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第0416日目 〈列王記下第12章:〈ユダの王ヨアシュ〉〉 [列王記・下]

 列王記下第12章です。

 王下12:1-22〈ユダの王ヨアシュ〉
 北王国イスラエルがイエフ王第7年に、南王国ユダの王に即位したのはヨアシュである。7歳で王になった彼の御代は、王都エルサレムにて40年続いた。母はユダ南方ベエル・シェバの出身のツィブヤ。
 ヨアシュは主の目にかなう、正しいことを行った。が、聖なる高台は取り除かれた。
 この王の時代、主の神殿の修理がされた。本来なら主の神殿の祭司たちがそれぞれの民からの聖なる献金でそれは為されるはずであったが、第23年に至っても祭司たちが一向にその作業へ着手しないのに業を煮やして王は彼らを修理の監督から外したのである。
 代わりに、主の神殿の入り口に献金箱が置かれ、民からの聖なる献金はすべてそこに集められるようになった。献金が貯まると、王の書記官と大祭司が金額を確かめた。勘定が終わった献金は工事監督に渡され、修理に必要な部材の買い出しや修理従事者への賃金に充てられた。彼らは正しい人だったので、会計監査を受けることはなかった。

 ━━アラムの王ハザエルが、ガドを攻略してエルサレムへ迫ったのは、この頃である。
 ヨアシュはこれを退けんと、ヨシャファト以来父祖が聖別したすべての聖なる物、ヨアシュ自身が聖別したすべての聖なる物、主の神殿や王宮にあったすべての金(きん)をハザエルに渡した。ハザエルはエルサレムから遠ざかった。
 これに起因してであろう、多くの者がヨアシュに謀反を企て、なかでも家臣シムアトの子ヨザバドとショメルの子ヨザバトは、シラ(※1)へ下ろうとしていたヨアシュ王を、ベト・ミロ(※2)の地で討ち殺した。
 ヨアシュの事績、すべての行いは『ユダの王の歴代誌』に記されている。
 崩御しては“ダビデの町”シオンへ埋葬され、その子アマツヤが次王となった。

 ※1「シラ」→聖書に多くの地名頻出すと雖も「シラ」の名は他になく、岩波6『 列王記』当該脚注では、現在のシロアの古名か、とする意見を紹介(P209)。
 ※2「ベト・ミロ」→ミロは、王上9:15にエルサレムの南斜面を補強するテラスとしての名が記されている。ヨアシュはここで暗殺されたのか? これを踏まえてノート本文は、王下12:21の「下って行く」を「下ろうとしていた」意味に解釈して作成しました

 本章では、ヨアシュ王の特筆すべき事業として、神殿再建が比重を占めていたことがわかります。
 むろんこれは、前章にて徹底破壊されたバアルの神殿に代わる、真実正しい存在として機能すべき神、主のための神殿を修理・再建して、民の間に信仰を取り戻そうとしたためでありました。
 これだけなら善行で終わったでしょうが、その御代は、進軍してきたアラム王ハザエルへの対処の誤りによって幕を閉じたのでした。画竜点睛を欠く御代であった、といえるかもしれません。
 そのヨアシュを謀殺した2人は同じ名。溜め息出ちゃいますよね。



 蓮根だか御坊だかいう名前の某党議員、頭が悪いという噂は本当だろうか。
 第2位なんてないんですよ! あの業界、1位がすべてでしょう!?
 石原慎太郎都知事さまの「白痴的」批判には思わず快哉を叫んじゃったぜっ!!
 (ノート作成からweb公開までタイム・ラグがあることをご承知置きください)◆

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