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第1751日目 〈シラ第32章2/2&第33章1/2:〈主を畏れる人〉&〈主の裁断〉withMacに切り替えて困った唯一のこと:どうせ書くなら新作を!〉 [シラ書〔集会の書〕]

 シラ第32章2/2と第33章1/2です。

 シラ32:14-33:6〈主を畏れる人〉
 主を畏れる人とは、どのような人か。わたしイエススが思うに、──
 ・教訓を受け容れ、知恵を求める人。
 ・早朝から主を礼拝する人。
 ・律法を窮めようとし、かつこれに習熟する人。
 ・なにが正しいかを見出す人。
 ・分別あり、思慮に欠けることのない人。
 ・よく考えて行動し、よく考えて発言する人。
──となろうか。
 「律法を頼みとする人は、掟に注意を払い、/主を信頼する人は、生活に困ることがない。」(シラ32:24)
 こうした主を畏れる人に対して、いったいどのような災難が起こるというのだろう。たとい災難が降りかかり、試練に遭ったとしても、そのたび救い出される。
 知恵ある人は律法について誠実だ。聡明な人は御言葉を信頼している。かれにとって律法と御言葉は頼りとなるものだから。
 事前の準備なくして話すな。知識と考えを整理してから答えよ。
 ──主を畏れぬ者、偽善者、罪深き者、愚か者とは、上に述べた事柄に背き、または外れた衆をいう。

 シラ33:7-19〈主の裁断〉
 或る特定の日が他の日よりも一段高いのは、主が安息日、祝祭日と平日を分けた(裁断した)からだ。主は季節と安息日、祝祭日を定めた。或る日を高めて聖なる日としたのは主である。
 人間は皆、大地の土から造られた。アダム以来ずっとそうだった。主はあり余る知識により、人間全員を違うように造り、それぞれ異なった道を歩ませた。創造主は御手のなかの人間を思うがままに裁かれる。
 善と悪、命と死、信仰深き者と罪深き者。これらのみならず、いと高き方が造ったすべてのものが一対のものとなっている。そのことを知れ。
 「わたしは目を覚ましている最後の者だった、/摘み取る者が残したぶどうを集める者のように。/わたしは、主の祝福を受けて早くそこへ着き、/摘み取る者と同じように、/搾り桶をいっぱいにした。
 知ってほしい。わたしが労苦したのは、/自分のためだけではなく、/教訓を求めるすべての人のためであったことを。/わたしの言葉を聞け。民の上に立つ者たちよ。/会衆の指導者たちよ、わたしに耳を傾けよ。」(シラ33:16-19)

 シラ33:1を読むと否応なくヨブのことを思い出す。義人でありながら突然わが身を襲った災いに、一時は主を呪う言葉を吐きながらすべてに優るものは主より他なし、と悟り、改悛して取り成しを求め、以前にもまして讃えられるようになった人、ヨブ。
 ──「シラ書」の著者イエススの時代、それを翻訳した孫の時代、「ヨブ記」はどのように読まれていたのだろう。
 それはともかくとして、時々イエススの発言が辛辣になったり毒舌になったり、思わず拍子抜けするものになる場面に出喰くわすと、ふしぎと安堵することである。読者諸兄は如何だろうか?



 WindowsのノートPCからiMacに切り替えて早くも8ヶ月、外での原稿執筆用他にMacBookAirを購入して5ヶ月になる。困ったことは特段、ない。最初のうちは操作についてクウェスチョン・マークが頭の上に点り、Appleのサポートセンターに何度電話したことか。しかしながら操作にも馴れて、いまはまたiPadminiを今年中に購入しようと企み、来年はiWatchかなぁ、と夢想しているのだから、すっかりアップル商品に骨抜きにされてしまっているのを自覚する日々。
 もはやWindowsPCに戻ることはできないだろうが、それでも一太郎の操作性だけはいまでも懐かしく思われ、時々Pagesと無意識に比較して、内心やりきれぬものを覚える。それに伴って、唯一困ることがあるとすれば、過去に書いた文章に手を加えて新稿/決定稿としてお披露目することができなくなってしまったことだ。一太郎で作成していたメモについても然り。
 稀に、エッセイの執筆に行き詰まることがある。未成熟な素材を出すにはまだ早く、かといって原稿のストックがあるわけでもない状態の日は、なにを書いて良いのかわからない。そんなとき、横目でWindowsPCで使っていたHDDやUSBメモリを見て、溜め息を吐く。そうして、手間は掛かるけれど、一太郎からテキストに変換した後、Macで推敲して一編のエッセイに仕立てあげようか、と考える。
 でも、たぶんそんなことはしない。手間を惜しむのではない。それなら最初から新作エッセイ(適切な表現が見附からない)を書いてしまった方が気分も良いし、後ろめたい気分とならずに済む。過去の文章に頼るのも嫌だ。いちおう物書きの端くれなので、お披露目するなら絶対新作、と思うている。なけなしのプライドを引き裂かれたみたいで後味が悪いのだ。かつて過去に書いたものをお披露目したことは、たしかにある。が、それは愛着と自負ゆえの行為。
 限られた時間のなかで蕩けた脳味噌を酷使して、毎日、本ブログ用の、お金にもならない原稿を書いている。酔狂な自分。◆

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