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第2616日目 〈横溝正史「不死蝶」を読みました。〉 [日々の思い・独り言]

 事の起こりはこうだった、──
 金田一耕助ははやる気持ちを抑えて信州へ向かう列車のなかにいた。ふだんは断る身元調査を今回に限って承けたのは、東京の事務所に舞いこんだ脅迫状に俄然闘志を奮い立たせられたからだった。と同時に目的地である信州射水が鍾乳洞で知られた土地だったせいもある。然り、このとき金田一の脳裏に浮かんだのは、『八つ墓村』の事件であった。元を正せば今回の依頼も『八つ墓村』事件を知る警察関係者の仲介があった由。
 さてその射水の町には来日中のブラジルのコーヒー王の養女、鮎川マリが母親と使用人を伴って滞在していた。金田一をこの地へ招いたのは町の素封家矢部家の当主、杢衛である。かれ曰く、鮎川マリの母、君枝は23年前にこの町で起こった殺人事件(現場はやっぱり鍾乳洞!)の最重要容疑者で事件直後に姿を消して消息不明な玉造朋子に相違ない云々。玉造家は矢部家と並ぶ町の素封家で、今日なお栄えている名家。
 かつて矢部家の男と玉造家の女が相思相愛の仲になった。が、如何せん『ロメオとジュリエット』を地で行くような両家のいがみ合いは、かれらの恋愛を到底許さなかった。ゆえにかれらは人目を避けてもっぱら鍾乳洞にて逢い引きを重ねるようになるが(ああ、これも『八つ墓村』ですね)、遂に現場を押さえられてしまった。洞内の<底無し>といわれる井戸の傍らですったもんだが演じられた挙げ句に殺人が勃発。その日を境に玉造朋子は失踪して行方は杳として知られなかったのであった。
 そうして<時>は流れて現在。鮎川マリが町の有力者たちを招いてパーティーを催していた晩、鍾乳洞のなかの件の井戸のそばで再び人が殺された。被害者は金田一の依頼人であった矢部杢衛。帰郷する気でいたかれだったが、矢部家の人々から引き留められて杢衛老人の事件の捜査を依頼されたことで、射水の町に留まることにした。
 しかしながら当然、事件はこれで終わらない。惨劇はなおも繰り返されたのだった。
 誰が凶行に手を染めているのか、動機はなにか。鮎川君枝と玉造朋子は果たして、町民の囁き交わすように同一人物なのか。やがて金田一耕助は呆然とするような事実に辿り着き、真犯人と対峙して痛烈な一言を浴びせるのだった、──
 ──タネを明かせば、人々の予感は当たっていた。やはりかの人物は23年前の失踪者と同一人だったのだ。身も蓋もないことをいうてしまえば、ミステリ小説には素直に騙される=探偵と一緒に犯人捜しに参加しないことを信条としている(……んんん、ん?)わたくしでさえ、このみずぼらしい一人二役のトリックを見破れてしまいましたよ、もう! はじめの1/4程度の箇所、具体的にいえば上述のパーティーの場面ですな。なんだかね、「さぁ皆さん、ここでトリックをばらしちゃいますよ、必然的に犯人の見当もついちゃいますよ」と作者に予告されているみたいな描き方でね……。いやはやまったくもう。
 トリックは割れて、犯人の目星もついた。となれば関心の矛先は否応なく、<いつ暴露されるのか>、<それまで如何に欺くか(欺こうと悪あがきするか)>に向けられる。さりながらもはや既にトリックは割れて犯人の目星もついており、この先とんでもないドンデン返しがない限り胸に兆した確信が木っ端微塵に砕かれることはないだろう──となれば、必死になって真相をひた隠してその場を取り繕おうと懸命な犯人サイドの行動が哀れを通り越して滑稽でしかなくなってくるのも、致し方ないところであるまいか。もうバレバレっすよ、マリさんと先生……。
 「不死蝶」は鮎川家がオールスター・キャストで臨んだ公演の記録である。お粗末で穴だらけの台本、詰めの甘いトリックと漏水気味なアリバイ工作、アドリブの効かない、そのくせ演技過剰な役者たち。話が進めば進むだけ虚しさと退屈さがこちらの心身を蝕んでゆくこの田舎芝居を、わたくしは金田一探偵や射水の人々の後ろから見物してどうにも欠伸を抑えることができなかった。
 世評がどうあれ、わたくしは「不死蝶」を出来の良い作品とは思わない。控えめにいうても「下の上」だ。
 が!
 しかし、である。
 本作の真のクライマックス──事件解決からしばらく経って季節が変わり、そろそろ鮎川マリ一行がブラジルへ帰国しようという頃、東京で金田一がマリに対峙して事件の真相をゆっくり紐解いてゆく件りだけは読んでいる間中、心の底からぞくぞくさせられたな。興奮と驚愕の釣瓶打ちでね……まさしくだったんだ。  加えてマリの、合理的かつ即物的な考え方と行動に珍しく憤りを抑えられずにいた金田一がくだす、冷徹にして激越な鉄槌がとっても印象に深いのである。21世紀の今日とは価値観が異なろうけれど、外国人のザッハリッヒなところと日本人の情感がぶつかり合った、短くも鮮やかなこの場面がなかったらば、おそらくわたくしは「不死蝶」てふ作品を顧みることはなかっただろう……。  ──ところで。今回読書に用いたのは昭和50(1975)年4月初版、同51(1976)年8月9版の角川文庫だが、本文用紙がいつもの酸性紙(?)ではなく、ツルツルピカピカ光沢ばっちりな上質紙(? コーティング紙?)になっている。やはり昭和51年8月7版の『鬼火』も用紙については同じである。これで話が済めば問題ないのだが、困ったことに同じ時期に印刷された角川文庫でも本文用紙が光沢紙なものと酸性紙なもの両方が混じっているのだ。数年前に日本を襲ったオイル・ショックの影響なのか。それぞれで印刷会社が異なるためなのか。もしそうならば、折しも到来した<横溝ブーム>により複数の印刷会社を稼働させて増刷に増刷を重ねた結果なのだろうか。  まぁ特に不満というべきはないんだけど、そうね、あえて挙げれば本全体が重いことと、用紙に光が反射して目が痛くなることか。おまけにシャープペンや鉛筆で読了日或いはメモを残しづらいことも、挙げておこう。  刊行当時の世界情勢や国内消費、流行など種々の背景がこの文庫1冊に詰まっているかと思うと、偶然古書店で手にして購ったものであるにもかかわらず、にわかに時代の証言者の輝きを放ち始めるのだから、ふしぎだ。こういう点を切り口にして、出版史・印刷史の深い森に分け入ってゆくことができるんだな、きっと。もしかするとこのあたりを説明している本が、紀田順一郎や他の人にあるかもしれない。ちょっと書庫にこもって探してこよう、っと。◆
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