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第2358日目 〈ヨハネの黙示録第11章:〈二人の証人〉with今年最後の3ヶ月で部屋の模様替えとかしよう!〉 [ヨハネの黙示録]

 ヨハネの黙示録第11章です。

 黙11:1-14〈二人の証人〉
 わたしは杖のような物差しを与えられた。声がわたしにいった、その物差しで神殿と祭壇を測、礼拝する者の数を数えよ。但し神殿の外庭は測らなくてもよい、そこは異邦人に開放されているからだ。声曰く、異邦人は42ヶ月にわたって聖都を蹂躙するからである、と。
 声は、2人の証人を立てて1,260日の間預言させよう、といった。それは地上の主の御前に立つ2本のオリーブの木であり、2つの金の燭台である。証人は預言の最中は天を閉じて雨が降らないようにする力があり、またかれらに害を及ぼそうとする者に対してはことごとく殺めて倒す力もあった。
 かれらが預言を終えると、1匹の獣が底無しの淵から這いあがってきて戦い、獣が勝利を収める。証人の死体は、たとえばソドムやエジプトと呼ばれる町の目抜き通りに曝され、全地の人間がそれを眺めに集まってくる。3日半の間、それはそこに曝され、ゆえに埋葬することを許されないだろう。「地上の人々は、彼らのことで大いに喜び、贈り物をやり取りするであろう。この二人の預言者は、地上の人々を苦しめたからである。」(黙11:10)
 3日半が経過した後、命の息が神から出て、2人の証人の体に入る。すると証人は再び立ちあがった。死体を眺めていた者らはどよめき、驚き、そうして恐れた。2人の証人はそのとき聞こえた天からの声に従って、雲に乗り、天に上がった。誰もが──かれらの敵さえもそれを見た。かれらが天に上ると、地上には大きな地震が起こり、都の1/10が倒れ、7,000人が死に、辛うじて生き残った者らはこのことに畏怖を抱いて、天の神の栄光を讃えた。
 ──第二の災いが過ぎ去り、この後更に第三の災いが速やかにやって来る。──

 2人の証人/預言者とは2本のオリーブの木であり、2つの金の燭台である。これはゼカ4:1-3を踏まえた表現であるが、具体的に誰と誰を指すのか、定かではない。
 本章では過去に読んだ書物の場面を連想させるところが3ヶ所あります。杖のような物差しを与えられて神殿や祭壇を計測せよ、とは「エゼキエル書」を思い出させます。バビロンにいた預言者エゼキエルは或るとき幻のなかでエルサレムに戻り、神のみ使いがエルサレム各所の測量を行うのに同行します。黙11:1を読んで、わたくしはそれを思い起こしたのでありました。本章にてこの計測の指示が幻視者に与えられたのは、エルサレム陥落を暗に伝え、瓦礫からの復興もしくは新たなる聖都造営に備えてのことなのかもしれません。
 そうして黙11:7-13。ここについては2つに分けます。1匹の獣によって2人の証人が殺され、死体が曝され、それを見物に来た衆がいて、地震に襲われる:これをゴルゴタの丘に於けるイエスの処刑と直後町を襲った地震を思わずに読み流すのは不可能事ではないでしょうか。1匹の獣がローマを指すのか、或いはもっと大雑把に反キリスト勢力を指すのか、はっきりとしたことはわかりません。
また、3日と半日後に2人の証人は神の命の息を吹きこまれて立ちあがり、やがて天に上った:これを3日後に実現したイエスの復活と昇天を思い出さずに読める人がどれだけいるのでしょう。疑問です。
 「ヨハネの黙示録」著者は旧約聖書に精通し、イエスに親しく接した人物であろう、とは既に述べました。それが使徒ヨハネならば、すくなくともゴルゴタの丘での磔刑から皆の前での昇天までを具に目撃しているわけですから、それを書物に綴る際自在にパラフレーズすることは十分可能でありましょう。
勿論、幻視した事柄を書いたものが本書「ヨハネの黙示録」でありますが、幻視した光景のすべてを正確に文字へ移し替えることができたとは到底考え難い。──物書きの端くれとして疑を呈す、そんなことが完璧に出来るものか、と──。視た光景をあとから思い出して書こうとしたとき、描写の補強材料になるのは<それ>にまつわる自身の記憶だけではありませんか。そう考えるのであります、いまは。



 ブログが終わったらぜったい部屋の大掃除と模様替えに手を着けるんだ。床から隆起した本の山脈を切り崩し、Macがあるに相応しい部屋にするんだ。なによりも探している本や書類の類がすぐに見附けられる部屋にするんだ。
 そのためには不要なものはヤフオクに出品したり、処分できないけれど部屋に常置する程でもないものについては、(むかしのように)レンタル倉庫も活用していかないとね。10月頃から少しずつ手を着けて、年末年始には新装できれば良いな。◆

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