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第2645日目 〈更新日変更のお知らせです。〉 [ウォーキング・トーク、シッティング・トーク]

 詳細は追ってご連絡しますが、本書の更新は「1日1章ずつ」から「1週間に2日、1章ずつ」と変更させていただきます。更新タイミングは火曜日と土曜日の、午前2時となります。
 開始早々の変更で申し訳ありませんが、勤務地の関係で毎日の時間を捻出することが困難と判断したため、余裕を持って上記の如くとさせていただくこと、断腸の思いで決定いたしました。
 楽しみにしてくださっている読者諸兄には、まことに相済まなく思うております。ご寛恕くださいませ。
 ──それでは次回更新となる01月19日(土)午前2時に、「マカバイ記 一」第2章でお目に掛かりましょう。◆
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第2644日目 〈マカバイ記 一・第1章:〈アレキサンドロスとその後継者〉、〈アンティオコス・エピファネスの登場〉他with「YouTubeで懐かしの洋楽を聴こう!」の話。〉 [マカバイ記・一(再)]

 マカバイ記・一第1章です。

 一マカ1:1−9〈アレキサンドロスとその後継者〉
 ペルシア帝国の庇護下にあってユダヤは平穏の時を享受していた。たといそれが、はかなくもろい、見せかけだけの平和だったとしても。
 が、オリエント地域とそれを取り巻く世界は、何度目かの大きな転換期を迎えようとしていた。西のギリシアに強大な王が立ち、武力を以て瞬く間に周辺諸国を併合したのだ。王の名はアレキサンドロス、後世ではアレキサンダー大王の名で覚えられる人。
 向かうところ敵なしであった王は、軍を東に、さらに東へ進める。そのたび、版図は拡大していった。ペルシア帝国もギリシアの刃の下に倒れた。アレクサンドロス王の支配は統制の結果、現在のインドにまで及んだが、王はふたたびギリシアの土を踏むことなく異郷の地で没した。
 ギリシア王国は王の跡目争いによって、4つに分裂した。即ち、カッサンドロス朝マケドニアとリュシマコス朝トラキア、プトレマイオス朝エジプト、セレコウス朝シリア、である。うちトラキアは短命に終わり、マケドニアはマカバイ時代のユダヤと交渉と持たない。
 そうして、「地には悪がはびこる」(一マカ1:9)ようになった。

 一マカ1:10−15〈アンティオコス・エピファネスの登場〉
 この時代に最も悪逆な王が現れて、オリエントに暗い影を落とすようになった。民はその王ゆえに恐怖した。
 セレコウス朝シリアの王、アンティオコス4世エピファネス。
 父は先王、アンティオコス3世。元々ローマに人質となっていたのだが、いろいろな経緯があってシリアに帰還し、その後ギリシア人の王朝の第137年、というから前175年にセレコウス朝の新王として即位した。
 この王の御代──実際はそれ以前からであったが、ユダヤの民のなかから律法を離れて近隣の異邦人と積極的に交渉を持つ者たちが現れて、目立ち始めた。かれらは自分たちの考えを、同胞に説いてまわった。その結果、人々はこれを受け容れた。或る者は王の許へ出掛けて行き、異邦人の慣習を採用する許可をもらってきた。
 かれらユダヤの民は異邦人と軛を共にした。割礼の跡を消し、聖なる民から離れ、──悪に自分たちを引き渡したのである。愚かな……。

 一マカ1:16−28〈アンティオコスの遠征と神殿略奪〉
 自国シリアを完全に掌握したと判断するや、アンティオコス4世は次の目標をエジプトに定めた。戦車と象を擁する大部隊と大艦隊を以て陸と海から、エジプト攻略に乗り出したのである。
 エジプトは抵抗した。が、洪水のようにあとからあとから押し寄せて絶えることのないシリアの攻撃の前に、エジプトは無力だった。プトレマイオス朝の王は這々の体で逃げ出し、多くの戦闘員が傷附き、地に倒れた。セレコウス朝の軍隊はエジプト各地の要塞都市をつぎつぎ攻め落とし、欲しいままに略奪を繰り返した。
 エジプトは沈黙した……。
 アンティオコス4世と王の軍隊はイスラエルに転じて、エルサレム入りした。第二神殿にて王は、神殿内外を装飾する数々の品──入り口の金のプレートや垂れ幕、香炉や祭壇など──、数々の貴重な祭具類、隠されていた宝物類を、容赦なく奪った。このようなことの後、王はシリアの王都アンティオキアへ帰っていった。
 ──エルサレムは荒らされ、イスラエルの遠近で嘆きの歌が聞かれるようになった。「花婿は皆、哀歌を口にし/花嫁は婚姻の床で悲嘆に暮れた。/大地もその地に住む者を悼んで揺れ動き/ヤコブの全家は恥辱を身にまとった。」(一マカ1:27−28)

 一マカ1:29−35〈エルサレム再び汚される〉
 あれから2年。アンティオコス4世はふたたびユダヤに目を向け、かの地へ徴税官を派遣した。徴税官が語る、王の欺瞞に満ちた社交的な言葉をユダヤの民はなんの疑いも抱くことなく受け容れられた。ユダヤの民はアンティオコス4世を信頼したのである。
 と、途端に王は本性を剥き出し、エルサレムを襲撃した。多くの民がこのとき、シリア兵の剣の犠牲になり、命を奪われ、辛うじて生き残った者は家族を失くした。そうして家々から略奪が始まり、繰り返された。
 それらが一通り済むと王は、エルサレム全域に火を放ち、逃げ延びた者あらば捕虜とした。またネヘミヤの時代に完成した城壁を徹底的に破壊したあと、堅固な塔を幾つも備えた巨大で強固な城壁を巡らせたのだった。その塔には「罪深い異邦人と律法に背く者どもを配置し」(一マカ1:34)、そこにはたくさんの食糧や武器が備蓄された。かれらの存在はユダヤ人にとって「大いなる罠」(一マカ1:35)になった──「要塞は、聖所に対する罠となり、/イスラエルに対する邪悪な敵となった。」(一マカ1:38)

 一マカ1:36−40〈都を嘆く歌〉
 ……聖所は汚され、都の住人は殺され、或いは逃げ……「かつての栄光に代わって、不名誉が満ちあふれ、/エルサレムの尊厳は、悲しみに変わった。」(一マカ1:40)

 一マカ1:41−64〈アンティオコスのユダヤ教迫害〉
 シリア領内の諸民族は自分たちの慣習を捨てて、1つの共同体とならねばならない──アンティオコス4世の勅令に、ユダヤの民のうち多くの者が従った。そのためかれらは自ら律法を汚す者となった。
 続いて発布された王の、ユダヤ地方のユダヤ人に対する、無理強いとも取れる勅令の内容は、以下のようなものだった。曰く、──
 一、他国人の慣習に従い、聖所での焼き尽くす献げ物やいけにえ、ぶどう酒の献げ物はすべて廃止せよ。
 一、異教の祭壇を築き、神域や像を造り、律法が禁じる不浄な動物を献げ物としてささげよ。
 一、聖所と聖なる人々を犯し、安息日を汚せ。
 一、これまで男児に施していた割礼を今後行うことを、いっさい禁ずる。
 一、ありとあらゆる不浄で身も心も汚して、自らを忌むべき者とせよ。
──要するに、ユダヤの民が律法から離れることを奨励したのだ。否、律法から離れて二度とイスラエルの神の目に正しいと映ることのない罪を自ら犯して不浄の者となれ、というのである。そうしてそれに違反した者は、ことごとく処刑されることも決められており。
 いまやユダヤ人は王の勅令に背く者がいないか、互いに互いを監視し合うようになった。また、ユダヤ各地にシリアの監督官が送りこまれて、勅命の履行が徹底させられた。
 ギリシア人の王朝の第145年、というから前168年のキスレウの月の15日。アンティオコス4世は築かれた異教の祭壇の上に、<憎むべき破壊者>の像を立てた。エルサレム周辺の町でも異教の祭壇がその日は築かれ、家々の戸口や大路では香が焚かれた。また律法の巻物は破られ裂かれて、火にくべられた。
 同じ月の25日、主の祭壇の上に築かれた異教の祭壇では律法によって禁じられている献げ物が、ささげられたのであった。
 律法から離れたユダヤ人も多いなかで、しかし律法に定められた生活と慣習を守る人々もいた。が、かれらの暮らしは常に不安や怯えと背中合わせだった(異文:しかしかれらは常に不安と怯えを抱えて生きていた)。
 息子に割礼を施した母親は殺され、子供は母親の首から吊された。のみならず母親の親族郎党に至るまでこれことごとく殺されたのだった。
 また契約の書を隠し持っていること、律法に適った生活や慣習を守っていることがバレると、裁かれて殺された。
 ……敬虔なユダヤ人にとって、生きにくい時代になった。かれらは隠れ場を見附けるとそこへ身を隠し、先祖の神の目に正しいと映ることをして暮らした。
 悪なる同胞が正しい同胞を罪人として告発する時代だった。が、敬虔なユダヤ人は律法に背くことを良しとしなかった。そのために殺されるならば、潔く死を選んだのである。
 多くのユダヤ人が悪に染まり、道から外れる行為に耽った。「こうしてイスラエルは神の大いなる激しい怒りの下に置かれたのである。」(一マカ1:64)

 マカバイ戦争は独立戦争でした。セレコウス朝シリアの圧政、それは民族のアイデンティティを根こそぎ奪うものだったがゆえに却ってナショナリズムの高揚とユダヤ人の結束を生み、そのうねりがひとつの波となってシリアに「否」を叩きつけた。それが、マカバイ戦争であります。
 アレキサンドロス王の東征がシリア・パレスティナ、総じてオリエント社会の均衡を崩して静穏を崩した。中央集権国家であったギリシアが王を失ったあと分裂するのは自明の理。その結果、エジプトとシリアという2強が互いに覇をなお競いながら、一方で周辺国家を滅ぼして併合した。
 正直なところ、「マカバイ記 一」や諸資料を読んでみてもアンティオコス4世がユダヤに固執した本心が見えてこないのですけれど、おそらくは対エジプトを視野に入れた際の地理的軍事的要衝であり、かつユダヤの一神教と宗教生活を規定する律法の存在を理解できなかったから、まるで目の上のタンコブを取り除くにも似た行動に出たのかな、と考えております。人は自分の理解できないものを本能的に排除する傾向がありますからね、洋の東西、時間の古今を問わずに。
 そんなアンティオコスの締めつけがだんだんと厳しくなるに従って、敬虔なるユダヤ人の信仰は頑なになっていったのではないでしょうか──迫害が信仰と想いを強くするのは、隠れキリシタンの例でも明らかであります──。
 迫害がどれだけ強くなろうとも、父祖の信仰は捨てない。こうした想いが醸造されていって臨界を迎えたとき、時流に乗ってマカバイ家がいちばん大きく反シリアの狼煙をあげた。どこにも記録や報告の残らない反シリアの運動は、ユダヤの各地にあったのでは? そのなかでマカバイ家が特にクローズアップされたのは歴史の結果(ハスモン朝の樹立=ユダヤ独立)ゆえで巣が、きっと名も伝えられぬ小さな<マカバイ家>は多くあったはず。どの家が立ちあがったとしても、きっとこの時代には宗主国に対する独立戦争は起こっていたことでありましょうね。



 いまLos Del Río「Macarena (Bayside Boys Remix)」を聴いているんだけれど、ここしばらく「YouTubeで懐かしの洋楽を聴こう!」シリーズを更新していないことを思い出した。最後にお披露目したのは、Bryan Ferryだったかな、それともDavid Bowie? まぁ、いいや(え!?)。
 ネタはあるのに、腰をあげないのは常なれど、こうも間隔が開くとさすがに気懸かりになってくる。ブックマークしているページは多数あるから、その気に“さえ”なればさっさと書けるはずなんだけど……そうはいかないのが世の常、人の常、いわゆる身に染みついた怠惰って奴ダヨネッ!
 しかしながら中途で放り出した原稿も2つか3つはあるから、それだけはなんとか仕上げておかないとな。ちなみにGO-GO’SとTHE Beach Boysなんだけれどね。さて、これらのお披露目は実際の話、いつになるんでしょうね……と、他人事のように嘯いてみたところで本稿、お開き。◆
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第2643日目 〈「マカバイ記 一」前夜〉 [マカバイ記・一(再)]

 旧約聖書の時代はネヘミヤとエズラの時代、即ち前400年頃を以て終わりを告げました。新約聖書の時代はヘロデ大王の御代、ガリラヤ地方の小さな恋人たちを見舞った奇蹟から始まっています。その間に横たわるのは、約360年という長い長い時間の隔たり。
 ……約360年……これが旧約聖書と新約聖書を分かつ<空白の時間>。<空白>ではあってもペルシア帝国の庇護下でユダヤの人々の営みは常に代わること続き、喜怒哀楽のなかで歴史は次の世代に引き継がれていった。
 が、シリア・パレスティナの外で世界は大きく変貌していました。ユダヤもその動きと無縁でいることはできなかった。そんな外圧をまともに浴びたとき、ユダヤはどのように揺れ、民はどのように立ち振る舞ったか──旧約聖書続編に収まる「マカバイ記 一」が語るのは、ユダヤが地中海世界の群雄割拠に呑みこまれたとき、ユダヤ人がどのような信念の下に邪知暴虐の為政者に戦いを挑み、民族独立を果たしたのか、であります。
 先走りすぎたようです、落ち着きましょう。
 ──捕囚解放されて荒廃したユダの地、廃都エルサレムへ帰還した者たちは、ゼルバベルやイエシュア、ネヘミヤやエズラの指導の下、周囲の異邦人からのちょっかいを退けながら、町を整備し生活を建て直し、城壁を修理して神殿を再建した。
 父祖の地での暮らしは、平穏に営まれて日は過ぎてゆく。が、庇護者たるペルシア帝国は東征を図るマケドニア王の前にあえなく滅び、その後はマケドニアの後継国家が代わってユダヤを支配した。セレコウス朝シリア──そこから悪の元凶、アンティオコス4世エピファネスが立ってユダヤ人の宗教を汚し、ヘレニズム化を強行したのでした。
 その邪知暴虐に抗う勢力のうち最大にして敵方に最も恐れられたのが、マカバイ家(ハスモン家)であります。エルサレム北西約30キロの位置にある町モデイン出身のかれらは、反セレコウス朝の狼煙をあげて破竹の勢いでシリア軍を撃破、苦しむ同胞を解放して、遂にエルサレム奪還を果たしてソロモンの第二神殿を奉献。その後もユダ・マカバイを指導者/司令官としてユダヤ全土の勢力を結集、時にローマやスパルタと結んでシリアと戦い続けてこれを退けたのでした。
 マカバイ家4人目の指導者シモンの代で、ユダヤは完全に外国の支配下から脱する。じつに南王国ユダの滅亡(前587年乃至は586年)から約145年後、ユダヤ人国家ハスモン朝として独立したのであります。そうして前142年、セレコウス朝シリアのデメトリオス2世はユダヤの独立を承認。斯くしてシモンはハスモン朝最初の王位に就き、同時に大祭司職に就いたのです(一マカ13:41、14:35、同38)。
 「マカバイ記 一」はギリシア人の王朝の第177年、ハスモン朝シモンの第7年、即ち前134年の記事で終わる。その年、ユダヤ人アブボスの子プトレマイオスがマカバイ家4人目の指導者シモンを謀殺し、またシモンの子ヨハネの殺害未遂という大きな事件がありました。このヨハネ(・ヒルカノス)の御代の概略がとても素っ気なく述べられて、「マカバイ記 一」大尾。
 本書は民族解放の物語であり、また抵抗の記録でもありますが、一方でプロパガンダ文書の性格を持つともいわれます。それはおそらく、シモンの王位就任と大祭司職への任命に疑問の声が絶えなかったことも起因していましょう。
 といいますのも、王位に就くのはダビデの家系、大祭司職に就くのはレビ族アロンの家系、てふ暗黙の了解──共通認識、というてよいかも──があったからです。大祭司職にかんしては律法が定めるところでもありました。マタティアの家系は所詮地方の、よくて一豪族に過ぎません。脳筋ならぬ戦筋であります。
 ダビデの家系にもレビ族アロンの家系にも属さぬマカバイ家の高位職就任に、本道を知る民が不適格と思うのも無理からぬことでありました。誰の目にも不満と映ったことでありましょう。独立運動の勇士であるのは認めるけれど、だからというて国家の最重要職に就いて良いわけではない、というところであります。
 「マカバイ記 一」はそんな不平分子の声を平らげるためにも、プロパガンダの性質を備える必要のあった書物のようにも、わたくしには読めるのです。就中第14章、イスラエルの自由が取り戻された記念にシオンの丘へ建てられた石碑の文面、その一節には注目してよいように思います、──
 「『民であれ祭司であれ、何人といえどもこれらのうちのいずれかを拒否したり、シモンの命令に反抗したり、彼の許可なしに国内で集会を催したり、紫の衣をまとったり、黄金の留め金をつけたりすることは、許されない。これらに違反したり、そのいずれかを拒否したりする者は罰せられる。』/民全体は、これらの決議に従って、シモンに権限を与えることをよしとした。シモンはこれに同意し、大祭司職に就くこと、また総司令官となって、祭司たちを含むユダヤ民族の統治者となり、陣頭に立つことを快く承諾した。」(一マカ14:44−47)
 ハスモン家の、民の不満の声の塗り潰しに奔走して右往左往する様が透かし見えて、滑稽ですらあります。
 シモンの在位は前143−134年、ヨハネ・ヒルカノスの在位は前134−104年──ヨハネの御代の出来事の記事がないに等しいこと、また、かれの事績の統括がない点から、本書の成立を前100年前後とする説が今日では、有力なようであります。
 著者の手掛かりは皆無というてよいが、本書を通じてマカバイ家/ハスモン家の人々の事績(王と祭司職への就任という、これまでのイスラエル/ユダヤではあり得ぬ暴挙に出ていながらなお)について好意的なことから、サドカイ派もしくはそこに近い人々のなかに著者を求められるように思えます。一方でこの人物(著者と想定できる人物)はユダヤの地理やシリア・パレスティナを中心とするオリエント・地中海世界の動向に比較的明るいことから、得られた情報を検討・分析してまとめあげられる立場にいるか、そうした人物に近いところにいる存在であることも、併せて想像できるのであります。
 その執筆地は、まるで見当が付かない。エルサレムなのか、シリアの首都アンティオキアなのか、地中海を臨む大都市アレキサンドリアなのか、或いは小アジアなのかギリシアなのか、はたまたローマなのか……未詳である。
 ──それでは明日から1日1章の原則(変更の予定、大いにあり)で、「マカバイ記 一」をふたたび読んでゆきましょう。いやぁ、それにしてもあれから何年も経っているのにまた、この一文が書けるなんてね!?◆
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第2642日目 〈サロメとヨカナーンについて語るとき、文オタ・オペ好き・非キリスト者のぼくが語ること。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 「ヨカナーンの首を欲しうございます」と、王女サロメはいった──。
 ご存知、戯曲『サロメ』のクライマックスであります。捕らえられたヨカナーンに心奪われたサロメ。想いを拒まれた彼女が父王へねだった贈り物、それが洗礼者ヨハネの首でありました。
 『サロメ』の作者はオスカー・ワイルド。イギリス世紀末のデカダンを代表する文学者です。暖色に耽って投獄されたり、貴族のような面立ちも手伝って巷間を騒がせることたびたびな人物でしたが、著した作品は幅広いジャンルにわたり、その多くがいまでも読み継がれていることは、おそらく読者諸兄にも周知の事実でありましょう。
 たとえば、小説だと『ウィンダミア卿夫人の扇』や『ドリアン・グレイの肖像』、戯曲にはこの『サロメ』以外にも『真面目が肝心』、童話はおなじみ『幸福な王子』や『漁師とその魂』などがあります。日本では古くから多くの人によって翻訳されてきました。21世紀の現在でも新たな翻訳が生まれています。ワイルド作品はこんにちでも──やや偏りがあることは否めませんが──新刊書店の棚の定番であり、また古本屋の棚でも常連然としております。
 閑話休題。
 ワイルドは『サロメ』をフランス語で執筆しました。これを英語に訳したのがイギリス/イングランド出身の詩人・作家でワイルドの同性の恋人だったアルフレッド・ダグラス卿。もっとも、この英訳にワイルド自身は不満を覚えていたようで、後に自ら修正の筆を入れております。
 『サロメ』の翻訳にはもう1つ、極めて有名なものがある。それが当時のドイツ、現在のポーランドに生まれた詩人・翻訳家のヘートヴィヒ・ラハマンによるドイツ語版。どうして「極めて有名」と申しあげたかというと、ワイルドの戯曲よりもはるかに江湖に知られ、かつ舞台で上演される回数の圧倒的に多い、と或る舞台芸術作品の生まれる原動力となったからなのです。
 それがドイツの作曲家、リヒャルト・シュトラウスの楽劇《サロメ》であります。
 管弦楽書法に於いてワーグナーの後継を恃むシュトラウスは最初、オーストリアはウィーンの詩人、アントン・リントナーから台本を手供されていたが、どうにも曲を付ける気にならない。そこでワイルドの原作をいじくったリントンの台本ではなく、原作のドイツ語訳を台本に用いて(一部削った箇所もあるとはいえ)作曲の筆を進める。斯くして一幕物のオペラとして産声をあげた《サロメ》は1905年、シュトラウス作品にゆかりあるドレスデンにて初演されました。評判は上々──というよりも、背徳的かつ退廃的、そうして原作自体が持つ拭いがたきエロスゆえに一大センセーションを巻き起こしたとのことです。たぶんこのエロティシズム絡みの話題は、単独で演奏されることも多い終幕の〈7つのヴェールの踊り〉に拠ると思うのですが、どうだったのでしょう。〈7つのヴェールの踊り〉は録音を聴くだけでも濃厚で官能的な、或る面で《サロメ》という作品の特質を象徴する音楽でもありますから、初演当時これに接した人々は果たしてどのような想いを抱き、考え、論じ、肯定否定それぞれに別れたのでありましょう? つくづくタイム・マシンのない時代に生まれたことを残念に思うことであります。
 《サロメ》の録音は数多く存在するけれど、やはりわたくしにはシノーポリ=ベルリン・ドイツ・オペラ=シェリル・ステューダー盤とカラヤン=ベルリン・フィル=ヒルデガルト・ベーレンス盤の2種類の録音が双璧だ。前者が理知的で冷徹な《サロメ》としたら、後者は激情と叙情と官能が巧みに調和したそれであります。どちらも甲乙付け難い、いまなお最強の《サロメ》。生きているうちにこれらを完全に払拭させて、CD棚の奥に定年退職願うまでにさせるレコードが現れるのかなぁ……。
 さて、今度はサロメの話をしましょう。『サロメ』でも《サロメ》でもなく、サロメの話。ワイルド描くサロメ王女の典拠のお話です。
 サロメもヨカナーンもワイルドの創造物にあらず。また、本稿冒頭のサロメの台詞もワイルドの天才がゼロから書かせたものではない、というてよいかもしれません。サロメもヨカナーンも、そこにいる──どこか? 新約聖書のなかに、共観福音書のなかに、かれらはいる。サロメはヘロデ王の娘として、ヨカナーンは洗礼者(バプテスマ)ヨハネとして、共観福音書のなかにいた。
 ナザレのイエスが弟子を集めて伝道を始める前、既にガリラヤ地方には「悔い改めよ。天の国は近づいた」(マタ3:2)と宣べ伝える者がありました。それが洗礼者ヨハネであります。かれは人々に水で洗礼を施していましたが、常に自分は地均し的存在でしかない、というておりました。「マタイによる福音書」に曰く、──
 「わたしは、悔い改めに導くために、あなたたちに水で洗礼を授けているが、わたしの後から来る方は、わたしよりも優れておられる。わたしは、その履物をお脱がせする値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。」(マタ3:11)
 この直後にイエスがふらり、とやって来て、ヨハネと洗礼問答をするのですが、ここでは省きます。
 イエスとヨハネの邂逅はこのとき1度きりだった様子。というのもその後ヨハネは、ヘロデ大王の子でガリラヤとペレアの領主、ヘロデ・アンティバスに捕らえられて死海東岸の要塞マカエロス(マケロス)へ幽閉されたから(マタ4:12)。もっとも、幽閉中であっても自分の弟子を通じてイエスとの間接的接触はあったようです(マタ11:2-6、ルカ7:18-23)。
 そもヨハネが捕らえられたのは、ヘロデ・アンティバスが自分の兄妹の妻ヘロディアを娶ったことを批判したため、といわれております。それは律法が許していることではない、というのが、ヨハネの言い分でした(マコ6:17-18、マタ14:3-4)。これに夫婦ともども立腹したことが、ヨハネ逮捕・幽閉につながってゆく。そうして結局ヨハネは、ふたたび外の世界を歩くことなく、剣の下に露となって果てたのでありました。
 サロメがヨハネの首を所望するエピソードは、共観福音書のうちマタ14:6-11とマコ6:21-28に記されています。
 ヘロデ・アンティバスは自分の誕生日の余興で立派な踊りをおどったヘロディアの連れ子、サロメに褒美を与えようといいました。そのとき彼女が求めたものこそ、洗礼者ヨハネの首だったのであります。たいそう心を痛めながらもヘロデは臣下へ命じてヨハネを斬首に処し、この狂気の贈り物をサロメに渡しました。
 ──ワイルドの戯曲、シュトラウスのオペラにはこのあと、サロメがヨハネ(ヨカナーン)の唇に口づけして倒錯した恋心を語り、その様子に恐慌を来したヘロデがサロメ殺害を命令するのですが、共観福音書にそんな記述は勿論、ありません。こここそがワイルドの天才が存分に発揮された部分である、とわたくしは信じて疑いません。
 このヨハネ処刑は紀元28年頃(イエス磔刑の2年前)の出来事とされます(佐藤研『聖書時代史 新訳編』P39 岩波現代文庫)。
 ここで注目すべきは、福音書に於けるヨハネ処刑の経緯が、回想形式をとっていることでありましょう。即ちイエスの活動・奇蹟の数々が耳に入ってくるようになると、ヘロデ・アンティバスは自分がかつて斬首を命じたヨハネが生き返ったのだ、とそう思うてしまったわけです(マタ14:1-2、マコ6:14-16、ルカ9:7-9)。はい、回想スタート(以下略)。
 が、実際のところはそうでなかったようだ。ヘロデにヨハネを思い出させたのはイエスの評判ではなく、しかも死したるヨハネをヘロデに結び付けたのは、紀元36年頃にあった対ナバテア王国戦での敗北だったといいます(佐藤前掲書P23、P56)。
 戦争の陰に女あり、で、当時既に妻帯していたヘロデ・アンティバスだが兄妹の嫁ヘロディアをわが妻とせんがため、それまでの妻を離縁しました。が、その離縁させられた女の実家が実家だけに、この欲望だらけの行為はヘロデ王に手酷い代償を支払わせる結果となりました。
 ヘロデが離縁した女の実家は隣国ナバテア──聖書でナバテア人はアラビア人とも書かれる。ナバテアは死海の東と南に広がる国だ──にあった。そうして父親は、王アレタス4世(在前9〜後39年)だった。この、ナバテア国との間に勃発した戦争については、わたくしもいつか短いエッセイを書きたいと思うております。
 新約聖書の時代を考えるに必須な文献の1つが、フラティウス・ヨセフスが著した『ユダヤ戦記』と『ユダヤ古代誌』であります。ヨセフスはエルサレムの祭司の家系に生まれた、マカバイ家・ハスモン王朝の流れを汲む人。生年は37年頃と伝えられる。第1次ユダヤ戦争ではユダヤ軍の指揮艦で会ったがローマ軍に投稿して、エルサレム陥落を目の当たりにした。その後は帝政ローマの幕僚として生き、前述の2大著を書きあげて100年頃に没したといわれます。
 ヘロデとナバテアの戦争はヨセフスが生まれて間もない時分の出来事、そうして共観福音書の成立(諸説あれどだいたい60年代後半から100年までの間に成立)とヨセフスの後半生はほぼ重なるというのが面白い。このヨセフスが報告するところですが、ヘロデ敗北を多くのユダヤ人が洗礼者ヨハネの処刑と結び付けて考えていたようです(佐藤前掲書P56)。
 また、共観福音書にヨハネの首を所望した王女の名前は、じつは記されていない。にもかかわらずこれをサロメとするのは、ヨセフスの『ユダヤ古代誌』第18章5節の記述に基づいている。そこではヨセフ処刑はヘロデ王自身の判断とされるが、王の妻子について書かれた部分にサロメの名前が登場する。『ユダヤ古代誌』に於けるサロメと共観福音書が伝える王女の記事に一致点が見られることから、かの王女をサロメという名で後世は伝えたのでありました。
 ──西洋の文芸作品の、汲めども尽きぬ創造の源泉の1つが聖書であることは間違いありません。今回のワイルドとシュトラウスについても、例外ではありませんでした。
 共観福音書の記事だけでもじゅうぶんにドラマティックなものを、ワイルドの天才はさらに深みを加えて劇的なものとし、いちど知ったらもう忘れることのできないような強烈なキャラクターと台詞を紙の上に叩きつけて、後の世のわれらに残してくれました。サンキー・サイ。
 もしかすると、ワイルドの『サロメ』/シュトラウスの《サロメ》は、バッハの受難曲やカンタータと同じぐらい、聖書の世界へ皆さんをお招きするのに格好の作品といえるかもしれません。よろしければワイルドの『サロメ』/シュトラウスの《サロメ》に触れてみてください。きっと或る種の法悦を感じ取っていただけると思います。◆
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第2641日目 〈MYDY作戦、発動! ダニ第10章-第12章編with題名の由来、解答編。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 ダニエル書第10章から第12章です。

 第10章(全21節)
 ペルシア王キュロスの御代の第3年。大河ティグリスの畔にて3週間の嘆きの祈りをささげるダニを見舞った、幻と、天使の言葉。
 天使の言葉:イスラエル/ユダヤの上に降りかかるであろう種々の出来事を、幻に託してお前に見せる。について、わたしはお前に幻を見せる。よく理解せよ。
 その、人の子のような姿の者が、ともすれば恐ろしさに打ちひしがれ、萎えて崩れ落ちそうになるわたしダニエルを力づけてくれた。かれはこういったのだ、「恐れることはない。愛されている者よ。平和を取り戻し、しっかりしなさい」(ダニ10:19)と。
 そうしてかれは、わたくしに斯く語りかける、──

 第11章(全45節)
 遠くない時代にペルシアの前に3人の王が立ち、続く第4の王は力を恃みにギリシアへ挑む。が、かの地を統べる勇壮なる王の剣の下にあえなく潰え、代わってかの王が大海の東に広がる広漠たる大地を支配する。しかしかの王は東征中に野望なかばで病に倒れ、空しくなる。ギリシアは王亡きあと4つに分裂する。
 初めは南の王が強く、栄華を誇った。が、その間に北の王が力を蓄え、いつしか南を凌ぐ権力を揮うようになる。やがて南の国と北の国は相争うけれど、和睦して、南の王の娘が北の王に嫁いで友好を結ぶ。しかしそれも束の間。さまざまな謀略と裏切りが両国を戦争に駆りたててゆく──それは講和の糸口さえ見出すことが出来ぬまま、どんどんと泥沼化してゆく。
 すると、そこに1つの新たな勢力が立ちあがる。ダニエルよ、お前の民のなかから暴力を是とする集団が出て、平和を乱す南の国と北の国へ立ち向かうのだ。しかし、かれらは敗北する。北の王が<麗しの地>に入り、支配する。かれは自分の国と南の国の併合を目論むが失敗する。そうして北の王は死に、かれに代わって──
 代わって、卑しむべき者、忌むべき者が甘言を弄し、策を巡らせて王位に就く。かれの洪水の如き勢いと規模の軍隊に諸国の民は呑まれ、苦しむことだろう。が、しかし、契約の民のなかからこれに抗う希望が現れる、──
 「彼は軍隊を派遣して、砦すなわち聖所を汚し、日ごとの供え物を廃止し、憎むべき荒廃をもたらすものを立てる。契約に逆らう者を甘言によって棄教させるが、自分の神を知る民は確固として行動する。民の目覚めた人々は多くの者を導くが、ある期間、剣にかかり、火刑に処され、捕らわれ、略奪されて倒される。」(ダニ11:31-33)
 王は欲しいままに振る舞い、驕り高ぶり、どのような神にもまして自分は貴くかつ高い存在であると自惚れる。「すべての神にまさる神に向かって恐るべきことを口にし、怒りの時が終わるまで栄え続ける。定められたことは実現されなければならないからである。」(ダニ11:36)
 そうして<終わりの始まり>が始まった。
 南の王が戦端を開く。北の王はこれをたやすく撃破する。北の侵攻はとどまることを知らず、遂に<麗しの地>を占領し、<聖なる山>に自らの天幕を張った。しかし、それはダニエルよ、永久に続くものではない。その行為は北の王の、<終わりの始まり>を告げるもの。この王を助ける者は、どこにもいない。

 第12章(全13節)
 北の王の終わる時が来る。そのとき、大天使ミカエルが立つ。立って、ダニエルよ、お前の民のその子らを守護する。しかし、ミカエルの立つまでお前の民の苦難は続くだろう。その苦難はおそらくこれまでお前の民が経験したことのないような、熾烈で、過酷で、絶望のすぐ手前にいるに等しい困難であろう。これまでお前の民が経験した何事よりもはるかに辛く、絶望的で、果たして救いや希望がわれらの未来にあるのだろうか、否ありようはずはない、と諦めてしまう程の困難であろう。
 が、大天使ミカエルが立つその時、お前の民イスラエル/ユダヤは救われる。
 「多くの者が地の塵の中の眠りから目覚める。/ある者は永遠の命に入り/ある者は永久に続く恥と憎悪の的となる。/目覚めた人々は大空の光のように輝き/多くの者の救いとなった人々は/とこしえに星と輝く。」(ダニ12:2-3)
 ダニエルよ、お前はこれらのことを誰に聞かせるまでもなく、自分の内に秘めておくようにしなさい。これを知ったらきっと多くの者が、動揺するだろうから。
 ──大河ティグリスの畔でわたしダニエルは、麻の衣に金の腰帯という装いの人を見つめ続けていた。すると更に2人、ティグリスのこちらの岸とあちらの岸に立っているのを見た。
 内1人が麻の衣の人に問うた。この苦難はいつまで続くのか?
 麻の衣の人が答えて曰く、「一時期、二時期、そして半時期たって聖なる民の力が全く砕かれると、これらのことはすべて成就する」(ダニ12:7)と。
 なにがなにやらさっぱりわからぬわたしは、おそるおそる訊ねたのだった。主よ、これらのことの終わりはいったいどうなるのでしょうか?
 麻の衣の人の曰く、「ダニよ、もう行きなさい。終わりの時までこれらの事は秘められ、封じられている。多くの者は清められ、白くされ、練られる。逆らう者はなお逆らう。逆らう者はだれも悟らないが、目覚めた人は悟る。日ごとの供え物が廃止され、憎むべき荒廃をもたらすものが立てられてから、千二百九十日が定められている。待ち望んでお前の道を行き、憩いに入りなさい。時の終わりにあたり、お前に定められている運命に従って、お前は立ちあがるであろう」(ダニ12:9-13)と。
 
 【ぼくから、一言】
 ○本日に限り、コメントというか感想というか、まぁそんな事は章ごとではなくまとめてお届け。そんなこと、どうでもいい、って? なに仰っているのかさっぱりわかりません(呵々)。
 ○エルサレムを擁すシリア・パレスティナ、オリエント/地中海世界に風雲急が告げられる。ダニエルが3週間にわたる嘆きの祈りをささげる間、視た(視させられた?)幻は、これまでの幻よりもずっと具体的かつ詳細で、それゆえに現実感を伴う内容だった。栄枯盛衰の果てにペルシアとギリシアはその地方の地図から消え、南の王と北の王が諍い、争い、一進一退を繰り返し、リビアとクシュは北の王の軍隊に呑まれた。<忌むべき王>を新たに戴いた北の国はシリア・パレスティナを占領して、完全なる支配下に置いた。
 ○これを即ちマカバイ戦争前史と呼ぶことに障りはあるまい。これまでの幻と異なり、現実世界の出来事はダニエルが視た幻をなぞるようにして発生してゆく。ペルシア語やアラビア語で“イスカンダル”と呼ばれるアレクサンドロス大王が版図拡大に勤しむ最中に倒れて内紛(ディアドコイ戦争)が勃発、最終的に3つの王朝が鼎立してプトレマイオス朝エジプトとセレコウス朝シリアが激しく対立。やがて現れたセレコウス朝シリアの王、アンティオコス4世エピファネスが暴虐を欲しいままにしてユダヤ民族を迫害するわけで……。マカバイ家の者たちが反乱軍を組織して抵抗を始めるのは、このあとのお話である。
 ○勿論、これは──この幻はバビロン捕囚期に呈示された未来の光景ではない。既に起こった出来事の数々を、あたかもこれから実現する事柄のように──古人が視た未来の予告に仮託して綴られたものである。
 「ダニエル書」が前164年頃、つまりマカバイ戦争が1つの転機を迎えた頃に書かれたのは、あまりに卑劣、あまりに非道な為政者への抵抗が、民族回復──ユダヤ人の生活や尊厳、信仰や祭儀などをすべて引っくるめたアイデンティティを回復させるための、理に適った必然の行動、義に満ちた行為であることを江湖に知らしめ、信じさせるためであった。為、「ダニエル書」を一種のプロパガンダ文書と呼ぶ研究者もあるが、じつに首肯させられることである。
 幻の内容が終章に近附くにつれて具体的かつ詳細になり、現実と大差ないないようになってゆくのは、「ダニエル書」の著者(たち)が自ら経験した出来事をやや曖昧にして書いているからに他ならない。
 ○前164年とは、ユダ・マカバイたちがエルサレムに入り、荒廃した神殿を奉献したその年である。そうしてアンティオコス4世の死についてなにも触れていないことから、「ダニエル書」の執筆年代が相当絞りこめるのだった。

 以上を以て「ダニエル書」レジュメ(再び。汝、レジュメの意味を定義せよ)を終わります。明日はインターヴァルとしてサロメについて触れ(この流れに特に意味はありません)、いよいよ「マカバイ記 一」の読書を始めてゆきましょう。



 題名の由来でしたね。「MYDY作戦」とはなにか──察しのよい方もおられるようだが、なんのことはない、「マカバイ記を読む前にダニエル書を読むよ!」の略。『夜は短し、歩けよ乙女』の「ナカメ作戦」に敬意を表しての命名であることは、いうまでもない。
 どうか物を投げたりなさらぬよう、お願い申しあげる。◆
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第2640日目 〈MYDY作戦、発動! ダニ第7章-第9章編withつぶやき・なう:マイ・フェイヴァリット・ブラームス〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 ダニエル書第7章から第9章です。

 第7章(全28節)
 バビロン王ベルシャツァルの御代の元年。ダニエルは夢を見た。こういうものだった、──
 荒れる海のなかから4頭の獣がつぎつぎ現れて、恐怖をまき散らした。殊第4の獣は大きく強く、抗う者を鉄の歯で砕き、また足で踏み潰した。
 この獣には10本の角があり、また新たに小さな角が生えてき、10本のうち3本はそのために抜け落ちてしまった。その小さな角には口があり、尊大なことを語るのだった。なおもダニエルがその幻を見ていると、──
 「見よ、「人の子」のような者が天の雲に乗り/「日の老いたる者」の前に来て、そのもとに進み/権威、威光、王権を受けた。/諸国、諸族、諸言語の民は皆、彼に仕え/彼の支配はとこしえに続き/その統治は滅びることがない。」(ダニ7:13-14)
 不安になったダニエルは、そばにいた人にこの幻の意味を訊ねた。その答えに曰く、4頭の獣はこのあと地上に出現する覇権国家である。かれらは興っては戦い、そうして倒れる。なかでも4頭目の獣はすべてを喰らい、踏み潰し、打ち砕く。
 10本の角は10人の王。小さな角はそのあとに立つ王で、かれは3人の王を倒す。其奴はいと高き方の敵となって尊大になり、いと高き方を信じる聖なる者たちを駆逐する。が、かれの専横が続くことはない。
 「やがて裁きの座が開かれ/彼はその権威を奪われ/滅ぼされ、絶やされて終わる。/天下の全王国の王権、権威、支配の力は/いと高き方の聖なる民に与えれ/その国はとこしえに続き/支配者はすべて、彼らに仕え、彼らに従う。」(ダニ7:26-27)
 ダニエルは恐れおののきつつもこの言葉に心を留めた。
 【ぼくから、一言】
 ○第7章でダニエルが視た幻は、ユダヤもかかわる未来の世界史を俯瞰した幻である。意味するところは即ち、4つの世界帝国の支配のあとで神による永遠統治が始まる、ということだ。

 第8章(全27節)
 バビロン王ベルシャツァルの第3年、ダニエルは幻を視た。於エラム州の州都スサ、そのウライ川畔。
 川岸に、2本の角を生やした雄羊。思うままに力を揮ったが、西から突進してきた雄山羊に打ち倒された。雄山羊の額からは大きな角が1本、生えてきた。が、これは力の極みで折れてしまい、あとから4本の角が生えた。そのうちの1本からもう1本、小さな角が生えてきた。この小さな角はいままでに比肩するものがないぐらい暴虐の限りを尽くし、聖なる者に敵対し、聖所を汚していった。
 ダニエルはこの幻に震えおののき、この出来事がいつまで続くのか、と、聖なる者に訊ねた。その答えに曰く、日が暮れ夜が明けること2,300回に及んで聖所はあるべき姿に戻る、と。
 そうして大天使ガブリエルがダニエルに、この幻の意味するところを説いた。即ち、雄羊はメディアとペルシアの王、雄山羊はギリシアの王である。ギリシア王が倒れた後は4つの国が興り、それらの終わりに「罪悪の極みとして/高慢で狡猾な一人の王が起こる。」(ダニ8:23)
 その王は力ある者、聖なる民、多くの人を滅ぼし、最も大いなる者と敵対すれど人の手に拠ることなく滅ぼされる。この幻は真実である。「しかし、お前は見たことを秘密にしておきなさい。/まだその日は遠い。」(ダニ8:26)
 【ぼくから、一言】
 ○既に明らかであるが、念のため補っておくと、──
 雄羊:メディアとペルシアの王ダレイオス3世。
 雄山羊:アルケアス朝マケドニアのバシレウス(王、君主)、アレクサンドロス王(アレクサンダー大王)。
 4本の角:アレクサンドロス王のディアドコイ(後継者)、即ちカッサンドロス朝マケドニア(→アンティゴノス朝マケドニア)、プトレマイオス朝エジプト、セレコウス朝シリア、リュシマス朝トラキア(最終的にディアドコイ戦争の勝者となったのは、トラキアを除く3王国であった)。
 小さな角:セレコウス朝シリアの王アンティオコス4世エピファネス。
 ○つまり本章は、ダニエルの視た幻という体裁でマカバイ戦争前史が綴られるのである。
 ○ペルシア語とアラビア語で、アレクサンドロス王は「イスカンダル」と呼ばれる由。イスカンダル……イスカンダル猊下……。
 ○本章の記述を足掛かりにして世界史──古代オリエント史、地中海世界史へ踏みこむと、面白い視点を得られるように思う。また、本章に至って旧約聖書はオリエント史・地中海世界史と本格的にリンクした、というて過ぎはしまい。

 第9章(全27節)
 ダレイオス王の御代の元年。ダニエルは預言者エレミヤの書を読んでいて、エルサレム荒廃の終わり、即ち捕囚記の終わりまでの期間が70年と定められていることを知った。そうしてわたくしは祈り、訴えた。われらは御言葉に背き、行いを改めようとしなかった。ゆえにいまわれらは散らされ、辱めを受けています。われらは罪を犯し、逆らいました、──
 「主よ、常に変わらぬ恵みの御業をもってあなたの都、聖なる山エルサレムからあなたの怒りと憤りを翻してください。」(ダニ9:16)
 「主よ、聞いてください。主よ、お赦しください。主よ、耳を傾けて、お計らいください。わたしの神よ、御自身のために、救いを遅らせないでください。」(ダニ9:19)
 すると大天使ガブリエルが来て、わたしに答えた。ダニエルよ、お前の民と聖なる都に関して70週の時が定められている。それが過ぎると、罪と不義は償われて久遠の正義が訪れ、最も聖なる者へ油が注がれる。ああダニエルよ、70週のうち69週が過ぎたとき、かつ油注がれた者は不当に断たれ、都と聖所は新たな支配者の民により荒らされる。
 「お前の民と聖なる都に対して/七十週が定められている。/それが過ぎると逆らいは終わり/罪は封じられ、不義は償われる。/とこしえの正義が到来し/幻と預言は封じられ/最も聖なる者に油が注がれる。
 これを知り、目覚めよ。/エルサレム復興と再建についての/御言葉が出されてから/油注がれた君の到来まで/七週あり、また、六十二週あって/危機のうちに広場と堀は再建される。
 その六十二週のあと油注がれた者は/不当に断たれ/都と聖所は/次に来る指導者の民によって荒らされる。/その終わりには洪水があり/終わりまで戦いが続き/荒廃は避けられない。
 彼は一週の間、多くの者と同盟を固め/半週でいけにえと献げ物を廃止する。/憎むべきものの翼の上に荒廃をもたらすものが座す。そしてついに、定められた破滅が荒廃の上に注がれる。」(ダニ9:24-27)
 【ぼくから、一言】
 ○ダニエルに告げられた70週の予言、これはアンティオコス4世エピファネスのエルサレム侵略と聖所の汚しを指す。油注がれた者、てふ言葉のためにメシア到来の予言と捉える向きもあるようだが文脈に照らし合わせればそうではなく、メシア即ちイエスの時代よりもずっと前、マカバイ時代のユダヤ争乱をいうのだ。このあたりのことは特に、一マカ1にてアンティオコス4世がエルサレムで行った幾つもの非道を比喩したものだ、ということが本ブログで「マカバイ記・一」を読むときにおわかりいただけるのではあるまいか……?
 ○繰り返す、70週の予言はメシアにまつわるものではない。自戒をこめて、ここに記す。
 ○「油注がれた者」(ダニ9:26)は大祭司オニアス3世である。前170年、弟ヤソンに大祭司職を追われ、暗殺された。オニアス3世はヘレニズム化の波に抗いユダヤの純粋を固守しようとこれ務めた人、反対にヤソンはヘレニズム化推進派というてよく、また大祭司職を賄賂によって手に入れた。かれらのことは二マカ3-5に詳しい。
 ○この70週の予言、じつは読めば読む程頭が混濁してゆく箇所でもある。すくなくともまだわたくしのなかで整理はじゅうぶんについていない箇所である。いろいろ調べたり、考えたりしなくてはね。為、本レジュメのあと読む「マカバイ記・一」と「エズラ記(ラテン語)」が済んだら、またここへ戻ってくるのだろうな、と予感している。
 ○それにしても前半のダニエルの祈り、切々としていて、心にしみじみ伝わってくる。惻惻かつ連綿たる嘆願の言葉の畳みかけに、ふとマイケル・ジャクソンの「Will you be there」を思い出してしまった。



 ブラームスが鍾愛している。が、好きな作品を4曲挙げろといわれたら、交響曲は入らない。弦楽六重奏曲第1番Op.18と《ドイツ・レクイエム》Op.45、《3つの間奏曲》Op.117、2つのクラリネット・ソナタOp.120、かしらね。あくまで暫定だけど、おそらく不動の4曲。◆
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第2639日目 〈MYDY作戦、発動! ダニ第3章2/2-第6章編withつぶやき・なう:なんてこったい……。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 ダニエル書第3章2/2から第6章です。

 第3章2/2(全3節)&第4章(全34節)
 ネブカドネツァル王が見た夢の話。大地の真ん中に1本の木があり、それはたくましい巨樹に生長した。葉も実もゆたかに茂らせ実らせて、野の獣、空の鳥の憩いの場となった。いつしか巨樹は倒され朽ちるに任され、葉も実も落とされて獣も鳥も追い払われた。そうして7年が過ぎる。
 ダニエルは逡巡の後、夢解きした。曰く、王の支配は地の果てまで広がるが、やがて滅ぼされる、と。また曰く、王は追われて野を彷徨い露に濡れ、獣とともに草を食み、そうして7年を過ごす、と。
 それは現実となった。王は尊大の親玉となった。神の怒りを買って、放擲された。夢にあったとおり、王は7年を野で暮らし、獣のように過ごした。7年の時が満つと、ネブカドネツァルは理性を取り戻し、「いと高き神をたたえ、永遠に生きるお方をほめたたえた。」(ダニ4:31)
 王の上には再び栄光と輝きが与えられ、その御代に帝国は栄華した。それからというもの、王はダニエルたちの神を崇め、讃えるようになった。「その御業はまこと、その道は正しく、驕る者を倒される。」(ダニ4:34)
 【ぼくから、一言】
 ○イタリアの作曲家ヴェルディに《ナブッコ》という、全4幕のオペラがある。本章のエピソードを題材とした作品だ。イタリア第2の国歌ともいわれる合唱曲「行け、わが想いよ。黄金の翼に乗って」は《ナブッコ》第3幕にて捕囚のヘブライ人たちがユーフラテス川畔で唱う、望郷の歌である。
 ○夢解きの章は、どうしても長くなってしまう。なんとかしたいなぁ……。

 第5章(全30節)
 時は移ってネブカドネツァル王の皇子、ベルシャツァルの時代。ベルシャツァル主催の大宴会の席上、人々は人目に美しく映る貴金属を造った神を讃美した。すると宙に人の指が現れて壁に文字を書いた。
 それを読み解ける者がなかったのでダニエルが召され、その解読を任された。ダニエルは一時、父王ネブカドネツァルの事績と信仰を語り、壁に書かれた文字の意味を伝えた。曰く、「ベルシャツァルよ、あなたの御代は既に数えあげられ、終わりの時も定められた」と。また曰く、帝国はやがて二分されてメディアとペルシアに与えられる、とも。
 同じ日の夜、果たしてベルシャツァル王は暗殺されたのだった。
 【ぼくから、一言】
 ○本章に於いてベルシャツァルは「王」と呼ばれ(ダニ5:1)、父はネブカドネツァルとされる(ダニ5:18)。が、史実に則していえばベルシャツァルは王にあらざるなり、父王より国内統治を任せられていたのが実際のところ。謂わば摂政官である。そうして父王とは新バビロニア帝国第6代にして最後の王、ナボニドゥス(在:前555−539年)である。ネブカドネツァル王の皇子、とした理由は不明だが、ダニエルの物語に挿話を組みこむための恣意的改変に過ぎぬというのが真相であろう。
 ○夢の結びに関しては、まさしくナボニドゥス=ベルリン・フィルベルシャツァルの代で帝国は滅びてメディア人とペルシア人のハーフ、キュロス2世率いるアケメネス朝ペルシアが代わってオリエントの覇権国家となったのである。
 ○ベルシャツァルの大宴会は様々な文芸のモティーフとなって、各分野のクリエイターにインスピレーションを与えた。画家レンブラント、詩人ハイネ、作曲家シューマンやウォルトンなどである。特にウォルトンのオラトリオ《バルタザール(ベルシャザール)の饗宴》はカラヤンが「20世紀で最も優れた合唱曲」と評した作品。録音は数こそ少ないが、個人的にアンドルー・デイヴィス=BBC交響楽団他(プロムス100周年記念)、サイモン・ラトル=バーミンガム市響他はお気に入り。

 第6章(全29節)
 メディア人ダレイオス王の御代。地方からの報告を束ねる大臣の1人に、ダニエルは任命されていた。その働きはすべての面で傑出しており、不祥事もなく、王の信頼も篤かった。それを妬んだ官僚たちは王を欺き、だまくらかして、遂に向こう30日間王以外の何者も讃え、また祈ってはならぬ、という禁令を発布させた。
 この禁令を知りつつ、ダニエルは変わらず自分の神を信じて、祈りをささげた。官僚たちはこの背反行為を報告して、王にダニエルの処分を迫り、首を縦に振らせることに成功した。彼らはさっそくダニエルを、獅子の潜む洞窟へ投げこんだ。翌朝、王が洞窟に馳せ参じてダニエルの名を呼ばわると、果たしてかれは怪我1つない姿で現れた。天使が獅子の口を閉ざしたのだった。
 ダレイオス王はダニエルに対して奸計を巡らせた官僚たちを、洞窟へ投げ入れて獅子の餌とした。そうして「全地に住む諸国、諸族、諸言語の人々に」(ダニ6:26)向けて、ダニエルの信じるイスラエルの神を恐れ、畏み、敬うようにせよ、と勅令を発したのだった。
 【ぼくから、一言】
 ○王たるメディア人、ダレイオスとは誰か? 新バビロニア帝国に代わってオリエントの覇権国家となったアケメネス朝ペルシアには、たしかにダレイオス王1世なる君主がいた。ならば、かれのことか──? 否! この王は捕囚解放を宣言したキュロス2世の次の次に帝位に就いた人。
 もとより「ダニエル書」は史実に関しては著しく正確性を欠いて無頓着な、言い様によっては歴史を自由にパッチワークした書物である。とはいえ、かつてのバビロン王やキュロス2世ではなく、敢えてダレイオスの名を持ってきたのは、なぜか? なんらかの意図ありや? そう邪推してしまう。本章末尾では、ダレイオスに続いてペルシアの王キュロス王の御代までダニエルは活躍した旨わざわざ言い添えているのが、余計に疑問を深くする。果たして真相や如何に──?
 なお本章でいうダレイオスとはキュロス2世の即位前の別名である、と述べるものもあるが、その信憑性はとても低いといわざるを得ない。かというて、無下に扱ってよい説でも勿論、ない。



 証券外務員の試験を受けることに……!◆
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第2638日目 〈MYDY作戦、発動! ダニ第1章-第3章1/2編withつぶやき・なう:題名の由来〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 「マカバイ記 一」を読み直す前に「ダニエル書」へ目を通しておくように、と指示書きのあったことを、第0000日目で述べた。それにしたがって今年秋10月〜11月にかけて、のらりくらりと読書と執筆に耽ったのであるが、そうやってできあがったレジュメを自分の備忘に留めるか、勇を鼓して本ブログにてお披露目するか、その決心はなかなか付きかねていた──のだが、暮れも押し迫った今日の昼、神棚を掃除しながら「やはり」と気持ちを固めた。
 以下は「ダニエル書」の各章を箇条書きとし(呵々)、時に感想と考察を加えたものである。黙示文学のパートではそこで予告される世界史が実際のオリエント/地中海世界の歴史とどのように異なっていたか、或いは一致していたか、そんな好奇心と知識欲に駆られた文章も、ボーナス・トラックのように添えてゆこう……という、あくまで予定。

 ダニエル書第1章から第3章1/2です。

 第1章(全21節)
 ただ1つのイスラエル人の国となった旧南王国ユダは、列強諸国の干渉を受け続けた結果、遂に前 年、東の新バビロニア帝国によって滅ぼされ、民は一部を除いてかの地へ移送された。所謂<バビロン捕囚>である。そのなかにダニエルという男子がいた。
 明晰にして思慮に富むかれは王宮に仕える者に選ばれ、然るべき教育を施された。が、肉類が献立に含まれる食事を強いられたことから、律法に従うダニエルたちはそれを拒み、野菜と水だけで10日間を過ごした。結果、肉類の入った食事をしていた者よりも血色が良く、健康も損なわれることがなかったので、以後かれは肉類の食事と酒を免除された。
 やがてダニエルは他3人のユダヤ人少年と一緒に、ネブカドネツァル王へ仕える。特にダニエルは誰よりも優れた夢解き師として、重用されたのだった。なおこの前にダニエルと3人のユダヤ人少年は、それぞれバビロン名を別に与えられた。ダニエルはベルテシャツァル、ハナンヤはシャドラク、ミシャエルはメシャク、アザルヤはアベド・ネコ、である。
 【ぼくから、一言】
 ○「創世記」で描かれたヨセフと同じ、奴隷として参った地での立身出世譚。迫害されるユダヤにとってこのような存在は、怯む心を支える、より現実的な希望であったかもしれない。すくなくとも、いつまで待っても実現しないメシアの降臨よりもはるかに、かれらの心を強くしたであろう。

 第2章(全49節)
 ネブカドネツァル王は帝国内の知者、その全員を処刑する旨勅令を発布した。かれらが王の見た夢を言い当て、その解釈ができなかったからだ。
 ダニエルは処刑を免れるために自分の神に祈った。その夜に臨んだ幻で王の見た夢とその意味するところを知った。翌る日、かれは王の前で、王が見た夢をみごと言い当て、それが如何なる意味を持っているのか説いた。それが正しかったので王はダニエルを、国中の知者の上に立つ長官に任命した。その栄に浴したダニエルは王に願い出て、3人の仲間をバビロン州の行政官に任命してもらったのだった。
 【ぼくから、一言】
 ○王が見た夢、その内容:巨大な像があった。頭は純金、胸と腕は銀、腹と腿は青銅、脛は鉄、足は鉄と陶土でできている。人手によらずに切り出された石が像を砕いて悠希、跡形もなくなった。その石は大きな山となり、全地に広がった。
 ○王が見た夢、その解釈:純金の頭は、新バビロニア帝国を指す。銀や青銅、鉄や陶土は帝国滅びし後に興るオリエントの覇権国家を指し、また譬えられた鉱物は個々の国家の堅固さを意味する。そうして最後の、全地に広がる大きな山──これは、神によって興され、統べられる永世国家に他ならない。
 ○オリエント/地中海世界に於ける覇権国家の推移:金は新バビロニア帝国、銀はペルシア帝国。青銅はギリシア王国、鉄と陶土はローマ帝国。
 また、こうも解釈される……金は新バビロニア帝国、銀はメディア。青銅はペルシア帝国、鉄はギリシア王国。陶土はディアドコイ戦争後の旧ギリシア、就中プトレマイオス朝エジプトとセレコウス朝シリア、と。
 ○ダニエルが自分の栄達に合わせて、少年時代からバビロン王宮で行動してきた3人の仲間を要職に就けてもらったのは、ひとえに自分たちの身の保全を図ってのことだろう。かれらはユダヤ人である。滅びた王国から引き連れられてきた、捕囚民である。為政者が代わればたちまち危難に陥ることも想定される、非常に不安定で弱い立場の者である。
 ゆえにダニエルは幼少期より行動を共にしてきた仲間を、自分の出世に合わせて少しでも上の地位に就けて安全を取り付けようとしたのだろう──わたくしはそう考えている。もっとも、それが裏目に出たのが、次章で語られるハナンヤたちを見舞った出来事なのだが……。

 第3章1/2(3:1-30)
 ネブカドネツァル王は高さ27メートルになんなんとする自らの黄金像を造り、すべての民にこれを拝むよう命じた。
 が、ユダヤの捕囚民の宗教を好く思わぬ、そうしてなによりも捕囚民でありながら国家の要職に就くユダヤ人たちを快く思わぬ一部カルデア人の奸計により、ダニエルの仲間3人、即ちハナンヤ(バビロン名:シャドラク)とミシャエル(バビロン名:メシャク)、アザルヤ(バビロン名:アベド・ネコ)がこれに背いたとして、燃え盛る炉へと投げこまれた。が、かれらは自分たちの神を信じる敬虔な徒であったため、炉のなかでも傷1つ、火傷1つ負わず、無事な姿で炉のなかから帰還した。
 このことをきっかけとして王は、かれらユダヤの神を讃え、これを罵る者あらば極刑に処する旨勅令を発布した。また、ハナンヤたちをバビロン州の高官に任命したのだった。
 【ぼくから、一言】
 ○かれらは着の身着のまま、縛った状態で路に……普段より7倍も燃え盛らせた炉の中へ放りこまれた。その火勢は3人を炉の際まで引き立てていった者たちを焼き殺すぐらいに、勢いが強かった。それなのに炉のなかを、ハナンヤたちは歩きまわっている……。
 それを目の当たりにしたネブカドネツァル王の驚愕、想像に難くありません。否、驚きというよりも凄まじいまでの恐怖を覚えたことであろう。こんなのを目の前にしてしまったら、ユダヤ人の神と宗教に相応の配慮と尊敬を払わずにはおられまい。ダニ3:28-29の王の発布も宜なるかな、というところだ。
 「シャドラク、メシャク、アベド・ネゴの神をたたえよ。彼らは王の命令に背き、体を犠牲にしても自分の神に依り頼み、自分の神以外にはいかなる神にも仕えず、拝もうともしなかったので、この僕たちを、神は御使いを送って救われた。
 わたしは命令する。いかなる国、民族、言語に属する者も、シャドラク、メシャク、アベド・ネゴの神をののしる者があれば、その体は八つ裂きにされ、その家は破壊される。まことに人間をこのように救うことのできる神はほかにはない。」(ダニ3:28-29)
 ──これは捕囚地に於けるユダヤ人たちの信仰が守られた、ユダヤ教史の1つの転換点となった事件だった。キリスト教史まで視野に入れれば、ローマ帝国のキリスト教の国教化に匹敵する人であった、とは言い過ぎか?
 むろん、実際にこのようなことが起こったわけでは勿論ないから、次に考えるべきは捕囚時代のユダヤの信仰がどのように扱われたか──虐げられ、敬われ、守られたか──だろうが、あいにくとわたくしはそれを調べることができていない。



 タイトルの意味は、本シリーズ最終日に明らかとなるでしょう。◆
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第2637日目 〈横溝正史『死仮面』を読み終えました。その上で、一言。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 横溝正史『死仮面』(角川文庫)を読了しました。表題作については、<完全版>ではないことを留保しつつも、やはり大した作品には思えなかった。たとえば、──
 クライマックスの火事で建物が焼け落ちる場面など、反吐が出るぐらいに醜悪だ。安易に建物を燃やして人命を危険にさらす、小説の展開上まるで必然性のない火事なんぞ、読んでいるだけで胸がムカムカしてくる。──誰も死ななかったから、まずはよかったですね、なんていうのには、ふざけるな、と侮蔑の一言を以て返したい。
 その火事がどれだけの心的苦痛と肉体への障害をもたらすか、果たして皆様は御存知か? 知らぬなら是非にでもご自身が経験されるがよい。そうして大切な人をその炎のなかで永遠に失ってみればよろしい。骨身に染みた身に「死仮面」の安直な火事の場面は、眉間に皺寄せるどころかこめかみに青筋浮かんでも仕方ないところだったのである。
 わたくしは横溝正史の小説はどれも好きだが、ただ1つの例外が「死仮面」。大っ嫌いだ。
 勿論、火事を扱っているから駄目だ、いやだ、というのではない。然るべき必然性があり、背景が書きこまれ、過程が丹念に描かれた上で発生した火事であれば、どんなわずかなページ数であろうとその火事の場面はじゅうぶん読むに値する、感情を逆撫でされることなくのめりこんで、われを忘れて読み耽ることができるのだが……。
 人命や人生、人間の尊厳や生活、倫理と道徳を軽んじて安易に災害を起こす小説は、どうもページを繰る手が鈍りますよ。
 感想は後日改めて書くつもりですが、併収作の短編「上海氏の蒐集品」には抗いがたい魅力を感じました。これが失われてゆく武蔵野を背景にしたミステリであることは、既に数日前にお話しした通り。
 数時間前、帰りの電車のなかで読み終えたのですが、そのときの興奮と脳味噌をガツン、とやられたようなショックは、いまでも忘れられない。殊にあのラストの仄めかし……それを踏まえて最初から読み直すと、一つ一つの描写、台詞がまた違った側面を見せてくるのですね。いやぁ、惚れました。こんな小説を書きたいです。
 ──明日からは、昭和29年に連載・発表された『幽霊男』(角川文庫)。聴力を失いつつあるいま、読書は唯一の愉悦を与えてくれる道楽だ。どんどん読むぞぉ。◆
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第2636日目 〈この期に及んで、見直しを迫られること。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 タイトル通りなのであります。「ダニエル書」レジュメのワープロ稿を作成しておるのですが、10月から11月にかけて書いたものであるため、すこしずつわれながら記述内容に「?」と思う箇所が出てきた。
 これを点検してからワープロ稿に直しを入れて、お披露目の準備に入る──となると、先達てここでお伝えした今週中の「マカバイ記・一」の開始がずれこむことになってしまうのです。レジュメは4日間に分けて更新してゆくので、それを考えるとなおさら無理なスケジュールとなり……。
 為、恥を忍んで全体の予定を後ろ倒しとし、週末の3連休中にレジュメを済ませ、「マカバイ記・一」のお披露目を始めたい、と読者諸兄にご案内するのが、本日の言行であります。
 ああ、もっと時間が欲しい。仕事が終わったあとの時間が──!◆
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第2635日目 〈今日はお休みさせていただきますが、それでも一言、二言。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 んんん、なにをいおうとしたのだったかな。と書いたところで思い出した、今年の読書目標であります。
 既に角川文庫から出ていた横溝正史作品集は、ジュブナイル物を除いて残すところ未架蔵は4点ばかしとなった。加えて金田一耕助物はすべて手許に集まってきた。そうして鋭意、消化中。
 今年は金田一に加えて由利先生シリーズは読み終えてしまいたいのだけれど、後者についてはなかなか難しそう。というのも、金田一耕助と違って由利先生の場合、登場作品がまとまっているものもあれば、どうしたわけかノン・シリーズ短編のなかに紛れこんだいたりするからだ。
 となると読書の際は、あまりそのあたりの線引きをしない方がよさそうだなぁ、とも考えるのです。
 ──そこで頼りになるのが、昨年から刊行され始めた柏書房の<由利・三津木探偵小説集成>、単行本で全4巻。
 書店で手に取っていただければ、或る程度以上の年代の方はご理解いただけると思うのだけれど、なによりの救いは活字が大きいこと。多少通勤カバンが重くなろうとも、目のことを考えればそれは仕方ない。目を瞑ろう(目だけに)。おまけに校訂も行き届いているようだ。読みやすいだけでなくテキストとしても信頼できるものが供されているのであれば、そちらを選ぶに如くはない。
 由利先生シリーズが完結したら、今度は時代物、そうして金田一耕助物を、同様に刊行してほしいなぁ。◆
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第2634日目 〈語るべきことを語るときが来た──「マカバイ記 一」再スタートに向けて。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 仕事の終わったあと、スターバックスに寄り道して聖書を開き、ノートする。延々8年間(実質7年間)、ほぼ毎日毎日繰り返されてきた作業を昨年末から再開しています。いうまでもなくただいま必死になって準備中な「マカバイ記 一」再お披露目のための作業なのですが、なかなか調子が戻らなくて溜め息を吐くこと頻り。
 第4章の前半なんてけっきょく5回読み直して3回書き直し、ようやくどうにか満足できるレヴェルのものが出来上がった。1週間かけて、やっと……。
 が、待てば海路の日和あり、とでもいえばいいか、昔のように書けないことでイライラし、それでも先へ進むためにもがき、「時間を無為に費やしているのではないか」てふ焦燥から目をそらして、なんとか或る程度の満足がゆく第3稿を仕上げたことで、これでいちばん大きな壁を乗り越えた。このあと幾つも壁にぶつかるだろうけれど今回に較べれば大したことはない。
 文章自体のクオリティは高くとも読みこみが不足した原稿は、どこか据わりの悪さを読み手に感じさせるものだ。「マカバイ記 一」への再挑戦をわたくしに決めさせたのも、じつはこの点にあった。何度も繰り返してきたけれど、特に地理関係の知識が不十分であった──調べが不足していたために、登場人物の行動を辿ることが曖昧な作業になってしまっていたのだ。
 たとえばセレコウス朝シリアの帝都アンティオキア。じつはマカバイ時代、シリア・パレスティナの都市(の一部)はヘレニズムの影響下で、従来の都市名に加えてギリシア風のそれを持つ所があった。アンティオキアという名を持つ都市は、帝都以外にもあったのだ。そうして参考文献はいちいち律儀に両方の都市名を併記してくれない。わたくしは最初の読書のとき、「マカバイ記 一」に出てくるこの町が、どこのアンティオキアなのか、恥ずかしながら特定しかねたのだ。それゆえの混乱……。
 もちろん、こちらの誤認識に基づくノートの不備は他に幾らでもある。
 そんな瑕疵を1つでも減らして内容の誤りを正し、ついでにいえばもっとクオリティの高い原稿で(旧約聖書続編では唯一の歴史書である)「マカバイ記 一」の物語を読者諸兄にお届けしたいのだ。
 ──さて、ここらで筆を擱く準備を始めよう。語るべきことを語るときが来たからだ。
 残念ながら「マカバイ記 一」のノートを大量にストックして、余裕を持った更新ができる状況にはならなかった。追いかけられる焦りを抱えながら更新開始を余儀なくされた(わたくしのせい? 勿論である。他にどんな理由が?)。が、既に述べたように最大の障壁は乗り越え、「前途には希望に満ちた時が広がっている」(ヒルティ)。従前のような毎日更新のお約束はまだ出来かねる、と弱気な部分はあるけれど、ね……。
 まずは現在ワープロ稿を作成中の「ダニエル書」のレジュメを3日間の予定で更新した後、「マカバイ記 一」の更新に取り掛かる。そうね、早くても来週01月10日(木)午前2時からかな。それまで、眉に唾つけながらお待ちいただけると、うれしいです。◆
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第2633日目 〈ユッシ・ヤラス指揮シベリウス管弦楽曲集を聴きました。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 年が明けてからの3日間、クラシック音楽にかんしてはシベリウスの音楽ばかり聴いています。交響曲全集、ヴァイオリンのための作品集、合唱・独唱曲、ピアノ曲集……そうしていま本稿を書く傍ら、スピーカーから流れてくるのはユッシ・ヤラス指揮のシベリウス管弦楽曲集。
 ユッシ・ヤラスは作曲家の四女マルガレーテと結婚した、いわば娘婿であります。岳父がみまかった際は葬儀にて《テンペスト》からの音楽をピアノで弾き、また翌年にはシベリウス若き日の大作、《クレルヴォ交響曲》を蘇演。シベリウスの音楽に心底から敬意を払い、愛情を寄せ、熱意を持って多くの曲を聴衆に紹介した人です。
 録音された交響曲は少ないけれど、管弦楽曲に関してはすくなくともCD3枚分がこんにちでも聴くことが可能。勿論メジャーな曲──《フィンランディア》や劇音楽《クオレマ》の第1曲〈悲しきワルツ〉、《4つの伝説》の第2曲〈トゥオネラの白鳥〉、作品番号が付されたものとしては最後の作品となる交響詩《タピオラ》──も含まれている。他はいわゆる<シベリウス振り>の指揮者でないとあまり俎上に上さぬ作品が目立つが、けっしてマニアックな選曲というのではない。
 いまの時点でまとまった数の管弦楽曲を1人の指揮者で聴こうとすると、たぶん筆頭にあげられるのはネーメ・ヤルヴィがイェーデボリ交響楽団を振ったDG盤であろう。
 現在はタワーレコード・ヴィンテージ・コレクションから6枚組で復活しているヤルヴィ盤でも、まず満足できる量の管弦楽曲が収められているけれど、シベリウスの伝記を繙くとかならずといっていい程言及される愛国劇のための音楽《歴史的情景》第1番や晩年の隠れた傑作、シェイクスピアの同名作品への付随音楽《テンペスト》などが聴けぬ恨みがある。
 わたくしが県立図書館で借りたユッシ・ヤラス=ハンガリー国立交響楽団(ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団)による、オーストラリア・デッカの《ELOQUENCE》シリーズからリリースされた管弦楽曲集を自分用に購入したいちばんの動機は、この《テンペスト》の響きに魅せられたから。架蔵するCDに《テンペスト》がないとわかると尚更手許に置いておきたくなり……。
 録音が1972年ということだが、この時代はレコーデイング技術が頂点を極める頃でもあったので、目くじらを立てるような<くもり>も<こもり>も、<にごり>も<かすれ>もない。合奏技術はこんにちに較べればどうしても精微さという点で半歩劣るところがあるけれど、鑑賞する上で年代の古さはけっしてマイナス要素とはならないのだ。
 《白鳥姫》もむかしCDショップで働いていた頃、BISというレーベルからリリースされたものを聴いて以来の鑑賞となったが、清冽さと叙情的なところに胸打たれて、新たなお気に入りのシベリウス作品となったことを申し添えておく。
 このようにしてシベリウスばかりを年が明けてからの3日間、聴き耽ってきた。そうしていま、きわめて厄介な病に自分が罹患していることを知った──前述のBISからシベリウス・イヤーを視野に入れてリリースされた《シベリウス大全集》CD70枚組がね、なんだか無性に欲しくなり……。BISから出ていたCDは殆ど処分してしまったからなぁ。貴重な録音もけっこう潔く売り払っていたのが悔やまれるのですよ、これのリリース情報を見たりしていると。なんというても日本語解説・歌詞対訳付きというのが、良い。正直なところ、この別冊解説だけ入手できればCD自体波動でもいい、っていうね。
 さて、如何にこの欲望と折り合いを付けようか──。◆

 追伸
 ああ、今日は仕事始め……また1年間、働くのかぁ。■
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第2632日目 〈横溝正史「上海氏の蒐集品」を読んでいます。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 スケジュール調整という奴を一度やってみたかったので、これ幸いと今日ここでそれを行わさせていただきます。
 「マカバイ記 一」の開始時期を見定めていましたが、これまで殆ど文章を書いていなかったせいか書きたいことが多すぎて、それを吐き出すのを優先してしまい、開始まで予想外に長引くことになってしまいました。<予定>というのを立てるのがもとより苦手なために、こんなことになってしまっております。相済みません。
 過日ここで存在をお伝えした「ダニエル書」レジュメですが、いろいろ考えた結果、体裁を整えて数日後にお披露目することにいたしました。終わるまでに3日程掛かってしまいますが、これが終わったら「マカバイ記 一」<前夜>に続けます。具体的な日付けはお約束できませんが(おい)、仕事始めの4日以後だよねぇ、とだけはお伝えできる。
 その日が来るまでゆっくりと、読みかけの横溝正史「上海氏の蒐集品」(『死仮面』角川文庫所収)を読んでいましょう。……読み始めたばかりなのでまだなんともいえませんが、これは作者なりの武蔵野レクイエムに感じられてなりません。
 この作品の前には国木田独歩『武蔵野』があり、この作品のあとには宮崎駿『平成狸合戦ぽんぽこ』がある。この3作を続けて鑑賞することで、武蔵野がどれだけ短期間で往時の面影を失ってゆき、破壊がされていったか、を否応なく眼前に突きつけられる思いなのであります。
 わたくしは東京という街を、仕事する街としか認識していませんでした。例外というべきは学生時代を過ごした御茶ノ水・神保町・秋葉原エリアと奥多摩地方ぐらい。それがこの数年で意識に変化が生じたのは、江戸時代の遺構や面影を残す地に異動して、そこに籍を置いてそれなりの歳月が経ったからでありましょう。そうして、武蔵野という場所に個人的な思い出がありましてね……自粛しますけれど。
 失われているけれどその残照はまだ街のあちこちに息づいている東京……極めて嫌いであった帝都への感情が変化したのは、ほぼ間違いなく池波正太郎と横溝正史の作品に触れたから。
 以前「貸しボート十三号」の感想でも書いたことに付け加える形になりますが──横溝正史の小説を読んでいると、その執筆時期が戦前から戦後、高度経済成長期まで至っているゆえに東京の変化が克明に記されているばかりか、公的記録になかなか残りづらい近過去の記録が留められている点で、貴重な資料となっていることに気附かされます。
 ……「上海氏の蒐集品」を読み終えたら、かつて「貸しボート十三号」や「霧の中の女」で試みたように(いや、勝手にほっつき歩いて悦に入っただけですけれどね。ん、これって“聖地巡礼”? 仕事帰りに? わお)、久しぶりに今日武蔵野と呼ばれているエリアに足を向けて、面影を偲んでみようかな。◆
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