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第2673日目 〈病記。──あなたの声が聞こえなくなるまで、あとどれぐらい?〉 [日々の思い・独り言]

 毎度毎度の身辺雑記──尾籠な話で恐縮です、ってところかな。
 このたび職を辞したのです。
 寝付きを悪くさせ、朝を憂鬱にさせ、業務エリアの扉を開く前は深呼吸して掌に「人」の字を書いて呑みこみ、むりやり笑顔を作って元気に扉を開き、「おはようございまぁす」とやや早足で自分の机に向かい、坐りこむや資料を引っ張り出してパソコンを立ちあげ、チームのメンバーに背中向けるポジションであることだけを幸いとして、定時まで過ごす……。
 ああ、友よ、この1ヶ月の勤務でわたくしはメンタルを根っこからやられ、体のあちこちが軋むのを感じ、敗残兵のように上長へすべてを訴えて、戦線離脱することを乞い願い、そうして受理された……。
 いや、そんなおためごかしな言い訳はやめよう。これまでのわたくしの申し立ては殆どが、エエカッコシイのお芝居だ。シェイクスピアの名言にかこつけて、そういおう。
 本当のところは、持病(?)の難聴が悪化したのだ。しかもこのわずか1ヶ月の間に2度目の発症である、今回が。
 わたくしはいま、聴力の殆どを失っている。
 右耳は、すぐ近くで誰かが話してもその内容は聞き取れず、高い金属音のような耳鳴りが四六時中襲う。加えて、地唸りのような音がこれもまた終日、耳のなかで響いており。左耳もそれと歩を一にするようにして、聞こえ方がこれまでよりも悪くなった。
 おまけにその右耳だが、ウィルスに感染して化膿、そのときはまるでなにも聞こえなかったよ。
 思えばこの3年、右耳には不幸が続いた。残暑の候に発症した突発性難聴が治って、「ああ、もう耳鼻咽喉科にもう行かなくて済むんだな。よかった」と安堵していたら翌年に滲出性中耳炎を患い……季節はいつだったかしら。左耳の真珠腫性中耳炎は年明けて間もない頃だったけれど……、現在に至る。
 ウィルスに右耳が感染、化膿して聴力が一時的に落ちたというのは、じつは先月なかばのことだ。つまり、新たな事業所に着任してわずか1週間後のことである。クライアント様は心底から心配してくださったのだが、肝心の身内は誰しもそれを疎んじ、距離を置き、おそらくは胸のうちでは侮蔑の一つや二つもしていたことだろう。態度と表情を見ればわかるよ。
 わたくしはけっきょく、持病の更なる悪化により、これ以上の就業は無理だ、体裁を保つよりも自分を守るのを優先して、「収入が途絶えるのは苦しいけれど、いったん会社を離れてゆっくり療養に専念しよう」と決めるのは勇気が要ったけれど、けっきょくはそれがかれらとの永遠の縁切りになると考えれば、このたびの療養を兼ねた人生の休暇は筆舌に尽くしがたい僥倖をわたくしに与える結果となったのだ。これをいったい<幸せ>といわずして、なんと呼ぶのか。
 もうこれで明日がくるのを不安に思うて怯えたり、吐き気や目眩を覚えてトイレとお友達になることもない。クライアント様には期待を掛けていただいたのに、斯様な幕切れとなってしまったしまったことを、本心から謝罪したい。3人の上長にも、同じように。
 ──いまこの瞬間、耳鳴りがとても高くなって、頭が痛い。目も眩む。集中力が持続しない。読者諸兄よ、申し訳ないが、本日はあまり推敲や見直し等ができないまま、お披露目させていただく。理解してほしい、わかってほしい、なんて甘えたことはいわない。うわべの同意はすぐにバレる。お披露目させていただく、それだけをお伝えしたかったのだ。
 嗚呼、それにしてもこれからの人生を想うて哀しきは、やがてあなたの声が聞けなくなること。あれほど愛してやまなかった音楽が聴けなくなること。それだけが、哀しくて、辛い。◆

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