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第2607日目 〈横溝正史『びっくり箱殺人事件』を読みました。〉 [日々の思い・独り言]

 かつて平井呈一はアーサー・マッケンの佳編『生活の断片』を最初に読んだとき、なんだか勝手が違うと感じて部屋の隅に抛ったが或るとき改めてページを繰ってみたら「こんなすごい作品があったのか!?」と驚嘆、評価を一八〇度転じて握玩の一作となった旨、著作集の解説で披瀝している。
 わたくしもちかごろこのような経験を持った。横溝正史『びっくり箱殺人事件』がそれである。最初は「かったるいもの読んだぁ」と、疲労の吐息まじりに本を閉じたのだが、このたび改めて感想の筆を執るに及んで再読してみたら当初の感慨は吹き飛んで、あとには「異色ながら愛すべき佳編」てふ思いが強く残ったことである。
 大衆芸能の地口を思わせる地の文を魅力に思うのみならず、一筋縄ではとうていゆかぬ登場人物の駄弁雄弁ぶりに以前は辟易したが、いまでは両手を挙げて歓迎だ。
 どうして最初はダメで次は良かったのか、その転換するきっかけはなんだったか──これはもう話は単純で、最初はいままで読んできた金田一耕助物とは著しく異なる勝手にとまどい、次はそれに馴れたからに過ぎない。いちどは最後まで読んでしまっているから、物語の全体が把握できていたという安心感も手伝っていたことだろう。
 殊程然様に本作は、おそらく横溝正史の全著作中でも異色の一作なのではないか。たしかにそれまで読んだ作品でもたびたび、くすり、と思わず吹き出してしまう描写はあったが、それはあくまでシリアスなストーリーのなかに練りこまれた隠し味、或いは一時的な緊張緩和の施策に等しい。
 『びっくり箱殺人事件』が異色なのはプロット、トリック、アリバイ、小道具、動機など<本格ミステリ>の結構を整えているに加えて、この「くすり、とさせられる箇所」を作品全体に広げた結果、<本格>と<ユーモア>が絶妙なバランスで調和した点にある。
 これを奇跡の所産というと、一笑に付されるだろうか。その<ユーモア>が全体を彩っているのが本作に<コージーミステリ>の衣をかぶせている要因だろう、と書けば、もはや失笑レヴェルだろうか……?
 『びっくり箱殺人事件』なる作品あるがゆえに、おそらくその作者を<ユーモア>とか<コージーミステリ>という方面から捉えているのだろうが、わたくしは元より英国産ミステリのファンだからこうしたコージーミステリは大歓迎なのだが、まさか横溝正史の小説を読みすすめてゆく過程でその種の作品に出合えるなんて思いもよらなかったよ。
 本作には幾つもの要チェックな箇所が登場するけれど、ときどき作者が顔を出して物語の進行を促す、その筆捌きもその一つといえるだろう。たとえば、──
 「だが、こんなふうに書いていると、いつまでたってもこの小説は終わらんというオソレがある。なにしろ幽谷先生をはじめとして、駄弁家ぞろいの一党のことだから、いつ何時誰がまたよけいな口出しをして、いよいよますますこの小説を、長からしめる結果にならぬとも限らぬので、暫くかれら一党をことごとく黙殺して」(P76)云々
──など作品全体を損なう結果になりかねぬ、作者という全知全能の神が作品に介入する技術も、ストーリーテラー横溝の手に掛かれば斯様に物語の流れを妨げることなく作中へ埋めこむことができるイコール物語に没入している読者をふと現実に戻してしまう愚を犯さずに済む、というお手本といえるだろう。
 なにしろ『びっくり箱殺人事件』には一筋縄ではいかないような人物が勢揃いし、それぞれ機あらばその場の主役をかっさらうぐらいの勢いで喋り、動いてくれるのだ。とすると、神なる作者による介入は物語を破綻なく滞りなく運行するための、「冴えたやり方」であったか。
 ところで横溝正史は登場人物を指して、こんなふうにやや呆れ顔で、しかし愛情たっぷりに書いている、──
 「まことに春風駘蕩たるものである。幽谷先生の楽屋に集まった怪物団諸公の話しぶりを聞いていると、今宵ここで殺人事件があったなどとはとても思えない。常日頃、こういう世界に馴れている恭子さんだったが、このときばかりは呆れかえってしばらく言葉も出なかった」(P121)
 ああ、この登場人物の自由闊達ぶり、かれらのかもすのどかな空気! 良質のミステリに欠くべからざる余裕と稚気に満ちみちた本作にあって、それは潤滑剤であると同時にトリック解明の鍵でもある。
 安楽椅子へ坐ってコーヒーとドーナツを口にしながら読むにうってつけな、横溝正史版<コージーミステリ>『びっくり箱殺人事件』と出合えた幸福に、感謝。そうして感想文書きという目的があったとはいえ再読の機会が与えられたことにも、感謝。その一方で本作に金田一耕助が登場するはおろか名前だに出されぬ理由も、なんとなく理解できる──、ひとこと、そぐわないよね。
 『びっくり箱殺人事件』を読むにいちばんオススメなのは、読書のためのみの時間がたっぷり取れる日、なにものにも邪魔されないけれど適度に生活音のある環境に身を置くことだ。読書の酩酊を味わうに申し分ない環境を作り出すのは至難の業かもしれないけれど、実現すればそれは贅沢で豊潤な読書経験をもたらしてくれるに相違ない。
 ──自分の反省と経験を踏まえて、上述の如く意見具申させていただく。ちなみにわたくしが読み直したのは、京浜急行本線〜都営浅草線〜京成本線に揺られる約3時間強の遠出に於いてであった。◆

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