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第2606日目 〈横溝正史「堕ちたる天女」を読みました。〉 [日々の思い・独り言]

 トラックの荷台から落ちた石膏像のなかから美女の死体が! 淋しい場所にある謎めくアトリエでは妖しき犯罪がうごめいている! ……まるで乱歩だ、『地獄の道化師』だ……。そんな連想の働くのもやむない横溝正史「堕ちたる天女」が、本日の感想文の俎上に上せられた作品である。
 交通量の多い交差点での荷物の落下事故から、本編は幕を開ける。果たしてその荷物はトラックの借り主たる彫刻家が造った石膏像で、その女像の芯となっていたのは浅草のストリップ劇場のトップスター、リリー木下だった。彼女は筋金入りのレズビアンと評判で、愛する相手もある身だったがちかごろは異性によろめき、かつての愛人とはすっかりご無沙汰であるという。捜査に乗り出した等々力警部にくっついて金田一耕助もかかわってくるが、やがて事件は同性愛者の愛苦を背景にした保険金絡みのそれに変貌してゆくのだった……。
 寡聞にしてわたくしは横溝正史に同性愛者を主要登場人物に据えた作品のあることを知らない。が、すくなくともこれまで読んできた20数編のなかに斯様な人物は見当たらなかったと記憶する。むろん、古今東西、文学に現れたる同性愛は男女問わず多くあり続けて、いまもやや趣を変えて生み出されているが、たとえば近代文学に目を向ければ未だ知られざる山崎俊夫がいるし、横溝と同じミステリ作家では江戸川乱歩という先達があった。
 ただ、やはり時代を感じさせるのは、犯人として終始疑われてなかなか網に掛からぬ杉浦陽太郎がホモになった経緯だ。戦時中、杉浦は戦地で上官や朋輩の慰み者にされ、結果、復員して後も男相手にしか性愛の情欲の抱けぬ心身となってしまった。こうした戦場での異常体験は帰還兵が多く報告乃至証言を残しているが、作中ではこのような性癖を「ソドミア」と呼んでいる。いまは死語だがかつては蔑みと差別の言葉であったのだ。
 今日のようにその性癖が江湖に知られ、国によっては同性婚さえ認められるようになった時代であれば、リリー木下も杉浦陽太郎も救われたことであったろうに、と21世紀の世界の寛容を顧みて思うのである。
 ──杉浦のこうした性癖を更に哀しくさせているのは、真犯人によって巧みにそれを利用され、濡れ衣を着せられた挙げ句、殺されて人目につくこと稀な所へ棄てられたことだろう。同性愛が世間の理解を得られぬ、蛇蝎の如く厭われていたような時代、その性癖を知られることはおそらくいま以上に悲劇的かつ絶望的、見えない檻に囚われて一切の希望も自由も失われたに等しいことだったかも知れない。
 同性愛という要素をかりに取り払ったとしても杉浦と真犯人の力関係を思うとき、嗚呼、組織てふ透明の檻に囲まれて唯々諾々と日々を過ごす一人であるゆえにわたくしはそれを、訴えるに訴えられぬ類のパワー・ハラスメントに置き換えてしまうのだ。そうして瞳が潤み、憤りのようなものが腹の底で生まれるのを禁じ得ぬのである……。
 長口舌を揮うたが、なにも杉浦に限ったことではない、第一の被害者であるリリー木下も同じで彼女もまた愛を信じた相手に裏切られて殺されたのである。永い春がもたらしたマンネリな関係に刺激を与えてみましょうよ、なんて愛人の提案が、まさか自分を死に至らしめる周到かつ狡猾な罠だったとは知る由もなく。男装した相手を新たな恋人と周囲に吹聴して、これまで経験したことがないような日々の終わりに待つのが自分の殺人計画であるとは、露とも知らず、彼女は愛に生き、愛に殺された。
 然り、真犯人は共謀して哀しき同性愛者を脅し、騙し、欲望成就のマリオネットとしか扱わなかった卑劣漢である。かれらはリリー木下を殺して彼女に掛けられていた保険金をせしめ、口封じに杉浦のみならず2人の女性までも毒牙に掛けてその命を奪った。過去に犯した保険金殺人だけでは満足できないお金に飢えたかれらは、戦争を挟んで此度もまた同じような殺人事件を計画して実行した。その非道ぶり、その冷酷残忍なる様、作中結びの一章にて金田一耕助が、「鬼畜も三舎を避ける」(P357)と評し、終いには「ぼく……ぼく……こんな凶悪な犯罪のカップル、見たことがない。あいつらは悪事を享楽しているんです。気持ちが悪い。吐きそうです」(P357)とまで言い捨てるのだ。こんな名探偵、珍しい。
 かれらの失敗はそこに金田一耕助がいたこと、それに尽きよう。金田一あったればこそ戦前に岡山県であったお宮入りした保険金殺人とのつながりが見え、一挙に2つの事件が落着するに至ったわけだから。これがどういうことかといえば、本作に於いて東の等々力警部と西の磯川警部が初共演し、がっちり握手を交わすのである。
 同性愛を物語の核に持ってきたこと、扱う事件が21世紀の今日も折節報道される保険金殺人であることのみならず、金田一がそんな仮借ない台詞を吐いたという一事だけでも「堕ちたる天女」は、これからも読み継がれてゆくに足る佳編と結論してよいだろう。
 初出は『面白倶楽部』(光文社)昭和29/1954年6月号。◆

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