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第2360日目 〈ヨハネの黙示録第13章:〈二匹の獣〉with加藤某のあとは宮部みゆきだよ!〉 [ヨハネの黙示録]

 ヨハネの黙示録第13章です。

 黙13:1-18〈二匹の獣〉
 わたしは視た、一匹の獣が海中から出現するのを。獣は10本の角と7つの頭を持ち、10本の角には10の冠を戴いている。頭には地上のあらゆる言語で神を冒瀆する言葉が書かれていた。
 竜はこの獣に、自分の力と王座と強大な権力を与えた。
 獣の頭は傷附けられていて、誰もが死んだと思いこんでいた。が、その致命的な傷は治って再び全地の諸国民の前に現れた。人々はすっかり驚いてしまい、皆々これに服従した。竜が獣に自分の権威を与えていたので、人々はこの獣を拝んだのである。そうして人々はこの獣に比肩し得る者のありやなしやを囁き交わした。
 獣には大言壮語と冒瀆の言葉を吐く口が与えられていた。また、42ヶ月にわたって活動する権威も与えられていた。獣は口を開いて神を、神の名を、神の幕屋を、天に住む者たちを冒瀆し尽くした。獣は聖なる者たちと戦ってこれに勝利する力を与えられていた。あらゆる種族、あらゆる民族、あらゆる言語を異にする民、あらゆる国民を支配する権威も与えられていた。
 「地上に住む者で、天地創造の時から、屠られた小羊の命の書にその名が記されていない者たちは皆、この獣を拝むであろう。/耳ある者は、聞け。/捕らわれるべき者は、/捕らわれて行く。/剣で殺されるべき者は、/剣で殺される。/ここに、聖なる者たちの忍耐と信仰が必要である。」(黙13:8-10)
 ──これをわれらは第一の獣と呼ぼう。──
 わたしは視た、一匹の獣が地中から出現するのを。小羊に似た2本の角を持ち、竜のように物をいっていた。
 この獣は第一の獣が有していたあらゆる権威を、第一の獣の前で揮い、かつ致命的な傷の治った第一の獣を全地の諸国民に拝ませた。大きなしるしを行って天から火を落とし、人々の前で燃えあがらせた。第一の獣の前で行うのを許されていたしるしによって、地上の人々を惑わし、剣によって傷を負ったもののなお生きている先の獣の像を造るよう命じたのである。この第二の獣は件の像に息を吹きこみ、喋れるようにした。獣の像を拝まぬ者あらば容赦なく殺した。
 この第二の獣は、小さな者にも大きな者にも、富める者にも貧しき者にも、奴隷にもそうでない者にも、およそすべての者に右手か額に或る刻印を押させた。その刻印なき者は物を売ることも買うこともできなかった。
 刻印について述べよう、──
 「この刻印とはあの獣の名、あるいはその名の数字である。ここに知恵が必要である。賢い人は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人間を指している。そして、数字は六百六十六である。」(黙13:17-18)

 本章がローマ帝国によるキリスト教弾圧、信徒迫害を語っているのは明白であります。ほんの少しの歴史的事実さえ承知していれば、あとはジグソーパズルの空白を埋めるが如し。勿論常に自制して牽強付会に陥らぬよう努める必要はありますが。いずれにせよ、露骨といえばあまりに露骨な章ではございます。
 〈前夜〉にて綴ったことの繰り返しになりますが、これの背景となるのは皇帝を神として礼拝せよ(ドミティアヌス帝)、死したる皇帝をも神として礼拝せよ(トラヤヌス帝)、という勅命(黙13:3-4及び12)。もう1つは、ネロ帝のローマ大火(黙13:13)であります。また、黙13:3はネロ帝にまつわる伝説を踏まえている、といいます。ネロ帝が生まれ変わってドミティアヌス帝となり、キリスト教、教会、信徒たちへ前後に例なき最大級の弾圧/迫害を行った、という伝説。
 そうして刻印の数字、666はヘブライ語でネロ帝の名を綴り、その子音をそれぞれ数字に変換した際の和とされる。この数字についてはいろいろ解釈や想像を生む余地があるから意見の完全一致は難しいのかもしれませんが、「666=ネロ帝」とするのがいちばん有力かつ妥当であるのだろうな、とわたくしなどは思うのであります。この数字をオカルト的意味合いで不吉な数字というイメージを、キリスト教と縁なき者にまで植え付け、周知・定着させたのは疑うべくもなくかの映画『オーメン』でありましょうな……。

 本日の旧約聖書は黙13:10とエレ15:2及び43:11。



 先日加藤某の小説を中途で閉じ、別な作家の小説を読むことにした旨お伝えしました(してるよね?)。
 あれから次は誰を読もうか、と未読の山を眺めて考えていたのですが、やはりここは宮部みゆきしかいないだろう、と決めるに至りました。──本物のプロフェッショナルの小説を読みたいのだ!!
 未読の山にある文庫は『淋しい狩人』(新潮文庫)と『あやし』、そうして『宮部みゆきの江戸怪談散歩』(新人物往来社文庫)でした。単行本では<三島屋>シリーズの『おそろし』(角川書店)、『あんじゅう』(中央公論新社)と『泣き童子』(文藝春秋)であります。
 通勤時間もこれからは長くなることだし、どうしたわけかこれまで縁の薄かった作家をがんがん集中的に攻めてゆこうか、と思うております。このあとには横溝正史『獄門島』と江戸川乱歩『孤島の鬼』(創元推理文庫)と新潮文庫から出ている2冊の短編集が控えておるのじゃ。
 できれば宮部みゆきと『獄門島』の間に、横溝の『本陣殺人事件』と『殺人鬼』を読んでおきたいのだけれど、これはわれながら難しいなぁ、と諦めております。なぜなら古本屋を回る時間がそれまではまったく取れそうもないから。まぁ、現実とは常にそのようなものであります。◆

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