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第2701日目 〈本は本屋さんで買おう。〉 [日々の思い・独り言]

 しばらく外出を控えていたので先日、病院帰りに本屋さんへ寄ったときは楽しかったですね。新刊情報は把握していながらも店頭で現物を手に取れないことは、わたくしにはひとえにストレス以外の何物でもない。ずいぶんとたくさん買ってしまいましたよ。滞在時間……そうね、3時間半ぐらい?
 やはりね、本は本屋さんで表紙/背表紙を眺め、厚さを視覚で確認し、ページをぱらぱらめくったとき指先に伝わる感覚を味わい、本文レイアウトを眺めてどれだけの情報量がつまっているかを把握し、冒頭や解説など立ち読みして自分のなかの期待値を高めた末にレジへ運ぶのが最良だと思うのですよ。
 Amazonやほかのネット書店で購入するよりも本屋へ実際に足を運んだ方が、どれだけの情報が自分のなかに蓄積されることか。加えてそこには「偶線の出会い」があり、「ふとした拍子に自分の視野を広げるきっかけになる本」との出会いがある。かならず。ああ、その恩恵といったら! これは新刊書店・古書店の別なくいえることだ。
 この前の木曜日、飲んだくれる前に立ち寄った本屋さんで、ずいぶんと散財してしまった。新刊書店4割、古書店6割、というのがだいたいの購入配分。新刊書店では購入予定リストに載る本を買うだけで我慢したのだが、古書店ではさすがにそうは問屋が卸さなかった。
 購入本の内訳を曝すことはさすがに控えたいが、どの古書店に行っても近代文学に関する本が自ずと目に付き、加えてそれらがみな、自分の関心や研究に関わりある記述を持つ、或いはテーマの本ばかりであったので、ちょこちょこ買っていたらずいぶんと荷物が重くなり、比例するように財布も軽くなっていた。金融機関のATMへ足を向けなかったが唯一の幸い事だろう。
 それらはけっしてネットで購入することもあるまい書目ばかりであった。先にその本について情報を仕入れ、どのような内容なのか、など具体的にわかっているところあれば万難を排しても購入していたろう。が、果たしてそのような幸運にどれだけ巡り会えるか。可能性は、あまり高くない。むろん、実店舗にてそのような本を発見することの可能性の方がもっと低いのだが、そこには一期一会が働く余地がある。
 かつてDE CAMPの”LOVECRAFT”や小川国夫の単行本を購入したと同じように、殊古本屋ではなにかに「呼ばれて」その前に立ち、自然と手を伸ばして開き、自分の探し求めていた本であることを確認、喜び勇んでレジへそれを持ってゆく、という、一期一会が働いたがゆえに生まれる儀式めいた過程がある。本の入手は或る程度まで受動的なところがあって良い。
 このたびわたくしが買い求めた本──新刊書店と古書店にて買い求めた本を開いていたところ、一種の化学反応が生じて幸福な出会いが演出された。漫然と、なんの目的もなく読み耽っていたら、ぴん、と来たんだね。
 それぞれは極めて断片的で、短い記述なのだけれど、それらが自分のなかで混ざり合い、輪郭は模糊としていながらも一つの形が見えたのである。これを文章という形にするにはもっと醸造させる必要があるけれど、そうしてほかの文献等で補強する必要があるけれど、これはつまり同じ日に、自分の価値基準で判断して購入した本だったからこその有機的結合であり、化学反応だったのだろう。
 やはりね、本は本屋さんで買うのがいちばんですよ。◆

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第2700日目 〈恩師みまかり給ふ──追悼、岩松研吉郎先生。〉 [日々の思い・独り言]

 いや、定刻の更新が出来ずで申し訳ありませんでした。ちょうどその時刻はタクシーで帰宅中、とてもではないがブログの更新など出来る状況ではなかった。これもすべて、わたくしの意志の弱さ、飲んだくれの所業と思うてご寛恕願いたく候……。
 そうして今朝のこと。寝ぼけ眼で朝刊を読んでいたら社会面の片隅に視線が向いた。ヤオハンの元会長の訃報に、子供の頃家から何キロか離れたヤオハンに買い物に行った記憶とかよみがえり、ふむふむ、と懐旧に浸りながら隣の死亡欄へ目を移し、息が止まるような思いを味わった。
 そうか、岩松研吉郎先生もお亡くなりになられたのか……。
 ここ数年、年賀状のやり取りが続いていたのだが、今年に限って先生からの返書がないのが気掛かりだった。例年、こちらから出して松があける前後にお返事がある、というパターンだったものだから、ちょっと嫌な予感はしていたのだ、正直なところ。そこへ来て、今朝の新聞掲載の訃報記事である。
 先生との直接の交流は殆ど1990年代に限られる。その謦咳に初めて接したのは中世文学の講義であった。どうしたわけかその日だけ大教室での講義だったのだが、たしか『義経記』の講義であったろう。それがただの講義ではなかった。いや、或る意味では普通の講義だったのだが、先生の記憶力の凄まじさに学生は開いた口が塞がらなかったのだ。即ち、テキストとした日本古典文学全集版(旧版である、勿論)でいえば、4ページ程をすらすらと、途中なにかを見ることもなく淀みなく、さも当たり前のように朗読せられたのだった。そこから逸脱して、人形浄瑠璃の『鬼一法眼三略巻』からも幾つかの場面を朗読された、と記憶する。
 いまなら差し詰め「あの先生、ヤバい」ですべてを言い尽くしたような気にさせられるところだが、その光景へ直に接した側からすれば、そんな正体不明の単語で片付けられるものではない。ほかの学生はいざ知らず、わたくしの目にはまるで何物かが憑依したかに映ったのだ。そうして、まだ開講ならぬこの先生のゼミでは、いったいどのような学問をすることになるのか、と戦々恐々しつつ胸が高まるのを禁じ得なかった(そのゼミ、蓋を開けてみれば女子12名、男子1名という構成で、わたくしのみならず先生も想定しなかった状況が待ち構えていたのだが)。
 先生との距離が幾らかでも縮まったのは、御茶ノ水の学校を卒業して、誘われて三田を新たな学び舎として以後のことだ。『平家物語』の輪読会に参加したり、数度ながら和歌史について個人的なレクチャーを受け、また三田の生協で働くようになってからは仕事で研究棟に出入りすることも多々あり、そうして数日前にお披露目した加藤守雄研究を志してからは資料提供や示唆、或いは思い出話をうかがったり、加藤氏と面識あって現在も存命中の方々、國學院大學の折口博士記念古代研究所をご紹介いただいたり、と受けた恩はこうして書いても書き尽くせぬ程だ。
 もっとも、ではどれだけ恩師へ自分の研究成果を発表することが出来たか、といえば、これまた非常に心苦しい結果になり果てているのだが……。
 考えてみればここ数ヶ月(実際は数週間くらいか)、途端に折口信夫や折口学について考え、池田彌三郎の著作を繙き(先生は池田の愛弟子であられた)、加藤守雄氏のことなど書くようになったのは、岩松先生にそれらを提出し、改めて在野の研究者として活動再開する旨宣言するための、一種のデモンストレーションであったかもしれない。
 なんだかいまは宙ぶらりんになった気分だ。思い出ばかりが押し寄せて、2年続けて恩師と呼ぶべき人を亡くした悲しみが押し寄せてくる。
 これまで御茶ノ水と三田、それぞれで教わった師と呼ぶべき方のうち、既に4人が鬼籍に入った。岩松先生も含めて故人となられた恩師について、その思い出話など改めて筆を執ろう。◆

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第2699日目 〈聖櫃(アーク)が歴史から消えるまで。〉 [日々の思い・独り言]

 アカシア材で作られた契約の箱(※1)には、モーセがシナイで受け取った十戒の石版のほか、アロンの杖とマナを収めた黄金の壺が納められていた(※2)。
 契約の箱はカトリックでは「聖櫃」とも呼ばれる。また、正教会もしくは東方正教会では「約櫃」と呼ばれる。聖書本文に於いても「掟の箱」など呼び方は様々だ。が、本稿では新共同訳聖書に倣い、「契約の箱」で統一する。但し一箇所だけ、文脈上「神の箱」と聖書表現に従った箇所があることをお断りしておく。
 契約の箱はカナンをめざすイスラエル就中レビ人によって担がれて、荒れ野を北上。エフライムの嗣業地のなかの町、シロに設けられた臨在の幕屋へ安置された。
 「サムエル記 上」第4章にて描かれる対ペリシテ戦で劣勢となったイスラエル軍は、シロに人を遣わして契約の箱を戦場へ持ってきてくれるよう言伝る。「そうすれば、主が我々のただ中に来て、敵の手から救ってくださるだろう。」(サム上4:3)
 それは裏目に出た。ペリシテ軍はイスラエル軍を呑み、神の箱を奪った。その報せに祭司エリはショック死し、臨月の嫁は男児を産み落としてそのまま絶命した。彼女の今際の際の言葉、「栄光はイスラエルを去った。神の箱は奪われた。」(サム上4:22)
 が、イスラエルの神もおとなしくしていたわけではない。そんなことがあってたまるものか。神はペリシテ人に災いをもたらした。その挙げ句、ペリシテ人は契約の箱を、あまりの恐ろしさにとても手許には置いておけない、とばかりイスラエルへ返却したのである。その後はアビナタブの家に一時保管されていた。
 それから幾年。統一王国の3代目、ソロモン王の御代に(第一)神殿が落成した。そこの至聖所に契約の箱は安置される。臨在の幕屋という永き仮住まいから新築なった自宅へ移ったのだ。なおソロモン王の当時、契約の箱には十戒を刻んだ石版しか納められていなかった、という(※3)。
 斯くして契約の箱は在るべき場所に納められ、訪れた安らいはそれからしばらく破られることがなかった。そうしてさらに歳月は流れる──南王国ユダの王位にヨシヤ王が坐す時代まで、一気に。
 神の教えに従ってことごとく悪に染まった歴代の王のあと、ヨシヤ王は果敢に宗教改革を断行した。「申命記」の発見と民の前での朗読、神殿男娼の追放と異教崇拝の一層、過越祭の祝い、などが改革の成果だ。このことは「列王記 下」第22章から第23章第1節に記されるが、契約の箱は並行箇所となる「歴代誌 下」で触れられる。「(王曰く、)ソロモンが建てた神殿に、聖なる箱を納めよ。あなたたちはもはやそれを担う必要がない。」(代下35:3)
 ここを最後に聖書から、契約の箱の記述は途絶える(比喩表現は別だ)。ネブカドネツァル2世率いる新バビロニア帝国軍によって神殿が汚され、荒らされ、壊され、略奪された際、ほかの祭具と一緒に接収されてしまったのかもしれない。が、もしそうだったなら、なにかしらの記述がされているだろう。第二神殿の建設を報告する「エズラ記」についても然りだ。
 契約の箱は前586年から2019年の今日まで行方不明である。
 ──1981年アメリカ。記念すべき<インディ・ジョーンズ>シリーズ第1作、『レイダース 失われた聖櫃(アーク)』が公開された。
 映画の前半でインディとブロディがアメリカ陸軍諜報部に聖櫃講義を行う場面がある。曰く、「歴史では前980年、エジプト軍がエルサレムを攻めた際、聖櫃を奪って帰還した。タニスの町の<霊魂の井戸>に聖櫃を隠したがその1年後、町は砂嵐によって砂漠に埋もれて地上から消えた」云々。
 勿論、聖書にそんな記述はない。古代オリエント史やエジプト史を検めても、結果は同じ。映画のための創作というてよい。とはいえ、前980年とは絶妙な時代設定をしたものだと思う。
 映画の制作が進んでいた1980年から2000年を引いて出した年代であろうけれど、ちょうどこの時期はイスラエルはダビデ王制が折り返し点を過ぎた頃である。そうしてエジプトでは第21王朝が成立してペル・ラムセスからタニス(!)へ移った時代である。改めてローレンス・カスダンの脚本は上手いな、と思わせられるのであります。
 というわけで、契約の箱は2,400年以上も行方知れずのままである。考古学者や聖書学者にとっては聖杯と並んで、発掘を心待ちにしている聖書の遺産であろう。
 でも、聖櫃は本当にわれらの前に出現してよい遺物なのだろうか。聖書や伝承、物語が伝える<力>がもし本当だったら、……ぶるぶる。◆

※1 出25:10-22
※2 石版;出40:20、マナ;出16:33-34、杖;民17:25、全体報告;ヘブ9:4
※3 王上8:6,8:9□

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第2698日目 〈太宰治は、朗読するにいちばんぴったりな作家だ。〉 [日々の思い・独り言]

 カバンのなかに仕舞いっぱなしになっていた太宰の文庫、『地図』。電車にゆられて帰る途中、ふとあることを思い出して読んでいたら乗り過ごし、おかげで次の駅でなかなか来ない普通電車を待つ羽目になりました。おまけに雨がとんでもなく強い勢いで降ってくるし、もうイヤんなっちゃいます。これもすべて、太宰が面白すぎるのがいけないのです。
 それはさておき、今日は短く済ませる、と決めているのでこんな寄り道はしていられない。進め、進め、前進だ。go with it, go with it, don’t jam in.
 うっかり乗り過ごした原因は、太宰の文章が持つリズムだ。その文章を読んでいると自然、口のなかで誰彼の調子で朗読している。それはたいてい、海外ドラマを吹き替える名優の調子であったり、落語の名人たちの口調であったり、とまぁ下手に口内朗読しているわけですが、そんなことをしていて改めて気附かされるのは、ああやっぱり太宰の作品は朗読してみるに限る、てふいまさらながらの実感。
 県立図書館にいろいろな作家の作品を朗読したCDがあるのですが、そのなかでも太宰治は一際目立つ存在。何社かの朗読CDが蔵されているけれど、重複する作家の率は太宰がいちばん高く、書庫にあるカセットテープ(もしかするとLPも?)まで含めればその数はもっと膨れあがることだろう。そうして<朗読で聞く太宰治>という何枚組だかのセットも所蔵されている。
 こんなこともある。毎晩の睡眠導入剤代わりに、近代作家の朗読を聴く。iPodに入れた、ポッドキャストであれオーディオブックであれ、借りてきたCDを取りこんだものだったり、とソースは様々だが、うちヘビー・ローテーションするものが幾つかある。そのトップ・スリーに太宰治は名を連ねる。そうね、再生回数としては第3位ぐらいかな。
 が、作家としてカウントすればぶっちぎりのトップである。現時点でiPodに入る太宰作品は『走れメロス』と『駈け込み訴え』、『満願』と『桜桃』と『津軽』(抄)の5作。ときどき入れ替えをしているから、iTunesに取りこんである太宰作品は、必然的にもっと多い計算になりますね。さりながらこの5作は殆ど再生リストから外れたことがない、定番中の定番といえる朗読作品。
 前述の<朗読で聞く太宰治>と併せてこれらを聴き耽り、読書している際に口内朗読しているわが身をふと顧みて、こんな壮大な夢想を抱いてしまうのである……どこかの朗読教室に参加して、新潮文庫に収まる作品を全部──文学史に名を刻む有名な作品も、陽の当たらぬ傑作というべき作品も、あまり出来の良くないと思う作品まですべて朗読することを、まぁなんというかライフワークにできたらいいなぁ、なんて夢想を……。いいのだ、夢を、もとい、妄想を声高らかに語るのは自由である。
 太宰治の作品は、声に出して読むのが絶対に良い。そうすることでときどき、腹の底から笑えてくることもしばしばだ。
 ただ問題は(電車を乗り過ごす、という致命的なところはさておき)朗読することが目的になってしまい、上っ面を撫でるような読書になりがちなこと。今夜(昨夜ですか)、戻ってくる電車のなかで読んでいた「哀蚊」が、わたくしの場合はそうだった。
 そのあたりを戒めながら、最終的に物語それ自体と一体化して朗読できたら幸せなのかな、と、思うのであります。◆

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第2697日目 〈加藤守雄『わが師 折口信夫』書評。〉 [日々の思い・独り言]

 「もっとも尊敬していたもの、ただ一つ信頼していたものに、裏切られたのだ。一刻もこの場にいることは耐えられない」(P63)
 箱根にある折口信夫の別荘、叢隠居に泊まった晩。とつぜん自分の上に覆い被さってきた師を払いのけて、加藤守雄はそう思わざるを得なかった。怒りは折口からの離別を決意させた。翻意を迫る師の言葉を退け、その後は既に決められていた仕事を淡々とこなしてゆく加藤。不即不離、一触即発という表現がふさわしいか自信はないがそうした日々の果て、遂に加藤は折口の許から出奔した……。
 『わが師 折口信夫』は昭和18年9月に始まり、同28年9月3日に終わる加藤守雄が見た師、折口信夫の生活記録と学問の口伝、そうして偏執と愛の記録である。
 折口と起居を共にした弟子の記録といえば、岡野弘彦『折口信夫の晩年』がすぐに思い浮かび、断片的なところでは藤井春洋や波田郁太郎の挿話を、池田彌三郎やほかの門弟が記録に残している。また戦時中、弟子がみな徴兵されて話し相手に不足していた師の許を足繁く訪れてその談話を記録した戸板康二『折口信夫座談』などもある。
 折口の門弟は師の生活、談話、枝葉末節に至るまでの挿話を書き留めて後世へ残すことを義務と思うかのように、否、折口の亡霊に背中を圧されるようにして積極的に書き残した感さえある。加藤守雄の本書も同じ系譜に属する、とはいささかいいすぎの気もするが殊著者の場合、逆に師の呪縛を断ち切って自由の境地へ至る端緒を摑むための作業であったかもしれない。これはほかならぬ加藤本人に問い質すより術ない、あくまで憶測の域を出ぬものであるけれど……。
 が、じつはこれに対する回答のような発言を、後年になって加藤はしている。長くなるのを承知で引用すれば、──
 「(『わが師 折口信夫』は)できるだけ30歳の自分が感じた感じ方の中で書いたんです。50歳を過ぎた時点ではもう既にそういう問題について解決がついている部分もある。だが、30歳の時点では何か折口信夫の裏側を見たようで、非常なショックを受けた。先生に裏切られたと思い、もう学問なんか絶対にやらないと思ったという、そういう意識の中であの当時見えているものだけに限定して書いたつもりなんです。」(『慶應義塾国文学研究会報』第10号 3回分際されたインタビューの第1回 昭和51年6月 P5)
 また、──
 「(『わが師 折口信夫』を書くときは)自分を投げ出しちゃおうというつもりがあったわけですよ。どんなに人に悪口言われても、そのために交友関係が崩れても、それはそれでしょうがない。とにかく、ぼくの見た限りのものを書こうと思った。もうあの時点で先生が亡くなってから十何年たってますからね……。十二年たってますからね。実は、あの時点のぼくならば理解できることも、ぼくがああいう事件に遭ったときの気持ちにできるだけ戻って書いているわけです。だから、ぼくの見なかったことは一つも書かなかったし、見たことは何でも書こうと、そういうつもりが非常に強過ぎたかもしれないと思うんです。(中略)当時のぼくの覚悟としては、そういう世間の人が必ずしも賛成しない面を、敢えて書こうという気持ちが強かったんです。」(『短歌』昭和55年1月号 「新春対談2 人間、その異類の世界 加藤守雄・辺見じゅん」 P233 角川書店)
 けっしてそれは暴露小説の類ではなかった。けっしてそれは折口の性癖を天下に曝すが目的の書き物ではなかった。では、それはなんだったのか;自分の気持ちに折り合いをつけるため、あのときの折口先生はこうであった、という、いい方は乱暴だが、一種の報告書の性格を多分に含んだ師、折口信夫追慕の小説であったようにわたくしには読めるのだ。
 折口の許を出奔した加藤が、元気な姿の師と顔を合わせたのはわずかに1回きりだ。昭和19年のことか、残してきた荷物を引き取るため上京したときである(P223-4)。
 昭和21年9月、郷里で玩具卸商を経営していた時分、商用かなにかで上京したついでに復員していた池田彌三郎と会った(池田『まれびとの座』「私製・折口信夫年譜」9月6日条 P129 中央公論社)のを別にして、戦後の加藤の身辺が俄に慌ただしくなるのは昭和28年のことだ。
 その夏、加藤は玩具卸商の仕事を4月に止め、夏、上京の決意を固めた。本書に曰く、──
 「さまざまの理由はあったが、一つには、そうして先生に抵抗する必要を感じなくなったからだ。私は先生を、憎みも恐れもしなくなっていた。昔通りの敬意を感じ、先生の偉さを信じることが出来た。こだわりなしに先生に話しかけ、先生もまた狐つきの落ちたような顔で、答えなさるだろうと思えた」(P233)と。
 そのことは池田彌三郎も報告していて(『まれびとの座』8月5日条 P244)、折口にその話をしたところ、既に岡野弘彦も手伝いの矢野花子もいて生活が落ち着いているから……と同居こそ難色を示したようだが、仕事を世話しなくてはならない、という義務は感じていたようである。加藤が思うたように。折口の側も加藤との一件については或る程度の整理が出来ていたのか、と思われる。
 が、運命は残忍である。その年のその夏、箱根で体調を崩した折口は弟子に伴われて急遽下山し帰京、一時小康を得たが9月3日午後1時11分、胃癌により不帰の人となった。加藤は下山した折口を見舞って翌日いったん名古屋へ戻った(8月30日日曜日)が、その3日後の9月3日に訃報を聞いた──電報よりも電話よりも早く、午後3時のラジオ・ニュースで!
 当時、既に加藤のなかでは、前述のインタビュー記事で語っていたような心境の変化と一連の出来事への整理ができており、ゆえそのタイミングで再出発を期した上京を決めたのだろう。その矢先に師の訃報へ接したかれは、しかしその後、慶應義塾大学と國學院大學の折口門下の人々と共同して、国文学と民俗学の世界に大きな貢献を果たすことになる事業へ取り組むこととなった。いうまでもなく、第一次『折口信夫全集』(中央公論社)である。
 この第一次全集の発刊までは角川書店を相手にしたちょっとした紛糾劇があったのだが、これについては改めて短い原稿を書くつもりでいる。
 そうして大小さまざまな書き物を発表しつつ、教壇に立って後進の育成に務めながら加藤は、『わが師 折口信夫』を雑誌掲載するに至るのだが、師没後の加藤の足跡を極めて主だった点のみピックアップして擱筆としたい。
 ○昭和28年7月:角川書店入社。編集長として『短歌』創刊号を編集(特集「釈迢空追悼号」)、直後退社。余談だが、後年同誌の編集長にミステリ作家中井英夫が就いている(3代目?)。
 ○昭和29年2月:中央公論社(第一次)『折口信夫全集』編纂委員となる(旧折口博士記念会)。委員として引き続き『ノート編』、『ノート編・追補』編纂に携わる。
 ○昭和34年4月:池田彌三郎の後任として文化学院大学部講師となる。日本文学コース・コースリーダーの任に就き、日本文学演習・奈良朝および中世、日本近代文学、日文ゼミナール(旧国文ゼミナール)を担当。同63年3月まで在職。
 ○昭和41年6月:國學院大學折口博士記念古代研究所の客員となる。
 ○昭和51年4月:慶應義塾大学大学院の講師となる。同56年3月まで在職。
 ○昭和54年9月:『折口信夫伝──釈迢空の形成』出版(角川書店)。
 ○平成元年11月:論文「異郷の生」発表(『源流』源流の会:発行)
 ○平成元年12月26日:肺癌により永眠。享年76。
 ──斯くして折口信夫に愛された門人、加藤守雄は鬼籍に入った。
 加藤守雄の業績を顧みると、折口信夫の学問の発展と深化を中心テーマに、独自の方向へ進もうとしていた様子が窺える。生涯最後の書き物となった「異郷の生」以後、加藤がどのような学問業績を残してゆくことになったか、想像するとその逝去がたまらなく無念に思えてならない。
 『わが師 折口信夫』は加藤守雄の「とはずがたり」だったのかもしれない。心の闇のなかで片眼を開き、片眼を閉じて端座しつつ、物言わずこちらを見つめる折口信夫の亡霊に対峙して成った「とはわずがたり」が、本書だったのではあるまいか。別のいい方をしよう。それは加藤のなかに潜む怨霊の魂を慰撫する祝詞の如きであった、と。◆

註:『わが師 折口信夫』からの引用はいずれも、昭和42年6月初版発行の文藝春秋単行本に拠る。引用箇所について朝日文庫版との相違は認められない。□

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第2696日目 〈加藤守雄を追いかけ続けた約20年。〉 [日々の思い・独り言]

 それまで身辺の世話をしてきた弟子が出征で不在になったため、折口が新たに自宅へ同居させることになったのが、慶應義塾大学文学部国文科の教え子加藤守雄であった。昭和18(1943)年9月のことである。
 わたくしはひょんな繋がりから加藤守雄氏を知った。学び舎に日本古典文学を専攻していたこと、そこに折口信夫の学統に連なる恩師がおられたこと、その恩師を指導された教授の本を古書目録などでぽつぽつ集めて読み耽っていたこと、折良く朝日文庫から氏の主著『わが師折口信夫』が出版されて巻末の主要年譜にわが学び舎の名が一行記載さていたこと、エトセトラ・エトセトラ。これらの繋がりが結ばれたところに、加藤守雄氏は存在していた。すべてを束ねる役を担うかのようにしてそこにあり、自分でもわけ知らぬままわたくしはその業績の森へ分け入ってゆくことになる。
 ちかごろ折口信夫の著作、関連書が角川ソフィア文庫に入って。うれしい。元々角川源義は國學院大學で折口博士に学んだ民俗学者であった。博士の代表作『古代研究』が現在ソフィア文庫から復刊されているのも、早川孝太郎『花祭』や『猪・鹿・狸』が講談社学術文庫から編入されたのも、否、ソフィア文庫にあらねど柳田国男の著作が体系的に、岩波文庫よりも充実した内容を誇って収まるのも、源流を辿ればみな創業者の、師への敬慕と学問の情熱に端を発した仕事の系譜に連なることなのだ。むろん、そのなかには折口全集の刊行を巡るトラブルに窺い見られる商魂があったことも、否定はできない。
 この流れを途絶えさせることなく角川ソフィア文庫には、折口信夫と門人たちの著作、民俗学の古典的著作をどんどん収めて、さらに内容を充実させていただきたい。就中わたくしがここに収録されるのを望む本が、加藤守雄『わが師折口信夫』である。

 加藤守雄『わが師折口信夫』は雑誌『文藝春秋』に2回にわたって掲載後、昭和42(1967)年6月に同社より単行本が、単行本への著者書き入れ本を底本に朝日文庫から平成3(1991)年11月に刊行された。いずれも絶版品切れ、古本屋を丹念に回れば文庫版はさほど労せずして手に入るだろう。
 本書は、著者と折口との、異常な愛と執念の回想記の一面を持つ。これまで本書に寄せられる評価も専らそちらの方面からが多かった。かつてわたくしも、折口の同性愛嗜好がもたらしたこの、不幸な師と弟子の訣別のドラマを書評した。
 が、約半世紀ぶりに本書を紐解いて、また当時大学のメディアセンターにこもり、都立中央図書館に日参して書籍・雑誌に掲載されて埋もれたままの氏の著作を複写し、学校に保管される講義目録や新聞各種、折口博士記念古代研究所からご提供いただいた氏の講演が書き起こされた紀要を検めているうち、『わが師折口信夫』発表がもたらした色眼鏡的見方はいつしか薄れ、むしろ、在野の国文学者・民俗学者として生きた氏の学問業績の大きさと深さに開眼し、そうして教え子たちが口を揃えて語る人間的魅力に惚れこんでしまった。
 教え子のひとりがゆくりなくも語ってくださった、もしかすると加藤氏こそが折口信夫の学問の継承者にふさわしく、また世間に対して発信塔の役割を担うべきでなかったか、という言葉がいまでも印象深い。
 自分が加藤守雄氏の著作に触れて、のめりこむようにして氏の書かれた文章を博捜して、共著書や寄稿した論文の載る単行本、雑誌を見附けては買いこみ、それらに未収録の文章(とっても多い!)を求めて上述の如く複写という形で多くを蔵すようになったのは、どうしてなのだろう?
 氏が関わった2つの学校に偶然ながら在籍して、そこで氏を知る人たちの謦咳に接することができたのは、非常に大きな幸運であった。とはいえ、この人を追いかけよう、と発憤してその熱を持続させられたその原動力は、果たしてどこから生まれたのか──正直なところいま以てわたくしにはわかっていない。情けない話だが、本当のことである。
 ただ漠然とではあるが、折口信夫という人とその学問に深く潜ってゆくならば、加藤守雄氏を無視することは絶対できない、と本能で察していたためかもしれないね。実際その通りだと思うけれど。

 本稿を擱筆するにあたり、わたくしは角川ソフィア文庫編集部へ提言したい。
 折口信夫本人は勿論、柳田国男を初めとして早川孝太郎、角川源義、と折口信夫に関わりある人の著作を刊行し、また芳賀日出男の民俗写真集を刊行してきた。いずれも本屋で見附けると同時に買い求め、偏愛するかの如く読み耽ってきた。
 それらがどれだけ売れたのか、初版部数をどれだけ売り切ったのか、今後も流通してゆくのか、部外者たる現在のわたくしに知る術はない。
 が、この際である。加藤守雄氏の著作を文庫化しようではないか。
 前述のように書籍化されたなかで氏の名前が載る単行本は9割を架蔵する。また、書籍未収録の文章も対談や書評に始まり、講義目録や芸術祭の審査員報告まで、おそらく氏が書き残したうちの2/3強は手許に複写という形ながら、手許にある。
 『わが師折口信夫』の復刊を核にして、それらをテーマ毎に編集してそれぞれ1冊を割り当てると、そうね、だいたい3冊から4冊ぐらいかしらん。それでも埋もれた折口信夫の弟子の業績を公とし、所縁ある出版社から刊行された著作を氏の墓前にささげるのはけっして無益な行為とは思われないが、如何だろう。
 収録する文章のセレクトは応相談として、それらの編集・校訂に携わり、著作解題だって依頼されれば応えよう。折口信夫から直接教えを受けたなかで、これまでスポットライトの当たる部分に偏りがあり、それが為に本来の業績が隠れて見えなくなってしまっていた、最重要の門弟子の著作をまとめる機会は来ている。
 慶應義塾大学出版局や中央公論新社が動くのも筋だろうけれど、ここは敢えて角川ソフィア文庫編集部に是非、ご一考を。現在も毎月発売される雑誌『短歌』創刊号の編集長を務めた方でもあるのだから。◆

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第2695日目 〈岡野弘彦の新著を読んで、加藤守雄を想起すること。〉 [日々の思い・独り言]

 先日、岡野弘彦さんの著書『最後の弟子が語る折口信夫』(平凡社)を買ってきました。久しぶりに新刊で読む、折口博士の関連書です。
 表題や帯にあるように、岡野さんは折口最後の内弟子、晩年の氏と起居を共にし、家庭で身辺の諸事をこなし死を看取ったうちの一人。現代歌人のなかで古代の息吹と闇、おおらかさを感じさせる短歌の詠み人。宮中歌会始の選者を務め、皇后陛下お妃教育の際短歌のご進講を担当された方。
 『最後の弟子が語る折口信夫』を読了後、ただちに氏の著作の幾冊か──随筆集『花幾年』と『歌を恋うる歌』を、歌集『飛天』と『天の鶴群』を、そうして就中『折口信夫伝──その思想と学問』と『折口信夫の記』、『折口信夫の晩年』を──雑然とする部屋の書架を引っ掻き回して、読み返したことであります。
 じつはその過程で思い出した人物がありました。折口信夫の後半生にその自宅で起居して日常雑事を代わって担当し、学校で講義し、そうして本人曰く「裏切られたような思い」を抱いて師の許から出奔した弟子のことであります。
 その人の名前は、加藤守雄。
 師の没後、折口学の発展と継承に於いて参謀役を務めたというてよい人物であります。
 折口亡きあと、かれの学問は門下生、殊に池田彌三郎を中心にして発展と継承、世間への紹介が進められました。加藤守雄は池田の無二の親友として、そうして折口信夫に愛された弟子として、師の業績を世に知らしめていったのであります。
 主著は『わが師 折口信夫』と『折口信夫伝──釈迢空の形成』。また雑誌『芸能』を中心として「折口信夫の肖像」など多くの対談を残し、慶應義塾大学と文化学院で古典文学と民俗学を講義して、学生からの人気は圧倒的であったと仄聞する。
 明日は、加藤守雄についていま現在、わたくしの思うところを縷々綴ってみます。◆

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第2694日目 〈思い出の岩波文庫──『若山牧水歌集』〉 [日々の思い・独り言]

 「次は岩波文庫の100冊を書く気だろう?」と、先日の記事を読んでくれた知人が、LINEしてきました。どうやら見抜かれているようです。
 さすが、20年来の付き合いだね。そう返信すると、かれは何冊かの書名を挙げてきました。うなだれるよりありませんでしたね。だってまさしくそのうちの8割が、「私家版《岩波文庫の100冊》」に取り挙げるつもりの本だったのですから。
 そんなにわたくしの趣味嗜好はわかりやすいでしょうか。
 ──わたくしが初めて岩波文庫を買ったのは、高校生のとき。大人の階段を登るような緊張と気恥ずかしさ、そうして高揚感は、ふしぎといまでも覚えています。どうしてなのだろう、この初体験を鮮明に覚えていられるのは? それはさておき。
 当時は幻想文学にどっぷりハマっていたので、初めての岩波文庫もその系統の本だろう、というと豈図らんや、然に非ず。生涯初の岩波文庫は若山牧水の歌集だった。2冊目になった泉鏡花『高野聖・眉かくしの霊』を購入したのは、それから何ヶ月も経ってのことです。
 書店の棚に数ある緑帯から牧水歌集を手にしたのは、早くも抱いていた沼津市への郷愁がそうさせたのでしょう。いまは『ラブライブ! サンシャイン!!』の聖地として全国に名を馳せることになってしまった伊豆への玄関口、沼津市。若山牧水は明媚なるこの街に暮らして最期を迎え、その墓も市内のお寺にあります。
 住んでいたマンションからすぐ近所の公園は、防波堤をあがれば目の前は駿河湾、というロケーションなのですが、この公園に若山牧水の歌碑があった。
 「幾山河 こえさりゆかば 寂しさの はてなむ国ぞ けふも旅ゆく」てふ有名な短歌が刻まれていますが、あろうことかわたくしはこの歌碑によじ登って隣の派出所のお巡りさんに叱られ、また口裂け女が流行った頃にはここを秘密基地の前哨に見立てて<口裂け女捕獲作戦>を友どちと練ったこともある。──ああ、なんと阿呆な思い出のつまった場所であることよ。
 ま、まぁそれだけ、わたくしには子供時代から、千本松原を作った増誉上人と共に馴染みある存在だったわけであります、若山牧水は。
 書店で牧水歌集を手にしたのは、さきほど郷愁ゆえと書きましたが、その前段階で国語の授業にて牧水の短歌に触れる機会があったのかもしれない。そのあたりの事情は、もう覚えていません。
 いまでは岩波文庫の牧水歌集も、喜志子夫人の編集した旧版から伊藤一彦が編集した新版に切り替わっているようですが、どちらも牧水の短歌への限りない愛情と理解に根ざした、丁寧な仕事です。どちらかを持って満足するのではなく、できましたら両方の版を所有して、選者の編集方針の違いが、どの短歌を重複して選ばせ、どの短歌を一方が選ばなかったか、などそうした微妙なセレクトの差違を楽しまれてみると良いと思います。
 沼津市、若山牧水ときたら、次に登場する岩波文庫の日本人作家は当然、大岡信になるのですが、思い出云々以前にまだ岩波文庫入りしてそれ程経っていない人でもありますので、この人の作物については別の機会にお話しすることとします。
 耳の方がちょっと落ち着いたら、久しぶりに牧水歌集を持って沼津に行ってみようかな。でも、そんな日がいったい来るのかしら? いや、いけない。希望を持ち続けなくては。◆

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第2693日目 〈一生懸命、〈前夜〉を書いています。〉 [日々の思い・独り言]

 旧約聖書の書物のうち、「民数記」から「士師記」までの〈前夜〉第1稿を書きあげました。既存のものがある場合、今回の原稿は第2稿というべきかもしれませんが、敢えてここでは「第1稿」とする。
 既に福音書を読んでいた頃から過去の〈前夜〉を書き直す、と考えていたのですが、ずっと先延ばししてばかりでした。今回、知人が同人誌の話を持ってきてくれたことでようやく腰をあげた次第ですが、なんというか、前回よりも早く、さほど労せずして原稿が仕上げられるのはどうしてだろう。
 つらつら考えてみたのですが、やはり聖書全巻を通読している経験は大きいようです。先の見通しができているといないとでは、書ける内容もその幅も自ずと違ってきます。そうして、全体が見えている分、書くべき内容が抽出できて結果的に早く仕上げられる。決定稿に持ってゆくまで、まだ紆余曲折はあるかもしれぬが、それでもその場合の叩き台ができあがっていることは時間の短縮につながる。
 加えて、当該書物を読み進める際に使った資料がリストになっていますから(本によっては架蔵、或いはコピーがありますから)、原稿を書く際、どの本のどこを見ればいいか、どのような本にあたれば自分の知りたいことへ辿り着けるか、おおよその見当は付いてしまいます。渡部昇一が著書のなかでいうておりますが、これこそが「本があることの自信」なのでしょう。
 たしかに、たとえば今日書いた「士師記」は冒頭部分に悩み、書きあぐね、その後も迷走しかけた箇所ありと雖も、いったん書き進むべき方向が定まったら、あとは簡単でした。全体のパースペクティヴが浮かべば、本書を新約聖書につながる歴史物語の本格的開幕と捉えるのは至極妥当と思いますし、併せて、これが編集されてゆく過程もおおよそ推察できるのです。
 このあとも「ルツ記」、「サムエル記」上下……と続いてゆきますが、正直なところ、いつまで現在のようなペースが保てるか、わかりません。療養中のいまだからこそ、というペースであるのはじゅうぶん承知していますからね。が、たとい途中で失速したとしても、「書ける」という自信がありますから、復調するのもそう時間はかからないんじゃぁないのかな、と楽観しているのです。
 最初は既存の〈前夜〉に増補すればいいか、と考えていた書物もあるのですが(まさに「士師記」がそうでした!)、上記のような理由もあって新しく原稿を書いてしまった方がクオリティも、また精神衛生的にも良さそうなのです。平たくいってしまえば、増補する方が手間がかかるし、面倒臭い。それに新稿を仕上げる方が、わたくしは好きなのです。
 ──〈前夜〉をいつお披露目するか、どのようにお披露目するか、まだなにも考えていません。書き直しを予定していた「民数記」から12小預言書の「ヨエル記」までの〈前夜〉を書き終えたあと、1日1書物毎に毎日お披露目するか、或いは<モーセ五書>、<歴史書>、<文学>、<預言書>とカテゴリー別に順次お披露目してゆくのか(連続するか否かは別として)。……さて、この件、いったいどのように解決しますことやら。
 読者諸兄に於かれましては、ゆっくりお待ちいただけれるとうれしいです。◆

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第2692日目 〈遂にやります、私家版《新潮文庫の100冊》!〉2/2 [日々の思い・独り言]

赤川次郎 : さすらい
芥川龍之介 : 羅生門・鼻
有川浩 : レインツリーの国
有島武郎 : 或る女
池上彰 : 記者になりたい!
石上三登志 : SF映画の冒険
石坂洋次郎 : 青い山脈
石原慎太郎 : 太陽の季節
伊藤信吉 : 現代名詞選(全3巻)
犬養道子 : 新約聖書物語(上下)
井上靖 : あすなろ物語
井伏鱒二 : 山椒魚
上田敏 : 海潮音
江戸川乱歩 : 江戸川乱歩傑作選
円地文子 : なまみこ物語
小川国夫 : 或る聖書
荻原井泉水 : 奥の細道ノート
小野不由美 : 残穢
恩田陸 : 六番目の小夜子
梶井基次郎 : 檸檬
亀井勝一郎 : 大和古寺風物誌
川端康成 : 眠れる美女
北村薫 : 月の砂漠をさばさばと
国木田独歩 : 武蔵野
倉橋由美子 : 聖少女
源氏鶏太 : 三等重役
児玉数夫 : ホラー映画の怪物たち
三光長治 : ワーグナー(カラー版作曲家の生涯)
塩野七生 : わが友マキアヴェッリ(全3巻)
島崎藤村 : 千曲川のスケッチ
庄司薫 : 赤ずきんちゃん気をつけて(シリーズ全4巻)
須賀敦子 : トリエステの坂道
太宰治 : 惜別
立原正秋 : 春の鐘
田辺秀樹 : モーツァルト(カラー版作曲家の生涯)
谷崎潤一郎 : 細雪(全3巻)
田山花袋 : 田舎教師
土田英三郎 : ブルックナー(カラー版作曲家の生涯)
遠山一行 : ショパン(カラー版作曲家の生涯)
永井一郎 : 朗読のススメ
梨木香歩 : エストニア紀行
夏目漱石 : 硝子戸の中
樋口隆一 : バッハ(カラー版作曲家の生涯)
ひのまどか : モーツァルト 作曲家の物語
平野昭 : ベートーヴェン(カラー版作曲家の生涯)
船山隆 : マーラー(カラー版作曲家の生涯)
堀辰雄 : 大和路・信濃路
前田昭 : シューベルト(カラー版作曲家の生涯)
丸谷才一 : 新々百人一首(上下)
三浦綾子 : この土の器をも──道ありき第二部 結婚編
三浦哲朗 : モーツァルト荘
三島由紀夫 : 花ざかりの森・憂国
水上勉 : 櫻守
三宅幸夫 : ブラームス(カラー版作曲家の生涯)
宮沢賢治 : 新編 風の又三郎
武者小路実篤 : 愛と死
村上春樹 : ねじまき鳥クロニクル(全3巻)
森田稔 : チャイコフスキイ(カラー版作曲家の生涯)
森見登美彦 : きつねのはなし
諸井三郎 : ベートーベン──不滅の芸術と楽聖の生涯
安岡章太郎 : 質屋の女房
山口瞳 : 礼儀作法入門
淀川長治 : 私の映画教室
米澤穂信 : 儚い羊たちの饗宴
N・H・クラインバウム : いまを生きる
O・ヘンリー : O・ヘンリー短編集(全3巻 大久保康雄・訳)
アーネスト・ヘミングウェイ : ヘミングウェイ全短編(全3巻 高見浩・訳)
アレクサンドル・ソルジェニーツィン : イワン・デニーソヴィチの一日
アントン・チェーホフ : 桜の園
ウィーダ(ルイズ・ド・ラ・ラメー) : フランダースの犬
ヴィクトル・ユゴー : レ・ミゼラブル(全5巻)
ウィリアム・シェイクスピア : リア王
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー : 音と言葉
エーリヒ・パウル・レマルク : 西部戦線異状なし
エドウィン・フィッシャー : 音楽を愛する友へ
ギョーム・アポリネール : アポリネール詩集
コナン・ドイル : バスカヴィル家の犬
サイモン・シン : フェルマーの最終定理
ジェイ・マキナニー : ブライト・ライツ、ビッグ・シティ
シャルル・ボードレール : 悪の華
シャルル=ルイ・フィリップ : 若き日の手紙
ジュール・ヴェルヌ : 海底二万里(上下 松村潔・訳)
ジョン・スタインベック : ハツカネズミと人間
ジルベール・セブロン : 死んでいったひとりの若い女性への公開状
スティーヴン・キング : アトランティスのこころ
ダフネ・デュ・モーリア : レベッカ(上下)
チャールズ & メアリー・ラム : シェイクスピア物語
テオドール・シュトルム : みずうみ
トーマス・マン : 魔の山(上下)
トマス・ハーディ : 呪われた腕
トルーマン・カポーティ : 草の竪琴
ハーマン・メルヴィル : 白鯨
フィリップ・K・ディック : 悪夢機械
フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー : 死の家の記録
フランソワーズ・サガン : ブラームスはお好き?
ヘルマン・ヘッセ : 郷愁──ペーター・カーメンチント
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ : ファウスト(上下)
ルーシー・モード・モンゴメリ : 赤毛のアン ※《アン・ブックス》を代表して。
レフ・トルストイ : クロイツェル・ソナタ
ロマン・ロラン : ジャン・クリストフ(全4巻)

以上全100冊、もとい全100作。
 こうして見直してみると、定番・王道がずいぶんと並んでしまいましたね。あまり自分の色が出せず、ちょっぴり残念です。◆

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第2691日目 〈遂にやります、私家版《新潮文庫の100冊》!〉1/2 [日々の思い・独り言]

 高校生の頃は新潮文庫が開催する《新潮文庫の100冊》が、読書の格好の手引きとなっていたことを覚えています。1980年代後半の100冊の内訳は、流石にもう覚えていません。が、2019年の目録に載る本と較べると、やはり、ずいぶん様変わりしたように感じます。
 あの頃はこんなにたくさん、現役作家の本が入っていたかしら。日本文学に則していえば、もっと近代から昭和なかば──三島と川端あたりを下限としたラインナップだったのでは、なかったかな。現役作家では赤川次郎と阿刀田高、遠藤周作や三浦綾子、その他数人が名を連ねるが精々で、どちらかというと隅っこで小さくなっていた印象を失礼ながら、抱いているのだが。
 ──以前から私的に100冊をリストアップして、まとめてみたいと思うていました。現在も流通しているか、そこには拘泥せず、これまで自分が読んで糧となった新潮文庫、刺激を受けた新潮文庫、繰り返し読み耽ってボロボロになってしまった新潮文庫、火事の煤煙を丁寧に払っていまも架蔵する大切な新潮文庫。そんなのを、品切れとか流通しているとかまるで気にせず、自由にリスト化してみたかったのです。
 取り掛かった当初は、その時点で最新の文庫目録に載るものだけで100冊を構成するつもりでした。が、一読、それは無理だと判断した。かつて親しんだ本が殆ど姿を消してしまっているのは仕方ないにしても、それに代わるだけの本を見附けることが、まったくできなかったのです。
 ほんとうに信じられない書目が姿を消していました。その筆頭が、ロマン・ロラン『ジャン・クリストフ』だったのですがその他、丸谷才一の本や海外文学の古典が多く消えてしまっている事実に、腰を抜かしそうになりました。ちょっと大げさかもしれませんが、それぐらいびっくりしたのです。それらも電子書籍では読めるようですが、紙の本を読みなよ、と、いまさらながら槙島聖護の名言を呟いて嗟嘆してしまうのであります。
 そんな次第で、明日お披露目する私的《新潮文庫の100冊》は絶版・品切れ本も含んだリストです。正直なところ、一部の作家については作品選別に、若干の迷いがある。でもまぁ、こういうリストとかベストというのは、或る程度その場の勢いも手伝って選ぶ側面がありますから。
 いったんはリスト入りしたものの理由あって削るに至った作家も、何人かいます。代表格は泉鏡花と永井荷風。この2人については新潮文庫の品揃えはあまりにお粗末なので、充実したラインナップを持つ岩波文庫で私的100冊を選ぶ際にご参加願うことにしております。
 その反対に諸般の事情で、リスト入りさせられなかった作家もいる。芹沢光治良や山本有三、サガン、スタンダール、モーパッサン、ユゴー、スタインベック、デュ・モーリアなどです。芹沢光治良は『人間の運命』を加えたかったのですが、流石に全7巻は長すぎます。もっともここに挙げた作家たちについては後日、リストを改訂する際に席を用意するつもりでおります(※)。
 最後に1つだけ、お断りを。「カラー版作曲家の生涯」という全10巻のシリーズが、かつて新潮文庫にはありました。これもいまではすべて品切れの様子。古本屋を丹念に回れば苦労せずに集められるはずですが、それでも一部の巻は見附けるに時間を要すのでは。
 これはじつに重宝するシリーズでした。作曲家の生涯を俯瞰するに必要なカラー図版に加えて、演奏家や評論家のコメントまでが載った、かれらの音楽を鑑賞するのに最強かつ最良の水先案内人となる本だったのです。これを全点取り挙げる、というのが今回のリストで目的としたことでした。斯様に素晴らしいシリーズを品切れさせて安穏としていられる新潮文庫への、ささやかな抗議であります。
 明日のリストは文字通り、作者と署名を列挙したものなので、特にコメントなどは伏しませんが、折を見てTwitterにて紹介や感想などお伝えできたらいいな、と考えております。◆

※2019年08月21日21時15分に「私家版《新潮文庫の100冊》」最終改訂版ができあがりました。
 ここに名の挙がったなかからはアナイス・ニンとヘンリー・ミラー、サン=テグジュペリ、エミリ・ブロンテを削ってサガンとスタインベック、ユゴー、デュ・モーリアをそれぞれ加えました。
 また赤川次郎と夏目漱石の作品を当初のものと差し替えています。具体的には赤川次郎は『女学生』から、夏目漱石は『草枕』から、リスト掲出作品に変更しました。□

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第2690日目 〈「小川国夫の本が読みたいぜっ!」旋風、すさまじく吹き荒れし夏!!〉 [日々の思い・独り言]

 小川国夫の著作──単行本をぽつりぽつり集め始めたのはいつ頃からか、覚えていない。が、きっかけなら覚えている。車谷長吉『文士の魂・文士の生魑魅』(新潮文庫)に小川国夫『或る聖書』の紹介があり、興味を惹かれてのことだ。
 読みたしと思えどすぐに出向ける範囲内の古本屋、新刊書店、いずこにもその著書はなかった。仕方なく図書館で借りるも、その帰り道、現代文学全集の端本を古本屋の棚に見附けて買いこみ、そのまま図書館へと回れ右をした……。
 端本とは、新潮社が1979年から87年にかけて刊行していた《新潮現代文学》全80巻の1冊。小川国夫へ割り当てられたのは、1985年9月発行の第65巻である(第52回配本)。
 ──話は横道に逸れるが(いつものことですネ)高校の帰り、ほぼ日参していた駅ビル内の書店には、この全集がだいたい40冊ぐらい、いつも並んでいた(※)。高校2年生の秋に第69巻、倉橋由美子の作品を集めた1冊をなぜだかドギマギしながらレジへ運んだのは、良い思い出です。顧みるにこの全集、読書の幅を広げるに功あり、わが現代文学の趣味を形成した、或る意味で罪作りな全集でありましたな。ああ、甘酸っぱくて刺激的な読書の日々だったなぁ……。
 さて、小川国夫だが経歴についてもこれまでの著作についても無知であったわたくしに、《新潮現代文学》の1巻は、この作家が如何なる軌跡を経ていまに至るか、これまでどのような著作を発表してきたか、次になにを読むべきか、を水先案内する役目を果たすのだが、──
 小川国夫という作家が気になったのはもう1つ、簡単な著者来歴にて静岡県藤枝市出身で、いまもそこに住まうている、と知ったからだ。なぜなら、わたくしも静岡県民であった時期があり、定年退職して再雇用期間が終わったら子供時代を過ごした伊豆半島の付け根の街に帰りなんいざ、と思うていたがゆえの、なにかしら共通点を見出したような喜びに、その感情は基づく。
 もう一つ、親近する<鍵>があったとすれば、小川国夫がキリスト者であったこと、か。聖書に材を取った作品のあるを知って、或いは聖書自体を語った単行本があると知り、捜し歩き回りましたね。後者は資料を借りに通っていた市の中央図書館の、キリスト教の棚にあったものだから、これまででいちばん手に取り読む回数多かった本、ということになる。
 小説については恥ずかしながら、特定の作品ばかりを繰り返す読むばかりで、それ以上の進展は見られぬまま、歳月は降り積もってゆき。しかも繰り返し読む、というのは愛読ばかりでなく、よくわからなかったから何度も読んでいた、なる側面もある。が、あのゴツゴツとして簡素な、乾いた文章は、まさしく聖書の世界に通じるものがあることは、ほかの指摘を待つまでもなかった。
 そうして今日に至るのだが、『悲しみの港』を小学館P+D BOOKSの上下巻で読み、すっかり小川文学のトリコに、今度こそほんとうになった。岡松和夫や南木佳士と同じように鍾愛握玩する作家になった、瞬間である。
 本作は著者の半自伝的作品という。東京から故郷の藤枝市に帰郷してきた小説家の、文学者たらんとする克己と婚約者ある女性との仄かな恋情を描いた、ロマンティックな長編小説。新聞連載という出自のためか非常に読みやすく、何度も何度も読み返してその都度、羨望と憧憬の溜め息を洩らしたことである。
 ときどき、わたくしのなかで「小川国夫の本を読みたいぜっ!!」旋風が吹き荒れる。先日、秋葉原のスターバックスで早朝、「申命記」前夜を書き、その足で病院に寄った帰り、神保町の古書街を久しぶりにブイブイいわせていたら(ん、この表現は数日前に使った覚えがあるな……えへ)、現代文学者の単行本が破格の値段で売られている現場に遭遇した。さして期待せず平台を眺めて回っていたら、小川国夫の著作が幾つも目についた。もう脳味噌は沸騰し、いまを逃せばこのような機会に恵まれること非じ、財布の紐を堅くせねばてふ誓いも空しく、5冊をサルヴェージ。重い荷物によたよたふらつきながら、故郷の港町へ帰還したことでありますよ。
 幸いというべきか、現在のわたくしは療養のため会社を辞めて、読書と家事と散歩の日々である。買い溜めた本がたくさんあってどれから切り崩すか、思案しているのだが、このたび小川国夫の著作がまとまった架蔵の運びに至ったことだから、まずはここから読んでゆこうか。むろん太宰治はこの切り崩し読書の対象とならぬこと、改めて申しあげる必要なきことである。◆

※隣には、同じ新潮社の《純文学特別書き下ろし作品》が何冊か、置かれいたっけ。いうまでもなく、村上春樹の初期に於ける代表作にしていまに至るも村上文学の高峰に位置する『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』を、初めて世に出したシリーズである。□

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第2689日目 〈マジックマウスが動作不安定で、困っています。〉 [日々の思い・独り言]

 現在使っているMacのマジックマウスは、乾電池を使うタイプのものなのですが、そろそろ見切りをつけようと考えています。
 電池を交換するとしばらくは動作が不安定になり、接続が切れたり、またつながったりする。心理的にすごいストレスだ。そうして、時に苛々がつのり、罵詈雑言を呟いて三行半を叩きつけたくなる。
 いまAppleのサイトで販売中のMagic Mouse 2も試してみたが、充電中のぶざまな格好はともかく、やはりこちらも充電完了後の動作不安定は変わらない。
 Appleのマウスが元からそうなのか、或いはワイヤレス・タイプのマウスは皆、そうなのか。ちょっとよくわからないけれど、ワイヤレスのマウスにやや不信感を抱いているのは事実である。
 サードパーティーのマウスを導入することを検討するのは、こんな理由からだ。Amazonやヨドバシドットコムでサーフィンしていろいろ見てまわるが、どれもこれも帯に短し襷に長し。今一つ、決定打がないのだな。
 これまで使い馴れていたことからワイヤレスのマウスに惹かれてしまうのだが既に乾電池交換後、充電後の動作不安定に悩まされて怒りさえ覚えること一度や二度ではなかったからた、どうしても「有線、最強」の思いが強く、ワイヤレスには相当不審と疑問の眼差しを向けてしまうのだ。
 Appleがねぇ、有線式のマウスも並行して販売してくれるか、サードパーティーの商品を公式サイトで通販できるようにしてくれるのがいちばん良い解決策だと思うのだが、Appleにもそれなりの意地とポリシーがあるようで、それはかなわぬ夢となっている。
 ──その後さまざま検討を重ね、売り場にも足を運んだりして、7月の初め、遂に有線式のマウスを購入しました。ELECOMの「EX-6」が、それ。操作性と握り具合の点でこれ以上望ましいMac対応マウスがあるとは思えない。それ程快適なのです。もっとも、敏感すぎるのか、思うようにポインタが任意の場所へ運べないのだが、これは使ってゆくうちに克服される問題でありましょう。
 ただ、どうしてもAppleのマジックマウスに軍配を挙げたくなる場面も、ある。1本指ダブルタップでのズームや、1本指スワイプでWebページの移動ができたりとか、そうしたジェスチャができる点は、やはりMacを便利と思う特徴なのだな。画面スクロールする際の指の動きも、上下逆だしね。もう5年近くMacを使っていると、そのあたりの便利さからはもう離れられないし、忘れられない。となると、純正マウスを使うしか──ない?
 充電後の動作不安定さえなければ、サードパーティーのマウスも必要ないのだが……いまはMagic Mouse 2の採用に踏みきって、ELECOMのマウスは有事の際の備品としていつでも使える状態で待機させておくのが最善か。
 ああ、悩ましい。◆

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第2688日目 〈このたびようやく、新改訳聖書第3版を購入したのです。〉 [日々の思い・独り言]

 「これだけはどうしても、古本屋やましてやブックオフなどではなく、ちゃんと新刊書店で購入しなくっちゃな/したいな」と思うている本は、ありませんか? 懐具合の許すときにゆっくりと、多少高くても翫味して選んだ、その対象分野/作家が充実してゆくのを眺めるのが愉しみだ、というような本が?
 勿論、わたくしにはある。いまはその対象分野を、聖書としている。キリスト教ではなく? 然り、キリスト教ではなく。
 周辺資料はもう古本屋でなければ手に入らない本もあるから、仕方ない、これについては諦めましょう。むしろ積極的に取り扱う古本屋を覗き歩いて、後日の<狩り>の下見といきたい気分です。先日はウィリアム・バークレーの本を神保町で見附けた、それはずっと図書館から借りだしては愛読するを繰り返してきた1冊。そのときはチト懐が厳しかったものだから数日後に、病院の帰りに売れていないか、ハラハラしながら迎えに行ったものじゃった。
 いまの蒐集分野でなるたけ新刊書店で購入を心掛けているのは、既にお察しのことと思うが<聖書>それ自体に他ならないのです。とはいえ、コレクターというわけではありませんから、古い版本を求めて洋古書店や海外の古書店にまで探求の手を伸ばし──というわけでは、(すくなくとも現時点では)ない。いま手に入る、流通している各種日本語訳の聖書を手許に置いておきたいだけなのです。
 拙の聖書読書ノートブログが完全な意味で終わりの時を告げぬ限り、聖書は手を伸ばせば届く場所に置いておきたい本であります。或いは、椅子から離れて2歩か3歩ですぐに取り出せる場所にあってほしい本なのです。現にいま、書架の1段、その最前列を聖書が占めている。内訳はツマラヌし、至極当たり前のものばかりなので控えたい。そこにこれまで、じつは新改訳聖書だけがなかった。
 ほかの場所に置いてある、というのではなく、元々架蔵していなかったのです。買おうとしていたけれど、ずっと後回しにしていたツケが回ってきたのでしょうか。だってねぇ、聖書を備える書店に常置されてあるのは新共同訳と、この新改訳が両横綱なのですから、いつだって購入できるし、ほかの日本語訳の方が馴染みやすく、ブログを書くにあたり参照とすべき情報があまりなかった(フランシスコ会訳の脚注や本文中の地図・図版を欠き、新共同訳のような簡単な用語解説や単位の換算表などがなかった)、というのが、嗚呼、もしかすると秘めたる本音であったのかもしれません。
 加えて、過年、新改訳2017が発行されたことで新改訳の購入検討が後回しになったことは避けられず、やがて多くの書店の棚から姿を消してしまった。そうして「仕方ないかぁ」と刹那の嗟嘆のあと忘れ果て、今日に至る……。
 ここでようやく話が冒頭に戻るのだけれど、つまり昨日(一昨日ですか)、おお、よりによってブックオフでその新改訳──第3版;これが現在も版を重ねるヴァージョンである──、書きこみも折れも濡れも皺も破れもない、古書目録でいうところの状態:美本に遭遇。しばし中身を点検しながら小声で、うむむ、と逡巡した後、ほか何冊かと一緒にレジへ運んだ(お値段:税込み2,960円)。その晩は、初めて己が蔵書となった新改訳をあちらこちら読み散らして、明け方まで過ごして眠い目をこすりながら仕事へ行く朝の電車のなかで寝不足解消を図ったことである。
 これまでも何度か、ブックオフで聖書が売られている様子は、目にしてきた。そのたび、手にして中身を検めてみるのだが、さすがは聖書というべきか、どこかしらに前所有者の痕跡が残り、それはあまり見ていて好ましいものではありませんでしたねぇ。ここ6,7年というもの、ブックオフ店舗に於ける販売図書の状態基準は緩むどころか、杜撰かつ怠惰を極めている(※)。そう考えると、わたくしがこのたび購入した新改訳聖書(2003年12月:第3版再刷)は奇蹟の一品、と呼ぶほかない珍品だったかもしれない。呵々。
 今回の新改訳を以て、現在流通している日本語訳聖書の基本的なところは、だいたい揃うてしまったのではないか。文語訳も岩波文庫から全冊刊行されたし、かというて某氏や某氏の個人訳を迎え入れるつもりは毛頭ない。わたくしは記述の比較や、こちらではちょっと意味がよく通らない箇所がほかの日本語訳ではどうなっているのか、といった、内容理解のためにそれらを買い集めてきたのだ。
 いまだから告白するが、聖書読書ノートブログの最中も、新共同訳だけではどうも理解が及ばず、或いは文意不明と判断してほかの訳、フランシスコ会訳と文語訳、岩波訳の助けを借りていた。
 ──斯様な文章を認めているのは、ここ数日、かねて予告していた、そうして昨日図らずもお伝えすることになった、聖書各書物の〈前夜〉を書くため、聖書本文に目を通し、資料に目を通し、スターバックスに朝からこもって昼近くまで、モレスキンの手帳にブルーブラックの水性ペンでちまちま書きこんでいるからです。
 〈前夜〉を再び、しかも読書が終わって間もなく3年になろうとしているいま、2019年の夏に書くのは結構シンドイものがあります。でも、聖書絡みの文章書くのは、愉しい。一種の法悦を覚えながら執筆している、というたら、読者諸兄は引かれてしまうでしょうか?
 それは五月雨式に、不定期間隔でお披露目されてゆくことになりますが、その執筆に際してはきっと、新改訳をも参照として筆を進めてゆくことになるに相違ありません。◆

※煙草臭のする本、書きこみのある本、破れと濡れの非道い本、などは買取こそすれ、破棄するのが常で棚に出したりはしないものだったのに。もしかすると、処分費が高騰したからお金を惜しんで、嫁さえすればいい、とばかりに方針転換、新人教育も短縮化され、古株新顔の別なく負担が減ったことで喜び万歳三唱でもしているのだろうか。□

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第2687日目 〈同人誌のお誘い。〉 [日々の思い・独り言]

 水面下で粛々と、聖書各書物の〈前夜〉を書き直しを始めました。
 対象になる書物はなにか、どの程度まで修正の筆を入れるのか。既にプランはできている……のだが、これまではいったん離れた聖書の世界へ戻るのに相当な意思が必要で、それについて書くこと偶さかありと雖もあくまで「その気になったとき」の結果に過ぎず、かつてのプランが完成するにはだいぶ時間がかかりそうだ、と嗟嘆していたところに、1つの朗報が舞いこんだ(否、義務が生じた、というべきか)。
 手短にいえば知人から、「来年の冬コミで〈前夜〉をまとめた本、1冊出そうや!」と誘われたのだ。同人誌なんてもう15年以上作っていないし、関わることもやめた現在、これまで書き散らしてきた文章をまとめた本の刊行を提案され──しかも、よりによって聖書の!──、そうしてまさか来年の冬コミ(来年ですよ。ここ、とっても重要)への参加を誘われるなんてねぇ。夢想だにしなかったよ。
 倩顧みるに、どうしてかれが熱心に、アルコールの力も借りずに刊行を口説いてきたのか、小首を傾げても答えが出ない。そもかれに、聖書各書物の〈前夜〉書き直しをしていることなんて、話した記憶がないのだけれどな……。本ブログにてその旨書いたことは、たしかにある。覚えている。が、だからというてかれがそれを気に掛け、今日になってとつぜん提案してくるなんてことはないように思うのだが。
 さて、──以上のような次第で、自分名義としては15年以上の空白期を経てわたくしは、1冊の同人誌を発行することになった。途中でどのように計画が化け、或いは泡沫と化すか、辿り着くところは不明だが、これで目標が生まれた。うれしいことだ。
 加筆修正、新稿執筆いずれであれ、冬に刊行するならすくなくとも、秋口には全編を脱稿しておかなくては。時間はあるようで、じつはない。腰が重い上に、持久力が皆無ゆえ、目標が設定されても挫折と放棄の危険は常にある。まずは今年中に律法と歴史書、詩文の〈前夜〉は入稿可能なレヴェルに仕立てておきたいものだ。
 でも、発行を提案してくれたのはうれしく、感謝もしているが、果たして友よ、斯様な書物がいったいどれだけ売れると思うておるか。いったい誰が、買うてくれると想定しているのか。
 次に会うたときはそのあたり、も少し詳しく聞かせてもらいたい。そうね、君がニュージーランドから帰国した、その翌々日あたりに、いつもの酒場のカウンターの片隅に陣取って、悪い相談でもするかのようにコソコソと、人目を避けて、この話を煮詰める一方、頒布について君の考えを聞かせてほしい。いいよね?◆

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第2686日目 〈太宰治『お伽草子』を読みました。〉 [日々の思い・独り言]

 太宰治『お伽草子』の諸編にはいずれも種本がある。中核を成す「新釈諸国話」は井原西鶴の浮世草子に、「お伽草子」は御伽噺を集めた物語草子、即ち『御伽草子』収録の昔話に、それぞれ典拠をあおぎ、また併載される3つの短編も中国の白話小説や実在の人物の日記に、出典を求めることができる。作品の仕上がりにムラはあるが、太宰お得意の「再話小説」として読み逃すベからざる1冊だ。
 途中で本を新潮文庫の旧版から改版された、活字の大きな同じ文庫の新版へ替えたことも原因なのか、どうも感想が稀薄でいけない。とはいえ、むろん琴線に触れた作品はある。今回はそれについて集中的にお話ししよう。「新釈諸国話」の終わりから2番目に位置する「遊興戒」である。
 西鶴没後の出版物の1つである『西鶴置土産』の1編を語り直した「遊興戒」はタイトル通り、<色遊びを戒める>お話だ。
 むかし、色遊びに打ち興じた仲間の1人を、遠く江戸の町に見附けた京都の道楽坊主たちが、かれのいまの生活と、かつては蝶よ花よを謳われてかれが身請けした名妓の果ての姿を目の当たりにして、つくづくもうこれからは遊びはやめて精々真面目に生きよう、と誓い合う、というが骨子。
 これを読んで、いやぁ、すっかりむかしの自分を見させられましたよ。独り身でふらふら遊んでいた頃はね、わたくしもまぁ一寸いろいろありましたから。身請けしたいぐらい恋い焦がれた夜の蝶がおりましたからね。
 かつての名妓を嫁に迎えて夜の営みを重ね重ねて子供もこさえ、したが一緒に生活するとなるとさまざま支障が生じて夢も理想もすべてが狂い、いまは生活も貧窮し、それでいてまだ女房への愛情はむかしのままだ、と──いったいなにが幸せか、考えさせられるのだ。無情に人の生活の上を流れる時間の残酷さについても、嗚呼と嗟嘆したくなる。時間と現実は女から色香を奪い、男から風流を奪い、その日暮らしに身をやつすが決まり事だから。
 かの夜の蝶は本を読むのが好きで、家事に長け、あの世界へ身を置く割に経済観念はしっかりしていて、うむ、可愛らしくてもう逢うたび抱きしめたくなるぐらいの名花だったのだ。とはいえ、あのまま客と蝶という関係を清算して恋人となり夫婦となり、家庭を持っていたらいったいどうなっていたか。遠からずわたくしは、「遊興戒」で名妓を身請けした風流人、利佐の如くになっていたかもしれない。
 いや、いろいろ考えさせられる短編でありましたよ。
 ──次は悩んだ末、『晩年』以前の習作を集めた『地図 初期作品集』を読みます。◆

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第2685日目 〈太宰治『地図』の途中報告。──これはほんとうに無名時代の作品なの?〉 [日々の思い・独り言]

 こんなこと、ありませんでしたか? 大した期待もなく、一過性の火遊びと思うていたのがあんがい相性はぴったりで、親しみを覚えて逢うを重ねているうち、いつの間にやら馴染みの仲となり、一つ屋根の下で暮らしてるなんてこと?
 来し方を振り返れば、そんな相手のいたことも……、といいかけて慌てて口をつぐみ、あとは自粛を決めて梔子の花になりますが、たとえば文学に於いてはわたくしの場合、太宰治がそんな交際相手の典型だった。
 初めは有名作だけ読んでさっさと済ませよう、と軽い気持ちでいたあの夏。いつの間にやら太宰文学の内包する天真爛漫さと、その裏返しのような狂態にあてられてすっかりのめりこみ、「毒を食らわば皿まで」の症状に見舞われて、いまはすっかり太宰ファンになり果せた。
 <第2次太宰治読書マラソン>は読まぬ日、読めぬ日の方が多いとはいえ、ゆるゆると進行中。いまは『地図 初期作品集』(新潮文庫)、そうしてこれを読んでいるいまこの瞬間にこそ、わたくしは自分が完治不能のダザイ・ヴィールスに冒されていることを自覚した──。
 読み始めて既に2週間、さりながら全28編のうち、読了できたのはまだ1/3程度。それだけでもじゅうぶんだったよ、『晩年』でデビューするずっと以前から太宰は天性の語り部であり、どんな些細なこと、どうでもいいことを面白く語らずにはおられない人であったことを再認識するには。
 『地図』に収められたのは、いずれも学生時代に校友会誌や同人誌へ寄稿した、アマチュア時代の習作である。普通ならば、歯牙にも掛けられない、精々が全集の編まれる際に目玉の一つにもなろうか、という類の代物だ。が、相手はなにしろあの太宰である。「意外」は「当然」といい換えられるべきだったかもしれない。
 文庫版でわずか10ページに満たぬが殆どの作品など、好事家相手の珍品で結構なはずなのに、これがじつに読ませる<力>を内包した作品なのだ。
 たしかに技巧の面ではまだまだ青臭いけれど、つまらないことでも面白く語れてしまう、その恐るべき才能は、冒頭の「最後の太閤」から既に健在だ。ちなみにこれは大正14(1925)年3月、青森中学校の校友会誌に本名で発表された最初の創作である。
 そうして現時点でいちばん驚いてしまった作品が、表題にもなった「地図」だった。こちらは「最後の太閤」と同じ年、同人誌『蜃気楼』に発表されている(やはり本名で発表)。
 5年がかりで石垣島を征服した琉球王が、蘭人に見せられた世界地図に征服地はおろか自国さえ載らぬことに怒り、乱心する、というが粗筋。
 菊池寛の「忠直卿行状記」に影響されていることが夙に知られる様子だが、それでも太宰の冷静な眼差し、<井の中の蛙、大海を知らず>を地でゆく琉球王の狂乱が隈無く描写されていて、或る意味で『晩年』の諸編よりもずっとキレ味の優った逸品と感じられる。これには一読、心を摑まれてその晩に早くも再読(わたくしにはじつに珍しいケースだ)。今日も秋葉原に所用で向かう京浜東北線のなかで、読まねばならぬ資料をうっちゃって読み耽ったことである。
 そのあとも、「針医の圭樹」、「瘤」、「将軍」、「哄笑に至る」と読み進んだが、やはり後年の作品群と較べても見劣りはしないレヴェルの小品、という気持ちは強くなるばかりだ。就中「瘤」と「哄笑に至る」は双生児の如き関係にあると思い、いずれも呵々させてもらった。もっとも、その一方で「哄笑に至る」は他人事に非ざるなり、と、己に軽く戒めを課したのであるが。
 残り2/3をいつ消化し終えるか、正直なところ自分でもよくわからない。いまは平時ではないのだ。とはいえ、今月中にはいくらなんでも読み終われるよね、と自問しておる。が、答えは返ってこない。いやぁ、参ったね。
 この文庫の刊行当時、どうしてこんな無名時代の作品まで文庫化されるのだろう、やはり主要作品をすべて収録しているレーベルの意地と自負ゆえなのかな、と要らぬ勘繰りをした。が、いまなら、どうしてまとめられたのか、理解できる。太宰治ほど無名時代、アマチュア時代の作物さえ読ませてしまう作家はいないのだ。そうして『地図』所収の諸編はいずれも、ほかの有名作、代表作と同じ土俵で語ることが可能な、稀有な結晶体であることの証しだったのだ。いやぁ、すごい人に惚れこんじまったよ。文章に惚れる。作品に惚れる。顔に惚れる。そこまでさせてしまう作家がこの国に、ほかにいったい何人いるというのか。◆

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第2684日目 〈本日休載のお知らせ〉 [日々の思い・独り言]

 表題の件、以下のように申しあげます。……って、初めてまともなタイトルで「休載の告知」をしているように思います。
 いろいろ支障ございまして、本日の更新は「お休み」させていただきたく存じます。読者諸兄にはどうぞ、ご理解とご寛恕の程お願いできれば幸いです。
 じつは今、以前からつらつら考えては泡沫の如くに消えてゆき、を繰り返していた企画があるのです。それがなにか、いまはまだお話しできませんが、然るべき時期になり、準備も整いましたら、改めて本ブログにて、或いはTwitterでも併せて、お知らせ致しますね。でも、なるべく早い時期に始めないと、意味ないかなぁ。
 ──
 「これらの骨に向かって預言し、彼らに言いなさい。枯れた骨よ、主の言葉を聞け。これらの骨に向かって、主なる神はこう言われる。見よ、わたしはお前たちの中に霊を吹き込む。すると、お前たちは生き返る。わたしは、お前たちの上に筋をおき、肉を付け、皮膚で覆い、霊を吹き込む。すると、お前たちは生き返る。そして、お前たちはわたしが主であることを知るようになる。」(エゼ37:4-6)
 次の更新再開を想うわたくしの心、斯くの如し……笑われるでしょうか? でも、本心なのです。◆

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第2683日目 〈新約聖書から、結婚にまつわる言葉を取りあげてみた。〉 [日々の思い・独り言]

 「未婚者とやもめに言いますが、皆わたしのように独りでいるのがよいでしょう。しかし、自分を抑制できなければ結婚しなさい。情欲に身を焦がすよりは、結婚した方がましだからです。」(一コリ7:8-9)
と、パウロは「コリントの信徒への手紙 一」第7章第8-9節で書いています。これがその章冒頭の、──
 「みだらな行いを避けるために、男はめいめい自分の妻を持ち、また、女はめいめい自分の夫を持ちなさい。夫は妻に、その務めを果たし、同様に妻も夫にその務めを果たしなさい。」(一コリ7:2-3)
につながる言葉なのです。
 夫婦のありようについてはパウロは、また「テサロニケの信徒への手紙 一」第4章第4-5節にて、斯く述べています。曰く、──
 「おのおのの汚れのない心と尊敬の念をもって妻と生活するように学ばねばならないのです。神を知らない異邦人のように情欲に溺れてはならないのです」
と。
 結婚については、イエスがヨルダン川東方ユダヤ地方にて、自分を試すファリサイ派の人にこう答えました、──
 「イエスはお答えになった。『あなたたちは読んだことがないのか。創造主は初めから人を男と女とにお造りになった。』そして、こうも言われた。『それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる。だから、二人はもはや別々ではなく、一体である。従って、神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない。』」(マタ19:4-6)
と。
 今日は午前中は近所のスーパーに買い物、午後の暑い時間はリヴィングでぼんやり高校野球を観て過ごし、そのあと少しお昼寝して、夕方はずっと庭と自宅まわりを掃いて、草をむしり、夕食の仕度をして、と本を読んだりする時間がまったく取れなかった。むろん、こんな1日があるのも幸せなことです。
 さりながら、ではブログの原稿はなにを書こうか、と考えてもいっこうネタはない。だから、というわけでは勿論ないけれど、昨夜寝しなと今朝起きてしばしの時間、漠然と読んでいた新約聖書から<結婚>について、拾い出してみたのです。
 ナザレのイエスが使徒たちや説教を聞く人たちに宣べた教えはあくまで骨格であり、それは時間が経つにつれて多くの人たちによって喧伝されてゆきなかで、実をつけ花を咲かせ、やがて西洋社会の精神構造を形成してゆきました。
 西洋の社会保障制度が「マタイによる福音書」に載る「ぶどう園の労働者のたとえ」をベースに発展していった成果だ、と或るキリスト教学者は著書に書いておりますが、その伝でいうなら、西洋の夫婦制度は──実体は如何に腐敗し、もしくは形骸化していたと雖も──上述の福音書やパウロの手紙の記述を核にして、固められていったように、わたくしには感じられるのであります。
 このあたりはもう少し自分への宿題として、考えてみようと思うております。
 さりながら既に上で引いた、──
 「自分を抑制できなければ結婚しなさい。情欲に身を焦がすよりは、結婚した方がましだからです」
 「おのおのの汚れのない心と尊敬の念をもって妻と生活するように学ばねばならない」
 「人は父母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる。(中略)神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない」
という新約聖書の言葉は、極東の非キリスト者の心にも届く言葉だと思うのであります。◆

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第2682日目 〈実態把握のため、本の山を崩してたはいいけれど……。〉 [日々の思い・独り言]

 部屋の片附けを始めるにあたって、まず床から積みあげられた本や資料の山脈を崩してみることにしました。いったいこの部屋にどれだけの書物が蓄蔵されているのか、その実態把握のために調査のメスが入ったわけですが……、
 ……いやぁ、2時間弱で挫折しました。崩した本の置き場が早々になくなり、それ以上山を崩して小分けしても却って全体像が見えなくなるばかり、という事態が出来したからです。
 うむむ、もはやこれは「どうにかしないといけない」というレヴェルを、はるかに超えている。危険信号がいつ点ってもおかしくない状況だ。この場合の「危険信号」とは<黄色>を指すのではなく、それを一気に飛びこえて<赤>ランプが点灯、併せてアラートがけたたましく鳴り響いて止まらない状況を、指す。
 意外なまでにダブりの少ないのがささやかな自慢であるが、目のあてられぬ惨状となった山崩れの跡を眺めていると、溜め息交じりで恨み言が口をつく。こんなに買いこんで、いったいどうしようとしていたのか、当時の自分は。
 ジャンル毎に処分、或いは残すことが決められたら幸せと思うが、どうにもわたくしの蔵書の場合はそう上手く事が運びそうにない(性格的にもね)。幻想文学とミステリとSFは密接に結びつき、日本の古典文学と歴史書は不即不離の関係にあり、中国の古典は古代文学や古代史を読む際必須の参考図書。聖書やキリスト教、西洋思想の本は処分の対象を免れる。いやはやまったく、頭が痛い。どうにかしてくれよ、キング・ジェームズ。
 こうなるとやはり、レンタル倉庫と契約するのが、最善の方法なのか。「処分するのは抵抗があるけれど、さりとて部屋に置いたままでは場所塞ぎになるだけだな」と思う本はそちらへお預けするのが、やはり現実的かつ賢明な書痴(もとい、「処置」だね。「しょち」を変換していちばん最初が「書痴」だなんて……!)なのかなぁ、と、思うておるのだ。
 が、勿論、そこにも問題はある。レンタル倉庫から届くダンボール箱をどこに置いておくか、先方が定める期間内に箱詰めを終えて配送依頼が掛けられるか。それに費やす時間が……うん、これは大丈夫、捻出できるな。
 ほかに思い浮かぶ問題があるとすれば、──預ける本と部屋に置いておく本、その冷静な判断が自分にできるか否か、だな。預けたすぐあとにそのなかの本が必要になって、けっこうきつめの言葉で注意されながら取り出した経験があるからなぁ。歴史は繰り返す、というし、嗚呼、くわばらくわばら。
 現在は8月11日(日)の22時16分。そろそろ作業は中断して、寝しなの読書と就寝の準備に入ろう。そのためには、いま目の前に広がる崩れた本をまた積みあげて原状回復させなくては……んんん、なにか可笑しくないか?◆

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第2681日目 〈今月、発売がいちばん待ち遠しい文庫は、──岩波文庫『後拾遺和歌集』です。〉 [日々の思い・独り言]

 やはり怖い話、気味の悪い話、ゾクッとする話は良いものです。いまは季節が季節ですから、本屋さんや書肆でもその類のフェアをしているのが目につきますが、こんな時季だからこそ新刊書目のうちにこの分野のものを見附けるとうれしくなって、発売日がその瞬間から待ち遠してくてたまらなくなり、ソワソワしてしまうのです。
 たとえば、先月は東雅夫編『平成怪奇小説傑作集 1』(創元推理文庫)とHPL『インスマスの影 クトゥルー神話傑作選』(新潮文庫)が出た。今月は『幽霊島 平井呈一翻訳集成』(創元推理文庫)や綾辻行人『深泥丘奇談・続々』が文庫化(角川文庫)、気が早いけれど来月にはHPL<新訳クトゥルー神話コレクション>第4巻、森瀬繚編訳『未知なるカダスを夢に求めて』(星海社)と東雅夫編『平成怪奇小説傑作集 2』(創元推理文庫)がお目見えする(書くまでもないだろうが、個人の好みを反映したセレクトであることをお断りしておきます)。
 うれしくて、うれしくて、たまらない。手帳を開き、カレンダーを眺めて、発売日に書店へ並ぶ光景を夢想していると、ちょっと落ち着かなくなる。今月はほかにも欲しい本がたくさんあるので、月末に一気買いする予定──なのだが、今月は或る意味それら以上に刊行を知って驚喜し、手帳に発売日を大きく書きこみ、一日千秋の思いで待ち焦がれている文庫が1冊だけ、ある。
 久保田淳・平田喜信校注『後拾遺和歌集』が、それ。岩波文庫、8月18日刊行予定(18日って、日曜日だけれど……?)。
 かつて岩波書店は昭和に刊行した《日本古典文学大系》のあとを承けた、最新の研究成果を盛りこんだ《新日本古典文学大系》を平成の前半に刊行、完結させた。久保田淳・平田喜信校注『後拾遺和歌集』も、《新日本古典文学大系》に収録の1冊。
 大きめの新刊書店へ行けば函入りの、ジャンル毎に色分けされた帯で飾られた濃緑色の上製本が棚の一角を占めていたが、最近は場所塞ぎなのと完結から大分時間が経過したこともあって、だんだんと姿を消していっているのが淋しいところ(オンデマンドに移行していますね)。
 とはいえ、その古典文学のテキストと註釈がお払い箱になっているわけでは、勿論ない。出版社は《新体系》に収録された古典を暫時、改訂などして文庫におろしているのは、なんとも心強く、喜ばしいことである。いま手許に現物がないため記憶だけで書名を挙げれば、『源氏物語』や『平家物語』がその流れで文庫化されていたはず。嚆矢となったのは『平家物語』でなかったかしら。令和改元に伴うバカ騒ぎで特定巻だけ売れて、一時版元品切れとなった『万葉集』も、そのなかに含まれる。
 古典時代の和歌、就中八代集に関していえば、岩波文庫はいまも佐伯梅友校注『古今和歌集』と佐々木信綱校注『新古今和歌集』を持つが、これは《新体系》刊行以前から入っていたものだ。そう考えると、殊八代集に関していえば、《新体系》から文庫化されるのは今回の『後拾遺和歌集』が初めて、となるわけだ。
 いま頃になってようやく文庫化、というのも正直解せぬ話ではあるが、今回の文庫化の背景に令和改元という大きな出来事があったのは、想像に難くない。新体系→文庫という流れをとった『万葉集』の売れ行きをバネに、続く八代集もこの機会に……という思惑、わたくしはあっても良いと思います。行き届いた校訂と註釈・解説が付された良きテキストが市場へ出回ることに、果たしてなんの「否」がありましょう? もっとも、どうして第1弾が三代集でもなく『新古今和歌集』でもなく『後拾遺和歌集』であったのか、そのセレクトの意味はわかりかねるのですが……。
 ──『後拾遺和歌集』は『古今和歌集』に始まる勅撰21代集のうち、4番目の勅撰和歌集。勅を下したのは白河天皇、撰者は藤原通俊、応徳3(1086)年9月成立と伝えられます。前の『拾遺和歌集』から約80年後に成立した『後拾遺和歌集』は、平安時代の文化がいちばん爛熟した時代の産物だけあり、そこに載る歌人、詞書や官位に見られる政治情勢なども、われらが中学高校の日本史で学ぶ事柄(藤原北家の台頭と、特に道長時代の全盛、『蜻蛉日記』や『更級日記』『枕草子』や『源氏物語』が書かれる、など)に結びつくものであります。
 わたくしの気持ちとしては、勅撰集を初めて、1冊通して読んでみよう、と志を立てた人は、この『後拾遺和歌集』は入り口とするに相応しいと思うのです。この前の三代集は、いわゆる<古今風>が完成してゆく過程を知るにはいいでしょうが、ちょっと取っ付きの悪い面があるのも事実ですから、尚更そんな風に思うております。
 岩波文庫には戦前、西下経一が校訂した『後拾遺和歌集』があった。神保町の古本屋でコツコツ買い集めた岩波文庫黄帯のなかに含まれた1983年11月第2刷の『後拾遺和歌集』と、八重洲ブックセンターにて購入した1994年3月第3刷のリクエスト復刊された『後拾遺和歌集』を架蔵するので、いま書架から運んできてiMacのキーボードの横に置いているが、西下校注の『後拾遺和歌集』は解題は簡にして要を得て、索引もしっかりしていて、読みやすい1冊である。脚注はあるが、こちらは底本と異本の異同を示すなどしたものだ。
 そうして今回、《新日本古典文学大系》を基にした、信頼できる校訂と註釈・解説の『後拾遺和歌集』が登場する。出版に至る過程はともかく、これを契機に岩波書店はほかの八代集の文庫化を実現させ、また読者に於かれましては『万葉集』以外の古典和歌に親しむ人たちが1人でも増えてくださることを、切に希望する次第。
 ああ、発売日が待ち遠しい。◆

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第2680日目 〈希望を語るになんの羞恥を覚えることはない。〉 [日々の思い・独り言]

 いえ、まったく個人的な、本ブログにまつわる希望なのです。──聖書読書ノートブログから始まりそれが終わって以後、本ブログは迷走の時期を迎えて、いまもたぶんそのなかにいるのでしょう。
 曙光はまだ見えていません。が、それを見出すことは即ち、次のテーマが決まり、読書と執筆のための準備が着々と進んでいることを、意味する筈。場合によっては何日分かの原稿が、待機状態にあるかもしれない。
 かつては聖書が読み終わったらダンテ『神曲』、或いは『論語』を読もうかなぁ、と企んでいた。聖書読書と同様、原則1日1章(1段)で進めてゆくのか、勿論それは不明です(取り掛かっていないから、仕方ないよね)。
 でも、聖書読書で自分にとって最善のペースと、1日にこなせる分量がわかった。それに則るならば、読む対象が『神曲』であれ『論語』であれ、さして無理なく読み進めてゆけるのではないか──。
 むろん、「マカバイ記 一」と「エズラ記(ラテン語)」を終わらせるのが優先ですから、いまではまだ上記の事柄、夢物語の域を超えないのが、じつにむず痒いところなのですが……。
 如何にして今後、本ブログの定時更新を続けてゆくのか。ほんじつの原稿はそこから出発した内容なのですが、不安ばかりだけれど、第3000日目まではどうにか本ブログの命脈を保たせたいのです。
 それまでにお披露目される記事は、本の感想でも日常雑記でも、ルサンチマンでも社会時評でもなんでも構わない。すくなくとも長期にわたる読書ノートという大柱が確かになって、開始と継続の見通しを立てられるようになるまで、分量に長短こそあれ、質に若干の濃淡こそありと雖も、エッセイを毎日書いてゆこう、と思うのです。
 そうして、いつか本ブログでお披露目中の作物を、精選して1冊の本にまとめたいな、……なんて分不相応な願望も、最近は抱いているのです。
 ──さて、夢を語る時間は終わりだ。明日から、第3000日目を目指す。あと約1年弱である。インプットを増やし、井戸を掘り進め、体力と文章力を鍛えて、なにより仕事を頑張り、その日の訪れを実現させるために前へ進もう。ヒルティのいうように、「いまわたくしの前には希望だけが広がっている」のだから。◆

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第2679日目 〈メディア・リテラシーを養いましょうよ。〉 [日々の思い・独り言]

 昭和天皇の会見を悪質な意図から編集、原爆投下を止むなしと発言させる動画がTwitterで紹介されています。
 が、昭和天皇のお立場、戦争にまつわる数々のお言葉、等々踏まえれば件の映像がフェイクと気附くのはそう難しくないでしょう。にもかかわらず、素人目にさえずさんな編集とわかる悪質な映像に騙されて、「昭和天皇の発言許すまじ」の反応を示した人々の、なんと多いことか。
 流石にスタートダッシュの勢いは衰えつつあるが、それでも自重を求める声があがり続けていることは、幸いなことだ。
 その映像が信頼できるソースから提供されているのか、言葉と感情を呑みこんでいったん検証しようよ。胡乱なニュースさえ無批判に信じて、流れに乗るようなお調子者になってはいけない。どうして「編集された映像」であることを微塵も疑わずに、整理されていない自分の感情を吐き出すことができるのか。
 われら情報を享受する側の者はニュースの内容を額面通り、すなおに受け止めるだけでなく、「ここに書かれているのは本当のことなのかな」と、自分なりに疑問を持って考えたり、調べたりすることも、時には大切なのではあるまいか。そんな風に思うのですよね。
 われらの身の回りにあふれるツールは両刃の剣。いまは、危険な時代です。
 一瞬の感情を剥き出しのまま伝えられてしまうSNSとの付き合い方も、これを機に考え直してみたいですね。

 追伸
 投稿されたコメントへの返信は勿論、本ブログでそれを公開することは一切行いません。これまでと同じです。◆

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第2678日目 〈ほんじつ体調不良により、……。〉 [日々の思い・独り言]

 誠に勝手ながら、みくらさんさんか、ほんじつ体調不良(聴力喪失)のため、本ブログの更新をお休みさせていただきます。ごめんなさい。具合に変化なければ明日の更新も、難しいかもしれません。無念である。
 ひとつだけ、書かせてください。
 ミステリ小説の感想って難しいな、頭を悩ませるなぁ、と、今更にしてつくづく思うのであります。昨日のブログにて「明日もう1本エッセイを書きます」というていたのが、連城三紀彦『変調二人羽織』だった。
 2年前に書いた文章だが意に満たず、そのまま抛っていたが、此度同書を読み直す機会に恵まれたので過去の感想文を改稿。が、これまた不満な出来でしかなく……ミステリ小説の感想って書くのが難しいなぁ、と嘆息したことでありました。
 ネタばらしを避けるのは当然として、ではどこまで書くのが正解なのか、その線引きが難しい。とはいえ、これは書きたい、というポイントはどんな作品にも、たいていは1つある。それを書こうとするとたちまち暗礁に乗りあげて、なにも書けなくなってしまうのが、わたくしの場合なのだ。
 しばらくこの類の文章を書いていないから、チューニングが上手くいっていないだけなのかも知れない。が、件の小説集の感想が書けずに悶々としているのは、紛れもない事実。嗚呼、どうにかならんものかしらね、わたくしの、この無能無才ぶりは。
 じつは『変調二人羽織』の感想を書きあぐねている際、体調不良に襲われたのだが、両者になんの因果関係も認められない──と、いまは信じたいですね(あったら大変なのだが)。ゆっくり体を休めて、日を空けることなく再び本ブログの更新ができるように努めたいと思います。
 それでは。◆

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第2677日目 〈"天"ではなくて、"クラウド"に富を積む(=原稿を溜める)。〉 [日々の思い・独り言]

 「今日はエッセイを2本、書いたわ。明日は残りの1本を完成させる予定よ」と洒落のめして、わたくしはいう(「たんぽぽ娘」っぽくね)。
 不本意な、果て知らぬ休みを手にしてしまったんだもの、すくなくともこの程度のスタート・ダッシュはしておかねばなるまい。先々できっと、これが貯金になってわたくしを救うことにもなるだろうから……と、保険を掛ける意味でも、いまはがんばってエッセイを書き溜めておかなくては。掛け捨てなんて、通用しないからね。
 今日書いたうちの1本、太宰治『お伽草子』の感想は殆ど一筆書きに等しい第一稿である。「若干の字句を正して文章を整理して、事実関係のチェックを経れば、そのままお披露目しても差し支えないんじゃないのかな」と自惚れてしまう程には仕上がっているように見えるのだけれど、それはおそらく書き手の目が曇らされている証拠。件の感想を一気呵成に書きあげたときの余韻が、まだ自分のなかに残って冷静になりきれていない証拠だ。
 文章を書くという行為は書き手を興奮させ、判断力を鈍らせることがある。白濁した世界に迷いこませて、簡単にはそこから抜け出せなくさせてしまう副作用を併せ持つ。いまのわたくしが、まさしくその状況にある。いけない、もっと冷静にならねば。自惚れや自負を捨てて、全体を見渡し、細部を検分する曇りなき視界を取り戻さなくては。
 書いているときは熱に浮かされ、どんな非道くてまずい代物でも、一定以上の質に達しているような錯覚に陥ってしまうからね。推敲の筆を執るまでにあと数日、モレスキンの手帳のなかで眠らせておくことと致しましょう。
 冒頭で申しあげたように、第一稿と雖も今日書きあげたエッセイと明日完成させるエッセイは、後日のための貯金だ。本当に苦しくなったらお披露目させるが、能う限りそれに頼ることなく今月を乗り切りたい、と秘かに望んでいる。
 幸いなことに明日からは特にこれといった用事もなく(病院と金融機関不動産会社行きを除く)、近所のスーパーへの買い物ぐらいが外出の機会となろう。いい換えると、明日からは至福の読書の時間の到来である、ということだ。
 買ったまま積んである本を集中的に読み、かならず読了した本には一言二言の感想を添えておく。太宰治とその他の本で如何に読書時間の配分を行うか、頭を抱える問題で解決策は見えていないが、なし崩し的に最善の方法が眼前に提示されるのだろうな、と、この点だけは楽観的に構えているわたくし。
 さて、では明日のために連城三紀彦『変調二人羽織』(光文社文庫)を再読してきましょう。◆

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第2676日目 〈陰の愛読書は、五木寛之『百寺巡礼』なのです。〉 [日々の思い・独り言]

 折に触れて、五木寛之の本を読んでいます。「読んだ」というてもその数、たかだか10冊弱に過ぎず、しかもそれを倦くことなく読み返している。「読んでいる」と胸を張っていうてよいものか、甚だ疑問な数である。
 親しんできた氏の著作は特定の土地を描いた小説、随筆ばかり。金沢へ家族旅行する、と決まった頃、本屋で文庫の棚をぼんやり眺めていたら『金沢あかり坂』(文春文庫)があった。さっそくレジへ運び、ゆっくり読んで堪能した。まだ見ぬ金沢への憧憬はいや増しに増した。そうして実際にかの地を訪れて、ほんの刹那とはいえ、ここで暮らすことを夢見たりもした。その次に読んだのは『金沢望郷歌』(文春文庫)である。
 現時点でいちばん読むことが多いのは『五木寛之の金沢さんぽ』と『百寺巡礼』(共に講談社文庫)だが、いまは『百寺巡礼』に話題を絞る。
 自分が行ったことのある寺について書かれていると、なんだかうれしい。
 最初に読んだのは第1巻『奈良』だったように思う。長谷寺と秋篠寺が取り挙げられていたのが、きっかけ。奈良県でいちばん好きなお寺は、この2つ。長谷寺はわが宗派の総本山、ゆえにあちらへ行くたび参詣する場所。秋篠寺は奈良旅行の最終日、朝に清涼かつ静穏な環境にある寺の佇まい、なによりそこに置かれる伎芸天に魅せられてしまった。そんな思い出があるからだったろう、自然と『百寺巡礼』の当該巻を選び出したのは。
 そのあとも、山形県に行って立石寺へ登ったり、岩手県に移って毛越寺と中尊寺へ参詣すれば第7巻『東北』を読み、金沢旅行の折足を伸ばして福井県に宿を取った翌る日に永平寺を詣でれば第2巻『北陸』を読んだ。自然な流れといえまいか。そうして昨年は滋賀県に旅行して、母にとって年来の願いであった延暦寺へ。そのあとは第4巻『滋賀・東海』をしばし耽読した。
 氏の寺院巡礼の随筆を読んでいると、当時の自分が見たこと、感じたことなど思い出して、またそこへ足を運びたくなる。そうして今度は氏が見たものをこの目で見、執筆にあたって参照した文献へ目を通して、目の前の事物をそれまでとは違う角度から眺めてみたい。
 その手始めに、まずは近場から始めてみよう。即ち、上皇ご退位と新天皇ご即位、令和改元に伴う10連休の1日、家族で遊んだ柴又帝釈天と隅田川縁を思い出しつつ第5巻『関東・信州』を繙いてみよう。そうしてもう一度、家族と一緒に出かけてみたい。いまは一つでもたくさんの思い出を、家族と作りたいから……。
 それにしても、どうして五木寛之は宇治平等院(京都府)を訪うて、なにごとかを書いてくれなかったのだろう。どこかでその理由は説明されているのか。『百寺巡礼』の目次を崇めるたび、その疑問がわたくしのなかでうごめいて、鎮まるまでに時間を要す。◆

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第2675日目 〈見通しのよい、生活しやすい空間を作るための長い休み、と考えよう。……腐らず、雨向きに。〉 [日々の思い・独り言]

 降って湧いてしまったこの、長い休みを使ってできることはなんだろう? そんなことを考えることの多い日曜日でした。午前中は近所の大型スーパーに歩いて出かけ、夕飯の食材に始まり野菜やら果実、魚や肉、飲み物や調味料、保冷食品など買いこんできました。すくなくとも食事については、毎日とはいえないけれど、週の半分ぐらいはわたくしが作ろうと思います。
 あとは……基本的には家へ閉じこもって、読書と部屋の片附けかな(だって暑いの嫌いなんだもん)。読書についてはまず太宰治を読了すること、未読の本の山の切り崩しの端緒が付けられること、ができればいいかな。それに伴って、ブログの原稿もちゃんと書き溜めないならぬ。読んだ本の感想で未だ手着かず、停滞しているものがずいぶんとあるから、それらに陽の目を見させてやりたいですね。
 そうしてなによりも──部屋の片附けはどうにか実行してしまいたいですね。正直なところ、紙屑屋の親父の住処もここまで非道くはあるまい、と思えてならぬ程、いまのわたくしの部屋の惨状は言語に尽くし難い。足の踏み場はあるけれど、フローリングの床の見えている面積が隠れているそれよりはるかに少ない、というね。はっきりいう他ないが、人間の生活する環境ではありません。
 溜めこむ性格が斯様に悲惨な環境を生み出したのだ。「環境問題」とは国家レヴェル、惑星レヴェルでの懸念事項などでは決して、ない。よりミニマムな、個人レヴェルでの問題でもあるのだ。わたくしは自分の部屋に於いてそれを実証したい気分でいる。もっとも、実証云々以前に部屋の片付けを強行するけれどね。
 たしかに自分以上に部屋に本が積まれてあふれて、文字通り足の踏み場のない空間に住まう人は大勢いる。が、その人たちに殆ど救い難い諦めがあり、むしろそれを愉しんでいる気配さえ感じられるのに対して、わたくしは人間らしい住空間で、蔵書が多くもなく少なくもない、あの本を読みたいな、あの資料はどこにあったっけ、と思うたときにさほど労を費やさずして探し求められる見通しのよい、生活しやすい空間が欲しいだけなのだ。
 ……溜め息まじりに本稿を書いている。今年中には或る程度改善の結果を出して、前後のレポートを本ブログにてお伝えできたらいいな、と企んでいるが、果たしてどんな結果になることか。◆

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第2674日目 〈”第一次太宰治読書マラソン”を振り返ったとき、わたくしが思い出すあれこれのこと。〉 [日々の思い・独り言]

 現在、第二次太宰治読書マラソンに勤しんでいること、なにかしらの気配を感じておられる読者の方もおられる模様。まぁね、『晩年』、『お伽草子』と続いて、しかも過去の読書の様子がぽつりぽつりと零れ落ちるように語られる様を見れば、自ずと察しはつくのかも。
 然り、ただいまわたくしは第二次太宰治読書マラソンの最中である。昨日もお伝えしたように病気療養で仕事を辞めざるを得なくなった代わり、読書へ勤しむ時間がたっぷり与えられたことで、マラソン・リーディング(ちょっと気取った言い方をしてみた)に腰を据えて臨めるのは、不幸中の幸い事、というてよかろうか。
 ここで話は過日の『お伽草子』に戻るが、活字の小ささに様々な面でめげて大きな活字の、改版された新潮文庫を買い直したこと、既にお話しした通り。その買い直した新潮文庫を先日、電車のなかで恙なく読み終えた際にふと、去来した記憶がある──たしか第一次のときもこんな時期に読んでいたよなぁ、という、模糊としていながらもありありと当時の光景を思い浮かべられるのだ。
 それを確かめたくて今日は、朝も早くから書架をあちこち捜索して既読の太宰治を発掘し、扉に書きこんだ読了日をチェック、Numbersに入力して並べ替えるてふ作業を行っていた。そうして記憶は正しかったことが証明される。2010年の5月なかばから10月上旬までにわたくしは、太宰治の文庫を読み耽っていたのだ、確かに。
 いまは既読な第一次にて読んだ太宰を列挙すると、こうなる。即ち、──『ヴィヨンの妻』に始まり『人間失格』、『斜陽』と続き、『津軽』、『パンドラの匣』、『惜別』、『走れメロス』を経て、『ろまん燈籠』、『新樹の言葉』へ至る。これはすべて読んだ順番に挙げた。
 どうしてこの順番だったのかは、もう覚えていない。が、すくなくとも最初の3冊についてはもしかすると、『文豪ナビ 太宰治』のガイドに盲目的に従ったのかもしれない。まぁ、明らかに有名作から読んでしまおうか、と企んだフシが見え隠れするのは、わがことながら気のせいか。
 だいたい1ヶ月に2冊、わたくしは読むのが遅いからね、どうしてもこれ以上にペースは上げられない。『パンドラの匣』は今回の『お伽草子』同様、改版前の活字の小さな新潮文庫だったからかしら、読了に3週間以上を費やしている。それでも9年前は現在より視力が良かったことの証拠になりそう。『お伽草子』は買い換えた翌日に冒頭の一編から読み直しを始めて、2週間弱が経った昨日、全編を読み終えたものね。
 教訓:読書人は視力を大切にしないといけない。
 暑い季節に太宰治を読む。──どうしてだろう、過去に必要あって真冬に太宰作品を何編か読んだのだが、あまりのめりこむことができなかった。読書の動機が動機だから、といえばそれまでだがわたくしには、太宰治は全身をじりじり太陽の熱で焼かれながら汗を掻き掻き読むのがいちばん似合っているように、感じてしまうのである。おかしいだろう。でもこれが経験から導き出した個人的見解って奴だ。
 ──なお、第一次に於ける『人間失格』のみ他と異なり新潮文庫ではなく、ぶんか社文庫での読書となったこと、備忘も兼ねてご報告しておきたい。ちょうどAKB48がメジャーになりつつある時期に出版された文庫で、『人間失格』では表紙モデルを前田敦子が務める(ちなみに宮沢賢治『注文の多い料理店』は松井玲奈なの)。さりながらなかなか十把一絡げに片付けることもできぬ文庫で、きちんと註釈が付されて、それが簡潔にまとまっている点がわたくしには好ましい。
 どうして新潮文庫で読まなかったのか、ですって? そのときはまだ太宰の文庫を買い揃え始めたばかりで、しかも全部じつは古本屋を回って買い集めていたものだから、活字の大きな『人間失格』は手許になかったんじゃないかな。9年前の細かな、正確なことは流石に覚えてないよ。
 ただこれだけは申しあげる。けっして前田敦子の表紙目的ではない、ということを。「私のことは嫌いでも、AKBのことは嫌いにならないでください」──勿論だ、ラジャーである。
 でも、彼女の演技は好きです。それが途轍もなく光ったのは『イニシエーション・ラブ』と『もらとりあむタマ子』、『クロユリ団地』ですね。他は……んんん、これといって記憶に残る作品はこの3作以外、わたくしは挙げることができない。
 最後に話題が脱線してしまったが、次回は『お伽草子』感想をお披露目させていただければいいな、と本心から思うている。でも、さて、……?◆

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第2673日目 〈病記。──あなたの声が聞こえなくなるまで、あとどれぐらい?〉 [日々の思い・独り言]

 毎度毎度の身辺雑記──尾籠な話で恐縮です、ってところかな。
 このたび職を辞したのです。
 寝付きを悪くさせ、朝を憂鬱にさせ、業務エリアの扉を開く前は深呼吸して掌に「人」の字を書いて呑みこみ、むりやり笑顔を作って元気に扉を開き、「おはようございまぁす」とやや早足で自分の机に向かい、坐りこむや資料を引っ張り出してパソコンを立ちあげ、チームのメンバーに背中向けるポジションであることだけを幸いとして、定時まで過ごす……。
 ああ、友よ、この1ヶ月の勤務でわたくしはメンタルを根っこからやられ、体のあちこちが軋むのを感じ、敗残兵のように上長へすべてを訴えて、戦線離脱することを乞い願い、そうして受理された……。
 いや、そんなおためごかしな言い訳はやめよう。これまでのわたくしの申し立ては殆どが、エエカッコシイのお芝居だ。シェイクスピアの名言にかこつけて、そういおう。
 本当のところは、持病(?)の難聴が悪化したのだ。しかもこのわずか1ヶ月の間に2度目の発症である、今回が。
 わたくしはいま、聴力の殆どを失っている。
 右耳は、すぐ近くで誰かが話してもその内容は聞き取れず、高い金属音のような耳鳴りが四六時中襲う。加えて、地唸りのような音がこれもまた終日、耳のなかで響いており。左耳もそれと歩を一にするようにして、聞こえ方がこれまでよりも悪くなった。
 おまけにその右耳だが、ウィルスに感染して化膿、そのときはまるでなにも聞こえなかったよ。
 思えばこの3年、右耳には不幸が続いた。残暑の候に発症した突発性難聴が治って、「ああ、もう耳鼻咽喉科にもう行かなくて済むんだな。よかった」と安堵していたら翌年に滲出性中耳炎を患い……季節はいつだったかしら。左耳の真珠腫性中耳炎は年明けて間もない頃だったけれど……、現在に至る。
 ウィルスに右耳が感染、化膿して聴力が一時的に落ちたというのは、じつは先月なかばのことだ。つまり、新たな事業所に着任してわずか1週間後のことである。クライアント様は心底から心配してくださったのだが、肝心の身内は誰しもそれを疎んじ、距離を置き、おそらくは胸のうちでは侮蔑の一つや二つもしていたことだろう。態度と表情を見ればわかるよ。
 わたくしはけっきょく、持病の更なる悪化により、これ以上の就業は無理だ、体裁を保つよりも自分を守るのを優先して、「収入が途絶えるのは苦しいけれど、いったん会社を離れてゆっくり療養に専念しよう」と決めるのは勇気が要ったけれど、けっきょくはそれがかれらとの永遠の縁切りになると考えれば、このたびの療養を兼ねた人生の休暇は筆舌に尽くしがたい僥倖をわたくしに与える結果となったのだ。これをいったい<幸せ>といわずして、なんと呼ぶのか。
 もうこれで明日がくるのを不安に思うて怯えたり、吐き気や目眩を覚えてトイレとお友達になることもない。クライアント様には期待を掛けていただいたのに、斯様な幕切れとなってしまったしまったことを、本心から謝罪したい。3人の上長にも、同じように。
 ──いまこの瞬間、耳鳴りがとても高くなって、頭が痛い。目も眩む。集中力が持続しない。読者諸兄よ、申し訳ないが、本日はあまり推敲や見直し等ができないまま、お披露目させていただく。理解してほしい、わかってほしい、なんて甘えたことはいわない。うわべの同意はすぐにバレる。お披露目させていただく、それだけをお伝えしたかったのだ。
 嗚呼、それにしてもこれからの人生を想うて哀しきは、やがてあなたの声が聞けなくなること。あれほど愛してやまなかった音楽が聴けなくなること。それだけが、哀しくて、辛い。◆

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第2672日目 〈どうして最近は文章が短いの? ──夏の夕暮れの、2人の会話。〉 [日々の思い・独り言]

 客:最近は文章の量が短いようだね?
 主人:そうなんだよ、こう暑くっちゃね、読んでいる人も長いのなんて勘弁だろうし。
 客:いやいや、なにを仰る。これまでも長ったらしいのを書いてきただろう。
 主人:たしかにね。けれどそれはまぁ、必要あっての分量であって、暑さとはあまり関係ないっすよ。
 客:え〜、そうかなぁ。とてもそうは見えないけれどね。……で、本当のところはどうなの?
 主人:あのさ、なにを根拠にそんな風に疑うのか、まったく僕にはわからないな。
 客:根拠! なにをいっちゃっているのかねぇ、この人は。いまのあんたの格好、読者に見せられる?
 主人:……ちょ、ちょっと待っててくれ。いま着換えてくるから……あ。
 客:ほらね、作務衣の前はだけて奥さんに団扇仰いでもらって、大股広げてくつろいでいるだけじゃぁなくて、おお、寒いね、ここはいったいなんて寒さだ。クーラーの設定温度、何度だよ? テーブルの上に置いたリモコンを手に取って)24度!? 阿呆か、あんたは。
 主人:だって会社から帰ってきたばかりなんだもん、駅から家まで歩くだけでたくさん汗かくんだよ。お前さんも知っての通り、おいらは汗っかきだからね。
 客:まぁ、「夏は敵だ」ってビール煽りながら騒ぐぐらいだもんな。それにしても、寒いや。ちょっと上に引っかけるものが欲しいね。。
 主人:で、このまだまだ暑さの残る夏の夕暮れに、お前さんはどうして家にいるんだ?
 客:え? ああ、この先のスーパーまで買い物に来たついでに寄り道したわけさ。
 主人:じゃぁもう帰れよ。これからこっちは夕飯なんだ。お前だって奥さんや子どもと一緒に夕食の時間だろ。ほら、帰った、帰った。
 客:ところでさ、本題。さっきもいったが、ちかごろ文章の量が短いのはやっぱり暑さに参っているんだろ? 白状しちゃえよ。
 主人:んんん、(と、雀の巣のような頭をガリガリボリボリと掻きながら)まぁね、けっして無縁じゃぁ、ない。もうストックはないんだ。明日も会社だって思うと、あまり長いのは書いてられないよ。
 客:夜更かしはできないもんな。
 主人:そうだね。憂鬱になりながらも、自分の存在理由を自分で確かめるために毎日、最低でも原稿用紙2枚分は書こうと思うんだけれど、なかなかねぇ……疲れてむりやり絞り出すときもあるんだよ。短さはもしかすると、それを欺くための手段なのかもしれない。
 客:お、おい、やけにしみじみしちまったじゃぁないか。うん、でもいまのところがけっして良いところじゃない、ってのは想像できるよ。いっそのこと、こっちへ来てしまえばいいのに。
 主人:うん、なんだって、いまなにかいったかい? ──まぁね、会社のことはいいんだ。お前さんのいう本題に戻すけど、長いものを書くのは簡単だよ。必要なのは、高揚感さ。そうしてなるたけ自由に心を遊ばせること。この2つが調和すれば、中身のある長いものが書けるよ。けれど、短い読み物はどんなときだって書くのは難しいね。だから暑さや仕事を理由にしているけど、実のところ、一種の挑戦でもあるよね。
 客:挑戦?
 主人:ああ、そうさ。以前聖書読書ノートブログを毎日書いていた頃は、最低でも1,600字は書こう、或いは1,600字以内に収めようと努めていたんだ。「最高でも1,600字、最低でも1,600字」ってわけさ。
 客:どこかで聞いたような台詞だな。それは確か……。
 主人:いいよ、検索しなくても。それはともかく。むかしはそうだったが、いまは最低でも800字は書こう、としか思うていないね。それでとにかく読んでもらえるだけのものが書ければ、恩の字だよ。
 客:そうか。ということは、もう今日の原稿は最低基準をクリアしているから、その点では合格、ってわけだな。
 主人:え、そうなの? ここまで何字書いている?
 客:1,318字。
 主人:ほお、それは凄いな。
 客:おれのお墓だ。
 主人:お墓? ……あ、ごめん、変換ミスした。お陰、だな。
 ……あれ、あいつはどこ行ったんだ。ちょっとよそ見していたら、いなくなっちまった。
 なぁ、悠希、小倉さん。あいつはいったいどこ行っちまったんだ? え、あいつって、あれだよ、寺前の坂を下ったところの、銭湯の裏に住んでいる飲み友達だよ。──おいおい、変なこというなよ、からかうんじゃありません。さっきまで僕と喋っていたじゃないか。──え、なんだって、今日の昼間に交通事故に遭って、病院に運ばれた? そこのスーパーへ買い物に来たときだって? 病院って僕がいつも耳の治療に行っている、あの総合病院か。
 そ、そんな馬鹿なことが……あれ、電話が鳴っているよ……。◆

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