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第2361日目 〈ヨハネの黙示録第14章:〈十四万四千人の歌〉、〈鎌が地に投げ入れられる〉他with映画のベスト10リストを作るつもりだけれど、〉 [ヨハネの黙示録]

 ヨハネの黙示録第14章です。

 黙14:1-5〈十四万四千人の歌〉
 わたしは視た、シオンの山に小羊が立っているのを。小羊の名と小羊の父の名を額に記した144,000人の者が小羊と共にいるのを。わたしは聞いた、多量の水が轟くような音、激しい雷のような音を。が、それらはわたしの耳には竪琴を奏でるように聞こえた。144,000人は神の御前で、長老と4つの生き物の前の前で、声を1つにして新しい歌をうたった。それはかれらにしか覚えられないような歌だった。
 この144,000人は地上から贖われた者で、まだ女によって身を汚したことのない、所謂童貞である。かれらは小羊の行く所どこにでも付き従ってゆく。かれらは、神と小羊にささげられた初穂。かれらは、人々のなかから贖われた者たち。かれらはその口に偽りがなく、咎められるところなき人たち。

 黙14:6-13〈三人の天使の言葉〉
 わたしは視た、別の天使が空を飛び来たったのを。その天使はあらゆる種族、あらゆる民族、あらゆる言語を異にする人々、そうしてあらゆる国民へ告げ知らせるため、永遠の福音を携えてきた。
 その天使がいった。神を畏れよ、神を讃えよ。裁きの時は来たれり。創造主を礼拝せよ。
 続けて第2の天使が来て、いった。大バビロンが倒れた、(神の)怒りを招く淫らな酒を諸国民にたらふく飲ませた大バビロンが!
 続けて第3の天使が来て、いった。獣とその像を拝み、獣の数字の刻印を押された者は、押した者諸共神の怒りのぶどう酒を飲むことになり、聖なる者たちと小羊の前で火と硫黄で苦しめられることになる。苦しみの煙は世々限りなく立ちのぼり、獣とその像を拝み、獣の数字の刻印を押された者は、昼も夜もただの一刻さえ安らぐことはできない。
 「ここに、神の掟を守り、イエスに対する信仰を守り続ける聖なる者たちの忍耐が必要である。」(黙14:12)
 わたしは聞いた、天から聞こえる声がこういうのを。曰く、書き記せ、いまから後主に結ばれて死ぬ者は幸いである、と。
 また、“霊”がこういうのも聞いた。曰く、然り、かれらは労苦を解かれて平安を得る。その行いが報われるからである、と。

 黙14:14-20〈鎌が地に投げ入れられる〉
 わたしは視た、人の子のような方が白い雲に乗っているのを。その方は頭に金の冠を戴き、手に鋭い鎌を持っている。天使が神殿から出て来て、刈り入れの季節になりました、地上の穀物をその鎌で刈り取ってください、いまや機は熟しましたので、とその方にいった。その方は地上に鎌を投げ入れた。斯くして地上では刈り入れが始まった。
 わたしは視た、やはり鋭い鎌を手にした別の天使が神殿から出て来たのを。また、祭壇のところから火を司る別の天使が出て来て、鎌を手にした天使にいった。その鎌を地上へ投げ入れて全地のぶどうを刈り入れよ、既にぶどうの実は熟している、と。天使は地上へ、手にしていた鎌を投げ入れた。斯くしてぶどうの房の刈り入れが始まった。
 ──収穫されたぶどうは神の怒りの大きな搾り桶に投げこまれ、都の郊外で踏まれた。すると血が搾り桶から流れ出た。それは大地にあふれて馬のくつわに届く程の量となり、1,600スタディオン(約300キロ)にわたって広がった。地は血であふれた。

 鎌によって刈り入れられたものが踏まれて搾り場にあふれる、というのはヨエ4:13に基づく表現であります。これは同時に裁きの日が近附いていることを示しており、引用した黙14:12の文言と見事に呼応します。
 偶然でしかないかもしれませんが、本章は神の栄光や讃美といった輝かしい内容から徐々に暗がりの色を湛えた内容へと、あたかもグラデーションを描くように推移してゆく。そのターニング・ポイントというべきは黙14:8(また、別の第二の天使が続いて来て、こう言った。「倒れた。大バビロンが倒れた。怒りを招くみだらな行いのぶどう酒を、諸国の民に飲ませたこの都が。」)であり、殊に次の〈鎌が地に投げ入れられる〉を読んで、それが大義名分を掲げた一方的な<ジェノサイド>を暗喩するとわかれば、途端に身震いするというものであります。
 単位について、一言添えます。1スタディオンは約185メートル。1,600スタディオンは本文の通り約300キロとなりますが、4の倍数であることから東西南北四方をも意味する。全方位、全世界の暗喩でありますね。
 ──ここでいう「童貞」とは今日のわれらが思うような肉体的・性的なそれでは勿論、ありません。本章に於いてそれは愚像崇拝に代表されるような神の道から外れた行いに耽るなど、肉体も心もキリスト者として身を慎んで生きた者のことであり、清らかな信仰心を抱く者のことであります。……はい、勘違いした者、正直に、挙手!

 本日の旧約聖書は黙14:15とイザ17:5及び27:12、黙14:18とイザ63:1-3及びエレ25:30、黙14:20とゼカ14:2-5及びヨエ4:2並びに同12。



 9月になって秋風も吹き始めた頃でありますが、同時に天候不順な日も続くようになりました。この時期になるとわたくしのなかに到来する1つの思い、それは……まぁ、実際はいろいろあるんだけれどさ、今年観た映画のベスト10のリストでも作り始めるかぁ、ということ。勿論、まだ3ヶ月残っている。が、叩き台となるリストは作っておくべきだ。残り3ヶ月でリストを改定してゆけばいいだけの話である。
 わたくしのこのリストでは今年ロードショー公開された映画とは限定しないから、選ぼうとするとまず「今年観た映画のリスト」を作るところから始まるわけだが、これがとっても難儀な作業で映画館やTV、レンタル(オンデマンドはここに含める。ご意見無用)、CS放送も含めることになるから、雑多かつ無節操なリストが出来上がることになる。その上でベストを選出するわけだから、これはもう一人アカデミー賞審査員状態ですよ(われながら意味わからん)。
 洋画・邦画の別なく選ぶこともあれば、それぞれに分けて選ぶこともある。年によってまちまちなのだが、今年はどうやら双方一緒のリストになりそうだ。なぜならば、今年は洋画ベスト10、邦画ベスト10と分ける程の良作に出会った気がしないからである。たぶん、洋邦併せてベスト15ぐらいまでは簡単に絞りこめるね。そもそもぶっちぎりの、文句なしの第1位という作品がない。『さらば、あぶない刑事』や『シン・ゴジラ』を以てさえも、だ。これはモナミ、困った事態なのですよ。実に、実に、困った事態なのですよ、おわかりですか、ヘイスティングス? ホット・チョコレート飲んでも灰色の脳細胞は動いてくれそうにありません。
 とまれ、年末にはこのリスト、お披露目できればいいですね。これまで作っておきながら公開してこなかったのは、単にタイミングを逸していたからに他なりません。他にどのような理由があるというのです?◆

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