を束ねる傍ら、宣教のために旅する人々をもてなし、世話し、施しをすることもあった様子です。この行為はよく知られたことであったらしく、著者ヨハネはガイオの行いを誉め讃えた。そうしてキリスト者は、教会は、真理のためにもガイオのように働かなくてはならない、と自戒のような一言を添えております。
 ヨハネス・シュナイダーの紹介する古伝承に拠れば、本書簡の受取手ガイオは著者でもある使徒ヨハネからベルガモ教会の司教に任ぜられた、とのこと(NTD新約聖書註解『公同書簡』P422 松本武三他訳 NTD新約聖書註解刊行会 1975)。事実無根の伝承なのか、幾許かの史実に立脚しての伝承なのか、定かでありませんけれど、そんな話が出てもおかしくない人物であった、とはいえそうであります。
 が、ガイオの行為を妨害するような振る舞いに出る者が、同じ教会にいました。ディオトレフェスという人物です。かれは指導者になりたがっていた(三ヨハ9)。ゆえにかれが当時その地位になかった、と考えるのは早計に過ぎましょう。もしかすると、既に指導者の1人になっていたかもしれないが、更に上位を、上の立場を狙っていたのかもしれない。一般に「長老」と呼ばれる存在になりたがっていたのかもしれない。本人にインタヴューできない限り、この一文の背景は永遠に不明のままであります。巡回伝道者たちへの世話や施しなど一切する必要はない、と主張し、自分と対立する人(つまりガイオのような存在)を教会から追い出している、というのが、本書簡から読み取れるディオトレフェスの姿です。調和を乱す者、そんな印象を抱きます。
 「ヨハネの手紙 三」はガイオへの称讃とディオトレフェスへの非難によって構成される。この2人が俎上に上る理由は十分に理解できます。片や受取手、片や問題児なのですから。
 それでは、三ヨハ12に名の出るデメトリオとは誰なのか、どうしてここに名が挙がるのか。人物像については未詳ですが、その名に触れる可能性として浮上するのは、かれこそが本書簡をヨハネから託されてガイオに届けたのではあるまいか、ということ。デメトリオが信徒として立派な人物である、と力説しているのは、かれの身元保証の意味もあってのことでありましょう。
 それでは明日、「ヨハネの手紙 三」を読んでゆきましょう。◆

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