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第1750日目 〈シラ書第31章&第32章1/2:〈富について〉&〈宴会の席での心得〉with予定を微修正するかもしれない;本ブログの進捗状況を憂う。〉 [シラ書〔集会の書〕]

 シラ書第31章と第32章1/2です。

 シラ31:1-11〈富について〉
 朝と昼は本葉に精出し、夜は副業に励んでお金を稼ぐ。無駄遣いしなければずいぶんと貯めこめることだろう。健康は損なわれ、魂は蝕まれるだろうけれど。お前は財産が心配で不眠に悩まされる。転寝しても眠ることかなわず、莫大であろう財産はお前を悩まし続けよう。
 黄金を惜しむ者は義人にはなれない。このことを知れ。金銭を愛して無尽蔵に貯めこむ者は金銭によって身を滅ぼすことを。黄金に夢中となる者には罠が用意され、愚かにもそれに掛かってしまう。
 「金持ちは労苦して財産を蓄え、/仕事を休んでぜいたくな生活を楽しむ。/貧しい者は労苦しても、生きるのが精一杯で、/手を休めるとたちまち生活に困る。」(シラ31:3-4)
 清廉潔白なお金持ちは幸いである。会衆はかれを讃えよ。かれは黄金の誘惑になびかず、それを追い求めなかったから。法を犯すこともできたのに一線を踏み越えず、悪に手を染めることもできたのにそうしなかったのだから。かれの財産は揺るぎなきものになるだろう。

 シラ31:12-32:13〈宴会の席での心得〉
 豪勢な食事が用意された卓を前にして、下品に振る舞うべからず。舌なめずりするな。我を忘れるな。意地汚い目で見るな。片っ端から料理に手を伸ばすな。人を押しのけてまで料理を取ろうとするな。
 同席の人たちを思いやり、すべてに気を配れ。上品に、とはいわないが、ただ礼儀を守って食事せよ。音を立てたり、他人の噂や嘲笑を誘うような食べ方をするな。行儀というものをわきまえよ。誰よりも先に箸をつけるな。
 親にきちんと躾けられた者は腹八分目で満足する。食べ過ぎていないから、床に就けばぐっすり眠れ、朝の目覚めは快適だ。無理に食べさせられたり飲まされたりしたら、黙って席を外してどこかで吐いてこい。そうすれば楽になる。なににしても節度を守れ。そうすれば病気にもならない。
 わたしイエススの教えを笑う者は笑え。そうした者もやがてわが言葉、わが教えの正しいことを知るだろう。
 酒をたらふく飲んで男っぷりを見せ付けようとするな。深酒が原因で身を滅ぼした者がどれだけいたことか。
 節度を守れば、酒は良いもの。人に生気を与え、また、心を浮き立たせ、人を陽気にさせる。そも酒は楽しみのためにある。
 節度を破れば、酒は悪いもの。本性を露わにして、人と人を相争わせる。人を不快にさせ、侮蔑の原因を作る。気分を損ない、苛立ちや間違いの原因となる。
 ──宴会の幹事となったら1人だけ突出したりせず、皆と同じように振る舞え。但し、まわりへ常に目を配り、心を配れ。それが本来の役目だ。「自分の任務をことごとく果たした後に着席せよ。/そうすれば、みんなの楽しみがお前の喜びとなり、/事の運びが見事だというので誉れの冠を受ける。」(シラ32:2)
 年長者よ、語れ。但し、要点を外すな。音楽の邪魔をしたり、教養や知識をひけらかすな。喋り過ぎるな。
 若者よ、必要なときだけ口を開け。簡潔に、されど豊かに語れ。博識であっても寡黙であれ。目上の人の前で、自分を大きく見せようとするな。嘆かわしい。そんなのはただの愚か者だ。
 人望は慎み深い者に立つ。
 「潮時と見たら、席を立ち、ぐずぐずするな。/まっすぐ家へと急ぎ、道草を食ってはならない。/家では楽しく過ごせ。したいことは何でもせよ。/しかし、高慢な言葉を吐いて罪を犯すな。/これらすべてのことに加えて、/お前を造られた方、/その賜物によって歓喜に酔わせる方を賛美せよ。」(シラ32:11-13)

 お金の亡者は欲望に突き動かされるだけで、けっきょく正しい人にはなれない。使うべきお金、使った方が良いお金、使わない方が良いお金、使うべきでないお金。これらの区別をわきまえられぬ者は、どれだけ蓄財に勤しんでも、実際に富を築きあげたとしても、所詮は愚者だ。
 清廉潔白なお金持ちがどのような人か、簡単に触れられている。が、わたくしの思うに、世の道理に背くことも外れることもなく正しく生きることに加え、前段で述べた4種類のお金についてよく知り、それをわきまえることが、讃えられるべきお金持ちというのだろう。
 ──こんなお金持ちになりたい。後ろめたいことをして得たお金を投資に回せ、と説く『金持ち父さん、貧乏父さん』なんて読んで参考とする者らに、そんなものに学ぶぐらいならまず先に「シラ書」第31章を繰り返し読め、というてやりたいね。まあ、馬耳東風に終わることだろうけれど。
 宴席での心得を説いた後半部について、特に述べることはないように思う。わたくし自身には、章をまたいで綴られたイエススの文章に「否」を叫ぶところがないからだ。一々に対して首肯するのだった。宴会の席に連なる社会人はここを読み、自らの戒めとし、範とせよ。



 10月も中旬にさしかかろうとする今日、不安になってしまったのである。本ブログの進捗状況について、だ。
 旧約聖書続編読書ノートは1月に始まり、12月25日擱筆の予定で進んできた。が、先を見るにこの予定は微修正せざるを得なくなった様子。クリスマスではなく大晦日の晩に「マナセの祈り」が読めれば万々歳、というところか。
 自分が頑張れば良いのだが、オーヴァー・ワークの反動でその後数日なにも書かずに過ごしそうな、確信というてほぼ間違いなさそうな予感がしているのだ。途中のエッセイ期間を省けば予定日通りに筆を擱けるかもしれないのだが……。なんだか悩ましいな。「マカバイ記 一」の読み直しもできないか。嗚呼。
 が、続編が何月何日に読み終わるにせよ、来年1月中には新約聖書に取り掛かろう、と思うている。◆

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