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第2671日目 〈ルーシーの「生き残ってね!」は支えの言葉。〉 [日々の思い・独り言]

 憂鬱な顔で学校へ出かけてゆくライナス。それを姉のルーシーが玄関で見送りながら、こう声を掛ける。曰く、「生き残ってね!」と。
 誰しもこの一コマに自分を見出すはずだ。あなたが学生であっても、社会人であっても、親であっても。チャールズ・シュルツの『ピーナッツ』は登場人物の誰彼に、そこで交わされる会話に、描かれた人間模様に、思いあたる節の幾つかはあるだろう。
 毎日会社へ行って、同僚との間にある無言の軋轢と誹謗中傷に悩まされることを考えると、駅へ向かう足は重くなり、「このまま休んじゃおうかな」なんて邪な考えが刹那、頭をよぎるのは否定できない。家を出るのを見送ってくれる家族の姿を想うと、それから喫緊で再建せねばならぬ生活のことを考えると、そんなこととてもできようはずはなく、溜め息を内に隠して電車にゆられ、新たな1日を始めることとなり。
 もう5年ぐらい前に書いた記事で、「ノマドになんてなりたくない。そんなの社会不適合者の自己正当化じゃん」って啖呵を切った(第1605日目)。
 いまもその意見に変わりはない。か細い人脈を頼ってフリーランスとして食ってゆこうなんて自殺行為に等しい愚挙、犯すつもりは毛頭ない(守るべき家族があるからこそ!)。が、これまでの部署よりも破格に良い給料を提示されたからとて異動を決めたのは、ちと失敗だったかしらん、とは反省している。それに、やっぱりそこで働く人たちの素性に土地柄は無縁じゃないよね。
 「ああ、今日も明日も、このなかで働くのか。いまはまだそんなに接点がないからいいけれど遅かれ早かれかれらのなかに混じらねばならぬ日がやって来る、しかも異動同期は連絡もないまま雲隠れしちまっているし」
 わたくしの正直な気持ちだ。
 それでも重い足を引きずるのは、守るべき者たちのため、生活再建のため、誰も悲しませたくないため。
 弟を見送るルーシーの「生き残ってね!」という言葉を、わたくしは毎朝、心のなかで呟く。負けないように、挫けぬように、腐らぬように、自棄にならぬように。家族の姿とルーシーの台詞を支えに、会社へ行って時間を過ごす。出勤さえすれば、1日の仕事の8割は終わったも同然なのだから。
 玄関まで見送りに来た家族が、遠ざかるわたくしの後ろ姿を見て、なにを思うているかは知らない。むろん、特になにも考えていないかもしれないが察するところは、もしかするとあるのかも。その気になって顧みれば、いろいろこじつけられるのだろうが……自意識過剰と揶揄されるのがオチなような気がするので、やめておこう。◆

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