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第0904日目 〈箴言第31章:〈レムエルの言葉〉&〈有能な妻(アルファベットによる詩)〉with暗闇を抜けて、〉 [箴言]

 箴言第31章です。

 箴31:1-9〈レムエルの言葉〉
 レムエルはマサの王。これは、彼が母から授けられた諭しの言葉である。
 ━━深酒を戒め、正義の執行を促す章だ。
 強い酒に溺れるのは君主には相応しくない。飲めば王の義務が疎かになり、審議の目が曇って貧しい人の訴えを曲げるから。そうした酒は没落した者、苦い思いを抱え憂さを溜めこむ者へ与えよ。彼らは深酒によって浮世の労苦を一時ながら忘れるのだから。
 王の裁きは公正であらねばならない。「詩編」に曰く、━━
 「神よ、あなたによる裁きを、王に/あなたによる恵みの御業を、王の子に/お授けください。/王が正しくあなたの民の訴えを取り上げ/あなたの貧しい人を裁きますように。/(中略)/王が民を、この貧しい人を治め/乏しい人の子らを救い/虐げる者を砕きますように。」(詩72:1-2,4)
 斯様に王は無力と恐怖で物言えなくなっている人の、虐げられている人の、貧しい人の、乏しい人の訴えを、自らの口を開いて弁護し、正しく裁かなくてはならない。

 箴31:10-31〈有能な妻(アルファベットによる詩)〉
 真珠よりはるかに貴い、有能な妻を見出すのは誰なのか?
 彼女は傷の癒し手、魂の救い手。家庭を守り、舵取りをし、子らを良く育てる。糸を紡いで錘を操り、一族が寒さに凍えないように真綿を作る。子らは母を幸いとし、夫は妻を讃える。
 「力と気品をまとい、未来にほほえみかける。」(箴31:25)
 「あでやかさは欺き、美しさは空しい。/主を畏れる女こそ、たたえられる。/彼女にその手の実りを報いよ。/その業を町の城門でたたえよ。」(箴31:30-31)

 ○箴30の「マサ」は人名でしたが、箴31に出る「マサ」は地名であろう。もしレムエルの治めるマサが、出エジプトを果たしたイスラエルの民がモーセに水を求めた一件で名を留めるのと同じマサであれば(出17)、それはシナイ山で十戒を授けられる前であるからいずれにせよ南アラビア地方にあった、と考えるのが妥当だ。
 このあたりを支配した王がいて、その王が母から聞いたという格言が「箴言」にあるのは、内容的にソロモン王の格言と通じる内容があるので、それを補強する━━或いは外国にまでソロモン王の格言は浸透しているのだ、というナショナリズムに基づく編纂であるのかもしれない。……そんな風に、キリスト者でないわたくしは考える。
 ハーレイはレムエルがソロモン王の別名かもしれない、と書くが、根拠のある話かどうかは知らない。



 ようやっと「箴言」を今日で終えた。長い旅をしたような気がしてならない。おそらく、わたくしの周囲で様々な変転があったからであろう。大きな天災も起こった。CMで誰かサッカー選手がいうていたが、われらは<日本>という一つのチームである。挫けず、前に進もう。われらはいつまでもここにいて、手をつないでこの大地の上に立っている。◆

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