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第0424日目 〈列王記下第18章1/2:〈ユダの王ヒゼキヤ〉〉 [列王記・下]

 列王記下第18章1/2です。
 北王国イスラエルは既になく、いまや王位を持つ者はユダにのみ在り、その名をヒゼキヤといった。とはいえ、即位当時、まだ北には王国イスラエルはあった。

 王下18:1-12〈ユダの王ヒゼキヤ〉
 北王国イスラエルがホシェア王第3年(実際は第6年)に、南王国ユダの王に即位したのはヒゼキヤである。25歳で王となった彼の御代は、王都エルサレムにて29年続いた。母はゼカルヤの娘アビ。
 王は主の目に正しいと映ることをことごとく行った。歴代の王たちが為さなかったこと、即ち、聖なる高台を取り除き、石柱を打ち壊しアシェラ像を切り倒したのである。また、偶像化が進んでいた、モーセの造った青銅の蛇(民21:9)━━ヒゼキヤ王の時代には“ネフシュタン”と呼ばれていた━━を打ち砕いた。
 彼はイスラエルの神、主にのみ依り頼んだのである。その信念に基づきアッシリアに屈することがなく、ペリシテ人のいるガザとその周辺を見張りの塔から砦の町まで攻撃した。
 「彼はイスラエルの神、主にのみ依り頼んだ。その後ユダのすべての王の中で彼のような王はなく、また彼の前にもなかった。彼は主を固く信頼し、主に背いて離れ去ることなく、主がモーセに授けられた戒めを守った。」(王下18:5-6)
 アッシリアの王シャルマナサル5世が北王国イスラエルを攻め、3年間包囲した後に王都サマリアを陥落させたのは、イスラエルのホシェア王第9年であったが、それは南王国ユダにとってはこのヒゼキヤ王第6年の出来事である。

 王国分裂から長い歳月が経ちました。多くの王が北と南の両王国に立ち、倒れました。様々な軋轢に揉まれながら両国は存続を続けたものの、主の目にかなう正しいことを実行できたのは、南王国ユダの王ヒゼキヤが初めてだったのです。
 このヒゼキヤの改革によって、かつての主への信仰がユダのなかによみがえりました。が、実はこの行為がアッシリアからの揺さぶりを許し、王都エルサレム陥落の危機を招く事態になるのです。それは王下18:13以降でまた語られます。



 
 初めて逢った日の気持ちを、忘れないようにしよう。◆

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