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第0895日目 〈箴言第24章:〈悪者のことに心を燃やすな〉&〈賢人の言葉(二)〉with最初に受けた感動は永遠〉 [箴言]

 箴言第24章です。

 箴24:1-22〈悪者のことに心を燃やすな〉
 悪者が知恵や知識、英知、分別を求めぬ者を心にかけるな。奴らが倒れたり、つまずいたりしても「やった!」と思うてはならない。主は見ている、敵が倒れることを喜ぶあなたの心のなかを。神なる主の怒りは翻り、あなたへ及ぶ。
 何事であれ、報いはその人の行いに応じて返される。苦境に陥って先の展望も状況を打破する意欲も失(な)くしてしまったり、<死>の影に拿捕されて死神の姿を垣間見ている仲間を見棄てようとしていたりしても、それらについて弁解の言葉を連ねても無駄だ。あなたの心へ眼差しを注ぎ、審判する方はすべてを知っている。あなたの行いに応じて報いは返されるのだ。

 「魂にとって知恵は美味だと知れ。/それを見いだすなら、確かに未来はある。/あなたの希望が絶たれることはない。」(箴24:14)

 箴24:23-34〈賢人の言葉(二)〉
 別の賢人の曰く、━━
 正義を為せ、その上にぞ祝福の来たる。「外ではあなたの仕事を準備し、畑を整え/それから家を築くがよい。」(箴24:27)
 この賢人は或るとき、怠け者のぶどう畑のそばを通りかかった。そうして、観察した。そのぶどう畑は荒れ果てて薊(あざみ)によって覆い尽くされていた。石垣も崩れ果てている。観察の末、かの賢人は諭しを得た。即ち、「貧乏は盗賊のように/欠乏は盾を取る者のように襲う」(箴24:34)と。

 ○〈賢人の言葉(二)〉は〈賢人の言葉(一)〉の補遺、或いはそれを補強する役割を持った箇所です。補遺、補強の役割を担うがために、賢人の観察した結果が述べられる。言葉でどれだけ諭しても、一事が万事、百聞は一見に如かず、ということでしょうか。
 一方で箴24:1-22は因果応報を述べた箇所、弱者を切り捨てた者はやがて裁かれる、ということを端的に述べた箇所であります。わたくしなぞはこのあたりの物言いに非道く肝胆寒からしむるものを感じるのですが、読者諸兄は如何でありましょうか。
 自分の犯した責められるべき行為にどれだけ言い訳をしようとも、人目を避けて道に背く行いを成そうとしていても、見るべき者はちゃんと見ているのです。これは、実社会でも同じことがいえると思います。



 10代に読んでおくべき海外小説(長編部門・英米編)はなにか? 先日の酒の席での話だったが、アルコールが残った頭でそれなりに真面目に考えた結果、以下のような暫定的なベスト8が出た。もっとも、ベストとはいうものの、どれもこれもほぼ同率1位の作品のためにあまり意味がないベストではあるのですけれど、まぁ、取り敢えず、━━
 1:『グレート・ギャツビー』(F.スコット・フィッツジェラルド)
 2:『ライ麦畑でつかまえて』(J.D.サリンジャー)
 3:『嵐が丘』(エミリ・ブロンテ)
 4:『指輪物語』(J.R.R.トールキン)
 5:『夢の丘』(アーサー・マッケン)
 6:『日の名残り』(カズオ・イシグロ)
 7:『そして誰もいなくなった』(アガサ・クリスティ)
 8:『ブライト・ライツ・ビッグ・シティ』(J.マキナニー)
 このリストを顧みて思うのは、結局、(カズオ・イシグロを除いて)自分が10代のときに読んで以来、ずっと心のなかにあり続けていまなおその魅力を失うことなく存在している、現在でもときどき読み返すことのある作品が並んだな、という事実。やはり、あの時分に読んだもの、自分のなかに養分として取りこんだものは永遠に残る、ということなのかもしれません。最初に受けた感動は永遠のもの、とはよくいうたものであります。
 みなさんも暇な折など、こんなベストを作ってみることをお奨めします。◆

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