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第1762日目 〈シラ書第42章2/2&第43章:〈恥じる必要のない事柄〉、〈主の栄光〉他with『レクラム版聖書人名小辞典』を購入しました。〉 [シラ書〔集会の書〕]

 シラ書第42章2/2と第43章です。

 シラ42:1 1/2-8〈恥じる必要のない事柄〉
 恥じよ、とわたしイエススはいった。が、下記のことについては恥じる必要はない。たとえば、──
 主の律法と契約について。不信仰な者へ降される正しい裁きについて。きちんとした態度で商売に臨むことについて。子どもを厳しく躾けることについて。その他。
 妻の素行を疑って家の物に鍵をすることについて。物分かりの悪い者をたしなめることについて。みだらに振る舞う年寄りや愚か者に注意することについて。など。
 これらについて、あなたは恥と思うことはない。
 あなたは真に教訓を身に付けた者となりなさい。

 シラ42:9-11〈父親と娘〉
 何歳になろうとも、娘は父親の心配の種。
 また、独身のときは婚期を逃して行き遅れたり、行かず後家になったりしないか。
 辱めを受けたり乱交に加わったりして、素性の知れぬ男の子供を宿しはしないだろうか。
 縁に恵まれ結婚したらしたで、夫や夫の家族に嫌われたりしないだろうか。
 夫ある身でありながら不貞を働き、夫以外の男と床を共にしたりしないだろうか。
 ──嗚呼、娘が何歳になろうとも、彼女は男親にとって、誰に話すこともできない不眠の原因である。

 シラ42:12-14〈女に気をつけよ〉
 「女からは女の邪悪も出てくる。/男の悪行は、女の善行よりましだ。」(シラ42:13-14)

 シラ42:15-25〈主の業〉
 わたしは、と著者イエススはいう。「わたしはいま、主の業を思い浮かべ、/わたしの見たところを詳しく語ろう。」(シラ42:15)
 主の言葉によって御業は為され、それは栄光に充ち満ちている。主は自分の業については天使にすら語ることを禁じた。主の御がそれを語り得る。万物の基を主は揺るぎなく据え、万物を主は栄光で満たして固めた。
 主は、地下の海についても人の心についても究め尽くし、その仕組みについて種々知り尽くしている。主はすべてに精通し、時の徴に目を留める。過去と未来を主は知る。隠された思いは見逃されず、人の一言半句も聞き漏らさぬ。
 主は、自身の知恵に基づき壮大な業を秩序立てる。そうして、永遠に変わることなき存在。
 「主には、付け加える者も取り去る者もなく/主はいかなる助言者も必要とされない。」(シラ42:21)

 「主のすべての業はなんと見事なものであろうか。/目に映る小さな火花に至るまで。/これらすべてのものは永遠に活動を続け、/すべての必要を満たし、すべてに応じる。/すべてのものは対をなし、一方は他に対応する。/主は不完全なものを何一つ造られなかった。/一方は他の長所を更に強める。/誰が主の栄光を見て飽き足りたといえようか。」(シラ42:22-25)

 シラ43:1-33〈主の栄光〉
 天地のすべてが主により創造された。力を尽くして主を崇め、言葉の限りに主を讃えよ。
 太陽;真昼ともなれば大地を干上がらせ、山々を焦がすもの。その光線は人の目をくらませる。主の命令によって太陽は、その定められた道を行く。
 月;日々満ち欠けして姿を変え、時を示して季節を知らせるもの。その明かりは周期が終わるにつれて弱まる。月光、それは天の軍勢の合図の光だ。
 星;主の命令により天の見張りを務めるもの。夜空にあってそれは美しき装い。いと高き方の命令で、それらは毎季定められた位置に身を置く。
 虹;専ら雨上がりの清らかな空に現れた、天の栄光の弧。諸人はこぞってその輝く様を見て、一際の美しさに主を誉め讃える。
 気象;稲妻。つむじ風と北風。雪と霜。氷。「しかし、雨雲はすべてを速やかにいやし、/露は熱風を追い散らし、気分をさわやかにする。」(シラ43:22)
 海;かつて地下の大海は沈められ、島々が新たに据えられた──主の計らいにより。船乗りは海の危険を語り、聞く者は驚く。海には主により創造された生物や怪物が住まう。
 ──
 「主の使いは、主の力によって務めを果たし、/主の言葉によって万物は秩序立てられている。」(シラ43:26)
 「主の栄光をたたえる力をどこに見いだせよう。/主は御自分のすべての御業にまさって偉大だから」(シラ43:28)
 ──
 「以上のことよりまだ多くの偉大な秘儀がある。/我々は、御業のほんの一部を見たに過ぎない。」(シラ43:32)

 第42章〈主の業〉と第43章〈主の栄光〉は一度に読んでしまった方が良いものである。わたくしは別々の日にこれを読み、原稿を書いて失敗した、と思うている。その反省からブログも一日にまとめた。
 仔細に読めば首肯できることも書いてあろうが、「シラ書」は後半になるにつれて、著者の発言や教えに以前読んだものと重なる部分が出てくる。繰り返しによって読書態度が身を入れたものからは程遠くなるのは、或る意味に於いて必定か。
 斯様にだれてしまった結果か、本日の原稿の出来映えについてはまるで自信がない。推敲も何度かした上でこの有様である。主の御業とか主の栄光とか、読んでいる分には特に問題もないけれど、いざ原稿にしようとすると途端に萎えてしまう。まとめようがないのだ。
 手に余る、というのではない。他の話題以上に内容を咀嚼しかねる、という方が事実に近いか。預言書のときも同様に悩まされたが、こうしたあたりが信徒にあらざる聖書読者の限界なのかもしれぬことを、つくづく痛感する。
 ──「シラ書」は明日から終幕のコーダに入る。即ち、天地創造以来ユダヤ人の歴史のなかに現れた賢人たちへの讃辞と、おわりの祈りである。



 創元社からハンス・シュモルト著『レクラム版聖書人名小辞典』が発売されました。訳者は高島市子。2014年9月刊。
 書店の棚で見附けて立ち読みしたその日から何日か逡巡した後、意を決して購入しました。明日から本ブログも、イスラエル民族の歴史に登場した語るに足る人物たちの記述に入ってゆくので、このようなレファレンス文献は持っていた方がよいのです。厚さも新共同訳聖書の約2/3なのが救い。
 ぱらぱら目繰って記憶にある或る人物の記述を読む。そこから他の人物の項目へ移って、そこを読んでゆく。そのあとは芋蔓式に、限りある時間を食い潰すようにしてあっちこっちへページとページの間を行き来する。楽しい読み物、有益な資料。──どうして旧約聖書を読んでいた昨年にこれの翻訳が出てくれなかったのか。
 これはおそらく、わたくしがこれまで享受を承けてきた幾つかの同種の出版物のなかで、最も便利で情報豊かな聖書人名辞典。仕事帰りに寄り道して、読んで書く、という生活をしている身に、このコンパクトさでまずは満足できる内容が備わっているとあれば、普段の荷物へ新顔として加わるも当然か。
 本書がやがて手擦れしたり、ページの端が折れたり、小口が汚れたりする日は、いったいいつ来るだろう。◆

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