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第2641日目 〈MYDY作戦、発動! ダニ第10章-第12章編with題名の由来、解答編。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 ダニエル書第10章から第12章です。

 第10章(全21節)
 ペルシア王キュロスの御代の第3年。大河ティグリスの畔にて3週間の嘆きの祈りをささげるダニを見舞った、幻と、天使の言葉。
 天使の言葉:イスラエル/ユダヤの上に降りかかるであろう種々の出来事を、幻に託してお前に見せる。について、わたしはお前に幻を見せる。よく理解せよ。
 その、人の子のような姿の者が、ともすれば恐ろしさに打ちひしがれ、萎えて崩れ落ちそうになるわたしダニエルを力づけてくれた。かれはこういったのだ、「恐れることはない。愛されている者よ。平和を取り戻し、しっかりしなさい」(ダニ10:19)と。
 そうしてかれは、わたくしに斯く語りかける、──

 第11章(全45節)
 遠くない時代にペルシアの前に3人の王が立ち、続く第4の王は力を恃みにギリシアへ挑む。が、かの地を統べる勇壮なる王の剣の下にあえなく潰え、代わってかの王が大海の東に広がる広漠たる大地を支配する。しかしかの王は東征中に野望なかばで病に倒れ、空しくなる。ギリシアは王亡きあと4つに分裂する。
 初めは南の王が強く、栄華を誇った。が、その間に北の王が力を蓄え、いつしか南を凌ぐ権力を揮うようになる。やがて南の国と北の国は相争うけれど、和睦して、南の王の娘が北の王に嫁いで友好を結ぶ。しかしそれも束の間。さまざまな謀略と裏切りが両国を戦争に駆りたててゆく──それは講和の糸口さえ見出すことが出来ぬまま、どんどんと泥沼化してゆく。
 すると、そこに1つの新たな勢力が立ちあがる。ダニエルよ、お前の民のなかから暴力を是とする集団が出て、平和を乱す南の国と北の国へ立ち向かうのだ。しかし、かれらは敗北する。北の王が<麗しの地>に入り、支配する。かれは自分の国と南の国の併合を目論むが失敗する。そうして北の王は死に、かれに代わって──
 代わって、卑しむべき者、忌むべき者が甘言を弄し、策を巡らせて王位に就く。かれの洪水の如き勢いと規模の軍隊に諸国の民は呑まれ、苦しむことだろう。が、しかし、契約の民のなかからこれに抗う希望が現れる、──
 「彼は軍隊を派遣して、砦すなわち聖所を汚し、日ごとの供え物を廃止し、憎むべき荒廃をもたらすものを立てる。契約に逆らう者を甘言によって棄教させるが、自分の神を知る民は確固として行動する。民の目覚めた人々は多くの者を導くが、ある期間、剣にかかり、火刑に処され、捕らわれ、略奪されて倒される。」(ダニ11:31-33)
 王は欲しいままに振る舞い、驕り高ぶり、どのような神にもまして自分は貴くかつ高い存在であると自惚れる。「すべての神にまさる神に向かって恐るべきことを口にし、怒りの時が終わるまで栄え続ける。定められたことは実現されなければならないからである。」(ダニ11:36)
 そうして<終わりの始まり>が始まった。
 南の王が戦端を開く。北の王はこれをたやすく撃破する。北の侵攻はとどまることを知らず、遂に<麗しの地>を占領し、<聖なる山>に自らの天幕を張った。しかし、それはダニエルよ、永久に続くものではない。その行為は北の王の、<終わりの始まり>を告げるもの。この王を助ける者は、どこにもいない。

 第12章(全13節)
 北の王の終わる時が来る。そのとき、大天使ミカエルが立つ。立って、ダニエルよ、お前の民のその子らを守護する。しかし、ミカエルの立つまでお前の民の苦難は続くだろう。その苦難はおそらくこれまでお前の民が経験したことのないような、熾烈で、過酷で、絶望のすぐ手前にいるに等しい困難であろう。これまでお前の民が経験した何事よりもはるかに辛く、絶望的で、果たして救いや希望がわれらの未来にあるのだろうか、否ありようはずはない、と諦めてしまう程の困難であろう。
 が、大天使ミカエルが立つその時、お前の民イスラエル/ユダヤは救われる。
 「多くの者が地の塵の中の眠りから目覚める。/ある者は永遠の命に入り/ある者は永久に続く恥と憎悪の的となる。/目覚めた人々は大空の光のように輝き/多くの者の救いとなった人々は/とこしえに星と輝く。」(ダニ12:2-3)
 ダニエルよ、お前はこれらのことを誰に聞かせるまでもなく、自分の内に秘めておくようにしなさい。これを知ったらきっと多くの者が、動揺するだろうから。
 ──大河ティグリスの畔でわたしダニエルは、麻の衣に金の腰帯という装いの人を見つめ続けていた。すると更に2人、ティグリスのこちらの岸とあちらの岸に立っているのを見た。
 内1人が麻の衣の人に問うた。この苦難はいつまで続くのか?
 麻の衣の人が答えて曰く、「一時期、二時期、そして半時期たって聖なる民の力が全く砕かれると、これらのことはすべて成就する」(ダニ12:7)と。
 なにがなにやらさっぱりわからぬわたしは、おそるおそる訊ねたのだった。主よ、これらのことの終わりはいったいどうなるのでしょうか?
 麻の衣の人の曰く、「ダニよ、もう行きなさい。終わりの時までこれらの事は秘められ、封じられている。多くの者は清められ、白くされ、練られる。逆らう者はなお逆らう。逆らう者はだれも悟らないが、目覚めた人は悟る。日ごとの供え物が廃止され、憎むべき荒廃をもたらすものが立てられてから、千二百九十日が定められている。待ち望んでお前の道を行き、憩いに入りなさい。時の終わりにあたり、お前に定められている運命に従って、お前は立ちあがるであろう」(ダニ12:9-13)と。
 
 【ぼくから、一言】
 ○本日に限り、コメントというか感想というか、まぁそんな事は章ごとではなくまとめてお届け。そんなこと、どうでもいい、って? なに仰っているのかさっぱりわかりません(呵々)。
 ○エルサレムを擁すシリア・パレスティナ、オリエント/地中海世界に風雲急が告げられる。ダニエルが3週間にわたる嘆きの祈りをささげる間、視た(視させられた?)幻は、これまでの幻よりもずっと具体的かつ詳細で、それゆえに現実感を伴う内容だった。栄枯盛衰の果てにペルシアとギリシアはその地方の地図から消え、南の王と北の王が諍い、争い、一進一退を繰り返し、リビアとクシュは北の王の軍隊に呑まれた。<忌むべき王>を新たに戴いた北の国はシリア・パレスティナを占領して、完全なる支配下に置いた。
 ○これを即ちマカバイ戦争前史と呼ぶことに障りはあるまい。これまでの幻と異なり、現実世界の出来事はダニエルが視た幻をなぞるようにして発生してゆく。ペルシア語やアラビア語で“イスカンダル”と呼ばれるアレクサンドロス大王が版図拡大に勤しむ最中に倒れて内紛(ディアドコイ戦争)が勃発、最終的に3つの王朝が鼎立してプトレマイオス朝エジプトとセレコウス朝シリアが激しく対立。やがて現れたセレコウス朝シリアの王、アンティオコス4世エピファネスが暴虐を欲しいままにしてユダヤ民族を迫害するわけで……。マカバイ家の者たちが反乱軍を組織して抵抗を始めるのは、このあとのお話である。
 ○勿論、これは──この幻はバビロン捕囚期に呈示された未来の光景ではない。既に起こった出来事の数々を、あたかもこれから実現する事柄のように──古人が視た未来の予告に仮託して綴られたものである。
 「ダニエル書」が前164年頃、つまりマカバイ戦争が1つの転機を迎えた頃に書かれたのは、あまりに卑劣、あまりに非道な為政者への抵抗が、民族回復──ユダヤ人の生活や尊厳、信仰や祭儀などをすべて引っくるめたアイデンティティを回復させるための、理に適った必然の行動、義に満ちた行為であることを江湖に知らしめ、信じさせるためであった。為、「ダニエル書」を一種のプロパガンダ文書と呼ぶ研究者もあるが、じつに首肯させられることである。
 幻の内容が終章に近附くにつれて具体的かつ詳細になり、現実と大差ないないようになってゆくのは、「ダニエル書」の著者(たち)が自ら経験した出来事をやや曖昧にして書いているからに他ならない。
 ○前164年とは、ユダ・マカバイたちがエルサレムに入り、荒廃した神殿を奉献したその年である。そうしてアンティオコス4世の死についてなにも触れていないことから、「ダニエル書」の執筆年代が相当絞りこめるのだった。

 以上を以て「ダニエル書」レジュメ(再び。汝、レジュメの意味を定義せよ)を終わります。明日はインターヴァルとしてサロメについて触れ(この流れに特に意味はありません)、いよいよ「マカバイ記 一」の読書を始めてゆきましょう。



 題名の由来でしたね。「MYDY作戦」とはなにか──察しのよい方もおられるようだが、なんのことはない、「マカバイ記を読む前にダニエル書を読むよ!」の略。『夜は短し、歩けよ乙女』の「ナカメ作戦」に敬意を表しての命名であることは、いうまでもない。
 どうか物を投げたりなさらぬよう、お願い申しあげる。◆

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