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第1755日目 〈シラ書第36章:〈イスラエルのための祈り〉&〈賢い選択〉with徳善義和『マルチン・ルター 生涯と信仰』を読んでいます。〉 [シラ書〔集会の書〕]

 シラ書第36章です。

 シラ36:1-22〈イスラエルのための祈り〉
 主よ、われらイスラエルを憐れみ給え。主よ、全異邦人があなたを畏れるよう計らい給え。
 すべての異邦人へ向けて御手を振るい、御業の数々を降らせてください。われらにとってあなたが聖なる存在であることを、かれらへ示してくれたように、かれらにとってあなたが偉大であることを、われらへ示してください。あなたの他に神はいない、とわれらに悟らせたことを、かれらにも悟らせてください。
 敵なるかれらをあなたの力で以て滅ぼしてください。あなたは、あなたが定めた<時>があるのを思い出し、その訪れを速めてください。敵なるかれらが、あなたの御業を代々に渡って語り継いでゆくようにしてください。
 主よ、いままたあなたの民、イスラエルのすべての部族を御許へ集め、昔と同じくあなたの遺産を与えてください。主よ、あなたの長子、イスラエルを憐れんでください。主よ、あなたの聖所がある町エルサレムに、あなたの安息の場所シオンに慈しみを与えてください。神殿があなたの栄光で満たされますように。どうか。
 「初めに創造された民に、あなたの約束を果たし/御名によって語られた預言を成就してください。/あなたを待ち望む人々にふさわし報いを与え、/預言者たちの正しいことを立証してください。」(シラ36:20-21)
 主よ、慈しみによって僕たるわれらの祈りを聞き入れ給え。全地の民があなたを認めることでしょう。

 シラ36:23-31〈賢い選択〉
 「顔形の美しい女は人を喜ばせる。/これにまさって人が願い求めるものはない。/女の話しぶりが優しく、穏やかであるなら、/その夫はどんな男よりも運が良い。/妻をめとった者は財産造りを始めたのだ。/ふさわしい助け手、支えの柱を得たのである」(シラ36:28-29)
 妻なき男、独り者はあてもなく地を彷徨う放浪者である。「身一つで、町から町へと渡り歩く無頼の徒を、/だれが信用するだろうか。/ねぐらを持たず、/日が暮れたらその場所に寝るような者を。」(シラ36:31)

 所詮は、──というてよいかわからぬが、イスラエルの民が主に向かい、自分たちとエルサレムの守りと憐れみについて祈るとき、同時に敵なる衆に対して主がその御手をかざし、その御業を揮い、打ち滅ぼされることをも祈っているのではないか。
 主を畏れて改悛するか、主を無視して滅びるか。──選択肢はあってないようなものだ。他の民が主の言葉に耳を傾けたり、主の御業に恐れをなしてこれまでの行いを悔い改めることは、これまで殆ど見受けられなかったからだ。気付いたときは既になんらかの形で災いが降っている。或いは、結果として「いと高き方」への信仰を容認していたり、である。バビロニアとペルシアがそうであった。シラの時代にはギリシアも然りであった。
 いずれにせよ、「ヨナ書」にあったような、ニネベの町全体での悔い改めは稀な例であった、ということだ。
 そういえば、〈イスラエルのための祈り〉で引用したシラ36:20-21。考えてみれば、存命中に自分の預言が(一部なりとも)成就する様を目撃した預言者は、いなかったように思える。どうだろう? エレミヤとヨナはすぐに思い浮かぶけれど……今度の休みには預言書を読み返そう。
 後半、〈賢い選択〉は聖書本文を引いて諒とした。あたら自分の言葉で語り直すよりも引用することこそが「賢い選択」である、と判断するからだ。ここは筆者即ちわたくし、みくらさんさんかの思いを十全に語り尽くしたような箇所である。聖書の言葉に自分の思いを託す。わたくしも、ここでそれをやってみた。
 いうなれば前半、シラ36:28-29はかつて自分が切に望んだこと、同:31は、そうしてわたくしの行く末の素描である。
 「神の怒りはとけ──戸は開かれた──/あわれな魂は解き放たれた。/わたしの前途には限りない希望と/奇跡にみちた時とがある」と、カール・ヒルティはいう(※)。──まったく正反対だ。

 ※『眠られぬ夜のために』第一部九月一日条 P248 草間平作/大和邦太郎・訳 岩波文庫。



 ちかごろ枕辺にあって読むものは、『ヒルティ著作集』第6巻(白水社)と徳善義和『マルチン・ルター 生涯と信仰』(教文館)であります。後者はずっと書店の棚にあって買い悩んでいたものですが、過日、仕事帰りに思い切って買ってしまいました。
 『マルチン・ルター 生涯と信仰』は、ずっと読みたかった本。亡き婚約者がプロテスタント系の女子校に通っていたこともあり、ルターには教科書で馴染む以上のものを感じ、機会あらば人となりについて、またその著作に触れてみたいと思うていたので、その第一歩として少しずつ就寝前に読み進めています。
 ヒルティはカトリックでした。ルターは、当然プロテスタントです。異なる宗派の偉人の著作を読み耽ることに、なんの実害も弊害も、障りもありません。読書の桃源郷に彷徨いこんだ心境ではありますが……。◆

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