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第2638日目 〈MYDY作戦、発動! ダニ第1章-第3章1/2編withつぶやき・なう:題名の由来〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 「マカバイ記 一」を読み直す前に「ダニエル書」へ目を通しておくように、と指示書きのあったことを、第0000日目で述べた。それにしたがって今年秋10月〜11月にかけて、のらりくらりと読書と執筆に耽ったのであるが、そうやってできあがったレジュメを自分の備忘に留めるか、勇を鼓して本ブログにてお披露目するか、その決心はなかなか付きかねていた──のだが、暮れも押し迫った今日の昼、神棚を掃除しながら「やはり」と気持ちを固めた。
 以下は「ダニエル書」の各章を箇条書きとし(呵々)、時に感想と考察を加えたものである。黙示文学のパートではそこで予告される世界史が実際のオリエント/地中海世界の歴史とどのように異なっていたか、或いは一致していたか、そんな好奇心と知識欲に駆られた文章も、ボーナス・トラックのように添えてゆこう……という、あくまで予定。

 ダニエル書第1章から第3章1/2です。

 第1章(全21節)
 ただ1つのイスラエル人の国となった旧南王国ユダは、列強諸国の干渉を受け続けた結果、遂に前 年、東の新バビロニア帝国によって滅ぼされ、民は一部を除いてかの地へ移送された。所謂<バビロン捕囚>である。そのなかにダニエルという男子がいた。
 明晰にして思慮に富むかれは王宮に仕える者に選ばれ、然るべき教育を施された。が、肉類が献立に含まれる食事を強いられたことから、律法に従うダニエルたちはそれを拒み、野菜と水だけで10日間を過ごした。結果、肉類の入った食事をしていた者よりも血色が良く、健康も損なわれることがなかったので、以後かれは肉類の食事と酒を免除された。
 やがてダニエルは他3人のユダヤ人少年と一緒に、ネブカドネツァル王へ仕える。特にダニエルは誰よりも優れた夢解き師として、重用されたのだった。なおこの前にダニエルと3人のユダヤ人少年は、それぞれバビロン名を別に与えられた。ダニエルはベルテシャツァル、ハナンヤはシャドラク、ミシャエルはメシャク、アザルヤはアベド・ネコ、である。
 【ぼくから、一言】
 ○「創世記」で描かれたヨセフと同じ、奴隷として参った地での立身出世譚。迫害されるユダヤにとってこのような存在は、怯む心を支える、より現実的な希望であったかもしれない。すくなくとも、いつまで待っても実現しないメシアの降臨よりもはるかに、かれらの心を強くしたであろう。

 第2章(全49節)
 ネブカドネツァル王は帝国内の知者、その全員を処刑する旨勅令を発布した。かれらが王の見た夢を言い当て、その解釈ができなかったからだ。
 ダニエルは処刑を免れるために自分の神に祈った。その夜に臨んだ幻で王の見た夢とその意味するところを知った。翌る日、かれは王の前で、王が見た夢をみごと言い当て、それが如何なる意味を持っているのか説いた。それが正しかったので王はダニエルを、国中の知者の上に立つ長官に任命した。その栄に浴したダニエルは王に願い出て、3人の仲間をバビロン州の行政官に任命してもらったのだった。
 【ぼくから、一言】
 ○王が見た夢、その内容:巨大な像があった。頭は純金、胸と腕は銀、腹と腿は青銅、脛は鉄、足は鉄と陶土でできている。人手によらずに切り出された石が像を砕いて悠希、跡形もなくなった。その石は大きな山となり、全地に広がった。
 ○王が見た夢、その解釈:純金の頭は、新バビロニア帝国を指す。銀や青銅、鉄や陶土は帝国滅びし後に興るオリエントの覇権国家を指し、また譬えられた鉱物は個々の国家の堅固さを意味する。そうして最後の、全地に広がる大きな山──これは、神によって興され、統べられる永世国家に他ならない。
 ○オリエント/地中海世界に於ける覇権国家の推移:金は新バビロニア帝国、銀はペルシア帝国。青銅はギリシア王国、鉄と陶土はローマ帝国。
 また、こうも解釈される……金は新バビロニア帝国、銀はメディア。青銅はペルシア帝国、鉄はギリシア王国。陶土はディアドコイ戦争後の旧ギリシア、就中プトレマイオス朝エジプトとセレコウス朝シリア、と。
 ○ダニエルが自分の栄達に合わせて、少年時代からバビロン王宮で行動してきた3人の仲間を要職に就けてもらったのは、ひとえに自分たちの身の保全を図ってのことだろう。かれらはユダヤ人である。滅びた王国から引き連れられてきた、捕囚民である。為政者が代わればたちまち危難に陥ることも想定される、非常に不安定で弱い立場の者である。
 ゆえにダニエルは幼少期より行動を共にしてきた仲間を、自分の出世に合わせて少しでも上の地位に就けて安全を取り付けようとしたのだろう──わたくしはそう考えている。もっとも、それが裏目に出たのが、次章で語られるハナンヤたちを見舞った出来事なのだが……。

 第3章1/2(3:1-30)
 ネブカドネツァル王は高さ27メートルになんなんとする自らの黄金像を造り、すべての民にこれを拝むよう命じた。
 が、ユダヤの捕囚民の宗教を好く思わぬ、そうしてなによりも捕囚民でありながら国家の要職に就くユダヤ人たちを快く思わぬ一部カルデア人の奸計により、ダニエルの仲間3人、即ちハナンヤ(バビロン名:シャドラク)とミシャエル(バビロン名:メシャク)、アザルヤ(バビロン名:アベド・ネコ)がこれに背いたとして、燃え盛る炉へと投げこまれた。が、かれらは自分たちの神を信じる敬虔な徒であったため、炉のなかでも傷1つ、火傷1つ負わず、無事な姿で炉のなかから帰還した。
 このことをきっかけとして王は、かれらユダヤの神を讃え、これを罵る者あらば極刑に処する旨勅令を発布した。また、ハナンヤたちをバビロン州の高官に任命したのだった。
 【ぼくから、一言】
 ○かれらは着の身着のまま、縛った状態で路に……普段より7倍も燃え盛らせた炉の中へ放りこまれた。その火勢は3人を炉の際まで引き立てていった者たちを焼き殺すぐらいに、勢いが強かった。それなのに炉のなかを、ハナンヤたちは歩きまわっている……。
 それを目の当たりにしたネブカドネツァル王の驚愕、想像に難くありません。否、驚きというよりも凄まじいまでの恐怖を覚えたことであろう。こんなのを目の前にしてしまったら、ユダヤ人の神と宗教に相応の配慮と尊敬を払わずにはおられまい。ダニ3:28-29の王の発布も宜なるかな、というところだ。
 「シャドラク、メシャク、アベド・ネゴの神をたたえよ。彼らは王の命令に背き、体を犠牲にしても自分の神に依り頼み、自分の神以外にはいかなる神にも仕えず、拝もうともしなかったので、この僕たちを、神は御使いを送って救われた。
 わたしは命令する。いかなる国、民族、言語に属する者も、シャドラク、メシャク、アベド・ネゴの神をののしる者があれば、その体は八つ裂きにされ、その家は破壊される。まことに人間をこのように救うことのできる神はほかにはない。」(ダニ3:28-29)
 ──これは捕囚地に於けるユダヤ人たちの信仰が守られた、ユダヤ教史の1つの転換点となった事件だった。キリスト教史まで視野に入れれば、ローマ帝国のキリスト教の国教化に匹敵する人であった、とは言い過ぎか?
 むろん、実際にこのようなことが起こったわけでは勿論ないから、次に考えるべきは捕囚時代のユダヤの信仰がどのように扱われたか──虐げられ、敬われ、守られたか──だろうが、あいにくとわたくしはそれを調べることができていない。



 タイトルの意味は、本シリーズ最終日に明らかとなるでしょう。◆

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